that faint voice - 彼岸花


「アレ・・・?」

 どうやってここに来たのか。
 兄は寝巻きを着たままあかねと共に例の古城に来ていた。

「ここは・・・」
「おにいちゃん」

 不意にあかねの声。
 手を繋ぐあかねの手は異常に冷たかった。
 前ばかりを見ているあかねは兄の目には表情まで見えない。
 言い知れない不安を感じて彼はあかねの目線まで膝を折った。




 彼らはあの後、家に帰ってすぐに寝室に籠もって寝た。
 あかねは嫌がったが、兄はあかねがどこかにいってしまうかもしれないという不安にかられて一緒に寝ることにしたのだが。
 何時寝たかは分からぬまま、兄は眠りについたが目覚めた今、何故かこの古城に足を踏み入れていたのだ。
 どうやってここに来たのか分からない。
 どうやってここまで来たのか分からない。
 彼らが立っていたのは昼間あかねに似た女の子がいた部屋だ。



「あかね、何で僕らここにいるか分かるか?」
「わかるよ。だっておひがんのひのゆうがただもん」
「お彼岸の日の夕方・・・・昼間も言ってたけど、それってどういうことだ?」

 あかねはまるで五歳に見えない笑顔で兄を見上げるといきなり後ろを振り向いた。
 つられて兄もそこを見る。
 ほんのり赤く見えるその場所にあかねは駆け出した。

「・・・・彼岸花・・・・」

 部屋の中に何故彼岸花があるのかという疑問の前に、彼はまずその色に目を引かれる。
 真っ赤な花。
 普通、彼岸花はやはり赤いのだが部屋に咲いている彼岸花は赤すぎる。
 それこそ血のように。

