幽天WARS - 戦とクロネコ



       餞の言葉など

              必要ない。




                 ――――― 幽天WARS―――――




 それは無造作に、まるで自然の産物かのように、周囲と調和して存在していた。
 一度見れば心奪われ、二度見ようものなら命を吸い取られる。
 そんな気がするほどに。

 清浄で、酷薄で、謎めいている。
 
「六華金堂・・・・如来・・・」
 辰巳はそれの近くまで行くと慄きを感じた。
 腰布の質感は本物と見まがうほどに精密で流れているような錯覚を起こさせる。
「このように、溶けておる。何の要素があるのか・・・わしには分からぬ」
「何か濡れてるみたいだけど」
 辰巳は像の近くまで行くと腰をかがめて見つめた。
 半分潰れた顔は何も語らない。
 ただ不気味さを醸し出しているだけで何かを読み取ろうとすると寒気が走るのだ。
 勝手に早鐘を打つ心臓は、いくら辰巳といえどしばらく抑えられそうにない。
「以前舐めたことがある。どうも通常の水ではあるようだが・・・大したことは分からなかった」
 舐めたのか、という疑問は胸にしまって辰巳は唸りながら像に顔を近づけてみる。
 そのとき、突然風が吹いた。
 さざ波と共に木々がゆれ、ここに来る前に聞いた音は全く別の心安らかな音がする。
「わぶっ」
 風と共に舞った物が、もう一つ。
 白い実のような、仏像の上に降っていた粉のようなものが辰巳にもかかったのだ。
「気を付けろ」
 頭に顔に粉を被った辰巳は半眼になりながら隣にいる黒猫を見る。
「何であんたにはかからない」
「フン、猫じゃからな」
 髭を動かし、やはり隣にいる辰巳に猫には出来ない瞳で辰巳を見た。
 辰巳は頭を振り、粉を落とす。
 そのとき、顔についていたそれが辰巳の口に入った。
「あ?」
 舌を出した状態で固まっている辰巳は更に顔から粉を取って自分の舌に乗せる。
「やっぱり・・・」
「どうした」
 おかしな行動を取る辰巳に鉄は目線だけ向けて問うた。
 辰巳は少しだけ躊躇うと仏像の表面の水滴も指で掬って舐めてみる。
「砂糖・・・だ」
「砂糖?」
 鉄は今度は完全に顔を辰巳の方に向けると聞き返した。
 その目には無意識なのか少しだけ期待するような光りが宿っている。
「これ、この粉。かなり薄まった感じの砂糖だ」
 髪についた最後の粉を振り払って、不気味な仏像を眺めて見る。
 先ほど聞いた音は、何の原因か分からないが仏像が溶けていく音らしくシューと蒸気が噴出すときの音と似ていた。
 仏像は潰れた顔で辰巳を見続けている。
 ただその瞳は辰巳自身を映しているのか、そうでないのかは分からない。
「何だって砂糖の粉なんかがこんな風に実みたいになってんだ」
 辰巳は実のなっている枝を自分の方に引き寄せるとまじまじと見た。
 それは白い粒が無数についているだけのもので、他には花も葉もついてはいなかった。
 だが手に付くとさらさらと落ちていき、地面につくころには消えるように風に流されていく。
 そのとき。

 ボフンッ

「あぎゃー!」
 鉄も思わず身をすくめたほどの爆発が起こった。それも、辰巳のすぐ下の方で。
 白煙を上げる仏像を前に辰巳は尻餅をついて起きた事態の突然さに驚いている。
 しばらくして白煙が晴れると、先ほどよりもっと溶け出している仏像が見えてきた。
「何だよ・・・いきなり」
 立ち上がってみて見ると仏像は右肩の部分が落ちたように崩れている。
 蒸気があがるような音も大きくなっていた。
「像が崩れておる・・・この粉が起爆源なのか・・・」 
 像の近くに寄り、鉄は溶けた部分をじっと見つめると目を見開く。
「・・・・ん?」
 見ていた仏像から目を離して入ってきた社の入り口の方を見る辰巳。
 入り口は影も形も無いが、どこか空気が違う。
 その視えない入り口から感じた事もない気配が漂っていた。
「おい、何か変だぞ」
「ならば月篠の像にも・・・・」
「おい!」
 1人で呟いている鉄に、辰巳は声を上げる。
 ざわざわと周りが揺れて景色がぶれ始めていた。
「・・・! 保てなくなっておるな・・・」
 鉄も気付いたのか急いで周りを見回すと、ぐにゃぐにゃと震える風景は動いているように蠢いている。
 
 いや。

 実際、動いていた。
 風景は、生きているように動いているのだ。
 それは、無数の、蠢く、妖で、埋め尽くされていた。
 蛇のように、鳥にように、動きながら空間を歪めて前へ前へと進んでいる。「何だよこれ!」
「戦じゃ・・・今宵は早き開始じゃな」
「戦!? じゃあ幽霊と妖怪の戦ってのが始まったのか!?」
 鉄は目を細めると何も言わずに動いている空間を見た。
 ざわざわと音をたてて視えない入り口の向こう側に向かっている。
 辰巳は何も言わない鉄の答えを肯定ととり、心中穏やかではなくその光景を見ていた。
「出るぞ。直ここも堕ちる」
 あまり急いでいるようには見えない鉄は一瞬仏像を見るとすぐに目を離して辰巳の肩に乗った。
「借りるぞ」
「お、おお」
 辰巳は走り出し際に乗ってきた鉄の重さに驚愕しながらも、言いたい事はひとまず飲み込んで視えない出口に向かって全速力で走り出す。
「走れ。その内出る・・・」
 来るときと同じような症状を出し始めた鉄は目線を上げて蠢く影を見る。
「もう遅いか・・・・」
「あ!?」
「いや、走れ」
 自分の足音に消された鉄の弱々しい声は辰巳には届かない。
 辰巳は速度は落とさずに走り続けた。
「おっ」
 しばらく行くと鉄の言うとおり、もとの平衡感覚を失くすような空間に出る。
 違うのは、そこに人外のものがいることだ。
 獣に見えないことも無いが、やはり違う。
 百足のような獣から、蜘蛛のようなもの。蛙にも見える獣、馬に似た獣。
 全て辰巳が今まで見た事も無いものばかりだ。
「うわぁあっ!」
 走りながら叫ぶと、それらの獣達が辰巳をぎろりと睨んでくる。
 赤い目は辰巳を捉えるとぎょろりと動いて一斉にぐねぐねと動き始めた。
 一言で言うと、真、気色が悪い。

