そして世界は・・・ - そして世界は・・・

もしもこの世が 完全に善と悪とに分かれていたなら きっとこれほど苦しくはないのだろう。

 その日、フリーのジャーナリストの春原ゆかりはある殺人事件の現場に来ていた。被害者は来島悟(くるしまさとる)34歳。プロのピアニストという職業柄か、部屋数12という広い家の中に四つのグランドピアノを置いていた。彼はその内ウィーンから直接取り寄せたピアノがある部屋で、腹を挿されて死んでいるのを約束で来訪していた友人四人に発見されたという。
「ふむ・・・刺されてたっていうなら、間違いなく殺人事件よね」
 不謹慎極まりないが春原ゆかりはぷんぷんと匂う謎の臭いに顔を綻ばせた。
 今彼女がいるのは被害者の家の前だが、事件が発生して四日というまだ日が経っていない環境の中では警察はおろか報道陣の姿もかなり目立つ。この中で一人での取材というのは、必然的に不利になりがちだがゆかりは全くその事を感じていなかった。むしろそちらの方がいいとカメラを掴む手に力を込める。
「・・・ということなのです。そして犯人は複数犯である可能性が非常に高く、玄関には大量の違うタイプの靴跡が残されていたと警察の捜査から明らかになっています」
 ゆかりの斜め前にいた女キャスターが真剣は表情で原稿を読んでいた。カメラはキャスターを写すとその流れで広い家を収め、二秒ほど静止すると録画を止めたのかカメラを下ろす。
(あんな無粋な撮り方・・・家全体を撮るなら斜めからが基本でしょう)
 ゆかりは1人自分のポリシーを他人に押し付けて腹を立てながら、だがその実どこの局同じ見解しか持っていないことに内心ほくそ笑んだ。
 他の報道官は、複数での犯行と見ている。それは当たり前だ。何故なら警察の記者会見でそう言っていたから。その映像を自宅のテレビで何度見たことか知れない。しかも許可された家の中の撮影時にも、玄関には大量の靴跡が残っていたからだ。もちろんゆかりもその目で見た。
 だがそれでも彼女は全く違う想像を、いや推理をしている。ゆかりの推理では犯人は単独、しかも殺害された来島と顔見知りだったと考えている。そしてもう一つ、その推理を裏付けている確たる証拠も持っていた。それは被害者来島聡の最後のメッセージ、つまりダイイングメッセージをしっかりと抱え込んだネタ帳の中に掴んでいること。
 入手法は、まあ適正ルートではないがいずれ世間にも公開される事実だ。今はそれを問題にすることはまいだろう、と彼女は思っていた。
「春原ゆかりさん」
「うわっ」
 彼女らしくなく威勢のいい驚き方をしたゆかりは突然呼びかけてきた人間の方を振り向いた。 自分の髪と同じ色の黒い色は、だがゆかりのものとは濃さが違っていた。人形のように真っ黒な髪は寝癖で跳ね上がり、同じ色の目は無気力としか形容できないほど何一つ感情が読み取れない男が、そこにいる。
「春原ゆかりさん」
 男はもう一度言うと呆然とただ驚いているゆかりを見つめた。こちらが恥ずかしくなるほどじっと目だけを見てくる男に、ゆかりは彼女本来の気丈さを取り戻す。
「あんたねぇ、女性に対して不躾なんじゃないの!?」
 初対面にも関わらずまくし立てるゆかりに男はようやく視線を外すかと思ったら、なぜか首をかしげた。
「女性に対して不躾とはどのような躾でしょうか」
「はぁ?」
「それを言うならばあなたが手に持っているその鞄の中の手帳も不躾ではないのですか?」
 男の一切外してこない視線とその言葉にゆかり肝を冷やした。
 これを知っているのはあたし1人のはず・・・どうして?
「プライバシー著作権法違反であなたは逮捕です。さあ私と一緒に来てください」
 プライバシー著作権法違反?そんな法律あったっけ・・・・。
 そんなことを考えながらゆかりは目の前の無気力男を今度は冷静に観察してみた。髪と目は先ほどの通りだが顔は青白く感情がまるで分からない。背は高いが少し猫背で手はポケットに突っ込んでいた。服は鎖骨が見える白いトレーナーと古ぼけたジーンズ。スニーカーはジーンズよりもぼろぼろだった。
「何を固まっているんです。行きますよ」
「は?どこに、っていうかあんた誰よ!?」
「家の中にです。決まっているでしょう。頭が悪いですね」
 初対面の、しかも失礼なことこの上ない男にここまで言われてはゆかりの面子もない。それに先ほどは逮捕とか言っていたのだ。
(全く滅茶苦茶ね。でも家の中ってどういうことかしら)
 そんなことを考えているゆかりを尻目にまるで自分がついてくるのが当然だといわんばりに方向転換し、猫背のまま家に向かって歩いていく。手は依然ポケットの中だ。
「ちょ、ちょっと待って!あなた家の中って」
 言いかけてゆかりは不審なものを見る目で自分を見ている周りの連中に気付き、止まろうともしない男に傍に行った。
「家の中って、あなた入れるの?警察関係者?」
「桐崎です」
「え?」
「だから桐崎です」
「何が?」
「私の名前です」
 名前なんか聞いてない・・・。
 ゆかりは本来人を振り回す方のタイプに属しているが、この男は更にその上をいっている。だが名前は分かった。 
 桐崎。どうやら日本人であるようだ。どうも日本人離れした顔立ちだったから。
「もちろん偽名です」
 偽名かよ。
 ゆかりは声には出さないが心の中でかなり苦笑していた。そうこうしているうちに家の前まで来る。黄色い立ち入り禁止のテープが張り巡らされているそこにはやはりガード役の警官が二人直立不動で立っていた。桐崎は何も言わずにテープを乗り越えて家の中に入っていく。驚いたのはゆかりの方だ。
「ええっ!?」
 桐崎の入室に周りも騒然となり、自ずと桐崎と共にいたゆかりに焦点がいく。報道陣の目がぎらついてくるのを感じ取ったゆかりは複雑な顔をしながらも仕方なく家に入っていった。
 