「・・あかね!?」

 昼間のぶり返しのようにまたもやあかねの姿を見失ってしまった。
 赤い彼岸花の傍にいくとあかねを探す。

「あかね!」

 呼ぶ声を大きくするがやはり反応はない。
 恐怖よりもあかねが心配になって兄は走り出した。
 花とは逆方向にある扉に向って身を翻した兄の足を。





『いあああぁぁあああ、おろうさ、あめぇえーっ!』




 悲鳴のような声と共に足を掴むもの。
 
「うわぁあ!」

 彼岸花から伸びる、無数の赤い腕。

「はあっ、何、な・・・っ」

 上手くろれつが廻らない。

「うわああ! 離せ!」

 尻餅をつき、足に絡みつく腕を振りほどこうと足掻くが、そうすればするほど指の力は強くなっていった。
 兄は半分泣きながらその腕たちを蹴る。



『いやああああああああ! お父さん、止めてぇーっ!』



 彼岸花の辺りから聞こえてくる悲鳴のような声は次第に鮮明さを増して人の、それも小さな女の子の声になりかわってくる。
 兄の足に絡み付いている赤い腕も、小さい。

「な・・・ん・・・だよ・・・」

 恐怖に震えながらあたりを見回すと壁がどんどん崩れていくのが分かった。 何故なのか分からない。
 だが確かに今自分たちがいる場所は崩れていっている。

「おにいちゃーん」

 その中で聞こえた、声。
 間違いなくあかねの声だ。

「おにいちゃーん」

 聞こえる。
 兄ははっとして足に絡み付いている小さな腕に縋りついた。
 どうにかしてその腕を掴む。


 べちゃっ


 その腕を触った途端、手の平に生暖かい感触。

「これ・・・赤いんじゃない・・・血だ・・・」

 呆然と呟きながら暗がりで見えないはずの赤は、てらてらと光って兄の目には良く見えた。

「オニイチャーン」

 再び聞こえる妹の声。
 びくっとして兄は辺りを見回した。

「あかね・・・っ」

 兄は背後に朽ちた椅子を見つけ、それを取るために手を一杯に伸ばす。

「うう・・・・ッ」

 あと少し。
 あと、五センチ。
 あと――――・・・。




「オニイチャン」




「あか・・・・」

 手を延ばした先にいたのは、先ほどまで確かにいなかったあかね。
 いや、その服はあかねが着ていたものとは違った。

「あ・・・けみ・・・」
「オニイチャン」
「ち、が・・・・」
「オニイチャン、ねぇ、オニイチャン」

 あけみが笑う。
 膝を折り、足を掴まれて動けない兄の目の高さにちょうどあけみの口元がくる。

「おひがんのひのゆうがたなのに、ひがんばなを持ってきてくれなかったのね」

 話しかたは妙に大人びている。
 口の端は釣りあがって、笑っているのは確かなのにその目は全く笑っていない。
 兄の喉が上下に動いた。

「今は・・・夕方じゃない・・・」

 咄嗟に出たのはこの言葉。
 何故かは分からない。
 兄はあけみの目から自分のそれを逸らせずに、じっと見る。

「いいえ、いまは、ゆうがた」

 あけみがそう言うと、俄かにその姿がはっきりと、しかも赤々と。
 まるで夕焼けに照らされているようだ。
 兄はゆっくりと、焦れるような動きで背後を振り向く。
 赤々と燃える、燃える





 炎。





「うわぁあっ!」

 嘗める様な炎が部屋全体を、いや家全体を包むように燃えていた。
 夕焼けのような炎。
 夕焼けのような、炎。

「あかるいでしょ? いまは、ゆうがたなの」

 そう言って兄の前であけみは、笑う。
 兄は恐怖と焦りでめちゃくちゃにもがいた。
 すると絡みつく腕は以外にするりと取れて彼岸花の中央へ隠れるように入っていく。
 兄はそれをおぞましげに見ると素早く身を翻し、あけみを一瞬見てからその部屋から転げるように出て行った。

「うわっ」

 外もまた火の海。
 焼け落ちていく壁や屋根を横目で見ながら裸足のままで駆け出していった。

「あかねー!」

 兄は必死で呼ぶが、返事は無い。

「あかねー! どこだー!」



「・・ちゃー・・・」

 

 はっとして後ろを振り返った。
 声は先ほどまで兄がいた部屋からだ。

「おにいちゃーん、たすけてー!」

 叫ぶ声は間違いなく、あかねのものだ。
 兄は混乱したが逡巡する間も無くもとの場所に走る。
 裸足の足に木屑やら何やらと刺さったが構わずその部屋に入る。

「おにいちゃーん!」

 その部屋に入ると、すぐに目につく小さな影。

「あかね!」
「おにいちゃん!」

 涙で濡れた顔、見知ったパジャマ。
 間違いない、あかねだ。

「大丈夫か? お兄ちゃんと帰ろう!」

 あかねの元にいくと、兄を見るなり号泣してすがりついてきた。
 この非常識下の中でやっと見つけた安息に、兄も腰が抜けそうになる。
 
「よし、あかねしっかり掴まってるんだぞ」

 あかねを背にかかえると兄は迷わず走り出す。

「う・・・っ」

 



「おにいちゃん!」





 目の前にいるのは確かにあかねだ。
 背中にいるあかねと同じいちごのパジャマを着ている。
 兄は寒気がして背中の方を向いた。




「おにいちゃん?」

 


 あかねが、確かに、いる。
 では、目の前のあかねは。




「おにいちゃん!!」




 目の前にいるあかねが叫ぶ。
 涙目で彼の名を呼んでいる。
 一方背中のあかねは、不安げに兄とその前の自分を見ている。

「あかねはここ! そのこはあけみでしょ!」
「おにいちゃん・・?」

 同じ声が耳元で聞こえた。
 混乱する頭で考える。
 

 目の前のあかねと、背のあかね。絶対にどちらかがあかねではない。
 
 絶対にどちらかが、“あけみ”なのだ。

「おにいちゃん、あかねのこと、わすれてないよね・・・?」

 涙を流すあかねは兄の足にすがり付いてくる。
 背中のあかねは、ただ縮こまっているだけ。

「あか・・・ね・・・?」
「なぁに?」

 兄が呼ぶと背中のあかねは微笑んでそれに応えた。
 俄かに、兄の横顔に熱い風が吹く。
 火がもう扉のすぐ近くまで迫っていたのだ。

「おにいちゃん!」

 涙を流す膝のあかね。
 兄の背で微笑むあかね。
 判断は一瞬。





「いくぞ、あかね!」





 そう言って掴んだのは、膝にいるあかね。
 背中にすがり付いているあかねを無理やり引き剥がし、あかねの小さな手を握る力を強める。
 引き剥がされたあかねは、打ちひしがれたようにこちらを見た後に泣き叫んだ。








