そして世界は・・・ - 第二話

『プログラマー殺人事件』
 そう銘打たれた捜査本部の前に何故か彼女は棒立ちになっていた。習字で美しく書かれたその文字は妙な圧迫感を持ち、テレビの中だけのものではないとゆかりに思い知らせた。
「はあ・・・」
 カメラを離さないまま彼女はその部屋になかなか入って行こうとはしない。扉は白く、真ん中に曇りガラスがついているその部屋にはきっと大勢の人間がいることだろう。
「はあ・・・」
 もう一度ため息をついた。先ほど読んだ文字をまた読み返してみる。
「・・・合ってる」
 半眼でそれを睨みながらゆかりは諦めたように部屋の扉を開けて中に入った。
 ギロリ
 音で表すとこうなりそうな目線でその部屋にいた全員がゆかりの方を見る。
(やっぱりなあ)
 そんな視線に耐えながら指定された自分の席に向かう彼女だった。

 ◇ ◇ ◇
 
 事の起こりは二日前。部屋でぐだぐだとしていたゆかりの部屋に一本の電話がかかってきたことから始まった。

 ◇ ◇ ◇

「はい、春原です」
 鳴った電話の受話器を取って言うゆかりの耳に聞きなれない男の声が聞こえた。
『どうも私、筧善弘(かけいよしひろ)と申す者です』
「はぁ」
 改まった男の言葉に電話の向こうにいる相手に頭を下げた彼女は思わず姿勢を正す。
『神奈川県警捜査一課殺人事件担当をしております』
「え!?」
 驚いて電話を取り落としそうになるゆかり。ベッドから飛び起き、何故か直立になった。
『驚かれたかも知れませんが大至急お頼みしたい事があります。電話ではとても言えるものではありません。私がそちらまで出向きますのでどうかお目通りしてはもらえませんか』
 丁寧に丁寧を重ねたような物言いにゆかりは深く考えず頷いてしまった。
「本当ですか!ありがとうございます。では、後ほどご連絡いたしますので」
 本当にほっとしたような声で言った筧なる人物はその後また礼を述べて電話を切り、残ったのはまだ電話を耳に押し付けたままのゆかりだけ。
「神奈川・・・?何でそんな所から電話が・・・」
 声は比較的若く、35,6歳ごろかと思われる。
 電話の相手の顔を想像してゆかりは少し表情を堅くした。何故なら今まで警察関係者で顔のいい人間を見た事がなかったから。ゆかりは大変失礼極まりないレッテルを警察に貼っているのだった。
 かくして彼女は神奈川県警の筧と会談することになったのでる。

 あの電話の翌日。電話の相手は高級カフェテラスにゆかりを呼び出した。
「どうも、お電話申し上げた筧です。どうぞよろしく」
 そう言ってゆかりに名刺を差し出す筧。警察らしからぬ茶髪にその髪に似合わない紺色のスーツにはハンカチが胸ポケットに入れられていた。とてもではないが警察関係者には見えない。
「どうも」
 差し出された名刺を見つめてゆかりは怪訝な顔を作った。
「あの、間違えてません?」
「いいえ?間違ってませんよ?」
 名刺には『神奈川県警捜査一課殺人事件担当警部筧善弘』と書かれている。周りには派手なバラの絵が印刷されてどうも文字の内容とはミスマッチだ。そしてゆかりはそんな色々とおかしい所には敢えて目を触れず文字だけに焦点を置く。そもそも警察とは名刺を持ち歩く人種だったのと、初めて知ったゆかり。テレビだと警察手帳をバッと見せてバッと閉じるのが一般的ではないか?疑問は疑問のままゆかりは過ぎる事にした。
「・・・・それでー、あたしに頼みたい事っていうのは・・」
「実は先日神奈川の北西で殺人事件が起きまして、その捜査の部長が私なのですが」
「はあ」
 ゆかりは適当に相槌を打つ。周りの景色は流れていくように過ぎていく。神奈川と東京ではあまり気温の差もないらしく秋口の今は過ごしやすい気候だ。ゆかりはぼうっとそんな事を考える。
「マスメディアではまだ報道されておりません。何せ重大事件ですからね。それで、本題ですが」
 筧は一度言葉を切り、頼んでおいたアイスコーヒーを喉に流し込む。一気に飲み終わるとゆかりの方を見た。
「これ、飲んでいいですか」
「えっ?ええ」
 思わず言ってしまった彼女を尻目に筧はゆかりの分のアイスコーヒーをこれも一気に飲み干す。
「暑いですからね。水分補給は大切です」
 軽く1リットルを飲んだ筧は腹を抱える様子も無くネクタイを緩めも、ベルトを緩めもしないで淡々と話し始めた。
「中西秋晴(なかにししゅうせい)氏をご存知ですか」
「ええ。あの有名な・・えと、パソコンで何かする人?ですよね?」
「そうです。大ヒットゲームのプログラミングを担当した方です」
 補足を付け加えて筧はなにやら持ってきた鞄をごそごそとし始めた。
「あの方がちょうど四日前、亡くなりました」
 鞄の中を探りながらの言葉には全く重みがなかったが、それでもゆかりに衝撃をもたらす。
「え!?あの人亡くなられたんですか!?」
「シッ、あまり大きな声で言わないで下さい。これはオフレコなんです」
 鞄を探る手を止めて唇に人差し指をあてた。周りを見回して聞いている人物がいないことを確認すると、また鞄の中に手を突っ込んだ。
「実は、北西で起きた事件というのは中西氏殺人事件なのです。ああ、あった」
 喋りながら鞄から取り出したのはぐちゃぐちゃになったA4用紙だ。その無残な姿にゆかりは眉をしかめる。
「これ、はい、これですね。見て下さい」
 そう言って紙のしわを伸ばし、ゆかりの方へ向ける筧は鞄を下に降ろした。
「・・・これは?」
 紙に書かれていたのは印字で1cmくらいの文字が並んでいるもの。
「中西氏が死ぬ間際に残したメッセージのコピーです」

