love is silent

僕の名前は高橋 彼方。
地元の公立高校に通う、普通の17歳、高校二年生だ。

それなりに充実した高校生活を送っている。
成績は真ん中ぐらいだけど、部活はバスケ部で、今、一番楽しい。

だけど、そんな僕は最近悩んでいることがある。

恋の悩みだ―――
と言ったら笑う人もいるかもしれない。



これはちょうど一ヶ月ぐらい前の話だ。

僕には付き合っている彼女がいた。

名前は加藤 エミ。
学年は一緒だけど、クラスは違う。
彼女はバスケ部のマネージャーで、いつのまにか付き合うことになった。

1年も続いた。
だけど、先月、別れた。
理由は、ない。

些細な喧嘩で、お互い意地を張っているうちに、そういう空気になってしまった。
その後すぐにエミはマネージャーをやめた。


それからしばらくして、僕はひとつ年下の女の子に告白された。
断る理由も無かったので、付き合うことにした。

名前は栃本 春香。エミに比べて背が低くて、笑うと可愛いらしい。

周りから見たら、僕は女扱いが悪く、とても軽い男に見えるかもしれない。
でも、そんなことはどうだってよかった。
僕の悩みは、そんなものじゃない。



僕はその悩みを、先週、バスケ部の顧問の先生に打ち明けた。

先生は、川久保 綾子といって、24歳ぐらいだろうか。
若くてきれいなお姉さんだ。

勿論男子学生から人気がある。

見た目も言葉も気品があり、僕の尊敬する先生だ。


完全下校時間から二時間も経っていて、外は真っ暗だった。
館内では、節電のため照明を一箇所しかつけていない。
薄暗く広い体育館の中で、ふたりきりだった。


僕は舞台にもたれながら、川久保先生に言った。

「俺、今、栃本と付き合ってるんです」

川久保先生は舞台を机にして部費の計算をしていた。
先生は髪を耳にかけ、シャーペンを握った白い手首をせっせと動かしていた。


先生は僕を無視した。
外では雨の音がするが、1メートルも離れていない僕の声が届かないことはない。

僕は「聞いてくださいよ」と困った顔をした。

すると先生は手を止め、ファイルを閉じ、僕の目を見据えた。
先生は、いいにおいがする。
香水が体に馴染んだ、大人のにおいだ。


「よかったじゃない」

先生はそっけなくそう言うと、腕時計を確認し「あらこんな時間」と呟いた。

僕は、なんて人だ、とムッとした。
無視した上に流したのだ。

「俺、悩んでるんです、本気で」

僕は変わらないトーンでそう言った。

ふと見ると、二階のカーテンから月明かりが差し込んでいる。
僕はそれを幻想的だなあ、と思いながら、話を続けた。

「栃本って、きっと、俺のこと好きじゃないです」

先生はいつものように黙って聞いてくれている。
だから僕は、信頼するのだ。

「実はこの前、ちょっとしたことがあって……」

僕は構わず話を続けた。

それは、ちょうど先週みたいな雨の日だった。

僕は栃本 春香と一緒に帰っていた。


「私、今日、友達と喧嘩しちゃって……」

その日の話題は栃本の友達関係のことだった。
僕は黙って聞いていた。
栃本は、やけにしんみりとした表情をしていた。
僕はその表情に、どことなく偽りを感じていた。

そんな彼女の話が、ひと気の少ない公園の辺りまで続いた。
僕はたまに相槌を入れながら、彼女の隣に並んで歩いていた。

雨が、少し弱くなった頃だった。

「どっ……どうしたらいいのかなあ……」

僕はぎょっとした。
傘からちらりと見える栃本の目から、涙が伝っていた。

僕はわけが分からなくなっていた。
自分がそっけなくしてしまったのだろうか。
いや、話の展開からして、栃本は友達のことで泣いてしまったのだ。

僕がそう確信する前に、栃本は地面に傘を落として僕の胸に飛び込んできた。

僕は立ち尽くすような形になっていた。
栃本は相変わらず僕の胸で泣いている。

僕は反射的に栃本の肩に手を回していた。
でも、僕はその両腕に違和感のある感触を覚えた。

そう、何かが違うのだ。


「私……ガッコ……行けないよ」

栃本が小さくそう言ったのを聞いて、またもや僕は、反射的にこう言っていた。

「何言ってんだよ、 俺がいるじゃん。 辛いなら俺のとこに来たらいいだろ。 ずっと、 何があっても、 お前の味方だから」

虚飾にみちた言葉が一息に僕の口からこぼれ出た。
僕は何を言っているのだろうか。

栃本は僕から全く離れようとしない。

僕は、無意識に、次の言葉を探していた。

そして、彼女もきっと、次の甘い言葉を待っていた。


その時僕は気付いたのだ。
彼女が惚れているのは、僕じゃない。

僕の言葉に惚れているのだ。
もっと言えば、僕の言葉の奥にある、自分のヒロイン像に惚れているのだ―――


僕はそう思うと、喪失感に襲われ、次の言葉なんて出てくるはずも無かった。

僕にしがみついている栃本の顔が、「どうしたの?早く次の言葉を私に頂戴よ」と言わんばかりに微笑しているのではないかと、僕は怖くなった。

僕はべりっと剥がすように栃本を引き離し、傘を拾ってやった。

栃本の口から「もう終わり?つまんないの」と聞こえてきそうで、僕は栃本の顔をまともに見ることが出来なかった―――




綾子先生は、少し笑って言った。

「青春のいいお悩みね」


僕は「真面目です」といたって真剣に言った。
綾子先生はふふん、と笑い飛ばして頬杖をしながら僕を見た。

「でも、あなたも無意識に甘〜い言葉を言ってきたんでしょう?それが彼女を引き寄せたって言うなら、あなたは罪深いわね。今更矛盾に気付くなんて、あなた無責任よ」

僕は何もいえなかった。

そうだ。僕が悪いのだ。

女の子って、繊細だ。
その女の子を喜ばせるために、どの女の子にも共通でキュンとくるような甘い言葉をささやいてきた。

僕はそんな自分に気付いて、嫌になっている。
栃本は悪くない。
僕が無責任なのだ。


「でも……俺、もうそんなこと言えない。気付いたからには、思ってもないこと言えないよ。今まで散々言ってきてなんだけども……。栃本は、言葉の無い俺に幻滅するんだろうな」