「いあああああああああああああああああああ!」








 追いかけてくる。
 追いかけてくる。
 追いかけて、くる。



 耳が痛い。
 だが無視してあかねの手を引く。
 あかねは素直についてくるが、背後のあかねは走って二人を追いかけてきた。

「うわぁああ!」

 追いかけてくるあかね、いやあけみは髪を振り乱して時折転びながら二人を追う。
 兄は急いで廊下の突き当たりまで行くと部屋の隅のドアをばたりと閉めて鍵をかけた。
 半分ガラス張りのそこはちょうどあかねの肩の高さからガラスがはめ込まれている。
 あかねは兄の手をぎゅっと握り、不安げにガラスを見ていた。
 
 

 ガタン



「うあっ・・!」

 そのガラス張りに“あけみ”が手でべたべたと叩きながら呼ぶ。



「おにいちゃーん! おにいちゃーん!!」



 呼ぶ。
 呼んでいる。
 怖気が、全身を這い回った。
 あかねが兄の後ろに隠れ、その手を引いた。


「オニイチャーン! オニイチャーン!!」


 悲しい。
 何故か分からない。
 怖気は止まらない。
 あかねが手を引く、兄の名を呼びながら。

 
「いあああああ! イカナイデ! オニイチャーン!」


 涙が流れた。
 悲しい。
 何で・・・何で・・・? 何で・・・!?

「おにいちゃん、いこうよ! こわいよー!!」

 手を引くあかねに言われ、兄はガラスの外のあけみから目を逸らすことが出来ずにいたがついには涙を流したままその場を離れた。







 そこからどうやってその邸を抜け、家に帰ったかは分からない。
 だが母によれば、子ども部屋の外の廊下で二人とも倒れていたという。
 

「あかね・・・?」

 目を開いたあかねに兄は優しく問いかけた。
 あかねは茫洋とした目で兄を見たが、何も言わずに前を向いてしまう。

「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・おにいちゃん・・・・・」

 ようやく呟いた声は蚊が鳴くように細い。

「なんだ?」
「・・・だい」
「ん?」



























「ひがんばな、ちょうだい」




後書き

うおおおおおおお! 撃沈だぁあああ!
多めにみてくらさいぃい!

これは完全フィクションですので、実際にこんなお話は存在しません。
真相は明かしませんでしたが、ちゃんとあります。



まず女の子、あけみ。
彼女は父に殺されて、家に火を放たれ、死体さえもなくなりました。
その日はちょうど彼岸。
あけみはその日にひどく執着して遊びに来ていた兄妹に目を付けた。
優しそうな兄を「ひとりじめ」するあかねに嫉妬したのでしょう。
彼女は愛情を求めて、このような計画を立てた。

概要はこんなかんじですかね。
怖いなー、あけみ・・・。

この小説について

タイトル 彼岸花
初版 2007年3月18日
改訂 2007年3月18日
小説ID 1384
閲覧数 1287
合計★ 24
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 498
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (5)

★aki 2007年3月18日 23時41分13秒
★ルイミ 2007年3月21日 15時48分04秒
すっごくおもしろかったです!
私はこうゆうホラー小説が好きなのでドカーンと心に刺さりました
それに「ひがんばな」は私が大好きな花の一つなので、さらに面白さがまし読んで楽しかったです!
★冬野 燕 2007年3月22日 10時12分59秒
 ブルブル……。
 はっ!? しまった、罠か!(意味不明

 まさしくホラーですね。うん、苦手なんですけど大好きで(どっちだ
 妹あかねの叫びを再現したら卒倒するね、僕は。
★水木由良 2007年3月28日 15時49分58秒
いやー、もうやっぱりきましたね、ラスト。

自分ホラー好きなんでサイコーにおもしろかったです。はい。



…………今日眠れませんわぁ(笑)
小湊 2007年5月27日 14時38分28秒
こんにちわ小湊です。

こちらでも投稿されているとのことで、来ちゃいました。

それはいいとして、すごく怖かったです。

こんなありきたりな感想しか出てこなくてすみません。

でも、ほんとうにこわかったでしね。

同じホラーを書くがわとして勉強になりました!!
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