幽天WARS - クロネコと仏像

      後悔はいつだって先には立たない


               ――――― 幽天WARS ―――――



 ひゅるっ
「くっ・・!」 
 くちゃっ
「うわぁっ」
 べちゃっ
「ギャー!」
「何じゃ先ほどから。奇怪な声を上げおって」
 辰己の前を軽く走っているのは黒い仔猫。
 金色の瞳は常に前を向き、月光に照らされているとは言えまだまだ薄暗い。
「そうは、言っても!」
 辰己は右から左から来る影に時々体を持っていかれそうになりながらも必死で木々の中を進んでいた。
 今まで見えなかったものが、辰己にも見え始めて恐怖よりも焦りが彼を支配している。
 “視える”というのは人間に恐怖は与えないらしく、今の辰己は霊というものが自分の顔や手や胴を撫でていくがそれに怯えることはなくただただ走るだけ。
「おい! まだ着かないのかよ!」
「まだじゃ」
 涼しげに言う鉄は声からしても疲労している様子は無い。
 一方の辰己は先の祠に到着するまでの10キロランニングがキたのか息も切れ切れだ。
「あーっ、クソッ!」
「クソ言うな」

 え?

 辰己は強い概視感に襲われた。
 どこかでこの場面を見た事がある。
 でもそれはいつだったが分からない。
 だが彼は深く考える事はせずに走ることに専念した。


 彼らが何故木々の間をすり抜けているのか。
 それはこの木々の向こう側にあるというもう一つの仏像を見るためだ。
 祠の仏像とは違い、溶けて崩れているのだという。
 祠の仏像を破壊するための手がかりか何かを見つけ出すためだったが如何せん「通りすがりの霊」が多すぎたらしい。
 今辰己は霊に揉まれながら仏像のもとまで走っていた。

「・・・ん?」
 走っていると鉄(クロガネ)がいきなり身軽な体を止める。
 辰己も鍛えた反射能力で詰まらずに立ち止まった。だが苦しそうに肩で呼吸し、汗は首元まで垂れている。
「やはり無事に行けそうには無いらしい」
「はやり!? 最初っから無事じゃないこと想定済みかよ!」
 苦しそうながら突っ込むと辰己は後ろの木にもたれかかった。
 向こう側からは何かの気配は確かにする。
 辰己は鉄を一瞬見たが小さい体は不思議と力強く見えた。
「隠してきたが・・・とうとう見つかったようじゃ。気をつけろ、どこから来るか分からぬ」
 辰己の位置から鉄の表情は見えなかったが緊張はしていないようで会った時と何ら変わらない口調で言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 暫く風のすり抜ける音しか聞こえない。
 と、そのとき。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 奇怪な声というよりは金属音のような高い音がその場を支配した。
 そして、辰己がよりかかっていた木の、後ろから。
「うわああっ!!」
 
 手が。
 
 白い、手が。
 
 にゅるりと伸びてきた。
 異常に長いそれは辰己の体を拘束すると木との間に挟みこむ。
「ハァアア・・・・・・」
 腕のある場所からは考えられないところから顔が出てきた。女とも男ともつかないその顔はかなりの形相だ。
「うわっ、うわぁ・・っ!」
 辰己は混乱したが反射ともいえない速さでその顔に肘鉄をめりこませる。
「ヒュウウッ」
 顔には当たり、木の中の顔は引っ込んでいった。すると手も解けて辰己は転げるように木から離れる。
「言ったではないか・・・・どこから来るか分からぬと」
「あんた前向いてただろ!」
 顔を青くさせ、膝をついて鉄に言うが彼は相手にした様子もない。
 辰己は顔に当たった肘を見て何も異常がないのを確認すると立ち上がり、顔があった木を見た。
 そこは何も無かったかのようにもとの木に戻っている。
 霊の気配さえなかった。
「でも・・・霊っていうからてっきり人間の形してると思ってたけど、まるで化け物だな」
 顔を思い出して一度身震いする。
 女なのか男なのか分からなかったが、今一度思い出すと子どもだったような気がした。
 小さな子どもの顔。
 改めて不気味さに寒気を感じた。
「それもあの仏像の力じゃ。霊を妖に妖を唯の獣にする」
 先ほどよりはゆっくりと走りながら鉄は言う。
 周りを警戒しているのだろう。
「そういや鉄さん、さっき見つかったって言ったけど隠れる方法があったのか?」
 辰己は鉄の小走りに合わせると歩くペースになるので周りを鉄以上に気にしながら林を進む。
 気配はした。
 音もした。
 だが姿は視えない。
「あるぞ。結界、というてな。身体に密着させて張ることで気配を絶てる」
 小走りの鉄はまたもや止まった。
 辰己も鉄と同時に止まる。
 
