無機有機ノイズ考

彼は確定してゆく現在を呆然と見送るしかなかった。
確定事項は過去へ。流れる。後方へ。

彼はまだ遠い未来を見ることはできなかった。
未確定事項は現在へ。流れる。前方から。

通り抜けた瞬間にのみ自我の像を結び、留めておくこともできず擦り抜けていく。


それはとても無常なことだと思った。



彼は紛れもなく現在を生きている。過去にも未来にも彼は存在しない。
過去を呼び出しているのは現在であり、未来に想いを馳せているのも現在だ。
その真理は彼に恐怖を与えた。
確かにあった過去、これから訪れる未来に何の保証もないことに気付かされたから。
そうして彼は全ての保証なき時の流れにただ浮かんでいるだけだと思い知った。


彼はそれでも考え続けている。
重要なのは断続的であることだ。
断続的であることが過去と現在、現在と未来を結ぶ唯一の接点であろうと思っている。
考えることを続けているのは単純に考えるのが好きだからだ。


彼は今、ぼんやりと考えていることがある。
ベッドに寝転がり、目を閉じて呼び起こす。
白と黒が入り乱れる灰色の映像。ざらざらとした音。
ノイズと呼ばれるその状態について。


ざあああああああああああああああ。
ざああああああああああああああああああ。
ざ   ざざ。


小さい頃から、見るたびに不思議に思ったものだ。
ざらざらのぢりぢりの白黒豪雨は自分とどこか繋がっているような感覚があった。
テレビのノイズ画面に手を当てたら、そのままずぶずぶと自分は飲み込まれ、やがて一体となれるのではないか。
そして、どこかで、同じようにノイズになった誰かと会えるのではないか。


ざざ ざざざざ  ざああああああああああああああ。


通常、不快感を与えるあの状態。
あれが偶然生み出されたものだとは到底思えない、というのが彼の考えだった。
テレビやラジオで信号の受信がうまくいかない時、ノイズが混じる。つまりテレビやラジオはノイズの為に作られた訳ではない。だから、ノイズというあの現象が意図的に創られたはずがない。
しかし、彼が過去や未来に保証がないことを意識したときに覚えるあの不安定、不確定、判別不可といった心理状態はまさにあのノイズのイメージと同じではないか。


ざあああああああああああ。
ざああああああああああああああ。


不安定、不確定、判別不可、そのときの自分の心を可視化、可聴化したらあんな風になるのだろう。
そう思えてならない。
もし誰かが不安定、不確定、判別不可、といった状態をあれで表現しよう、と意図的にノイズを創ったのならまだ納得できる。
しかし意図されたものではなかったとしたら、無機的な信号の不安定、不確定、判別不可という状態と、有機物たる自分の心の不安定、不確定、判別不可という状態のなんという一致だろう。

"ざああああああああああ。"
"ざああああああああああ。"

もし、ノイズが誰かの手によって創られたものでないなら不安定や不確定、判別不可という状態はまさに"ああいうもの"なのだ、と彼は理解する。
そして、同時に安堵することもできた。

今、まさに今、自分が、全てが、不安定、不確定、判別不可であることを許容された世界であることの証明だと理解できるからだ。
確たる何かが無ければならない世界ではないと思えたからだ。





涙が出た。
彼はいつの間にか泣いていた。




服の袖で涙を拭き、ベッドから起きあがった。
テレビの電源を入れ、リモコンのボタンを押す。
"はチャンネルが設定されていません"
元のチャンネルのまま右下にメッセージが表示される。
彼は憮然とした面持ちで電源を切った。


下を向いた。
地面があった。
ノイズに嫌われた、と思った。

後書き

こっちに載せるのは実に1年以上ぶりのビビンバ吉田です。
システムエンジニア短編小説いかがでしたでしょうか。短すぎるとは思いますがこれ以上不安定とかいう単語使ってたらなんか自己暗示にかかって私の心理状態がヤバくなりそうのでこれくらいが限度です。
往年の私を知る人はビビンバがギャグ書かなくなっちゃった、もうダメだ。と思うかも知れませんがギャグでテンポ良くいけるキャラクター、設定が浮かばないんだよねー。ただそれだけー。ギャグは書きたいです。
で、内容についてですがええと、彼が泣くまでのくだりまでとテレビをつけるくだりは私の中でテーマの軸が別で実は話がぶつ切りです。両方書きたかったから。

地デジはチャンネル設定してないところを押してもノイズ画面にならないんですよねえ。受信状態悪いとそういうメッセージが出て、やっぱりノイズ画面にならないし。つまんねえ。

コメント無し匿名でも構いませんので評価をつけて頂けると有り難く(コメントが全くつかないのは面白くない、という無言の評価ではあるのですが)。
では、お読み頂きありがとうございました。

この小説について

タイトル 無機有機ノイズ考
初版 2008年7月12日
改訂 2008年7月13日
小説ID 2342
閲覧数 6858
合計★ 25
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作家名 ★ビビンバ吉田
作家ID 3
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