そして世界は・・・ - 第十話

「ちょっと!何してるのよ!」
 ゆかりはカッターを素手で掴む桐崎に歩み寄った。後ろに居た陣内と筧も慌てて駆け寄ってくる。
「200、引かずにそのままゆっくり手を離してください」
 少しばかり焦りながら筧が言うが桐崎は手を離そうとしない。
「また殺す気ですか?」
 至って普通の対応で淡々と言う桐崎は、しかしカッターを握り締める手を緩めはしなかった。両刃のカッターが彼の肉に食い込んでいく。
「ちょっ、桐崎!」
「あなたの命は、突き詰めればあなたのものではありません。あなたがこれで死ねば、あなたは自分を殺したと、いうことになる」
 血が床一杯に広がっていく。大変な出血量だ。それを見た恭子が悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
 筧は自分のスーツを脱ぎ、シャツも脱ぐとそれを引き裂いていく。彼は桐崎のカッターを持ったままの右手を優しく開かせ、食い込んでいたそれを抜くと血だらけの右手にシャツの切れ端を巻いてった。
 桐崎の言葉に呆然としていた詩織は山瀬たちに高速されながらも何かの痛みに耐えるように、唇をかみ締める。
「あたしにはあの人しかいなかった」
 悲痛な面持ちで言うと彼女は苦しそうな顔をしながら山瀬たちに連行されたいった。
 そして容疑者から晴れて外れた他の四人も一応の事情聴取のために署まで同行していく。
 あとに残ったゆかりはまだ処置をしている筧達と後ろの方でただ何もせずに立っている柳原を交互に見つめた。

 何かが違う。

 二人の表情も。先ほどの空気とも。
 黒と白の相反する彼らの服がこの部屋にはどうも合わない気がしたのは果たしてゆかりだけだってあろうか。
 パタン、と玄関の閉まる音が聞こえると同時に動き出したのは柳原だった。静かにこちらに歩み寄ると静かに口を開く。
「ホームへ戻るのは君だ。200」
 ゆかりが聞き覚えの無い単語に柳原を見たのと、腹に衝撃が来たのとは同時だった。
 
 ◇ ◇ ◇

「った〜・・・え?」
 腹をさすりながら起き上がった彼女がいたのはベッドの上。他には誰も居なかった。急いで飛び起きてベッドルームを出ると、例のパソコンの部屋に通じている。
 だがそこに桐崎達の姿はなかった。
「何よ!」
 怒りと焦りで転びそうになるが、彼女はようようその部屋から出ると急いで玄関に向かう。扉を乱暴に閉めるとエレベーターのある場所へ走った。だがそれは今下表示になっており、33階までくるには大分時間がかかるようで仕方なく階段を探すゆかり。
 何かを感じていた。
 何かが何なのか分からない。
 でも何かがある。いや起こりそうな予感がした。
 階段を見つけると転げそうになりながらもそこから降りていく彼女。カンカンカンと靴音が鳴り響いていた。
 そして階段のフロア表示が13階になった時。目の隅に白い影を彼女は見た。
 暗闇でも見失わない、白を。
 雰囲気も気配も黒なのに、似合う色と聞かれたらしろと答えてしまうだろう。
 ゆかりは何故そう思っている自分が分からなかったが、半ばこけるようにして白い影が見えたバルコニーへと足を進めた。

 ◇ ◇ ◇

「さっきの言葉はなんだい?哲学者にでもなったつもりか?」
 柳原は口元に笑みを浮かべ、目の前に立っている白い男をサングラス越しに見る。彼はいつものように猫背で柳原を見ていた。違うところといえば雨によって寝癖が落ち着き、傷ついた右手からはまだ血が溢れているという事。
「突き詰めていけば命は自分のものではないか・・・。確かにそうかも知れない。君の場合、君の命は君のものでも、僕のものでもないからね」
 そしてまた笑い、雨に濡れたコートのポケットに手を突っ込んだ。その時の柳原の顔は不敵に口端がつり上がり、禍々しい雰囲気を醸し出している。
「僕はホームへは戻らない。そして、君も」
「そうですね」
 唐突に言った言葉は桐崎だ。相変わらず淡々と、右手の痛みなど感じていないような口調。
「天才はひとりでいいですからね。あなたは私を殺して、00(マルマル)としての威厳を取り戻す」
 桐崎の言葉に初めて柳原の顔に余裕以外の感情が見えた。
「200」
 陣内が桐崎の元へ行こうとするが筧がそれを制する。華月はただ黙っているだけだった。
「あなたが出て行かれたのは、私が200の名を受け取った次の朝でしたね」
 柳原の眉がピクリと動く。桐崎の、一見脈絡の無い話のように見える言葉は彼にとっては重要な重みを持っていた。
 そんな中、転げるような、走ってくるような騒がしい足音がそこに響く。桐崎以外の者が一斉にそちらを向くと。
「は、はあ、はあ・・・・桐崎・・・」
 肩で荒い息をつく、春原ゆかりがそこにいた。

