暗黒街の沈黙 - 第三話 人と過去

「リューとか言うあの中国人。あれは気をつけたほうが良さそうですね」
 俺とルイスは二人でニューヨーク、ヘルズキッチン地区の隠れ家にいた。もちろん俺はカジノ襲撃について計画を立てるためにルイスを呼んだのだが、ルイスは計画を立てるより先に、まず解決することがあると言い始めた。
「気をつける、とはどういう意味だ。リューが信用できないということか?」
「そうです。あの男かなり怪しいところがあります」
 ルイスは相も変わらず葉巻を吸いまくっていた。ルイスが言うには吸う量は昔より減ったということだが、今でも人の二倍以上の量だ。
「あの男、確かチャイニーズ・マフィアから追い落とされた尺返しをするとか言ってましたっけ。ジョンソンもそんな寝言を本当に信用したんですか。ガキの喧嘩じゃあるまいし」
 俺は黙っていた。皮肉じみたジョークで腹を立てるぐらいではこの社会はやっていけない。
 しかし、リューに変な節があるというのは俺も気づいていた。どこがどう、と言うわけではないがどこか不安なところがあるようだった。しかし、それは奴の調子のおかしい言葉のせいだと済ましていた。
「どうだろう。リューはまさかどこかと内通しているんだろうか」
「それならまだ可愛げがありますよ。その可能性はないとは言いませんが彼は誰かに利用されるなどというのをあまり好む性格ではないでしょう。またそれが我々の中で不自然に感じられる原因でもあるのですがね」
「じゃあなんだって言うんだ。まさか、奴がそのうち金目の物を持って姿をくらますなんてことじゃないだろうな」
「いえ、おそらくは麻薬です。それで奴はかなり儲けていると、私は見ますね」
 ルイスは相変わらずさらりと言ってのけた。
 麻薬、麻薬か。なるほどね。
 そういえば、この前にリューがチャイニーズ・マフィアを追い出されたのもそれが理由だと聞いた気がする。
「しかも他の連中とは違い、投資だけではないようですね。様子からすると実際に販売に携っているようです。しかも奴はおそらくそれに少なからず手をつけているみたいですね」
 どうやらルイスの話からするとリューは相当な財力をかかえているようだ。 それも危険な財だ。ファミリーに内密で商売をすることは、普通はいい顔をされない。それに麻薬というと、その自体の商売を嫌うファミリーも少なくない。
「うーん。だからといってどうしろというんだ。奴はまだ背信行為をした訳ではないし、第一俺達に敵意があるという証拠はないじゃないか。かえって奴に収入の何割かを納めさせれば、それが収入になるんじゃないか?」
「無理ですね。リューがそれを隠している以上、奴がそれで我々に利益を食わせるつもりはないと考えるのが妥当です」
「ではどうする? 手のつけようがないじゃないか」
 ルイスは立ち上がって言った。
「まあ、しばらくは私にお任せください。一ヵ月後には何も問題ないようにして差し上げますよ」
 ルイスは葉巻を床に投げ捨てると、足早にドアに方へ歩いていった。
「おいちょっと待て。カジノの襲撃の件はどうするつもりだ」
「さっきダンとクレイブを呼んでおきました。まもなく……いや、もう着いたようですよ」
 俺は窓の外を見てみた。黒のキャディラックが停まって中からダンとクレイブの二人が出てきた。運転していたのは、分らないがどうやらファミリーの者のようだった。
「レオンも言っていましたが、あくまでジョンソン、あなたの仕事です。あなたとダン、クレイブとリュー四人でどうにかなさってください」
「んん?リューは?」
「彼はできる限り計画段階では参加させないほうがよいでしょう。もちろん、全く知らせないわけにもいきませんがね。そこはダンの言葉を参考にするといいでしょう。彼はなかなか分っている男です」
 ルイスはそういうとドアの向こうの階段をツカツカ下りて行ってしまった。