『口満ち質とにラスに』

「なにこれ」
「分かりません」
 筧は真剣な顔で言うと近くを通りかかった店員に新たなアイスコーヒーを頼む。
「中西氏が死んでいたのは彼の書斎でした。パソコンのある大きな部屋で、机の下で手を、こう伸ばすような格好で亡くなっていました」
 被害者の手の状況を表しているらしい格好で筧は不気味に手を上げた。
「きっと手を上げているのもメッセージの一つなんです」
 力説して頼んだアイスコーヒーが来るとそれもまた一気に飲み干す筧を複雑な表情で見つめるゆかり。アツいというかズレてるというか。
「あ、あの、それであたしに頼みたいことって・・・」
 これを言うのは二回目だ。どうやら筧という人物は自分の道まっしぐらという性格の持ち主らしい。喋り始めたら他所が留守になってしまう、ゆかりにも少し共通するタイプだ。
「ああ、そうでした。あなたに頼みたい事というのはですね・・・」
 聞いたゆかりは驚愕に打ち震えた。

 ◇ ◇ ◇

「本当に出て行かれるので?」
「はい」
 携帯電話を弄びながら長身だが猫背で寝癖のひどい黒髪を持つ男は言った。
「今回は高杉氏に連絡を入れましたからだいじょうぶです」
「ですが200(ニーマルマル)。電話で『それでは』一言では伝わらないと思いますが」
 初老で黒いサングラスとスーツを着込んだ男が優しげな口調で言うと白い鎖骨の見えるトレーナーとぼろぼろのジーンズを着た若い男は携帯電話を見つめた。
「面倒です。もう行きましょう」
 電話を放り投げて立ち上がる男。
 桐崎リュウ。 
「・・・承知しました。すぐに車を向かわせます。ですが今回は私も同行させて頂きますよ」
「いやです」
 きっぱり言うと桐崎は寝癖を掻いて障子を開け、猫背でひょこひょこと廊下を進んでいった。
「200・・・」
 初老の男華月(かげつ)が小さくため息を漏らして出て行った桐崎のあとを静かに追う。障子を静かにしめて。

「殺されたのはプログラマー。場所は神奈川北西。ふむ」
 黒塗りのセダンの中で桐崎は1人呟いていた。隣にはしっかりと華月の姿。手には棒付きのキャンディーを持っていた。
「200、ここから神奈川へは3時間程度かかります。それでは夜になってしまいますよ」
「構いません」
 持っている紙をじっと動かずに読みながら桐崎は言った。
「夕食はどうしましょう」
「オムライスがいいです」
「かしこまりました」

