怪談 - ちいさい顔

 このアパートに越してきたばかりのときは、しばらく空間を持て余していたものだったが、ひと月ふた月と住むうちに、だんだんと生活感の増してきたそのあたりから、部屋の隅、物陰、すき間から、どうも息づかいが聞こえてくる。まるで外から、すうすう空気がはいりこんでいるように感じるが、なんだか、どこか、濁っているのだ。
 でも人間不思議なもので、この目で見ないと、ただ気持ち悪いなぁで、いずれ意識しなくなるものなんですね。Aさんは、そう振り返った。
 今年から都内の大学に通うAさんは、しばしばアルバイトや研究で帰りが遅くなる。その日はアルバイトでへとへとになって帰ってくると、友達から電話があり、今から遊びに来ると言う。だいぶ飲んでいるようだ。呂律がまわっていない。しかしこっちに来てからできたばかりの友達の、申し出を無下に断ることができなかった。どうせあいつは泊まっていくつもりだろうが、明日はお昼くらいに学校に行けばいい。そう思って、Aさんは友達を部屋に呼んだそうだ。
 電話から一時間近く待たされて、ようやく来た友達は、顔を青くしていて、なにも言わずにトイレへと飛びこんだ。さすがにAさんはあきれて、文句を言ってやろうと待ち構えていた。
 しばらくしてからドアが開き、よたよたと友達が出てきて、Aさんの顔を見るなり、
「お前、あの人たちはなんだ?」
 と、頼りない口調で聞いてきた。
 この酔っぱらいがなにを――。
 Aさんが言葉を発し終える前に、友達は床の上に横になって、そのまま眠ってしまった。Aさんはしかたなく、友達を布団まで運び、自分も寝る仕度を始めた。
 電気を消して、薄い毛布をかぶった。まっ暗闇の向こうから、友達のいびきがやかましい。
 ふと、友達の言葉がよみがえった。トイレに誰かいたのだろうか。そんなわけがない。じゃあ、一体なにを見たというのか。
 どうせ酔っぱらいのたわごとだ。そう思い直して、目を閉じても、するすると毛布の間をぬって、不安が体を冷やすものだから、どうにも寝つかれない。Aさんは結局トイレのようすを見ることにした。
 トイレには友達が来る少し前にはいったきりである。電気をつけて、ノブを回す。きいっとさびた音がして、ドアが開く。
 トイレ用のスリッパ。白い便器に青いカバー。トイレの水には、友達の吐いたものが浮いていた。げんなりしてレバーを回した。ごぽごぽと水の落ちるさまを見ていると、視界の端で影が走った。ぺたりと音をたててそれが床に落ちると、タンクの陰に隠れて見えなくなった。
 水がいれかわる間、Aさんは動けなかった。茶色い、光沢のあるおまんじゅうのように見えた。虫か、ねずみか、それとも――。いずれにせよ、今まで生きてきたなかで、あんなもの見たことがない。
 気味が悪くてしかたがないが、このまま寝るのも落ち着かない。腰を落とし、身をかがめ、タンクの裏をのぞきこもうと、便器の向かって右側に、体を入れようとしたとき、
 見られている。どこから――。
 下からだ。いや――。
 Aさんは目があったそうだ。澄んだ便器の水には、びっしりと天井にへばりついている、無数の小さな顔が映っていた。それらの眼が、じっとAさんを見つめていた。
 ほとんど発作的に見上げたが、くすんだ白い天井があるだけだった。
 その夜Aさんは、家中のありとあらゆるものをひっくり返し、あの顔を捜したそうだ。きっとあれが、すうすう息をしていたんだと思って。
 それとも、なにもないことを証明したかったのかもしれませんね。
 結局なにも怪しいところは認められず、目を覚ました友達に聴いても、まったく要領を得なかった。
 Aさんは今でもその部屋に住んでいるのだそうだ。なにも不都合はありませんから。そう言うAさんだったが、あれからというもの、部屋をきれいに片づけていることを、白状してくれた。

後書き

 はじめまして(おひさしぶり?)こんにちは。昔バッサイ、今は連打の山形住人です。ぱろしょの趣旨とは違うのかもわかりませんが、一読していただければ幸いです。ご意見おまちしています。

この小説について

タイトル ちいさい顔
初版 2004年11月8日
改訂 2005年2月26日
小説ID 238
閲覧数 1370
合計★ 22
蓮打の写真
ぬし
作家名 ★連打
作家ID 9
投稿数 14
★の数 208
活動度 8795

コメント (7)

弓射り 2004年1月23日 22時48分04秒
チャットで言ったまんまですw惜しいっす!
? 2004年1月25日 19時44分03秒
コメントなし
★ビビンバ吉田 2004年11月8日 21時25分52秒
お久しぶりです、バッサイ改め連打さん。怪談は伝聞調が基本ですね。1エピソードとしてはいいですが、そのちいさい顔さん達が何故いたのか、アパートの立地条件等、理由を推測できる要素をどこかに挿入してたらもっと良かったかもかも。
弓射り 2004年11月8日 22時54分22秒
一文読むごとに、胃袋に怖さがひゅっと入ってくる感じです。ただ、怖さのピークがなかったので、あるともっと怖かったです、はい。Aさん、よく住み続け荒れますね・・・
★くるぶし! 2004年11月10日 20時20分59秒
むりですよ!住み続けるのは!ホラー苦手だけど書くのは好きな自分です。弓射りさんと同意見ですが、山場をもう少し作ったほうがいいきがします。
蜜柑 2008年6月25日 19時24分34秒
私は怖い話が嫌いなんですけど(じゃあなぜ来た)このくらいが一番ちょうどよかったです。
私がAさんなら、もう「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ってなっちゃいますw
★Coa 2008年7月19日 11時16分45秒
怖い話が大好きでーす^^
この微妙な空気、ミステリアス・・・。
もうたまりませ〜ん><
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