 立ち代りにダンたちが入ってきた。二人とも漆黒のスーツに身を包んでいる。
「こんにちは、ジョンソンさん。ファミリーからの仕事の件は聞きましたよ。いやーしかし大変なことになってきましたね。わたくし昨日じゅうずっと国立図書館で情報収集に当たっていたのですけれども、いやーこれは大変ですよ。その前も知り合いの私立探偵とずっと話をしていたんですけれども……」
「わかったよ、ダン。取り合えず座れ。クレイブもだ」
 二人を落ち着かせてから、俺は二人にリューが少し怪しいことについて述べ、二人は俺にここ数日で収集したというエルクラーノ・ファミリーの情報について長々と述べた。
 二人の話の中には主立って目新しいことはなかったが、興味を引いたのはそのカジノの現在の営業状態についてだった。ダンたちは実際にジャリオ街に行ってエルクラーノ・ファミリーのカジノに行ってきたというのだった。ジャリオ街はローカル・カジノ街として最大級であるのにも関わらず、最近ではその多くが廃業に追い込まれているというのだった。
「そりゃあ、まだ営業してるカジノってのもひどいものでしたよ。ほとんどの客が日雇い労働者で、ほとんど金なんか持ってない奴らなんです。中には街の悪ガキどもなんかもいたりしてね」
「治安もかなり悪かったですよ。先日行った時だけでも三回も銃声を聞きましたからね」
「そうか……。エルクラーノ・ファミリーも組織犯罪取締法でだいぶ圧迫されていると聞いたしな。カジノに多額の金を要求しているんだろうな。そんなにボロいカジノだというなら、襲撃は意外と楽かもしれないぞ」
 それに対してクレイブは神妙な面持ちを見せた。
「それがですね。なかなかそうもいかないようなんです。どんなにぼろくてゴミだめのようなカジノにもちゃんとエルクラーノ・ファミリーの連中が数人詰めているんですよ。汚い労働者しかいない中でそいつらだけスーツを着ていたのですぐ分りましたよ」
 どうやらエルクラーノの奴ら、構成員だけは数をそろえているらしい。金は余り持っていないと思っていたが人を雇うぐらいは出来たんだろうか。
「人数のことは気にすることありませんよ、ジョンソンさん。いくら連中がエルクラーノに雇われているとはいえ、連中だって金はそんなにもらっていないはずです。味方につけることは難しくありませんよ」
 ダンはそう言ったが俺にはいまいちしっくりこなかった。だいたい金を持っていない連中の所には最初からやとわれには行かないと思うのだ。俺には別な理由があるように思われた。
「しかももう一つ問題があります」
 今日のクレイグは多弁だ。やはり仕事はきっちりこなす奴なのだろう。
「ジャリオ街を管轄する警察の長が交代になるのです。今の署長はジュネーというエルクラーノに飼いならされた取るに足らない老人なのですが、来月には新顔の若い男が署長の地位につきます」
「まさか元FBIだと言うんじゃないんだろうな」
 クレイグは笑いながら答えた。
「いえ、それほどではありません。ペンタゴンでホワイトハウスの警備についていた男です」
「そうか、まださすがにペンタゴンにまでは闇社会は進出していないからな。まずいかもしれない」
 今のところ課題は二つ。実行メンバーを若干補強すること、そして早期に実行に移すということだ。あとそれに続けていろいろ物資も集めなくてはいけない。車や銃などが要るだろう。その他にも逃走経路を決めたり事件後の処置などもある。
 俺はそういった煩雑なことを全てダンに一任することにした。ダンは勢いよく快諾の返事をした。
「しかしながらですね、ジョンソンさん、車や銃はファミリーに協力してもらうのが一番です。それについてはジョンソンさんが直接ファミリーに行って頼んできてください」
 ダンはそう言って部屋を飛び出していった。停めてあった車にも乗らず、ダッシュで官庁街の方へ走リ去っていく姿はなんとも頼もしい。



 残った俺とクレイブは車でオフィスへと向かうことにした。ダンとクレイブが乗ってきたときに運転していたはずの男はもういなかった。
「奴はファミリーの男です。外回りに行くと言ってました」
 運転しながらクレイブが言った。
「外回り? 何だよそれ」
「治安維持です。私たちの隠れ家があるあの辺りはまだまだスミス・ファミリーの支配が徹底されているとは言えない所でしてね」
 だから何をするのだ、とは聞かないでおいた。俺だって、街の片隅に死んでいるとも眠っているとも分らない倒れた人を見かけることは何回かあった。おそらくクレイブが言っているのはそういったことなのだろう。
 そんなクレイブの横顔を見ているとあることを思いついた。クレイブはルイス同様ファミリーから紹介された人間だった。元FBIで、闇社会に深入りしすぎて辞めさせられたと言っていた。今考えてみるとどうもおかしい。一般的に考えて、FBIは非常に国粋的で全くマフィアの言うことに耳を貸さないアンタッチャブルな連中だ。FBIの仕事は闇社会の連中を見下し軽蔑することから始まる、とファミリーの誰かが言っていたのを聞いたことがある。そんな奴がマフィアに転身するだろうか。いやする訳がない。では何故クレイブは……。
 リューにしろダンにしろ、仲間との謎は深まるばかりだった。しかし、いくら考えても、そんなことの謎に答えが出るはずもない。沈黙が過去の啓示。それがこの社会の絶対の方程式なのだ。

後書き

いかがでしたでしょうか
次回にご期待ください

この小説について

タイトル 第三話 人と過去
初版 2007年6月5日
改訂 2007年6月6日
小説ID 1546
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常連
作家名 ★take.
作家ID 122
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