幽天WARS - クロネコの説明

 小さな、波の音が聞こえた。
 それはただの空耳だったのだろうけど。



                 ――――― 幽天WARS ―――――


 目の前の黒猫は、依然林の中を進んでいる。辰己も黙ってついていく。
 時折何かが通っていく気配だけが空気を震わせた。その度に体をびくつかせた辰己だったが、彼の目には何も映らない。
 器用に進む黒猫は、果たしてそれが見えているのだろうか。
 辰己はそればかり考えていた。

 しばらくすると、開けた場所に出る。黒猫、鉄(クロガネ)はその中央に行くと上を見上げた。
 辰己も慌てて鉄の後に続く。
 猫の後ろをついていくなど、なんとも滑稽な様ではあったが如何せん今の辰己は鉄しか頼るべき存在が無い。
 自分の行動を顧みることは敢えてせずに上を見上げた。

「あれ?」
 
 思わず声が上がる。
 それはもちろん辰己のものだが、鉄はそれを言及しようともしない。
 ただ上だけを見つめ、何か思うところがあるのか目を細めたりしている。
「星が・・・無い・・・」
 そんな鉄の様子など露知らずに辰己は見上げたままの体制で呟いた。しかし彼の言葉の通り、広がる空には星ひとつ瞬いてはいなかった。
 強いて言えばいつもよりも明るく巨大な月。
 自分が月の近くにきたのか、月が自分の近くにきたのか。
 そう思わせるほど巨大で寒気が走るほど美しい月だ。
「ここには・・・心休まるときは無い。星などもう、幾年見ておらぬものか」
 鉄はふいに体制を変え、お座りをすると辰己たちが通ってきた林とは逆側を見据える。
 そこに何かがあるのか、何も無いのか。
 辰己には分からなかった。
「・・・あんたは・・・霊とか戦とか言ってたな」
 やっと空から目を離すと辰己はこちらに背中を向けている小さな黒猫に語りかけた。
 艶のある体をゆるやかにこちらに向け、鉄は金色の瞳で辰己を捉える。
 達観したような金色は、赤みを散らした光彩で彩られてひどく淋しげに見えた。
「言ったな」
 鉄は静かに言う。
 薄い風がゆるゆるとその場を支配した。
「一体何なんだ。一から説明してくれ。わけが分からない」
 お手上げのように手を制服のポケットに突っ込み、鉄から少し顔を逸らして言うと辰己は大きく息を吸い込む。
「・・・お主には霊感が無いと申したな」
「ああ」
 金色から。ゆっくりと赤くなっていく瞳を何となしに見て辰己はおぼろげに返事をした。
 自分が何をしているのか、そろそろ分からなくなってくる。
「霊感無き者がここへ足を踏み入れるのは非常に珍しき事じゃ。ましてやお主のような童など・・・」
 童と言われ、ほんの少しだけ頭にきたがここで言及すればことは進まない。
 仕方なく辰己は、地面に腰を下ろして長くなりそうな鉄の話を黙って聞くことにした。
「少なくともわしの経験上初めてじゃ」
 そう言われても嬉しくも無い辰己は適当に相槌を打つ。
 遠くでまた何かの気配がした。
「今現在、ここは戦場と化し実際霊と妖が争っておる。何故か。理由はただひとつじゃ」
 それまで合わせていた辰己との視線を外し、背後に巡らせる。髭がはたはたと動いて辰己は何事かと身構えた。
 その内聞こえていたカラスの鳴き声も消え去り、木々の間をすり抜ける風しか世界に音がなくなる。まるでここには自分達だけしかいないのではないかという錯覚さえおこさせた。
「黄泉の手前の陣を、どちらが握るかということ」
 陣、領域のことかと辰己は1人納得する。
 動物でいえば縄張り争いか。
 辰己は霊や妖がかなり人間味を帯びていることに安堵感を覚えた。同時に、死して尚そのようなつまらない問題に振り回されているのだろうかと性を悲しく思いもする。
「ここはな、天堂に最も近き場所じゃ。黄泉こそが天堂と言う者もあるが、そうではない。黄泉とは天堂の手前に属する、言わば現世とあの世の狭間」
 天堂とは、あの世のことだ。
 命あるものがその息を絶つと召される場所と宗教では説明されている。
 実際、辰己はあまり信じていなかった。
 霊の存在も、妖の存在も、あの世の存在も。
 だから今は、鉄の話についていくだけで精一杯だった。
「狭間には不思議と力が集まるらしい。負の力も、陽の力もな」
 鉄はそこで一旦言葉を切り、後ろを完全に振り向く。
 辰己も気になって覗くが何も見えはしなかった。あるのは暗闇の林だけ。
「急がねばならん」
「え?」
 小さく呟きにも似た鉄の言葉は辰己には聞こえなかったようだ。
 聞き返すと怪訝な顔をした。
「よいか童。この領域でお主のような生きた魂はここの住民共の格好の餌じゃ。死にたくなければわしの言うことを良く聞け」
 大分急な展開になってきたが、急がねばならないらしい。
 辰己は真剣な表情になると鉄を見据える。
 ひゅるひゅると喉を鳴らす声がそこらじゅうから聞こえてきた。
 辰己はごくりと唾を飲み込む。
「お主はここでわしに出来なかったことをやってもらう。偶然じゃがここへお主が来たのは助かった」
 どんどん声は大きく増えていく。
 それは次第に辰己の耳にもはっきりと聞こえるようになっていった。
「よいか、お主はまずこの先にある祠を目指して一直線に駆けろ。祠は石造りじゃが人が入れる構造になっておる。ひとまずはそこで落ち合おう」
「あ、ああ」
 聞こえる声は自分を見つけたのかそうでないのか。
 辰己は首筋に感じる悪寒に胸が痛みながらも空手で鍛えた精神力のおかげで何とか頷けた。
「わしは後からお主を追う。案ずるな、そやつらは未だお主の存在に気付いてはおらん」
 黒猫は金色から完全に赤に変わった瞳で辺りを見回して静かに言った。
 慣れているのか声は落ち着いている。
「行け!」
 鉄の声と共に辰己は勢い良く走り出した。反射神経も運動神経もいいほうだ。
 スタートダッシュはひとまず成功といえよう。
 辰己は後ろなど振り返らず、一直線に見えている林に飛び込んだ。
「う・・・っ!?」
 思わず鼻を押さえる。
 腐臭とも血臭ともつかない、えもいわれぬ匂いが立ち込めていた。
 吐き気に苛まれながら鉄に言われた祠を目指す。
 星は無いが巨大な月光で辺りの様子は大体推し量れた。ざわざわと木々が揺れる。
 無論辰己が出している音ではない。
 左から右から、禍々しい気配と凄まじい匂いの中で気が狂いそうなほどだ。
「くそったれ・・・!」
 辰己はつい悪態をつく。
 いきなりこのような場所に連れてこられて何も分からないままどこかに行けという。
「早く帰りたいんだよ!」
 匂いが口の中に入り、えずいたのは彼の自業自得であろう。