「ハァアア・・・・」

「ぎゃああー!」
 半分涙目になりながらも足は止めない辰巳。
 木の根が見えて、異空間が終わりに近いことを報せている。
 途端、肩からふっと影がなくなって毛並みが頬を撫でていく気配がした。
「くっ・・・・」
「赤銅、“円月”」
 いつの間にか赤に変わっていた瞳を光らせながら静かに言うと黒猫の体が飛ぶように消え、蠢く妖怪の群れに突っ込んでいく。
「鉄さん!」
 走るのを止めて鉄の名を呼ぶと、それに反応するように妖怪の一匹が歩みを止めて辰巳と対峙した。
 髪を振り乱した人間のような姿だが、顔は青白い蝙蝠だ。
「生身・・・・」
「うげっ、喋っ・・・!」
 最後まで言い終えることなく、蝙蝠人間の髪がぞぞぞ、と伸びてきて辰巳の腕に絡まる。
 髪は薄い紫色で所々引っ張ると切れてしまう部分があった。
「この・・・っ」
 辰巳はそれを思い切り掴み、ちぎるようにして外すと後ずさる。
 髪は下に落ちたが生きているかのように辰巳の方へと進んできた。
「うげ・・・」
 粟立った肌をさすって更に後ずさると、気の幹に背中があたってそれ以上進めない。
 すぐに右を向くと暗い林が広がっている。
 鉄の姿は見えない。

「シャーッ」

「ぐうっ」
 いきなり、もたれていた気の幹から人間の手が伸びてきて辰巳の体を拘束した。
 あいつか! と思いながらも、もがくしか出来ない辰巳は前からも迫ってくる髪の毛を踏んで何とか応戦する。
「うあ・・・っ」
 みしみしと骨がなり、巻きついている腕が彼の肺を圧迫してくぐもった呻きが喉の奥で呼吸音となる。
 それを歯を噛み締めて耐える辰巳は青筋を浮かべて叫んだ。
「んの、ヤロー!!」
 辰巳は拘束している腕はそのままに足を振り上げる。
 木の幹に足の裏をつけて、そのまま踏ん張った。
 腕が限界に近い事を告げるが、無視して絡み付いている腕を振りほどこうとする。
「俺、は! 明日も! 学校、なんだよぉぉお!!」
 木が倒れる勢いで足を伸ばすと腕は少しずつはがれていった。
 それに勝手が分かったのか、辰巳は青筋を浮かべて完全に足を伸ばす。
「だあああ!」
 叫びながら木から開放されると息つく暇もなくその場から転がり、立ち上がりざまに近場の岩に身を隠した。
 彼の後を追ってきた紫色の髪はそのまま岩にまきつくと、その岩を粉々にしてしまう。
「おわ・・・っ」
 隠れる場所をなくした辰巳はほとんど転がるように走り出して林の中を駆け抜けた。
 どこかで爆発音が響くが、それでも辰巳の足は止まらない。
 鉄のことが気がかりではあったものの、あそこにそのままいればあの妖怪達の餌食になっていたのは必至だろう。
 異臭と共に追ってくる妖怪達は、だんだんと数を増やしていった。
 彼らは果たして辰巳を追っているのかそうでないのか。
 彼には分からなかったがとにかく、走って走って走った。

「うあああ!」

 叫びながら木の根に足を引っ掛けて転ぶと辰巳は拓けた場所に出る。
 記憶にあるそこは、最初にここに来たときに見た空き地だ。
 だが、最早空き地としての意味を成していない。
 蠢く影は、妖怪のものなのか霊のものなのか見分けが全くつかなかった。
 ただそれだけの数の影達がひしめき合っている。

 混沌。
 今まで生きてきた全てを否定するような、可笑しいのか恐ろしいのか分からなくなる光景はまさに戦そのものだった。



後書き

ハーイこんばんわ。

バトルシーンが浮かばなくて浮かばなくて。そこだけで一体何分使ったことか。
さて、今回は何となく仏像の謎が解き明かされる鍵のようなお話でしたけれども・・・

次回、戦と対面した辰巳がとる行動は!?
そこが一番のポイントであります。

この小説について

タイトル 戦とクロネコ
初版 2007年1月31日
改訂 2007年1月31日
小説ID 1245
閲覧数 983
合計★ 3
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
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活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (1)

★冬野 燕 2007年2月1日 20時48分25秒
 砂糖?
 も、もしや甘味が濃いと爆発を起こすのでh(ぷべら

 鉄ぇ……。生きて帰ってこいよぉ……よぉ……よぉ……(エコー
 頑張れ辰巳。聖杯でもなんでも使って生き延びるのだっ。
 明日も学校だから負けられんって(笑
 真面目すぎるよ、ホント。
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