そして世界は・・・ - 第七話

「え?」
 ゆかりは思わず声を上げた。広い部屋には女性が二人。男性が・・・六人。容疑者は五人だ。男性だけでも多い。
「春原さん?どうしたんです?」
 陣内が中々部屋に入ろうとしないゆかりに言うが、彼女は心ここにあらずといった感じで部屋を凝視していた。
「おい陣内早く入れ!」
 後ろで山瀬が叫んだ。廊下は広いが部屋への入り口は標準なのでゆかりが塞いでいると誰も入れなくなる。
「春原さん」
 陣内が訝しげに聞くとゆかりは何も答えずそのまま凄い勢いで部屋の中に入っていく。
「・・・」
 ゆかりが退いたことのよって中が明らかになった部屋を見て、陣内は目を細めて軽く頭を下げた。
 それを見る、少しだけ笑った柳原はサングラスを押し上げる。
 ゆかりに続いて部屋に入った陣内の後に山瀬と部下二人、柳原は進んでいく。

 あれから、容疑者五人を集めるまでにそう時間はかからなかった。7キロ先にいるという者も、偶然近くの店に外食に来ており、全員が集ったのは召集がかかった20分後。一応待機ということで五人には応接間で待っている手はずだ。
 こうも性急に事が進んだのは、柳原の一言「楽雲仙の包丁」という言葉。楽雲仙とはここ神奈川でも有名な中華料理店で柳原の言うとおりに四川から取り寄せた材木を柄の部分に使っているのだ。それを一目で見極めるのは至極難しいが、柳原は何故かそれが分ったらしい。
 そしてその「楽雲仙」の板前が被害者中西秋晴の友人尾方武弘ということなのだ。まだパソコンの謎は解けていなかったが、中西氏の苦し紛れの行動だと、話がついた。
 そしてこのような推理が出来上がった。

 昔からの友人、尾方武弘は何かの事情により中西秋晴を殺す動機を得た。被害者宅に置いてあった自分の店の包丁で、被害者を殺してその場に凶器を捨て置いて何食わぬ顔で被害者の死の報せを受けた――・・・。

 この場合、幾つかの矛盾点が少なからず存在するが、山瀬たちはそれらを敢えて無視していた。ゆかりに言わせれば危険極まりないが、彼があまりに自信たっぷりなのでここは静かにする。
 だが、ここに来て彼女は静かにすることは出来なかった。
 部屋には見知らぬ顔が六つと、見知った顔が二つ。不自然なほど雰囲気が違うそれぞれ、正確には五人と三人は綺麗に二手に分かれていた。

 ゆかりはずかずかと部屋に進んでいくとまず蹲っている寝癖のひどい男を一度見て、その次に黒のサングラスとスーツを着た初老の男を見咎め、そして睨むような目で最後の1人を見た。
「なっっっにやってんのよ!」
 茶髪の髪に、女受けしそうな顔と胸ポケットの白い布。
 彼女をここへ導いた張本人である筧善弘が、そこにはいた。
「や、どうも春原ゆかりさん。謎は解けました?」
 手を軽く上げて筧はにこやかに言った。周りの者たちは訳が分からずに黙っている。柳原と陣内だけが妙な気配を漂わせていた。
「解けました? じゃないわよ!あんたよくも騙したわね! 部長だなんて嘘じゃない」
 一気に言うと後ろの山瀬たちが少し身動ぎした。
「いや、騙したわけではありませんよ? 警察というのも、私の数多ある職業の一つです」
「胡散臭いわね」
「あなたこそ」
「あんたに言われたくないわよ」
「どうもです」
 少し調子の戻ったゆかりと舌戦を繰り広げる筧は、それでも気を抜かずにドアの辺りを注視する。
 小太りで黒いサングラスと部屋の中でも脱ごうとしないロングコートを着込んだ男は見えぬ目でこちらを捉えながら口端を吊り上げていた。その焦点は筧ではなく、筧の下で蹲っている者に降り注がれている。
「で?今度はこの事件をぱぱっと解決してくれるワケ?」
 筧から目を離し、自分より下のほうにあるくしゃくしゃの黒髪に話しかけた。
「・・・・・・・・」
 黒髪は何も言わない。
「ま、あんたの事だから聞いただけで解決するんだろうけど? あ、前みたいにゴキブリの真似するのね」
 ゆかりは少しざわついてきた部屋の中で彼に言う。
「・・・・・・・・」
 黒髪はまた何も言わない。
 ゆかりの額に青筋が浮かぶ。
「あんたに! 言ってるのよ!!」
 キレ気味に言いながらゆかりは黒髪の頭をペシリと叩いた。くしゃくしゃの髪が揺れる。陣内の息を呑む声がわずかに聞こえてきたが、ゆかりはそんな事は露知らずに目線を彼に合わせた。
「痛い・・・」
 スローな動きで頭をさする彼の名は。
 
