そして世界は・・・ - 推理〜後編〜

 その場にいる6人が、凍りついた。4人は驚愕と恐れに。1人は別種の驚愕に。1人はただ凍ったかのごとく動かずに。
「そ・・・そんな・・・まさか・・・あなたが?」
 相川美空が泣きそうな声を上げ、その人物を今までとは180度違う目で見つめた。
「どうして・・・」
 ゆかりも数歩前に出て疑問の念を露にする。動かない桐崎リュウは依然無表情のまま不自然な体制を崩さないでいた。
「・・・くっくっくっ・・・・仕方が無かったんだ」
 低い声で、その人物は言う。何の動きも見せないがその人物からは明らかな何かの消失と何かの存在が生じていた。

 ◇ ◇ ◇

 謎の探偵、桐崎リュウによって解き明かされた推理の全貌は。

 ◇ ◇ ◇

「あさま・・・確かに来島君のメッセージには、そう書かれていたわ」
 相川は来島が倒れていたすぐそばにあった血文字を思い出してみる。そしてミソラの鍵盤に残っていた血の跡も。
「どういう意味なんだ?」
「桐崎さんは解けたのか?」
 おどおどしながら言う板倉と苛立ちを隠さない磯間が交互に言う。ゆかりはただ今後の展開を見守るしかなかった。そして自分の本分が記者という事も忘れ去ってカメラを握りながらそれを撮ろうとはしない。
「はい」
 桐崎は短く言うと左手の指を一本ピンと立てた。
「まず、被害者の残した『あさま』という文字。あれは本のタイトルを表しています」
 桐崎は言い切る。確証があるのか、その口調はいつもと変わらない無感情。ゆかりは真相に入るのに警察関係者が部屋にいない事に、少々疑問を抱いた。そして桐崎の推理が本当に当たっているのかという不安。絨毯に身を沈めて桐崎は更に言葉を募った。
「被害者は本のタイトルは五十音順に並べていました。そして栞は一枚も無い。果てには彼の寝室には仕事のものが一切存在しませんでした。これらの情報から察するに、彼は非常に神経質な人間であったと、憶測できます」
 ゆかりは桐崎の言葉に引き込まれるように前へ出る。
「彼は神経質でおまけに記憶力もいい。ならば本のタイトルを全て、覚えていたとしても何ら不思議はありません」
「確かに・・・本好きなら、覚えている事もあるだろうな」
 安達が巨大な体をゆすって言って大きな手をこすりあわせる。
「俺も本は好きだから、家にある本、大体は覚えてる気がするよ」
「音楽家ならそれが特に顕著でしょう。そして、神経質というならば尚更です」
「それが犯人とどう繋がるのよ」
 焦らして焦らす桐崎にイラつき始めたゆかりは腕を組んで続きを待った。
「鍵盤ですよ。鍵盤のミソラ部分の血痕は『あさま』を解く鍵です」
「鍵・・・?」
 桐崎はピンと立てた指を戻そうともせず、疲れた様子も見せずに話す。ゆかりはその桐崎の先ほどの言葉を思い出していた。
「基準はド・・・」
 ゆかりの呟きに一同が彼女の方を向く。ゆかりは気付いていないらしく、指を顎に当てて考え込んだ。
「記憶力がいい・・・基準・・・『あさま』・・・ミソラ・・・・」
 桐崎は目を少し細めて何も言わずに彼女の紡ぐ言葉を聞いている。
「・・・・っ!?」
 何か閃いた様に顔を上げるゆかり。
「分った・・・あのダイイングメッセージ」
「ええ?ど、どんな?」
 安達が心配そうにゆかりの表情を覗き込む。
「被害者は、本のタイトルを覚えていたからこのメッセージを残したんだわ」
 ゆかりの独白に桐崎は1人ほくそ笑んだ。誰にも悟られず、彼女を見定めるようにみたあとに。
「ミソラは基準のドからそこまでの数字、『あさま』はその数字の場所にある本のタイトル・・・」
 板倉がごくりと生唾を飲み込んだ。相川も安達も磯間も、それぞれに不安の表情でゆかりを伺う。
「ドからミ番目、『あさま』の『あ』のミ番目、つまり三番目ということになります」
 桐崎が静かに言って立てていた指を自分のこめかみにあてた。
「『あさま』の『さ』はサ行のソ番目、五番目です。『ま』はマ行のラ番目になりますね。しかしマ行に6番目は存在しませんから、繰り下がって一番目」
 随分と勝手な推理だが、だいたいその概要が見えてくる。
「最初のアの三番目にあった作品は『イナチュード三番目の真実』です。そして次にサの五番目は『それほどの宝とは』。マの一番目は『マリンディのすべて』、という本でした。これをタイトルの頭文字同士を繋げてみると」

