世界に僕はキミで一人きり

 どうしよう。どうしよう。
 夕日に染まる放課後の教室の廊下側から一列目、前から四番目の席に座る僕は、汗ばんだこぶしでふとももを強く押して、ときおり、濃い鼻息を吐きだしてはそろそろと古い木の臭いを吸いこんで、窓側から一列目、前から四番目の席に座る木下さんを、下の名前は聡美さんを、実にさりげなーいと思われるしぐさで体を動かして、肘をついて、ぽっと見つめ、すぐに目をそらしては、黒板の隅にある“日直”という白い文字の下に並ぶ“川田”“木下”という不自然でないくらいにぎりぎりまで近づけて僕が書いたチョークの文字を見ては顔に出さずにほくそえみ、こそばゆさとやましさと、若干のむなしさを感じずにはいられないのだが、現実現在僕と聡美さんとの距離はそこまで近くなく、むしろ机三つ分遠く離れており、ホントは楽しくおしゃべりして笑いあってちょっといい雰囲気をつくりたいのに、お尻が椅子にはりついたようになって、でも心臓は激しくどくどくと全身にやたらと血液を送りだし、結局は貧乏ゆすりくらいしか身動きはとれず、たださりさりと聡美さんが日誌にシャーペンをすべらせる音が続くこの世界。
 僕は今日をずっとずっと心待ちにしていた。日直の当番が聡美さんと当たると計算してわかった一か月と五日前から。大好きな聡美さんと二人きり。
 だからなにか話さなくちゃならないのに、口の中がからからでべろがうまく動かない。昨日の夜はずっと考えていたんだ。今このときに、どんな風に話そうかって。
「聡美さんはぽんかん好き? 家にいっぱい送られてきてさ、おじいちゃん家から。」
「えー。ほんとに。わたしぽんかん好きなんだー。」
「よかったらわけたげるよ。ぽんかん家じゃ食べないからさ。」
「わー。うれしいな。じゃあ明日取りに行くよ。」
「え? 家まで来てくれるの? だったらちょっと寄ってかない?」
「うーん。そうね。ちょっとおじゃましようかな。」キャードキドキどうしよう誘われちゃったって、このままなにもせずただ日誌を書き終わるのを待っていると聡美さん部活に行っちゃって昨晩のリハーサルがむだに終わる、というよりぽんかんってなんだよ。冷静になって考えてみると、そもそも家にぽんかんなんてないし、聡美さんがぽんかん好きかなんてわからないし、おそらく多分必ずしも好きというわけではないだろうし、家まで取りに来ることなんてまずないし、ましてや僕の部屋に来るわけないと思いませんか! 聡美さんは中二になって初めて一緒のクラスになって知り合ったんだもの。まだ半年くらいの男ともだち女ともだちなんだよ。
 ずっと黙って机に座っている僕のことをどう思っているかな。やっぱり変でおかしくてきもちわるいとかって思ってるかな。でも話しかけたらそれはそれで変なのって思われちゃうかな。まさか無関心ってことはないよな。
 それともまさかもしかして、こう、じっとしてる僕のことをクールでかっこいいとかって思ってないか? 意外と、かもよ。イケてるかもよ。
 じゃあちょっとポーズを決めてみよう。ぱっと思い浮かんだのが『考える人』だった。右手首をこれでもかと曲げて、あごを置いた。まあまあ悪くないと思ったが、もう少しオリジナリティーは必要だ。そこで左手を後頭部のうしろに添えてみた。足を組んでみた。やりすぎても、いけないよな。
 と、聡美さんの視線がこっちに向かっているのを視界の端でとらえ、慌てて僕は机に突っ伏してしまった。
 なんでイケてると思ったポーズで恥ずかしがっているんだ僕は。目をそらすのはまずくないか。聡美さんの反応が気になって、ちらりと目だけを動かしてみたら、まだ僕のほうを向いていて、目があってしまった。まずい。だからなんで目をそらすの怪しいでしょーっあーもうだめ下向いちゃった。
 もしかしてずっと僕を見ていたのか? なんで? なんでって人をじっと見る理由っていったら多分、ひとつしかないんじゃない?
 僕のことが、
 好きなの
 かも
 よ。
 そうかなー。好きなのかなー。
 そういえば今日は今朝からなんか違った。
 朝登校するとき、げた箱で一緒になった。
 国語のディベートの授業のとき、同じ『パンに塗るならジャムよりマーガリン』派になった。
 昼休み女子で固まってしていたひそひそ話は、僕のことを言ってた気がする。
 二人で教室にいるところなんか見られたら、ウワサたてられちゃったりして。教室の端っこと端っこにいるけど、なーんか二人はそういう関係? とかって、見られなくもないよな。
 顔を少しだけを動かして聡美さんを見てみたが、聡美さんは日誌に視線を落としていた。夕日を浴びて柔らかそうな栗色の髪がきらきら光を弾いている。うすくあけたまぶたからのぞく、色素のうすい瞳から、鼻すじをくだって上のくちびる、下のくちびる。ちょっと半開きになって、指はシャーペンをくるくる回している。
 よおし。
 行こう。話そう。僕のきもちを伝えよう。
 行け。がんばれ。男になれ! 川田コージ14歳、立ち上がれ!
 渇いた口内にだ液をしぼりだし、一回ぎゅっと目をつむってから立ち上がろうと目をあけると、なんと聡美さんが僕のほうに近づいてきているではないか。
 僕の目の前に、かつてないほど近づいた聡美さん。緊張と動揺で思わず僕は椅子を倒して直立してしまった。
 正面から聡美さんの顔を見ていながら、僕の視線はほほのほくろに釘づけになっていた。
 ここにきて、言葉に迷ってる。好きですと好きだのどっちにしようかと。どっちも同じだなんて、とても思えないからだ。
 そんなことを考えながら、ほとんど条件反射的に、鼻から息をすーんと吸って、聡美さんのにおいをかごうとしていた。
 聡美さんは右手の日誌を胸の高さまで持ち上げて、
「じゃ、あとよろしく。」
 といって差しだすと、僕はなぜだか両手でうやうやしく受け取っていた。聡美さんのつかんでいたところを持とうと思った。あたたかさがなくなる前に。
 視線を上に戻すともう聡美さんは背を向けていて、机に戻って自分のカバンを持って、僕が呼吸をひとつし終わる前に教室から出て行ってしまった。
 呼び止めることもできなかった。
 校庭から練習する野球部の声が聞こえてくる。それだけしか聞こえない。立ち尽くした僕の頭の上でチャイムが鳴って、一瞬にして夕日が落ちた。