 ◇ ◇ ◇

「は、はあ、はあ・・・・桐崎・・・」
 ゆかりは息を整えると前かがみになっていた体制から姿勢を正す。そして真剣な表情でそこ一帯を見据えた。
「あなたの計画はこうだ。事件が起き、私と対面する。事件を自分が解決し、その後私を殺害する。華月は困る。ホームへつれて帰るはずの200を殺された。どうすればいい?ならば、自分がもう一度天才の座につこうか、と」
 ゆかりの前で桐崎は、一気に言う。ゆかりもこれほど喋っている彼に驚いたのか何も言えなくなった。だがそれ以上に驚いたのは、華月だ。
「200・・・知っておられたのですか」
 黙って柳原の方を見ている桐崎に初めて感情らしい感情を見せた華月。その形は、桐崎に対する畏怖だった。
「私の潜伏場所を高杉氏の私邸にしたのが間違いでしたね。あの方はホームにも寄金している」
 果ての見えない話に、ゆかりは何も言えなくなる。雨が強くなり、バルコニーの六人は濡れそぼっていた。
「意地のお悪い・・・」
 自嘲気味に笑う華月だったが桐崎は特に何の感情も出さず、改めて柳原に向き直る。
「違いますか?」
 聞く桐崎の声は震えていない。掠れてもいない。ただ淡々と機会のように話すのだ。誰にでも。
「いいや、違わないさ。君の想像の通りだ。僕は・・・もう一度天才と呼ばれたかった。世界の頭脳と。犯罪者の敵と」
 柳原は至って落ち着いて話している。桐崎も黙って聞いていた。だが若干その顔色は悪くなっている。
「初代から00を受け取り、君が来るまでは僕が世界の救世主だった。だがどうだ。君が200を与えられてからというもの・・・ホームは僕を必要としなかった」
「だから200を殺すというのか」
 筧が静かな敵意に満ちた声で言った。風の音が耳にうるさい。
「僕がホームに帰るにはそれしかない。僕が天才と呼ばれるにはね」
「その通りです。ホームにはあなたが帰るべきだ」
 桐崎の言葉にゆかりと桐崎以外の面々が言葉を失った。風の音だけがその場を支配し、誰も逆らえない。
「に、200・・・?」
 最初に沈黙を破ったのは陣内だった。スーツも髪も全て濡らして不安の表情を隠せないでいる。
「私はもう疲れたました。世界の頭脳という馬鹿馬鹿しいキャッチフレーズを背負う事にも。ホームにいる事にも。日本に来た理由はあなたを探していたわけじゃない。あなたを探し出した上で天才をあなただけのものにして欲しかったのです」
 呆然とする柳原。打ちのめされかのような華月達。青白い顔を更に青ざめさせてただ一点を見つめる桐崎。何も事情が飲み込めないゆかり。
「200!あなたは世界になくてはならない存在です!ホームには帰って頂きます」
 雨に濡れても乱れない白髪の数本入った髪は彼の性格までも映し出しているようだった。
 低いバリトンの声で言う彼の言葉に桐崎は依然反応を見せない。
「じゃあ200、君は・・・」
「もうホームには戻りたくありません」
 陣内たちの息を呑む気配がゆかりにも伝わってきた。柳原は脱力したように入れていた手をポケットから出すと一緒に掴んでいた布を地に落とした。
「僕の勝手な勘違いだった。君の心なんて知らなかったよ」
 そう言うと柳原は布を蹴り、転がした。転がせるという事は中に何かが入っているということ。中からはゴツ、と鈍い音が響いた。
「包丁・・・」
 ゆかりは思わず呟く。そこにあったのはゆかりの言葉通り確かに包丁だった。だが何故包丁を布で巻いてたのか。
「君を殺すために持っていたものさ。楽雲仙の包丁だ」
「え!」
 ゆかりが大声を上げた。
「気付いたかい?花田詩織が使ったのと同じものだ」
 地に落ちている包丁は瞬く間に雨に濡れそぼり、鈍色となっていく。
「変装して彼女に持ちかけたんだ。包丁を二つ盗んでくれば人の殺し方を教えてやるってね。ちょうど容疑者候補の中にこの店の料理人がいたから。人っていうのは案外しぶとくてね。ちょっと刺した位じゃ死ねないんだ」
 どういう揶揄があるにせよ、意味深な言葉の前にゆかりは気になる事があった。
 花田詩織に、人の殺し方を教えた?
「何でそんな事・・・っ」
「ははは、悲しむのかい春原君。君が来なければこの計画は成功してたはずだ。下手に僕の顔を知っている人間がいると途端にやりづらくなる。まあ、苦し紛れについた嘘も警察が勝手に解釈してくれたがね」
 柳原は諦めたように脱力するとゆかりを見た。目に少しだけ涙を溜めたゆかりも当然濡れている。
「200・・・こうなる事を踏まえて彼女を引き込んだのですか?」
 筧が言うと陣内も同意する。当のゆかりだけが、いまだ本筋が掴めずに頭の上に疑問符を乗せていた。
「100が春原さんと何らかの接点を持っていることは裏ルートから知っていましたから。利用させてもらいました」
 利用という言葉にゆかりは眉をしかめながらも心の中では納得していた。最初に会ったときの無理やりすぎる展開、自分を監視していたという言葉。全てがこの日のために用意されたシナリオだったのだ。
 つまりゆかりは桐崎のひとつの駒として動かされていたのだ。筧に呼び出されてこの事件に遭遇する事も、予め桐崎がレールを作っていた上を自分が走っていただけ。
「気に入らないわね」
 棘の在る声で言うと以外にも柳原が同意してきた。
「今回は完全に僕の負けだったようだ。逃げていいかい?」
「だめに決まって・・・」
 陣内の言葉を制し、前に立ったのは桐崎。
「行って下さい。私のためにもあなたは天才になる必要がある」
 桐崎の言葉に柳原は一瞬顔をゆがめるが、何も言わずにその場を立ち去っていった。
「100・・・もうこれ以上・・・」
 これ以上、何を言おうとしたのだろうか。
 桐崎の体が不自然にふらつき、ゆかりの方へ倒れこんだ。
「え?」
「200!」
 慌てて駆け寄ってきた陣内が桐崎の倒れた体を支える。意識を失った者特有の重さが陣内の腕にかかった。
「出血多量だ。筧、救急車を呼べ」
 華月が桐崎のすっかり冷えた手を取りながら、言う。本来白であるはずの巻かれたシャツはもうどこにも元の色が分かる部分がなかった。
「本気か?日本の医療機関に200を?」
「仕方ないだろう。命に別状が無いとは言え看過できるものでもないのだ」
 そこまで言われた筧は急いで携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。全員濡れていたがそこまで気温は下がっていなかったのであまり寒くは無い。だが体力の奪われた桐崎は違うのだろう。雨と大量出血と傷の熱とで、彼の体は冷え切っていた。
 ゆかりはただおろおろして無意味にハンカチを握り締めているだけだった。
 