 そろそろ気配の動きが読めてきたたな・・・。要は試合と同じだ。来ると思った瞬間に一瞬目つきが違う。動きも違う。
 霊も一緒とは驚いたけど。

 辰己は目を細めると手の平を握ったり開いたりする。
 汗が光っていたが着ている学生服で拭くと辺りの音を聞き逃さないように息を詰めた。
「・・・っ! 前だ!」
「何・・・!?」 
 鉄よりも早く、辰己は指を指すと駆け出す。
 鉄は暫くその場にいると金色から赤へと瞳の色を転じさせ、辰己のあとを追う。
「わしよりも速く気付いただと・・・・」
 赤い瞳を揺らして辰己の背中を捉える鉄は小さく何かを呟くと体を丸め、猫で言う狩の体制に入った。
「赤銅、此れにあり」
 短く言い、走っている辰己の横を通り過ぎてその先で口を開けて待っている“霊”に飛びつく。
「鉄さん!」
 辰己は叫んだが遅かった。
 鉄は黒い灼熱と化し、口と呼べる場所に吸い込まれて行く。
 口は閉じ、完全に鉄を飲み込んだ。

 刹那。

「うあああっ!?」
 目を焼く光りに腕を翳す辰己はその中に無数に蠢くイカの足のようなものを見た。
 爆発のような光りだったが爆音も爆風も無く、ただ光りだけが支配する。
 白い闇が、そこにはあった。
「鉄さーん!!」
 光りの中で目を閉じながら、黒猫の名を呼ぶ。
 もちろん返事はなかったが代わりに背中に大きな衝撃がきた。
「ぐっ・・!」
 肺の中の空気を搾り出されてくぐもった声を漏らす辰己。
 木々の根が張り巡らされた場所に激突するがすぐに体制を変えその場から飛びのいた。
 依然目は見えないが大体感覚と空気の流れで分かる。
「足か・・・・・」
 先ほど見えたイカの足のようなものが辰己を襲っていたのだ。
 辰己は目を瞑り、それを捉える事は出来ないはずだが長年の空手で培ってきた運動神経でそれを見切る。
 だがやはり目を潰されたのは痛いようだ。
「うわっ」
 足のような触覚に腕を取られ、引っ張られる。
 感触はさらさらとしていてイカのような粘膜はない。しかし妙に絡みつき、一度肌に吸い付いたら離れないような粘着性があった。
「・・・のヤロッ!」
 弱くなった光りに、辰己は少しだけ目を開けて絡み付いている触角を蹴り上げた。
 するとそれはいとも簡単に千切れ、腕から外れる。辰己はその反動で投げ出されていた宙から落下した。
「ギャー!」
 一瞬の浮遊感のあとに来る落下の衝撃。
 落ちる時、光りはすでに弱くなっており月光がはっきりと見えた。
 辰己は歯を食いしばると一瞬の動作で腕に絡み付いている触角の断片を取り上げ、頭に押し付ける。
「ぐへっ!」
 大きな岩に体をぶつけるがどうにか頭は守れた辰己は頭を下に、尻を上にした格好で岩からずるずると地面に落ちた。
「蛙かお主は」 
 いつの間にかそこにいた鉄が涼しい顔で辰己に言う。
 辰己は半眼で彼を捉えるとため息をついた。
「何だよ・・・食われてなかったのか」
 安心したようにそのままの格好で言うと鉄はフンと鼻を鳴らす。
「鼠に食われるとは猫がすたるわ」

