こんな性癖だから、ちゃんとした恋なんて言うのはした事が無い。
中学の時も、高校の時も、周りに合わせてきた。
こんな女が好みだ。とかいう会話にも参加してたし、飲み会だって誘われれば出てきた。
俺は他の10代と同じように見られたかったのだ。
集団であぶれるほど怖いものは無い。
本当の自分だとかを主張して、一人になっても、健気に生活できるほど俺は強くないのだ。
ただでさえ同性愛なんてものは、偏見と好奇の対象になる。
俺は自分の性癖を必死に隠してきたのだ。
故に俺は世に言う同性愛者として、本気の恋をしたことがない。
というか、する余裕がなかったのだ。
松屋のチーズ豚丼を食いながら、ぼんやりとそんな事を思う。
学校から随分近くにある松屋は、昼時でなければ空いていて居心地が良い。
クーラーが効きすぎているのが難点だが、食っている間に気にならなくなる。
RRRR RRRR RRRR
そんな時、あの何の変哲もないプリインストールの着信音が鳴った。
小画面にアドレスが直接流れているから、数少ない友達でも、家族でもない。
ただ、ちょっと見覚えのある文字列だった。
「件名:無題
本文:覚えてる?
この間駅でやったテツ。
今暇してるからまたやらない?」
件のやつからだ。
俺が何故か嫉妬したやつ。
俺の口に出して、さっさと帰ったやつ。
外見はいいけど中身が駄目だと思ったやつ。
「件名:RE
本文: 」
返信のボタンを押して、少しそのまま考えてみた。
俺は前回やつとやって、あんまり良い思いはしていない。
やつの雰囲気からして、今日行ったとしても前回の二の舞になるんじゃないか。
面白くない。
それにやつだってあんな容姿だ。
こっちの世界じゃ引く手数多だろう。
例の嫉妬が俺の心に囁いた。
結局、俺はささやかな復讐にやつの事を忘れているフリをしてやる事にした。
「件名:RE
本題:すみません、どちらさまですか。」
送信ボタンも、気持ち遅めに押す。
すると、意外というか、なんと言うか、返信は思ってたよりもずっと早く返ってきた。
「件名:RERE
本文:この間三角駅のトイレでやったじゃん。
本当に覚えてないの? 」
無意識なのか、やつは自分から聞いたくせに俺の答えにそう返信した。
いつも誰もが自分の事を覚えていてくれるとでも思っているのだろうか。
俺の天の邪鬼な心はやつがどうも気に食わないらしく、そういう感想を出した。
でも、いつまでも無意味な嘘をついていても仕方が無いので、思い出してやる事にした。
「件名:RERERE
本文:ああ、思い出しました。
でも、無理です。
他の人にあたってください。」
俺のプライドは無駄に高いらしく、頭で考えるよりも先に、指が動いていた。
何故かはやる気持ちで送信ボタンを押す。
これは俺にとっての復讐なのだ。
きっと向かい合っては何にも言えない俺が、携帯という盾をもってやつに嫌な気持ちを味合わせる。
自信は無いくせにやたらとプライドは高い。
俺は本当に嫌なやつだ。
RRRR RRRR RRRR
着メロが鳴る。
ああいうやつは大抵、否定されることに慣れてない。
だから、自分の中で下のランクのやつに否定されるなんて思いもよらないに違いない。
だからきっと、捨て台詞でも送って、はい。それきり、さようなら。と、なるんだろう。
俺は俺の復讐の代償として、やつの最後のメールを甘んじて受け入れる用意ができていた。
だが、やつが送ってきたのは、捨て台詞なんかではなかった。
ただ一言しか書いてなかった。
「件名:RERERERE
本文:なんで?」
それは、やつが俺が想像していたようなタイプではないことを表していた。
俺は少し恥ずかしくなった。
そして、その時から、俺は初めてやつにちゃんと返信をしようとおもった。