 い、そ、ま

 この、名前が浮かび上がったのだ。まず桐崎が何故本のタイトルを一字一句間違えず覚えているのかについては、出てきたメッセージの答えのインパクトに負けて話題にはのぼらなかった。
「・・・・!磯間君!?」
 相川が隣に座っていた男に悲鳴を浴びせた。
「ふん、馬鹿馬鹿しい。本のタイトルが本当にそうであったという確たる証拠もないし、第一警察は複数犯であると言っていたじゃないか」
 冷静さを保ちながら、淡々と言う磯間。
「それに凶器は?腹を刺されて死んでいたんだろう?」
「あなた、ピアニストでしたね」
 桐崎はいきなり、話を変えてしまった。背を向けたままであるから双方とも開いての顔は分からないが、このときのゆかりの表情は当に寝起きが最悪の子どもように、苛立っている。
「調律器をお持ちですか」
「・・・・!」
 桐崎の言葉に途端余裕を亡くす磯間。
 調律器とは、ピアノの音階を正確にするための道具だ。
「お持ちなら、見せてください」
「き、今日は・・・持ってきていないんだ・・・」
 磯間はしきりに目を瞬いて、桐崎の背中から目を逸らす。ゆかりは急にあたふたし始めた磯間を、完全に疑っていた。
「おや、ピアニストがピアニストの家に来てピアノ一つ弾かずに帰ってしまうのですか」
「今日は・・・・たまたま・・・・それにほら、この家には調律器なんてごまんとあるだろ」
「では、あなたの持ち物を調べさせてもらっても結構ですね?」
「・・・っ、・・・靴は・・・・?そうだ靴はどうなんだ?ははは!違うタイプの靴跡が大量に玄関に残されていると言っていたぞ!」
 立ち上がり、桐崎に鋭く言う磯間は次の瞬間何かに気付いたように黙ってしまった。
「お気づきになられましたか?」
「ぁ・・・、あ・・」
「え?何を?」
 ゆかりはわけが分からず思わず聞いてしまった。すると桐崎から小さくため息が聞こえてくる。
「大量に残されていた靴跡。それは、玄関にしかなかったんですよ」
「あ!そいえば・・・」
 テレビでも新聞でも、疑問には持たれていなかった。玄関にしかない靴跡やその不自然すぎる多さ。きっと偽装工作なのだろう。そして磯間を指すダイイングメッセージ。
「恐らく凶器は幾つかに分裂する事ができるカッターナイフでしょう。それで、被害者を殺した後に今日持ってきたピアノの調律器にしまった。そこならば怪しまれませんからね。そして今も調律器はあなたが持っているはずです。調べればすぐに分かりますよ。磯間さん」
 一同が静まり返り、驚愕と恐れに、部屋が凍った。

 ◇ ◇ ◇

「・・・?」
 ゆかりは疑問を持たずにはいられなかった。目の前にいる男は余裕を失った次の瞬間、何かに冒されたかのように静かに低く響く声で笑ったのだ。
「完全な人間はいない・・・本当にそうだろうか」
 いきなり言い出した磯間の目は苦悩なのか恍惚なのか分からない色に染まり、上を見上げた。天井以外何も無い、上を。
「わたしにはあの男が完全に見えて仕方が無かった。だが実際のところわたしはあの男を完全な人間と思うことで、不完全な自分自身を慰めていたに過ぎなかったようだがな」
 桐崎は黙って聞いている。
「要は嫉妬さ。来島の力にわたしは魅せられていた半分、深く憎んでいたんだ。ピアニストとしても、人間としても出来たあの男を。だが今日、わたしの怒りの許容量は限界を超えた。今まで耐え続けていたものがあふれ出し・・・気付いたら血まみれになった来島と、自分がいたよ」
 安達も板倉も相川も、悲しそうな目で磯間を見ていた。ゆかりも四人の内部事情はほとんど知らぬにせよ、心は沈んでいる。桐崎だけが場の空気に呑まれずに平淡としていた。

