URGENT - 後編:「その後」

「うわっ」
「ちっ外したか」

 天井に響く音はいちいち心臓に悪い。車中に戻ってきた男は舌打ちして吐き捨てた。90キロで走るタクシーの右隣をセダンが張り付く。
 サングラスの男がやはり銃を持って叫んでいた。俺に言っているのか? 奴に言っているのか?
 いや待て。

「奴ら……何で一発も当ててこないんだ?」
「しかし撃ってくるぞ」
「タイヤだのフロントだのに当てれば少なくとも車は止められる」
「撃ってくるのに変わりは無い」
「撃つのが下手なのか?」
「とんでもない!」
「え?」
「あ、いや」

 俺が聞き返すと不自然な返事をする男は、落ちてきたスピードに感づいてバックミラーの俺に目線を合わせる。
 訝しげな表情に何を見たのか、眉根を寄せてずいっとこちらに詰め寄ってきた。横のセダンは今も拳銃を構えているが撃ってくる様子はない。
 が、そのとき。俺の目の前に不自然な光景が開けてきた。

「な、なんだ?」
「あっ! あいつら!」
「車を止めてください!!」

 やけに大きな声だと思えば、セダンに乗った奴らはメガホンを持っていた。スーツにサングラスに拳銃に、メガホン。かなり異色の組み合わせといえる。
 しかも何故か敬語だ。追っている相手に敬語。どういうことだ? 何が起こっている? そして目の前の光景は。

「何だよ。もう30キロ過ぎたのか?」
「はっ? あの、これは」
「もういいよ。スピード落として。そこらへんに止めてくれ」

 急な指示に、俺の頭はついていかない。フロントの向こうには、何百人という人が、集まっている。パトカーの姿も見受けられ、人々の波をせき止めている警官さえもが、こちらを物珍しそうに見ていた。
 どうせ車はいないのだからと道の真ん中で車を止めると、横のセダンも同じく止まった。乗っていた男達は拳銃をしまったらしく、手ぶらでこちらに寄ってくる。
 何百人もの目が集まる中、俺のタクシーを取り囲むのは何故かその男達だけではなかった。
 バラバラと轟音がして急に風が吹き荒れる音。俺は開いている横の窓から顔を出した。

「ヘリ!?」
「お疲れ様。あんた名前は?」
「ちょっと! どういうことですかっ!」
「ライアンさん、出てきてください」
「ら、ライアン?」

 後ろの男をライアンと呼んだ人物は、上空から降りてくるヘリも気にすることなくタクシーのドアに手を掛けた。
 ロックがかかっているために開かず、彼は俺の方を見る。俺は開けていいものか悩んだが、結局はロックを解除してドアを開ける操作ボタンを押した。
 同時に風を巻き上げながら着陸したヘリが、回っていたプロペラをゆっくりと止めにかかる。
 俺はただただ呆然とするばかりで、助手席に落ちていた帽子を掴むだけで精一杯だ。何なんだ、本当に。

「ホッホー! ライアン! 素晴らしい演技だったよ」

 そうしているうちにヘリから出てきたメタボリックな人物が大声でそう叫んだ。プロペラが完全に止まり、エンジンも止まったらしいヘリはとてつもなく大きい。
 向こう側にいる人々も、間近で見るそれに驚嘆しているらしい。

「監督、喜んでいる場合ではないでしょう。もう少しで協定を破るところだったんですよ」
「悪い悪い。彼が結構いい運転してくれたから、ついね」

 そういってライアン氏が俺の方を向いた。どういうことか分からずに唖然としている俺を尻目に、監督と呼ばれた人物がタクシーに近づいてくる。
 
「日本のタクシー運転手は骨があるね! 是非うちで雇いたいくらいだよ」
「いやあの、何というか」
「とりあえず降りてくれないか」

 ライアン氏が監督の前に回って運転席側のドアを開けた。俺は少々力の入らない足で地面に降り立つ。すると監督が大きな手で俺の肩を叩き、高笑いをした。
 何がおかしいのか分からない。日本人の顔をしているが、アメリカンな雰囲気だ。
 そういえばライアン氏も、日本人だと思うが。そうして彼を見ると、何故かウィンクしている。この場合俺はどうすればいいんだ? 親指を立てて「やったな!」か? 肩をすくめて「全くもう」……か?
 