 二人の乗ったセダンは某所から神奈川へと、向かっていった。

後書き

第二部第二話です。

何故桐崎が色々な情報を知っているかは次回。

そしてここでは二回目のダイイングメッセージ系殺人事件勃発です。

さて、まだ容疑者も上がっていないこの状況で一体どれくらいの人が解読に成功するでしょうか。

ちょっと似たような謎が某漫画に出てきていたので分かる人は分かると思います。

おっと、これ以上言ったら分ってしまいますね。

それでは、また第三話で・・・。

>>冬野 燕さん、コメントありがとうございます。ええと、ゆかりは桐崎を心の支えにしているのではなく、何話か前の「ゆかり」に出てきた「柳原敏次」という人物を支えにしている模様であります。少し書き方が曖昧で分かりにくかったなと反省しました。
第二部は第一部の時点で構想していませんでした。もちろん。二日ぐらい経って「あ、桐崎書きたい・・・」と思い立って書いたものであります。

それで冬野さんの作品にもコメントさせてもらったのですが、その作品というのがわたくしトリニティにはぐはっとなるほどのものでして・・・。
色々と勉強させてもらいます故・・・・!
こんなトリニティですがどうか見放さずに・・っ・・・!お願ぇしますだよ。

>>弓射りさん、コメントありがとうございます。誤字・・・入力ミス・・・多いですねー。全くわたしは何をしているのでしょうか。今度説教しときます。
話は全く変わりますが弓射りさんスズケン先生だったのですかぁ!!(遅ッッ
何てお人にコメントもらってたのですかァァ!俺はァァ!(○魂風)
これからも末永くこの未熟な馬鹿にお付き合い頂けたら最高の幸せです。

この小説について

タイトル 第二話
初版 2006年12月17日
改訂 2006年12月17日
小説ID 1064
閲覧数 850
合計★ 8
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (4)

★シェリー 2006年12月17日 22時38分56秒
 ホント、見習わなければならないほどの、更新スピードの速さですね。どもシェリーです!

 今回もダイイングメッセージですが……その気持ちよく分かります。物語に合わせやすいですよねダイイングメッセージ。ビバ! ダイイングメッセージ!

 ……くだらない事で行数増やしてしまい、申し訳ありません。で、そのダイイングメッセージなんですが……多分解けました。というかその漫画持ってます(笑)
 コナンとその漫画は僕のバイブルです!

 で、一つ、注意点なのですが。
 物語中に『神奈川県警捜査二課殺人事件担当警部筧善弘』と出てきましたが、捜査二課では、殺人事件は担当していません。
 担当しているのは捜査第一課。その中で強行犯と特殊犯に分かれます。
 捜査第二課は詐欺、背任、横領、汚職、選挙違反、告訴・告発事件、金融事件、名誉毀損、コンピュータ犯罪などの知能犯捜査を担当なんです。

 ミステリーを書くのであれば、覚えておいて損はないので是非、覚えて、あわよくば自分でも調べてみて下さい!
★トリニティ コメントのみ 2006年12月17日 22時46分55秒
ご指摘有難うございます。
さっそく直しておきましたよ。ふっ、仕事の速い俺様(←馬鹿&失礼
そっかー第二課と第一課って違いがあったんですね。(知らなさ過ぎ
とても勉強になりました。無知なトリニティにこのような愛ある(?)コメントをくださってどうも有難うございますです。
★冬野 燕 2006年12月18日 17時31分52秒
 刑事さんの口調と強引さに、「まさか変装した桐崎!?」と思った愚かな猫が一匹。
 ダイイングメッセージ。それは死者からの伝言。
 っていうか普通に犯人の名前残せよ、と思う僕から駄目な香りがする。

 さて。変に細かい指摘になりますが。
 神奈川北西。フィクションにこだわりすぎて、場所があれです。不明確です。
 個人的に閑静な住宅街とか、マンションとか欲しいところです。つまりワガママなのです。
 
★涼月 2006年12月18日 22時13分25秒
 また妙な方が出現しましたね。←こら
 少し変わった雰囲気が出てきて面白いと思います。ダイイングメッセージは、解りません。推理モノの謎を自分で解こうとしても解けたためしのない奴です。

 冬野燕さんと被りますが、せめて地域名を出していただきたかったと思います。余談ですが、高校(中学)のとき使ってた地図帳ってこういうとき役に立ちます。
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