that faint voice - 火事と喧嘩は江戸の華

 
 ここはお江戸も中心地。
 アタシの店のど真ん中。
 毎日人が入れ替わり、それこそ小せえ日本国。
 そらそらアナタもおいでなさい。
 アタシの自慢の江戸旅館。



 火事と喧嘩は江戸の華とはよく言ったモンでげす。
 年に何度小火があるか分からねぇ。
 年に何度刃傷沙汰があるか分からねぇ。
 それでもここは歩みを止めちゃぁいねぇんです。

 ああ、ホラ、その部屋はご年配さんのお泊りでげすからね、活ける花はあんまりお派手にしないの。
 
 今のは若手のキュウベエでげす。
 全く勝手を分かってねぇや。
 田舎暮らしの長い青二才は活気があっていいものの、室番には向いてない。
 風呂炊きなんかに回しやしょう。

 またネギをけちって、食材に金は掛けるといつも言っているでしょうに。

 今度は板前のヤスでさぁ。
 ガタイのいい分無口で何かと頑固ですがね。
 手先は器用で実を言うと小さいモンに目がないんでげす。
 本人に言おうもんなら何されるか分かったモンじゃぁありやせんが。

 オイオイお客に言い寄るんでないよ。

 困ったモンです、これは客引をしてるキクチヨなんでげすが、全く女子に見境無しといった輩でね。
 金糸の髪持ちといった珍しい毛色で雇ったんでげすが、軽薄で色物に興味の尽きぬ困った奴でさぁ。
 それでも旅館に来る女子の半分がキクチヨ目当てで来るモンで助かっちゃぁいるんですがね。

 あんまり働いてちゃお体に障りますよ。

 このお方はこの旅館一の古株でげす。
 おりんばぁさん、なんて呼んでますが本人はまだまだ元気と言い張る始末。
 そろそろこちらの心臓が保ちませんや。
 若い衆にとっちゃ母親のような存在なんでね。
 まだ辞められちゃぁ、こちらとしてもいけませんや。

 江戸は美しいところです。
 桃山の美麗を残しながらも町人の素朴を兼ねたこの町でアタシらは今、生きてます。
 旅館なんて派手なモンをやってはいますがね、やはりというか身に染みるのは人の道。
 性根の腐った奴なんざごまんとおりやすがその分だけ心根の綺麗な奴もいるもんでさぁ。
 巷じゃぁ、井原西鶴やら松尾芭蕉やらと噂になっておりますが、元禄の中にもはやり下町の何かが息づいていると感じたいものです。
 浮世の哀しさ、切なさを詩にするほどアタシら暇じゃぁありやせん。
 毎日毎日、顔に疲れの色が出るまで働いても今夜のおまんまにありつくのが精一杯なんでげす。
 それでも明日の笑顔のために、お客の善きお返事のために、頑張って参ります故、これからもどうぞよしなに。
 アタシともどもこの旅館、アナタ方のご来客をお待ちしております。

「若旦那ァ! 何ひとりでくっちゃべってやがんでい! 仕事しねぇか、仕事!」
 
 若旦那じゃぁありやせんよ!
 先代はもう九州に行っちまいましたからね。
 アタシが旦那でげす。

「それは耳にたこが出来るほど聞きましたよ。さぁ、市場に参りましょう。初物の鰹が上がったそうです」

 ほう、初鰹でげすか。
 そういや筍も出ごろですな。
 よし、行きましょうか。

「根いもも食べごろだ」

 キクチヨ! お前はどこから湧いてくるんだ。
 帳簿の片しは終わったのか?

「今夜の夕餉は鰹に筍、根いもですかい? いやぁ、楽しみだ」

 おや、大岡様、お散歩ですかな。
 今夜は、まぁ、楽しみにしてておくんなせぇ。
 うちのヤスが腕を振りまさぁ。



 義理と人情、活気の中にも責任重し。 
 米無き、米無きと叫びつつ立派に生きる町人文化。
 享保の改革なぞと幕府は叫んでおりますが、根性強しは江戸のタチ。
 見事生き抜き後の世に「江戸に花咲く旅館あり」なんて謳われることを願いつつ。




後書き

いぶし銀って言うんでしょうか? こういうの。
若旦那は私の中では結構イケメンな設定です。
お調子者だけど、頭は切れて尚かっこいい。
いいねぇ。
そして、ある小説のあるお方のこんな口調にハマってしまい、稚拙ながらも書かせていただきました。
まー、お江戸とは先の世の桃山時代とは比べ物にならぬほど下町の文化が花開き「侘びさび」「無言の美」から一転した華やかで活気溢れる町でございます。
本文にも出てきました井原西鶴、松尾芭蕉は江戸も元禄を代表する歌人です。
「好色一代男」や「武道伝来記」、「日本永代蔵」を残した井原西鶴は浮世草子の大成者ということで広く親しまれている人物ですね。
松尾芭蕉も「奥の細道」などの俳文紀行を残す、蕉風を確立した若き天才でした。
「行く春や鳥啼魚の目は泪」 や、
「夏草や兵どもが夢の跡」 など
奥の細道での詩はあまりにも有名です。
脱線しましたが、このように江戸元禄というのは誠にもって日本らしいといえばらしい町であり、京や奈良といった古来の伝統美とはまた違った観点の要素を含むため、私は非常に好きです。

長々とここまで書きましたが、本文含め後書きここまでご拝読、ありがとうござい!

この小説について

タイトル 火事と喧嘩は江戸の華
初版 2007年3月2日
改訂 2007年3月2日
小説ID 1346
閲覧数 1041
合計★ 8
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (2)

★ 2007年3月2日 18時43分22秒
いやぁ、素敵です。
この語り口、「おっ、おぉっ!」と乗ってしまいます。
言葉だけなのに旅館や街の風景が浮かびますね。お江戸にいるかのようです。
明るくてにやっと笑って「てやんでぃ!」なんていっちゃいそう。
最後も七五調だったら尚素敵だったかな、と思います。

なんだか元気をもらえる作品でした!
では、頼でしたっ!

★ミネ 2007年3月3日 15時26分43秒
最後の締めがカッコイイ!(・∀・)なーんて、私は思ったりしました。

テンポがよくて、すらすら読んでしまいました。江戸言葉っていうんですか?江戸弁?のリズムが心地好くて、面白いです。ここまで書けるのも凄いなぁ。
……江戸時代、いいですね。賑やかで楽しそうです。
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