「申し訳有りませんでした。井沢さん。後で報酬と車の修理代を渡します」
「へ……なんで、私の……名前」

 例のセダンから降りてきたサングラスの男が、近寄りながら言ってきた。どうやら彼が一番話が通じやすそうだ。

「ど、どういうことなんですか?」
「実は……サイモン監督の新作撮影なんです」
「サイモン監督……?」

 全く知らない。

「代表作は“時の流れに逆らわず”などなどあります。まぁそれは置いておいて、その監督が新時代の映画を撮りたいということで」
「新時代の映画、ですか」

 とうのサイモン監督はライアン氏と何やら談笑している。はた迷惑な連中だと、やっと理解ができてきた。
 向こう側にいる人々が目を輝かせたように見ているのは彼らなのだろう。こちらにしてみれば単なる営業妨害でしかない。

「ええ。一般市民を巻き込んでの、映画撮影というものです」
「な、何ですか、それ」

 つまりは、ドッキリの要領で俺は巻き込まれたということか。暴走運転も、器物破損も、スピード違反も、そして誰もいなくなった街も、全て彼らの計略であったと。
 喜んでいいのか怒りに震えていいのか分からなくなってきた。とりあえず警察に捕まる事態だけは防げたようだが。
 しかし何故サングラスの彼が俺に説明しているんだ。映画の撮影ならば、彼もまた役者であろうに。監督は何をしてる。

「大体は……何となく分かりましたが、何故私なんでしょうか?」
「それは井沢さんの静岡のお父上が、サイモン監督とご学友でいらっしゃるからです」
「はぁ? うちの親は生粋の日本人ですが」
「ええ、監督は日系二世でしてね。ハイスクールだけは日本に留学していたんですよ。そのとき、映画監督になった暁にはあなたのお父上を出演させる約束を交わされたそうです」
「なんて約束を……」

 またおかしな約束をしたものだ。うちの親父も。嘆息して帽子を脱ぐ。向こう側にいる何百もの顔を見る気にもなれず、タクシーに寄りかかった。
 彼らは俺の顔を覚えてしまっただろう。テレビクルーの姿は見えないが、どこかで撮影しているのだろうか。サイモン監督、大規模撮影。新時代の映画に一般市民のタクシー運転手(29)が出演。
 待てよ? 映画。映画……公開。まさか。まさかまさかまさか。

「あの、この映画、公開するんですか!?」
「ハッハー! 何を言ってるんだ? 井沢ジュニア。もちろんさ!」
「お断りします! 映画に出るなんて大層なこと」
「ええっ! 困るよ井沢!」

 いつの間にかライアン氏にまで呼び捨てにされている。何が困るだ。巻き込んでおいて俺の承諾なしに公開するなど、言語道断。
 下らない約束もだ。何故親父を出演させる約束であるはずなのに俺が出ているというんだ。俺と親父を見間違えましたか。サイモン監督。

「いやー、井沢ジュニアが結構なアレ、なんだ? 器量よし? でよかったよ」

 女性に使う言葉ですよと言う気力も失せ、俺は頭を抱える。いきなりアクションにつき合わされ、あまつさえそれが映画であり、更にはそれを公開するという。
 一般市民を巻き込んで何を言うかと殴りたい気分だが、向こう側で控える何百もの輝く目に圧倒されて、今それを実行すれば非難を浴びるのはこちらだと認識した。
 なんて不利で、非常事態な立場だろうかと自分の境遇がいっそ哀れにさえ思えてくるこの瞬間でも、かの監督とFBIもどきはアメリカンに高笑いしながら面白くもなんともないジョークを飛ばしあっていた。
 親父を心底恨む。

「サインしてくれるだろ? 井沢」
「何にですか……?」
「承諾書にです。一応日本政府との協定で個人を出演させる場合は本人のサインが必要になるもので」

 政府レベルの撮影なのか。なんてことだ。政府まで手を貸すほどの財力と影響力を持つサイモン監督を知らない俺の方が異常な人間に思えてくる。
 何百もの目も、彼を知っているからこその輝きを放っており、俺には到底及べない領域の人物だと語っているような雰囲気だ。
 俺以外の全員に知らされていたこの活劇は、俺に知られること無く今日この日に実行されたわけだが、そうなると同僚はおろか友人さえも口を閉ざしていたことになる。
 しかし薄情な連中だと思うのも許されないような気がしてきた。

