夏の風景。
畑でくるくる回るスプリンクラー。
このあたりで育つのは、
とうもろこし・さといも・落花生。

道の脇を、おばあちゃんが歩いてた。
もんぺと、ほっかむり。

腰がすっかり曲がって、90度。
彼女は地面を見て歩く。
何故、まっすぐ歩けるのか不思議に思う。
前は見えているのだろうか。

聞きたくても、聞けない。
こちらは、通り過ぎるだけの車の中。

本当に小さなおばあちゃんなんだ。
上半身が折れ曲っているから、余計に小さく見える。
両手を腰に当てて、歩みは意外に早い。

確かな足取りで、畑に向かう。

彼女は、畑の風景の一部。
緑の葉っぱにうずもれて、黙々と作業をする。
土色に染まった、しわだらけの指先。
日焼けした肌。

あれは進化なのだろうか。
畑仕事に最適な角度がついた、あの身体。

彼女も、
娘時代は色の白いお嬢さんだったのかもしれない。
姿勢良く、お茶が飲める美人だったのかも。

このあたりの青年が、
争うように彼女に声をかけ、奉納祭に誘ったかもしれない。

働き者の、娘さんだったと思う。
他の一切を後回しにして、彼女は畑仕事に精を出して
あんなふうに腰が曲がってしまったのだ。

集会所前の広場で、老人たちがゲートボールに興じていた。
幼なじみと、あるいは夫婦で。
彼らは、着ているものも年齢も、彼女と同じくらいなのに
腰は曲がっていなかった。
しゃんと背を伸ばし、楽しそうに笑いながら遊んでいる。

彼らの畑は、きっと若夫婦が世話している。
手作業でやっていたことを、若夫婦は機械で効率よく進める。

では、あのおばあちゃんは?
働き者のおばあちゃんは、相変わらず、
ある意味頑固に、昔ながらの仕事を続け、
遊ぶことはなく、今日も地面を見て歩く。

あのおばあちゃんがお茶を飲むとき、
身体はどう動くんだろう。
……想像できない。
湯のみは顔を上に傾けないと、中身が口に入らない。
ごはんなら、下を向いたままでも食べられるけど。

あの曲がった腰は、働き者の証だと心から尊敬した。
むしろ、こちらの頭が下がった。
彼女たちのおかげで、私たちはおいしい野菜がいただける。

無神経に畑にゴミを投げないでほしい。
余計な仕事を増やさないでほしい。
彼女が愛するのは、きれいな土であり、
元気に育つ野菜なのだから。

歩道ぎりぎりを、
大きな車が遠慮なしに走りすぎる。
確かに、彼女は風圧に負けたりはしない。
思った以上に丈夫な足腰は、よろけたりはしない。

……でも。
通過するだけの人にとって、畑はただの景色だけど。
あのおばあちゃんにとっては、
そこが全世界で、人生のすべてで、
仕事場へ続く、大切な通り道なのだから。

彼女が、いつまでも
頑固に仕事を続けられますように。
そんな事を思いながら、
私も毎日、通過するだけの一人。

思いやりを大切にしたい。
人にだけじゃなくて、環境にも。

信号待ちで、前の車のドアが開いた。
何をするのかと思ったら、
手が出てきて、その人は灰皿の中身を
道路に捨てた。

あの吸殻は、風に乗って畑へ行く。
無性に腹が立った。
降りて行って、吸殻をかき集めて、
「落し物ですよ」って窓から返してあげたい。

あの人は、自分の部屋も
あんなふうに汚しているのだろうか。
いや、車はピカピカに磨かれていた。

自分の出したごみに責任が持てない人間は、
自分の欠点にも責任が持てないと思う。

あの人は野菜を食べないのかな。
汚れた土からできた、汚れた野菜を、
あの人は我が子に食べさせるのか?

その子どもが、
ぜんそくだったりアトピーだったりしたら
いったい誰を恨むのか。

畑のそばに流れる川。
そこにも空缶と空きペットボトルが
無造作に捨てられていた。

川が汚れたら、土も汚れる。
人は大地がないと生きられないのに、
忘れてしまったのだろうか。

水はいのち。
いのちの水。

きれいな水が、きれいな土を作る。
きれいな土から、おいしい野菜ができる。
おいしい野菜を食べて、きれいな人間が育つ。

誰もが、汚いよりきれいが好きなはず。
あの車の人も。

すべてが、一つの輪に見える。
土や水を大切にすることが、
いのちを大切にすることにつながって見える。

人のいのちが軽んじられる今こそ、
本当に大切なものは何なのか、
真剣に考えなきゃならない時期が来ていると思った。


後書き

通りすがりに一瞬見かけた、おばあちゃん。
あの曲がった腰に人生の重みを感じました。
そこから環境問題みたいになっちゃいましたけど。
伝わったかな~。

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