 ところが帰る道すがら、もしかしたら僕と二人きりで話すのが恥ずかしくってそそくさと行ってしまったんじゃないのかい? と無根拠で自信過剰な妄想を止めることができないのであった。
                                     了
 

後書き

 自意識過剰で自分に都合のいい解釈で、変態的にいやらしい、そういう中学生くらいの片思いを、超微細的に書きまくってみたかったのです。でもまだまだ消化不良で終わった感じがしてしまいました。もっと不器用にもっと大胆にできればよかったかなぁ。リアルタイムで中学生や高校生の方がいたら、忌憚のないご意見をお待ちしております。
 ところで私の初告白のシーンは作品のようなシチュエーションでした。私はあまりの興奮に股の真ん中に力をいれてしまい、ジャージを(中学生はジャージで授業さ!)膨らませてしまったという、今は懐かしい思い出があります。あの子は元気かなぁ。想像できないな22歳の姿を。

この小説について

タイトル 世界に僕はキミで一人きり
初版 2004年11月25日
改訂 2004年11月29日
小説ID 242
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合計★ 22
蓮打の写真
ぬし
作家名 ★連打
作家ID 9
投稿数 14
★の数 208
活動度 8795

コメント (6)

イカサビS 2004年11月25日 20時36分44秒
面白く読めましたw中学時代似たようなことがありましたね…ただ違うのは相手が隣りの席だったり三年間クラス一緒だったりしてて、そんな妄想を膨らます間も無く日々が過ぎ去ったと言う事でしょうか(つまらない青春だな…今振り返ると(TT;
弓射り 2004年11月25日 21時41分09秒
わかりすぎて胸が痛い…あ、こういうエロバカっぽい妄想ってみんな、するもんなんだね、とちょっと安心しましたwww青春って書いて、バカと読むのは知っての通りですw
連打 コメントのみ 2004年11月26日 9時16分17秒
評価をいただきありがとうございます。
イカサビSさんへ。つまらない青春だなんてそんなこたぁございませんでしょ。青春って時が経つほど輝きが増すものだと思います。あー、あのころはよかったなぁみたいに。
弓射りさんへ。実はワタクシアーチェリーをやっております。あらためて本文を読み返しますと、つくづくコイツバカだなと思います。はい。バカはワタクシですねー。
関西人 2004年11月26日 12時58分44秒
恋愛・・・というよりギャグよりなようなw
妄想癖激しいのは自キャラにもいますので負けてられませんなw
★ビビンバ吉田 2004年11月27日 11時41分02秒
何と言いますか、旧知の人間として相手が誰とかリアルに思い浮かべられてしまうのでコメントしづらい……。ただ、こういう妄想的なモノって昔はよくあったなあと。うん。
昔って……。年とったな、自分……。
★やまけん 2004年11月29日 16時07分44秒
登場人物の名前にいちいち反応してしまうね。作者のひととなりを知る立場として非常に興味深く読ませていただきました。
あと、妄想中の会話部分の文末に句点があるのは、実際の会話ではない会話であるということを端的に表せていていいな、と思いました。
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