「じ、じゃあ俺の顔は黒く塗りつぶして下さいよ」
「何言ってるんだい井沢ジュニア! それじゃ三流AVになってしまう」
「監督!」

 サングラスが声を荒げる。ライアン氏は監督のジョーク(だと思われる発言)に大笑いしていた。

「頼むよ井沢ジュニア! 世界公開する時分には名を伏せるよう配慮するから」
「そうだよ井沢、そのためにアクションシーンでは名前を聞かなかったろ?」
「そういえば……そうですけど」
「頼みます。井沢さん、この映画が完成した暁には再び報奨金をお支払いします」

 報奨は確かに惹かれるが、それ以前に大事なものがなくなってしまいそうな気分になる。スタッフらしき人々の視線も俺に注がれていた。ヘリに目を向けると重層な撮影用カメラが床自体に設置してある。
 それを操作している人物も、その向こうにいる音響係らしき人物も皆、俺に注目していた。
 今や何百という期待の視線がただのタクシー運転手に注がれているわけだ。
 日本はこんなことをしている場合ではないだろう。
 ああ、くそっ。

「分かりました……」

 あの素人ドリフトと暴走運転がどこまで評価されるかは一目瞭然な気もするが、俺は諦めることにした。人間、ネバーギブアップの精神も大事だが諦めも肝心なのだ。
 俺が高校時代甲子園を諦めたように、この状況もまた諦めざるをえないのだろう。
 後者は不可抗力だが。

「分かりましたよ」
「ジュニアー!」
「ありがとうございます! 井沢さん。後ほど小切手をお渡ししますね」
「はあ」

 監督とライアン氏は意味も無く大衆に向かって大声を張り上げている。「ウオー!」と彼らが言うと大衆もまた「ワァアー!」と返す。幸せだな、あちらは。
 しかし、静まり返った日本の街を100キロ近くで暴走する車二台(うち一台はタクシー)が繰り広げる生ぬるい銃撃戦のある映画とは如何様なものなのだろうか。
 
「俺のあんな運転で、よかったんですか?」
「ああいいよいいよ! この映画のタイトルはねジュニア、“URGENT”つまり“緊急の”という意味でね。緊急時人間はどういう対応を取るのか撮影して集めた傑作集なのだよ」
「そ、そうなんですか」

 なるほど、緊急時人間はどうするかは興味がある。当事者にはなりたくはなかったがこの際仕方無い。許容してしまおう。それがいい。たぶん。

「公開はいつなんですか?」
「君が大トリだからね。これから編集作業に取り掛かるから、今年の夏にはお目見えさ」
「是非井沢も見てくれよ。俺は全編にわたって出ているしな」
 
 そう言ってライアン氏はまたウィンクをした。あまり嬉しくない。
 それから彼らはヘリとセダンに乗り込み、厳戒態勢を取っていた警察の先導によりどこかへ去っていった。俺も一応警察に先導され、自宅まで帰された。
 それから、警察からは引越しをした方がいいと言われ、タクシー会社からは残ってくれと言われ、電話の向こうの両親からは開き直られ、家に来た友人からはサインをせがまれ。
 午前中まではただのタクシー運転手だったのに、親父の妙な約束により俺は有名人になってしまった。








 タクシー運転手という職業は、疲れる仕事だ。来年で三十路を迎えてしまう俺もそろそろ仕事開けの風呂が板につく人間になってしまった。
 だが発見もある。毎日違う人間を後ろに乗せてると、色々悟るもんだ。この世に溢れる人間というものは本当に頭の構造が違う。
 無口な奴、とかく喋りたがる奴、酔った奴、カタギには見えない奴。
 そして、こいつ。

「でな、この前の撮影で肩を脱臼したときの後遺症が結構残るらしいんだ」
「そうですか」

 ただの客であり、ただの運転手ではあるが、俺たちは互いの名前を知る間柄だ。
 何故かと言うと以前以下略ということなのだがそれ以来このライアンはよく俺のところに来るようになった。彼もサイモンと同じく日系であり、調べてみたところかなり有名なアクションスターであることが判明したが、あまり気にはならない。
 彼も自分の立場をまるで理解していないかのごとく俺に話しかけてくるため、こちらも変に気負わずに済むのだ。しかし逐一アメリカンな対応で少々カルチャーショック気味ではある。

「俺はその後遺症に耐えながらも今後の撮影に挑むわけだよ。勇敢だろ?」
「そうですね」

 そろそろ空港だ。
 ワシントンへ向かう飛行機の時間は午後4時52分。現在時刻午後4時30分だから、余裕で着いたといえる。
 手続きなどはスタッフの仕事であるから、俺は時間内に彼を空港に連れて行くだけだ。
 オートマになった車を空港の裏玄関前に止める。