先生は「そうかもね」と言った。

「高校生の恋愛なんて幻想よ。彼女が幻想を見ている限り、彼女の幻想に付き合ってあげるのかあげないのかは、あなたが決められるわ」

相手の幻想に“ツキアウ”から付き合うっていうのかな、なんて僕は考えてみた。
僕の幻想はもう覚めた。
僕は、彼女の幻想に、もう付き合えないのかもしれない。

先生は押し黙っている僕を見て、ふふっと小さく笑った。

「それと、もうひとつの選択肢があるわ。教えてほしい?」

僕は顔を上げた。随分ふ抜けた顔だっただろう。
先生は赤く光る唇をほころばせながら言伝をするように言った。

「まれだけど、幻想を見ない女の子もいるわ。相手と自分を割り切ってるタイプ、それでいて、すごく芯が強いのよ」


先生はそう言った後ににっこりと笑った。

エミ―――
エミだ、と僕は反芻していた。

僕は先生の言葉を耳にしたとたん、目の前の月明かりの中にエミを見たような気がした。


僕は、エミにまでも虚飾の言葉をささやいてきたのだろうか、と考えた。
そして彼女はそれを見抜いていたのだろうか。

そう思うと、僕はたまらなく恥ずかしくなった。

エミは、少し意地っ張りだが、僕のことを悪く言ったことはなかった。

そんな彼女の最後の言葉を思い出した。

『ごめんなさい。でも私、バスケをしている彼方が一番好きよ。誰よりも。それは今でも、変わらないわ―――』


最初はきれいごとだと不貞腐れていた。
別れの最後に自分の印象を悪くしないためのきれいごとだと。

でも僕はその言葉が嬉しかった。

現に、今でも彼女の表情、口の動き、声のトーン、全てが鮮明に目に焼きついている。

僕は、そんな彼女の言葉の奥にある自分に、惚れていたのだろうか。
そして、自分の台詞の中の自分に……

栃本のように。
クラスの皆のように。


エミはそんな僕ではなく、無心にバスケをしている僕の方が好きだったのだろう。

僕は知らないうちに自分を飾っていたのだ。
少し皆より先に気付いてしまっただけで、皆と同じように、自分にベールをかぶせて綺麗に見えるように工作していた。

もしかしたら、今もそのベールは残っているかもしれない。

エミはそんな僕に別れを告げたのだ。

僕は、どうして、正面からぶつかれなかったのだろうか。
彼女はいつだって有りのままで僕にぶつかってきた。
僕は自分のベールに傷が付くのを恐れて、それを避けてきたのだ―――