 その後、磯間は警察に身柄を拘束されて警察署へ行った。ゆかり達は後日改めて安達、板倉、相川と話をすることを決めて来島悟の家から出て行く。
 その、途中。
「ああっ!」
 ゆかりは重大な事に気付いてしまった。
「記事のネタ・・・取材し忘れた・・・!」
 1人頭を抱え込んでいるゆかりをよそに桐崎は先へ進んでいく。結局ゆかりを見ていたという桐崎の言葉の真相が究明されることはなかった。
 だが。
「春原ゆかりさん。今日はとても楽しかったです。また、お会いしましょう」
 無感情、無表情は崩さずにゆかりに言う桐崎だったがショックで砂のようになっているゆかりは、彼に対して何の反応も示す事が出来なかった。
 ふいに、桐崎の前に一台の車が止まった。新品の黒塗りのセダンだ。その車窓がジーッと開いた。
「やっと見つけましたよ。200(ニーマルマル)。さあ、帰りましょう」
 黒のサングラスに黒のスーツを着込んだ壮年の男が後部座席に乗って、桐崎を促している。
「ああ、もう戻らないと。あいつは怒ったら恐いんだ。熊のような顔をして睨んでくるんです」
 車に乗り込みながら桐崎は言った。
「分かりました。ではばれないように裏門から入園いたしましょう」
「短い別れでしたよ。“ホーム”とも」
 桐崎はシートに身を沈めるとため息をつく。
 向こうにサラサラと砂化しているゆかりを目に留めながら、桐崎はゆっくりと走り出したセダンに身を任せた。
「今回のゲームはどうでしたか?」
 サングラスの男が桐崎に問うた。
「・・・そうですね・・・この世が完全に悪と善とに分かれていたなら、これほど苦しくはないだろう・・・と思いました」
 善。ゆかりのような、太陽のような。
 悪。磯間達也のような、私のような。

後書き

第一部、終了とここで相成りました。

紹介文にも書きましたがこれはまだまだ完結ではありません。(多分)

最後の方にちょこっとだけ出てきた黒塗りのセダンとか、その伏線になってい

ると思います。

この小説について

タイトル 推理〜後編〜
初版 2006年12月12日
改訂 2006年12月12日
小説ID 1055
閲覧数 819
合計★ 9
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (3)

涼月 2006年12月13日 22時57分56秒
まずは第1部終了、お疲れ様でした。
謎解きで謎が明かされると「ああ、なるほど」と感心してしまいます。推理ものならではですよね。
謎の多い桐崎がどういった人物なのか、ストーリーが深まっていくものと期待しています。
ただ、磯間の犯行に至るまでの内面をもう少し掘り下げられていれば、と思いました。
まだ先は長いとのことなので奮闘を祈ります。
★冬野 燕 2006年12月13日 23時17分40秒
 な、謎が謎を呼んでいる……! ごくり。
 なるほど音階の通し番号かー。音楽には多少知識があるんですが、そういう使い方がありましたか。
 てっきり本のタイトルの中に隠されているんじゃないかと。しかし頭文字とは……やられた。

 桐崎さんは一体どんな人間なんでしょうね? 不思議と後を引かせる作品です。第二部、期待せずにはいられないマイガラスハート。
 ゆかりはこれからどう彼と関わっていくのか。うーん、とても勉強になりました。
弓射り 2006年12月17日 0時41分40秒
今回の話でひとくくりにされているようなので、最新話って書いちゃいましたが
こちらに第一部の感想を書こうと思います。

基本的な部分から言及していきましょう。
ところどころ、文法というと堅苦しいですが、日本語として伝わりづらい箇所が見受けられました。これも誤字を指摘する際に一緒に書いたのですが、見直し(推敲とも言いますね)をすることで90パーセント以上が防げるミスだと思います。僕がしつこくこんな細かいことを言うのは、似たようなミスのせいで作品の評価を著しく下げたことがあるからでして(^^; 今回、一応警告の意味をこめて点数を辛く付けますが、内容は面白かったと申し上げておきます。

涼月さんがすでにおっしゃってますが、犯人の動機の掘り下げですね。「殺す」に至る理由に納得がいかないと、どうしても気になってしまいますから。

シリーズ物を読む体力がここのところ無くて、ずっと放置してしまって申し訳ありませんでした。まとめ読みなんて失礼なやり方でですが、僕も応援してます。
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。