「ねえ、ちょっと」
「これですか」
「あんたねぇ、人の話聞いて」
「聞いてません。これが例の暗号ですね」
「な・・・」
 ゆかりは黙るしか出来なかった。そしてため息をつくと自分も桐崎がしゃがんでいるその場所にしゃがむ。そこには彼女のネタ帳にも書いてある、来島聡が死ぬ間際に残したメッセージがあった。

『あさま』

「血文字ね」
「あさま・・・何でしょうかね」
 何も疑問に思っていない声で疑問を表す桐崎は血で書かれたその三文字を指でなぞる。そして一頻りなぞると次はピアノを調べ始めた。ゆかりもそれに倣う。
「ここにもあるわ」
 ピアノの鍵盤にも血がついている。
「ここはなんという場所ですか?」
 桐崎が指差すのは血のついたそこだ。
「え、とミとソとラ、ね」
「ふむ・・・ミソラ・・・ミソ、ソラ・・・」
「ここには何もヒントはないんじゃない?ただ倒れるときについただけで」
「いいえ。それにしては不自然すぎます。もしそうならば五指のあとがつくはずですからね。あなたはもっと観察力を身に付けるべきです」
 いちいち勘に障る言い方をする男だとゆかりは眉間にしわを寄せる。そして最初の質問にいきついた。
「何であなたはあたしの名前を知って、それに・・・闇ルートでの情報収集も知ってたの?」
「簡単なことです。あなたが利用しているルートの保持者が私の手の者であるからですよ」
「え・・・」
 依然ピアノの辺りをごそごそとしながら桐崎は言う。衝撃の真実に疑問符だらけのゆかりだ。
「ついでに言うならその情報を流すよう指示したのも私です。必ず、あなたは釣れると思ったのでね」
「・・・・・・」
「予想通りあなたはここへ来てくれました。大成功です」
「・・・・・・」
 あくまで無感情に、無機質に、無表情に、桐崎は固まっているゆかりに話しかける。当のゆかりは不審の目を更に不審に塗りこめて立ち上がった。
「あなたは・・・誰?」
 周りに警察官が誰もいないことに気付いたのはそのときになってから。
「言ったはずです」
 桐崎はピアノを見るぎょろりとした目をゆかりに向けて相変わらずの表情を崩さない。
「私は桐崎。桐崎リュウです」

 桐崎、リュウ。

後書き

初めまして。トリニティという者です。
推理モノは初めてなのですが頑張って書きました。
どうぞ読んでやってください。

この小説について

タイトル そして世界は・・・
初版 2006年12月8日
改訂 2006年12月8日
小説ID 1043
閲覧数 877
合計★ 3
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (4)

トリニティ コメントのみ 2006年12月8日 22時09分35秒
漢字間違い、入力ミスが多すぎました。
読みにくいと思います。すいません。
★涼月 コメントのみ 2006年12月9日 1時54分41秒
 誤字等は編集機能で訂正できるので、そうされることをお勧めします。

 桐崎が何者なのか、冒頭の一文は物語の中でどう活かされてくるのか、楽しみにしています。
弓射り 2006年12月9日 9時29分48秒
はじめまして、弓射りです。

描写のきめ細かさとか人物のひとクセある考え方など、「ああ、推理小説だなぁ」と読んでいて変な感動がわきますね。

ですが、少々物語の始まり、そして桐崎の登場のタイミングがあんまり良くないな、と感じました。特に桐崎の登場ですが、(この人物がメインキャラクターになるという仮定をすると)満を持しての登場の割には、インパクトが薄い気がします。

ハンドルネームの由来は、あの有名なのけぞって銃弾よける映画のヒロインでしょうか。一番はじめのは見たんですが、2作目は開始10分で寝てしまって以来、レンタルもしてません。
★冬野 燕 コメントのみ 2006年12月9日 23時48分55秒
 いるよね、時々癇に障る言い方をする刑事とか、登場人物とか!
 そういう奴らに限って不憫な役割が待っているものだと悲観的な想像を膨らませる、妄想人な僕。

 なぜ春原ゆかりは呼び出されたのか、これからの展開に注目しています。
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