そして数日前、僕は栃本と別れた。
僕からだ。


バスケ部ではもう噂が広まっていた。
栃本が泣いたからだ。
僕はそんな彼女のベールを剥がせないことに自分の未熟さを痛感した。


噂は、もうエミにも伝わっているかもしれない。
エミは、どう思うだろうか。



僕は、まだ、エミが好きだ。





雨がぽつぽつと降ってきた。
これだから梅雨は嫌いなんだ。
傘を忘れたので鞄を傘代わりにして帰宅することにした。

途中の道端で、青いアジサイが雨に打たれて綺麗に咲いていた。

僕はそれを横目に、ふと思った。

愛って、何だろう。

家族愛と恋愛の愛ではどういう違いがあるのだろう。

その人と親しければ、それは愛なのだろうか。

自分に幻想を持つことは、愛ではないのだろうか。



人生、愛することだけがいいことよ―――そんな綾子先生の言葉を思い出して、僕は余計に頭を悩ませた。


帰路の途中、公園を挟んだ向かいの道に、見覚えのある傘が見えた。

白地に淡いライトグリーンの水玉模様の傘―――
―――エミだ。

以前はよく一緒に帰っていた。

エミはあの傘が気に入っていた。
似合っていれば人と違うものじゃなくてもいいの、と、嬉しそうだった。


そんなエミの横顔を見ていると、視線を感じたのか、エミは僕に気付いた。

僕は自然と立ち止まっていた。
するとエミも立ち止まった。

エミは雨に打たれてズブ濡れになった僕を、くすりと笑った。

僕はほっとした。 
彼女は僕を嫌いじゃないみたいだ。

彼女とこんなにも長い間目を合わせたのは久しぶりだ。
ショートヘアがよく似合う、素朴で凛とした顔立ちをしている。

彼女は、僕が栃本と別れたことを知っているのだろうか。
もし知らないなら、今この場で言ってしまいたい。

そんな衝動にかられた。

でも、僕は言えない。
それが何?って言われると怖いから。

しばらくして彼女は、「傘、入れてあげないから」といたずらっぽく笑ってみせた。

僕も少し笑ったが、前みたいに軽いノリはかわせない。

そんなもどかしい僕を見て、エミはあっというような顔をした。
そして、「そっか、そうだよね」と独り言のように言った。

最初は理解できなかったが、しばらくして僕もあっと思った。
「違うよ。俺がフラれたんじゃないよ」
と、僕はあわてて補足した。

それを聞いたエミは特に意外そうな顔をすることもなく、ふーん、といった感じで僕を見ていた。
もっと驚くかと思った。

彼女の僕への興味のなさに、僕は心の中で肩を落とした。


雨はそんなに激しくなく、かといって小雨でもなく、とにかく僕が濡れることに変わりはなかった。

しばらく二人は黙っていたが、やがてエミは変わらない表情のままでさらりと言ってのけた。
「私、好きな人できたの」


僕は耳を疑った。
と同時に、胸が締め付けられる思いだった。

エミは、照れるような素振りをみせない。
それはまるで、「私、林檎が好きなの」と言っているようだった。

しかし僕は平然としていられない。
心の中の動揺を隠せない。

そうだ、恋愛はそんなに甘くないのだ。
僕は自分に言い聞かせた。

次から次へと彼女を移し変えれるほど恋愛は簡単じゃない。

僕は落胆したが、同時に仕方ないか、という割り切った気持ちもあった。
僕はエミに「そっか」と変な笑いを見せた。


