りれしょ物語 - 第十話 約束の日

 どうしよう。あれこれ急いで結局十分も遅れてしまった。
 俺が走ってきた時には待ち合わせ場所である駅前に小雪はいなかった。朝飯抜いておけば間に合ったかな……。ついつい数秒ごとにため息が出てきてしまう。今朝見た夢が原因なのか、待ち合わせに遅れたショックが大きい。今じゃ夢の内容をほとんど忘れてしまったけど。
 小雪怒ってるだろうなぁ……やばい。全力で謝らねば。
「あれ、お前剛か?」
 小雪へどうすれば謝罪の念が伝わるか考えていると、後ろから鈴の音を思わせるような凛とした声が俺の耳に届けられた。
 最近聞いたような声だ。もしやと思い振り向くと、そこには紺のジャージと真っ白なティーシャツを雑に着込んだ雛利の姿があった。
「やっぱ剛か。こんなとこで何してんだー?」
「何もしてねーよ。お前こそ何してんだ」
 俺が疑問をぶつけると、雛利の眉がぴくっと動いた。そしてにやぁっと唇の両端を吊り上げた。……なにやら妖しげな雰囲気を感じる。
 怖い。いつもとは違う意味で怖いぞ雛利。
「何もしてないってことは、暇なんだな」
「ああ、そうだけど……だからどうした」
「何も言わず……ついてこい」
 雛利は俺の手首をつかみ引っ張ってこの場から駆け出した。
 語尾の方、声が少しドス黒かったのは気にしないことにした。
「おい雛利! 用があるならちゃんと――」
 言いながら手を振り払おうとするも、ものすごい握力でそれは叶わなかった。
 運動だめなくせに馬鹿力め……!
「何も言うなって言っただろう?」
 その声は、もはやドラマで見るようなヤクザとは比べ物にならないほど恐ろしかった。小動物のような心を持つ俺には、この時反論もできなくなってしまうのは当然だったのだ。
 小心者じゃあないぞ。小動物のような心だ。


 俺が雛利につれて行かれたのは、大きくもなく小さくもない、駅から少し離れた公園だった。入り口近くには定番の遊具が並んでいて、後ろに行けば小さな広場で子供達がサッカーをしている。
 その公園の入り口から数本立ち並ぶ木々の木陰に、俺と雛利はこそこそ隠れているわけだが……。
「おい雛利、さっきから何してんだ」
 雛利は息を切らしながら木を盾にして、木々の向こうを覗き見ていている様子だった。
「何って、あの二人の監視。見て分かれ」
「あの二人……?」
 言われて俺は雛利の視線を辿ってみた。
「おい、何してんだよあの二人……」
 そこには、ベンチに座って仲良さそうに語らっている本村さんと村崎の姿があった。
「村崎のヤロー主催のデートらしい。あの男……殺らないとな」
 呆然としていた俺は、雛利の猟奇的と思われる発言に目を覚まされた。下手しても殺すなよ、雛利。
「本村さんをデートに誘うとは村崎め……なかなかやりおるな」
「ばか。あたし達はあの二人の仲が進展するのを邪魔するためにここにいるんだろうが。敵を褒めてどうする」
 ああ、それ結局俺も手伝わされるのか。オーケーを出した覚えはないんだが。
「でも監視だけなんだろ? どうやって邪魔するんだ」
 俺が聞くと、雛利は悪巧みをナイスアイデアと言わんばかりに声を弾ませて語る。
「あの二人がいい雰囲気になったら、あたしたちが偶然を装って二人の前に出てきて話しかける。それだけで十分邪魔だろ?」
「なるほど。ムードぶち壊し作戦か」
「おお、お前ネーミングセンスいいな。その作戦名でいこう」
 この時、横顔だが俺は始めて雛利の微笑みを見た。笑うと可愛いじゃないか。普段から人前でもそうしてればいいものを……。
 ネーミングセンスを発揮しなくともこのぐらいの作戦名は誰でも思いつくんじゃないかと言いたかったが、雛利の笑みを前に俺は黙っていることしかできなかった。