 あっという間に救急車が到着し、桐崎は運ばれていく。ゆかりはマンションの下に残された。手には救急車の去り際に華月から渡された紙が一枚。何かが中に挟まれているようで厚みがあった。
「何かしら」
 ゆかりが雨の当たらない場所でその紙を開くと、案の定別の紙が挟まっている。
 それは半券を切り取る仕組みなっている、航空券だった。
「え?」
 ゆかりの目はその行き先に奪われる。

「アメリカ!?」

 一定の間のあとに近所から苦情が来る様な大声で言うゆかり。
 
 アメリカ合衆国。
 多様な文化の最先端。

 どうやらまだ、あの寝癖で猫背の男はゆかりを手放す気は無いらしい。

後書き

いやーーーーー、終わりました。
十話ですよ。長かった・・・!
でもまだ続くらしいですぜ親分。
100の意味も200の意味もホームの意味も引っ張ったまま終わるらしいですぜ親分。
あいたっ、い、石を投げないで下さい!
こう見えてもナイーブなんだから!ガラスのハートなんだから!

>>冬野 燕さん、コメントありがとうございます。ホント昼ドラよねー。
「あの人がいないと生きていけないノー」的な;;
ああ、桐崎とゆかりもそんな風になってくれないかなー?

>>シェリーさん、コメントありがとうございます。六話へのコメントということでまだ桐崎とゆかりあってませんね。
震えがきたなんて・・・そんなっ、もったいないお言葉・・・!
これからも小汚く拙く稚拙なわたくしの駄文たちですが、どうぞ読んでやってください。

この小説について

タイトル 第十話
初版 2006年12月31日
改訂 2006年12月31日
小説ID 1123
閲覧数 822
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トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (1)

★冬野 燕 コメントのみ 2007年1月9日 13時03分21秒
 引いて、引いて、突き放す!
 まったく展開読めず。これ、兵法の基本。

 ホーム? 00? どこのスパイ組織? おいしいの?
 そろそろ明かされるのか、楽しみです〜。
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