「では、撮影頑張ってください」
「ああ。井沢もな」

 ドアを開けて出て行くライアンに言いながら、俺はボタンを押してドアを閉めた。
 これからニューヨークに引き返して名前はよく覚えていない女優を迎え、再びここに戻ってくる予定だ。これで今日の仕事は終わり。

「さて」

 あの映画は、一月前無事に公開された。動員数もすこぶる良く、評価も良いものだった。サイモンの予告どおり俺の出た部分はラストにあり、4つの本編のうちアクションはこれひとつで受けも大分良かったといえる。
 しかしその影響で俺はあの家にいられなくなり、そしてあの街で働くこともできなくなり、更には日本にさえいられなくなった。
 泣きついた先が親父と、どうも情けない気がするものの何とかサイモンに話をつけてもらった。
 そして最終的に落ち着いた職業がまた、タクシー運転手。しかしこれからは一般の人々でなく、ビップを乗せての運転になる。
 映画を見た有名人が緊急時にここまで力を発揮できるのは少ないと俺を名指しし始めたのだ。俺としてはあんな事態に巻き込まれるのは金輪際御免被りたいが。

「行くか」

 20代最後の年の出来事にしては大分、大袈裟だ。
 まぁこれで横に嫁さんがいたのなら、何も言うことはないのだが。
 帰って風呂に入ろう。今日の晩酌は何がいいか。そんなことを考えるようになってしまった俺だが、まぁそれでもいいのだろう。

「えーと、ニューヨーク……と」
「頼む! 乗せてくれ!!」
「え?」

 傷だらけの男が急に乗り込んできた。喋る言葉はもちろん英語。
 俺は唖然として振り返る。そのときバックの窓ガラスから見えた影は、確かに車の形をしていた。

「な、ちょっ」
「出せ! 撃たれたいのか! うわっ」

 パァンと音がして、車体を何かが弾く衝撃がくる。まさか。まさかまさかまさか。
 サイドブレーキを解除し、アクセルを踏む。急発進にタイヤだけが回り、耳障りな音を立てる。

「に、日本語を……」
「出せ!」

 恐らく車を出せといっているのだろう。メーターを見ると燃料は満タン近く。気力は十分だがな、車さん。
 
「全速力で行ってくれ!」
「ああもう分かりましたよっ」

 俺はもう、へとへとだ。








終わり。

後書き

えー、大分長いものになってしまいました。たまにはSSも書いてみるかとパソコンに向かい、題材は何にするかと考えたところ。
昨夜見た映画にタクシー運転手が出ていたので、そのまま拝借しました。
よく考えてみると車のことをよく知らない私が書くというのは難しいのではないのかな? と思い始めたのは中盤になってからでした。
アウチ! 私の考え無し! 向こう見ず! と一時は執筆の手を止めようとも思いましたが、飼い犬の応援もあって書き上げることができました。

とにかく、グチャグチャとかけて幸せです! ありがとうございました^^

この小説について

タイトル 後編:「その後」
初版 2008年3月23日
改訂 2008年3月23日
小説ID 1955
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トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 551
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (4)

★水原ぶよよ 2008年3月24日 11時06分42秒
「奴ら……何で一発も当ててこないんだ?」
というやりとりで、ああーこれドッキリの類かなって思いまして、それが実は撮影だった、というオチだったわけですが、単に踊らされてただけ、という予想がついてしまったところで、残念ながら意外性がなかったのがちょっと残念です。
トリニティさんのこれまでの小説から考えても判っちゃったわけで・・・。
この台詞を井沢さんに言わせた時点で、井沢さんに気づかせてもよかったかも。
でも初めてトリニティさんの作品を読む方には新鮮かもしれないですね。
★aki 2008年3月24日 17時38分07秒
★トリニティ コメントのみ 2008年3月26日 12時49分21秒
ぶよよさん
書いたものはほとんど夢オチか、それに似たものな気がします; 楽なほうに逃げちゃってますね。ここは一番の改善点かもしれません。
意外性を持たせるにはやはり大どんでん返し。うーん、現実味を持たせながらそれでいて小説の空気を失わないような作品は、難しいです><;
井沢め、あの時点で気づけよな!(オイ
今後はしっかりとしたものを書ければなぁと思いました。
読んでくださって、本当にありがとうございました!!


akiさん
お久しぶりですーv
ありがちょうございました><!
★やまけん 2008年5月26日 23時28分35秒
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