「はっ、はっ、はーっ・・・」
 石壁に背中をついて荒い息をつく辰己。
 今の季節は冬のはずだが彼は全身汗まみれだ。
「クソッ、一体何キロありやがるんだ」
 髪をくしゃりとかくとそこに座り込み、長いため息をつく。その視線のままで後ろの壁を見た。
 灰色で傷だらけのそれは確かに人が入れるほどに大きいもの。
 だがここまで辿り着くのに彼は走りづめ、ゆうに10キロは走っていた感覚なのだ。
「取り敢えず・・・入れっつったな・・・」
 体を起こすと学生服を脱ぎながら中を見回すとそこは地面よりも一段高くなっていることが分かる。床張りで外から見るより奥行きがあった。
「うわ・・・臭ぇ」
 ここもきつい匂いが充満しているらしくカビの据えたような息苦しくなる空気で満たされている。
「ここであってんだよな」
 学生服で鼻を覆い、視線を忙しなく動かして中を確認すると一番奥に格子があることを発見した。
 木造であろうそれは向こう側に何かを置いているらしく辰己の位置からはよく見えなかった。
「仏像・・・?」
 格子の向こうに見えるのは人型であぐらをかいた状態で座っているのが見える。
 辰己は吸い寄せられるように格子に近づくと木の部分に触れた。
「・・・・・・・・・・・」
 ぼうっとした目で格子の向こうに手を伸ばす。
「触らん方がよい」
「・・・っ!」
 誰かの声に驚き伸ばした手を勢い良くもとに戻すと振り向いた。
「それは御神体じゃ」
「はぁ・・・鉄さんかよ・・・」
 安堵したように完全にそちらを振り向くと入り口の辺りにちょこんと座っている鉄を捉える。
 辰己は大きな息を吐き、その場に座り込んだ。
 その辰己のもとに鉄が近づいてくる。
「何故ここが天堂に取り込まれずに存在し続けていくか。何故力が集まってくるのか。・・・全てそれが原因だ」
 いつの間にか金色に戻っていた鉄の瞳は仏像を正面から見ようとはしない。
 彼は前足を突き出すと体を伏せた。喉がぐるると鳴り、顎を突き出した前足に乗せる。