 桐崎リュウ。
 先日にいきなり来ていきなり事件を解決した、自称探偵の謎だらけの男だ。

「えー、ごほん。遅くなりまして。さっそく、えー、容疑者の特定をえー、行います。えー、ここで明らかにされた犯人は、えー」
「ここで特定された犯人は早急に署まで連行します。尚、署ではなくここに皆さんを集めた事は諸事情によるものなので、あまり気にせずに」
 山瀬の分かりにくい言葉を無理やり奪い取り、陣内が喋り始める。容疑者候補である五人はそれぞれ不安そうに顔色を翳らせた。
 山瀬は少し苛立っていたが、ふと顔を上げるとゆかりが誰かと話していることに気がつく。
「んおおおぅやぁぁ〜?君は・・・関係者ではないな?」
 その後ろにいる部下二人も訝しげに三人を見ていた。陣内は少し目を細めると彼らの間に入っていく。
「春原さんのスポンサーである方です」
「はあ!?」
 ゆかりは思わず言い返したが筧に頭を押され、鼻が桐崎とつきそうなほどの距離になり、黙った。
(スポンサーですって!? あたしはどこからもお金なんて受け取ってないわよ!!)
「ふん、そうか。そちらのジャーナリスト君も春原君の協力者だと言うが・・・随分と友達をお持ちのようだ」
 神経質そうに鼻をひくつかせると、山瀬は容疑者候補の五人の前にどっかりと腰を降ろした。それに続いて他の者も座る。桐崎は相変わらずの体操座りで床に直接座っていた。筧と華月だけは立ち、筧だけは腕を組む。
「あ、あのー、犯人が分ったって・・・」
 中西秋晴の妻、中西恭子が不安そうに言う。
「えー、実は」
「あの」
 真相に入ろうとした山瀬の言葉を遮って1人の女が声を上げた。地毛がそろそろと見え始めている金髪を持つ、24,5歳ほどの女性は薄い赤の口紅を塗った口もとに鞄から出した何かを銜える。
「タバコ吸ってもいいかしら?」
 吸ってもいいかと聞きながら、もう火をつけている女性は中西秋晴の愛人である花田詩織だ。端正な顔はきつそうで、どこか疲れているような印象を受ける。
「ああ、まあ、いいぞ」
 山瀬が睨むように見てくる彼女に気合で負けて、タバコを許可した。
 その様子を眉を顰めて(しかめて)見る中西恭子。あてつけのようにむせてみせる。
「アラ、奥様。おタバコは嫌いなんでしたっけ?確かあの人も吸っていたはずですけど」
「あの人は私の前では決してそのようなもの、吸った事もありませんでしたわよ」
 言い合い、ガンを飛ばしあう二人をそわそわしながら見る男は中西氏と同じ会社に勤めるイラストライターの村尾雄二だ。
「ちょっ、ちょっと二人とも・・・」
 村尾が言うが女二人のにらみ合いは激化していく。
「・・・・兄貴が殺されたってのに止めろよ! みっともねえ!」
 少し目を潤ませ、言うのは中西氏の弟の中西晴彦だ。無精ひげを生やし、よれよれのシャツを着ている。
「まあ晴彦さん。そんな事を仰って。私の資産を狙っているのは知っていてよ?」
「奥様、“私の資産”ではなく、あの人の遺産でしょう?」
 中西恭子は、先ほどまでの不安そうな表情とは打って変わり、花田詩織、村尾雄二、中西晴彦を邪魔な者でも見るように順番に見ていった。
 山瀬もゆかりも、突然始まった昼ドラさながらの風景に少しばかり圧倒されている。
 その中で。
「止めねえか! 仏さんの家で、みっともねえ」
 机をばしっと叩き、その場の喧騒を沈めたのは今まで黙っていた尾方武弘だった。その顔は沈鬱に翳り、いかにも友人の死を悼む男に見える。
「正直俺は誰が犯人だろうと構わねえんだ。ただあの人が・・・成仏してくれりゃそれでいい」
「え・・・」
 暗い声音と表情で言う尾方に、慌てたのは山瀬たちのほうだ。犯人と疑っていた人物が実は静かに友人の死を悲しんでいたとは、彼らも夢にも思わなかった。その顔はとても演技で出せるものではなく、心の底から悲しんでいる様子だ。
「ど、どうするね立原君!?」
 山瀬が後ろに控えていた部下に密かに話しかけた。
「いや、自分にはとても・・・・」
 年配の刑事は焦った様子で首を横に振る。
 それを見ていたゆかりは嘆息し、桐崎と同じく床に腰を下ろした。
「いやーねぇ。こういう遺産問題とかって。どろどろって感じ」
「まだ易しいものです」
「んん?どういう意味?」
 答えが返ってくるとは思っていなかったゆかりだったので、桐崎の言葉には少し驚いた。だがおくびには出さず、淡々と話す。
「・・・・・・・私とあの男は」
 桐崎は柳原の方を顎で指した。
「・・・顔見知りです」
「えっ!?」
 頬杖をしていたゆかりはびっくりした顔で桐崎を見ると彼は前を見ている。だがその目は別の何かを見ているようで、景色は映っていないかった。
「ねえ、あんた」
「今は」
 ゆかりの言葉を阻み、桐崎は顔を上げる。そして口元にそっと人差し指をあてがった。額を隠した黒髪は彼を童顔に見せているが、その瞳はどこか空虚でそのくせ何かを激しく欲しているようでもある。
 これにゆかりは、何も言えなくなった。
「あとで・・・・聞くわ」
 やっとそれだけ言ってゆかりは前に意識を向ける。すかすかな推論を掲げようとしている山瀬たちのこれからの動向を見るために。
 あまり期待は出来なかったが。

後書き

は・・・い・・・。
今回は長かったんじゃないでしょうか???
え?そうでもない?
いえいえわたしにしては長いのですよ。少しだけね。

え、今回はやっと対面です。柳原と桐崎は今のところまだ表立った接触なし。次回でバトル(?)が始まると思います。
ここで少し補足。
Q「桐崎達が到着した時間からすると階段を上がってくるのに20分以上かかっているのでは?」
A「はい。実際かかってます。33階ですよ?それぐらいはかかります。(←無理やり;)」

ではでは次回でまた会いましょう。

この小説について

タイトル 第七話
初版 2006年12月26日
改訂 2006年12月26日
小説ID 1094
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トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
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