 アレ、ネズミだったのか・・・・。

 辰己は自分の横に転がっている灰色の触角ともいえるものを見つめた。
 どこからどう見れば鼠の一部になるというのか。
「ここまで妖共が追い込まれていたか」
 鉄は舌打ちするとくるりと体の向きを変え、更に先へと進んでいく。
 辰己はそんな鉄を視界の端に捉えると体を起こし、学生服の汚れもそのままに鉄についていった。
「妖怪が追い込まれてるって・・・さっきの妖怪なのか?」
 鉄に追いついた辰己が流石に疲労を見せて言うと鉄はひょこひょこと進み、金色に戻った瞳を彼に向けて肯定する。
「そうじゃ。主に獣のなりをしておる者達を妖という。一方で霊は一部だけじゃが人間のどこかが残っておる」
 淡々と説明すると鉄は大きく右に曲がった。
 辰己も当然倣うが、正面が気になり少し立ち止まって先を見つめる。
 暗闇の更に暗闇。
 月光も届かぬという林の奥には辰己の目には何も映らなかった。
「見極めるのは簡単じゃ。霊共はおしなべて色が白く妖共は様々、といった具合でな」
 鉄は少し遅れてついてくる辰己に言い、ぴたりと足を止める。
「またか・・・・?」
「いや」
 辰己が足を引き身構えるが鉄は匂いを嗅ぐ様に鼻を動かして何も無かったように進み始めた。
「着いたぞ」
 あまりにも唐突に言った鉄の言葉に驚いたのは辰己だ。眼前には相変わらず木々しかない、ように見える。
 だが。
「ドア!?」
 木々の間に、木張りの扉が見えた。
 完全に林と同化しており、注意して見なければ見つけられないような色をしている。
 鉄は扉の近くに行くと引っかき傷が無数にある面に前足を乗せ、体重をかけた。
「入れ。もう一つの、御神体じゃ」
 鉄は辰己の方を向くと不敵に笑って先に入って行った。
 辰巳も意を決したようにそこに足を踏み入れる。


 そこは、今まで見た事もない世界が広がっていた。


                                 (四話へ続く) 

後書き

最初に、無計画ですみません。
未熟なわたしの力では三話完結は難しい話でした。
本当に自身の力量の無さを情けなく思います。

さて!
今回はバトルシーン(?)を盛り込んでみましたが、いかがでしたでしょうか。
妖怪と霊の違いについてなど、完全な独自世界の内容です。
四話はいよいよ御神体と対面。
辰巳君、頑張って!!

この小説について

タイトル クロネコと仏像
初版 2007年1月21日
改訂 2007年1月21日
小説ID 1216
閲覧数 936
合計★ 4
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
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活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (2)

★霜柱 光 2007年1月22日 19時39分21秒
どうも、最近スランプ中の霜です。
こんなに描写が多いバトルシーンが書けて良いですなぁ。楽しませてもらいました!
猫がツボです。大好きですよ鉄サン。渋くてカッコイイー!!
辰巳も好きですがやっぱり鉄サンですねぇ。
次は御神体と対面ですね、楽しみです!
★トリニティ コメントのみ 2007年1月22日 20時34分52秒
コメントありがとうございます。

どうも迷える子羊トリニティです。
描写は・・・そう言って頂けると嬉しいですね。
鉄はねー・・・ちょっとこいつのインパクトが強すぎて主人公が押され気味という困った展開になってきました。
辰巳にもちょっとした伏線をしいたのでこれから活躍してくれることを願います。
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