 そーすると猫なんだけどなァ・・・。

 そんな事を言えば何をされるか分からない。
 辰己は顔がにやけそうになりながらも仔猫といえる小さな体で蹲る黒猫の横に並んだ。
「わしの・・・出来なかったこと・・・それはこれを破壊することじゃ」
「えっ!?」
 蹲ったまま言う鉄の言葉に辰己は動揺を隠せない。
 天堂に取り込まれずにいられるのはこの御神体と呼ばれる仏像のおかげというのならばこれはありがたいものではないのか。
 破壊するという鉄の真意が分からない辰己は怪訝そうに横にいる猫を見つめた。
「これは余りにも力を集めすぎる。その反動でこのような事態を起こしてしまった」
「えっ? じゃあその戦ってのはコイツが引き起こしてんのか?」
 鉄は目を閉じて肯定する。
 辰己は手の平で顔を覆うと頭の中で今一度自分の状況を悔いた。
「何てトコに来ちまったんだ・・・俺は」
 手の平をそのまま頭に持っていくと頭をかき回す。
 目の前にある仏像は奥までよくは見えないものの不思議な力を辰己は感じた。
 実際に先ほども何かの力に促され、格子の向こうに手を伸ばそうとしたではないか。辰己は静かに眠る仏像を見ると小さく舌打ちした。
「で? どうやって壊すんだこれ」
 頭に手をかけたまま呆れたように言う辰己は祠の中を見回した。
「分からぬ」
「あ!?」
 今度こそ驚いたように辰己は鉄の方を見る。
 彼は薄く目を開けて金色の瞳を静かに眠る仏像に向けていた。
 果たしてその目には何が映っているのか。
 辰己には見えないものが見えているのだろうか。
「わしは200年前にこれと共にここへ来た。おぬしらの年号で言うならば・・・江戸末期頃・・・じゃな」
 遥か彼方の時代に辰己は思いを馳せる。
 江戸末期といえば海外からの遠征に来る者達で溢れ、明治維新が始まりつつあるときだ。15代将軍徳川慶喜が朝廷、つまり天皇に政権を帰属してその長きに渡る江戸の治世を終わらせようかと思い悩んでいるころ。
「その頃はまだこの地に戦の火はなかった。霊共もここに留まることなく天堂に向かっていた」
 鉄は一旦言葉を切ると忌々しいものでも見るように仏像を見つめる。
 その目があまりにも痛々しく、辰己は何故か言葉を失った。
「この御神体が霊共をここに縛りつけ、あまつさえ半端な力を与えてしまった。もとは妖共の領域であったここが霊共に奪われようとしているのだ」
 静かに話してはいるが、鉄の言葉はただ事ではない。
 辰己は話についていうのが精一杯だったが鉄の分かりやすい説明で何とか状況は掴むことができた。

 つまり。
 ここは仏像によって作られた天堂と呼ばれるあの世の手前の世界。
 その世界では仏像によって縛り付けられた霊達が半端な力を与えられ、そこにもとからいた妖怪達の領域を奪おうと争いを繰り広げているらしい。
 辰己は、全ての元凶である御神体と呼ばれる仏像をどうにかして破壊しなければならないらしい。
 偶然というにはあまりにも出来すぎた展開だが、辰己はこれを成し遂げなければ家には帰れないという。
 仕方なくだが、この非常識な事態に彼も参戦することにしたのである。