エミは笑わなかった。
全くの無表情で、ただじっと僕を見ていた。

耐え切れなくなった僕は、「じゃ」とくるりと背中を向けた。
鞄で顔を覆い隠すようにして、そそくさとその場を去ろうとした。


だが足が進まない。


僕ははっとして、もう一度、エミを振り返った。

エミは全く動こうともせず、まだ僕をじっと見ていた。

まるで、僕が振り返ることを分かっていたかのように。



僕とエミはお互いに目を離さなかった。

二人のまわりを囲むのは、雨だけであった。

何を思ったのか、僕は鞄を地面に落とした。
鞄はばしゃりと泥水を跳ねさせた。


エミの傘も弧を描くように地面に落ちた。
お気に入りの白い傘が、背景と化した。

二人はお互いを見つめあったまま、足を進ませた。


塀を越え、草木を越え、足のテンポはどんどん速まっていった。

雨に打たれながらも、二人はまばたきさえすることなく、目をそらさずに走っていた。


やがて二人は、ぶつかるように固く抱き合った。



エミは僕を抱きしめながら、泣くこともなく、 ただかすかに微笑んで目を閉じていた。
それはまるで、赤ん坊がお母さんに抱かれているときの寝顔みたいだった。

そんなエミの顔をみて、僕は口元を緩ませた。

それと同時に、僕はエミの心がここにないことに気付いた。

僕はエミを愛しているし、エミもきっとそうだ。

でもエミの愛は、決して恋愛感情ではないことに、僕は気付いてしまったのだ。
家族愛でも友情愛でもない。
でも確かに僕は愛されている。


恋愛は、どうしてこうも切ないのだろう。
僕はもどかしい気持ちを心の中に漂わせながらも、そっと目を瞑った。


僕はそうではないが、エミにとってこの抱擁は、サッカー選手がゴールを決めたときにチームと交わすようなものだったのかもしれない。

エミにとってこれははっきりとした別れの意志だったのかもしれない。


それでも僕は、この幸せな時間が一生続けばいいのに、と聞き分けのない子供みたいに切々と願った。

今思えば、それ自体が確実に終わりの近い予感だったのに、それでも時が止まることを無我夢中で祈っていた。


二人は雨に打たれながら、その場の空間を共有していた。


愛は喋らない。
この場面に言葉はない。


痩せ衰えた言葉など、今の二人には必要ないのだ。


二人には雨の音すら聞こえていなかった。


愛は沈黙だ。

そう、愛は沈黙だ―――





やがて雨は小雨になって、日が差し込んできた。


時は来た。


ふたりとも捨てられた子猫みたいにズブ濡れになっていた。



僕とエミは互いの体を離すと、そっとさようならを告げた。















後書き

長い文章なのに最後まで読んでくれて有難う御座いました*^^*
今後も宜しくお願いします。。

この小説について

タイトル love is silent
初版 2008年5月24日
改訂 2008年5月24日
小説ID 2121
閲覧数 806
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林檎の写真
駆け出し
作家名 ★林檎
作家ID 271
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