 後編へ続く。

後書き

後編へ続くー!
ハイ、修正+加筆しました。

設定を考えるのが大変だった!!
アレがアレになるのか〜と思いながら読んでくれると嬉しいです。

この小説について

タイトル クロネコの説明
初版 2007年1月20日
改訂 2007年1月21日
小説ID 1196
閲覧数 861
合計★ 4
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 501
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (4)

★冬野 燕 2007年1月21日 0時45分58秒
 わー、金色から赤眼に!!?(言いたかっただけ

 一つだけ。
 すごい面白い展開になってきたのに、次で後編とは如何に?
 どんな風になるのか予想できないのでわくわく半分ドキドキしています。

 鉄さん……闘うネコ?
 はっ! もしや、ウチ(多湯島連合)の仲間と見た!!!(ごめんなさい
★トリニティ コメントのみ 2007年1月21日 10時27分59秒
コメントありがとうござます。

どうも迷える子羊トリニティです。
どんな展開になるのかわたしにも分かりません。
うっすらとイメージはあるものの、それは辰己自身が作っていくものだと思います。

半端なとこで終わってたので加筆しましたが・・・・どうでしたでしょうか・・・??
★シェリー コメントのみ 2007年1月21日 13時30分25秒
 凄く長い文章書いたのに一度消えてしまって、この感想書くの二度目です。死にたいorz

 またさっきと同じ文章を書くにも、テンションが付いてこないので、言いたいことだけ。

 僕はファンタジーとゲームは似たようなものだと思っています。ゲームが何故面白いのか? それはやっぱり実際にプレイをするからだと思っています。誰だってゲームをしたことがあるので、この楽しみ方は分かってくれると思います。
 さて、それではゲームに例えてこの小説の感想を。
 設定は素晴らしいです。苦手苦手と言いながらもここまで素晴らしい設定を造ったトリニティさんの才能は素晴らしいと思います。ただ設定にこだわりすぎている感があります。
 今回の小説はゲームで言うと、まだ始まってすらいないと思います。ゲームを始める前の説明書を読んでいる段階。説明書を読んでもゲームは面白くありませんよね? それと同じ事です。
 ゲームは説明ばかりでは面白くありません。このファンタジーも説明ばかりです。読んでいて世界観は分かっても、面白いとはこれっぽちも思いません。(厳しいことを言いますが)

 一番面白いゲームの進め方はプレイをしながら、分からないことを説明書で補っていく。これなんじゃないかと思います。
 霊や戦などの単語が出ていますが、実際に主人公は霊と戦ったわけではなく、ただ喋る猫の説明を聞いているだけ。
 もし、主人公が霊やらと戦っていたのなら、この猫の説明にも頷けるし、評価も5点を付けたんじゃないかと思います。

 このコメントで今後の小説に支障を来すようでしたら、その時は遠慮無く僕に言って下さい。厳しいことばかり言ってますが、これはこの作品があまりにも素晴らしく、あまりにも惜しいと思ったからです。こんな事書いた僕が言うのもなんですが、こんなコメントに負けないで、是非頑張って下さい。応援しています。……二度目だと文章まとまらないなぁorz
★トリニティ コメントのみ 2007年1月22日 20時47分27秒
シェリーさん、コメントありがとうございます。

確かに、設定にこだわっているところはありましたね。
どうにも今まで書いたものがそういうのばっかりだったんでついファンタジーやアクションについて説明書きが多くなってしまいました。
でも大方世界観は分かっていただけたかと思うのでこれからが、わたし自身書きやすいし読者さんの立場からしても今からの展開を追っていけると思ってのことでした。
わたしの場合、土台をしっかりしっかり固めすぎてから話に入るくせがあるようでこれからの作品についてもそれは変わらないかもしれません。
ですがこのようなコメントを頂けたのは確実に成長につながるものです。
厳しくともホントに伝えようとしてくれたことが嬉しいです。
これからもどうぞ読んでやってください。

それだけで生きていける。 (ぁ、言いすぎ?
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