「あら。二人ともこんなところで何してるの?」
 いきなり横から掛けられた声に俺はびくりと体を震わせた。
 振り向けば、雛利と違っていつでもどこにいても微笑んでいるであろう煽さんと、閉じられたホームズの文庫本を片手になんとなくという感じで俺たちを見つめている御堂の姿が目に映った。
「煽さんこそ、こんなところで何をやってるんですか?」
 俺が聞くと、煽さんは段々と朱に染まり始めた頬に二つの手のひらをあて、目を閉じてのろけ気味に語り出した。
「一昨日ね、御堂くんといっぱいお話したんだけど、それで図書館に行く約束しちゃってね、電話番号交換してね、それから――」
「僕がカップケーキのお礼にホームズ巡り図書館の旅に招待したんだよ」
 勢いあまって要点が分かりづらい煽さんの説明を遮るように、御堂が分かりやすく説明してくれた。
 ていうか煽さん、暴走キャラだったんだ……。
「で、あなた達は何をしているの?」
 意外と早く暴走が収まった煽さんは、次は俺たちの番だと言う風に質問した。
 煽さんは自分達が何をしていたのか説明してくれたんだから、ここは俺たちも何をしていたのか教えるスジがあるよな。
「俺たちはですね……――ッ!」
 快く教えようとする俺を黙らせるかのように、雛利は俺の手をあのものすごい握力で握りだした。
 何故こんな攻撃をする……小雪拳と違って地味に痛いぞ雛利。さては俺の指を折る気だな、ていうか本当に折れるからそろそろやめてくれないか?
「ははぁ、なるほど。君たちはひょっとしなくてもデートだね」
 胸ポケットからホームズ帽を取り出し、被りながら御堂は言った。ひょっとして常備してんのか、それ。
 御堂の言葉に、雛利がいち早く反応した。
「はぁ!? 何言ってんだ! そんなことアダムとイヴがこいつとあたしだったとしても絶対無いっ、絶対っ、なっ……」
 途中むせながらも真っ赤な顔をして全力で否定する雛利。何もそこまで言うことないじゃないか。
 まあ俺は満更でもないので、わざわざ否定しないわけだが。もともと誤解だしな。
「では、握り合ってるその手は何かな、五鈴くんとやら」
 御堂は、雛利が右手のひらで未だに握りつぶそうと締め上げている俺の左手を指した。これは握り合ってるというより雛利が一方的に握っていると言った方が正しいのでは。
「んなっ!」
 御堂に言われて雛利は俺の手を放し、
「といやぁっ!」
 握り拳を作って俺のわき腹を殴った。何故俺を殴る。悪いのは御堂だろうが。
 だが普段から小雪拳で鍛えられている俺に雛利ごときのパンチでは通用しない。
「じゃあそろそろ私たち行くからね。二人の邪魔するのも悪いし。行こう、御堂くん」
「そうだね。じゃあなー本寺よ。お幸せにー」
 雛利いじりに飽きたのか煽さんは自分から積極的に御堂の手を握り、御堂は俺たちに手を振りながら去っていった。
 なんだか御堂の言動に既視感を覚えるんだが気のせいか。
「まったく、あんたの友達どうかしてる」
 未だに赤い顔でしかめっ面を作りながら呟く雛利。
 確かに、御堂はどうかしてるよ。
 隣で雛利がぶつぶつ言っているのを聞き流しながら、俺は考えていた。雛利が俺の手を握りつぶそうとしていた時、雛利は煽さんにデートの監視していたことを隠したがっている様子だった。
 それはどうしてだ。煽さんは本村さんの恋を応援していて、反対しているのは雛利だけだから言えないのか。
 いろいろ考えたが、本人に聞くのが手っ取り早いと思った俺は雛利に声をかけようとした。
「なあ雛利――」
「ああ! 秋と村崎のヤローがいなくなってる!」
 悲鳴のような叫び声で雛利の声は俺の鼓膜を突き破ろうとした。
 雛利の言うとおり、ベンチに座っていたはずの二人の姿がそこにはなかった。
「逃げられた、くそっ」
 決勝戦で惜しくも敗北した甲子園球児のように顔をしかめながら、振り返って俺をにらみつけた。
「お前の友達のせいだっ!」
 なんか俺のせいみたいに言われてるみたいだ。遠回しにそう言っているのかもしれない。
 ぶつぶつ文句か何かつぶやきながら雛利はズボンのポケットから携帯を取り出した。
「番号よこせ。手分けして捜すぞ」


 そういえば、親戚以外に携帯の電話番号を交換した女の子って何気に小雪と雛利だけなんだよな。
 そんなことを考えながら俺は自宅への道を歩いていた。
 雛利の提案はこうだ。本村さんと村崎を見つけたらお互いの電話に連絡、場所を伝えて合流する。三時になったら、二人を見つけられなくてもさっきの公園に集合、作戦会議を開く。
 なんで俺がそんなことをせねばならんのだ。もともと今日は小雪とその弟の誕生日プレゼントを買いに――寝坊さえしなければこんなことには――行く予定だったのに。
 心の中で後悔の念をさ迷わせながら歩いていると曲がり角にさしかかった。ここを曲がればあとは自宅の門前まで一直線だ。
「あ、剛……」
 角を曲がった先、俺ん家の門柱前には、小雪がいた。


 逃げようか。逃げるしかないだろう。小雪はきっと、いや絶対、遅刻した俺を叩きのめしに俺ん家まで来たんだ。
 ゆっくり近づいてくる小雪を前に、無意識に足が後ずさりを始める。小雪は俯いていて表情を読み取ることはできない。
 やばい。そうとう怒っていらっしゃるな。
 一言謝って逃げてしまおう。結局逃げることしか思いつかない自分が情けない。
「こ、小雪。……ごめ――」
「ごめんなさいっ!」
 ポニーテールの黒髪を揺らしながら、小雪は大げさに頭を下げた。
「え?」
「私、今日寝坊しちゃって……ゆうべ眠れなかったの。だから一時間も遅れちゃって……」
 えっと、それじゃあつまり、待ち合わせ場所に小雪がいなかったのは俺のせいじゃなく小雪が遅刻したからで……。
 つまり俺が悪いわけではないので小雪拳を喰らわずに済む。
「やったぁー!」
「わっ、な、なに!?」
 しまった。つい喜びの念を大声に出してしまった。
「いや、こっちの話」
「そう……あの、本当にごめんね?」
 俺の目に映ったのは、いつものような強気の小雪じゃなかった。
「大丈夫、俺は気にしてないから」
「本当……?」
 半泣きで潤いを増した瞳を上目遣いでこちらにむけてくる小雪に、俺は何も言えなくなってしまった。やばい、可愛すぎる。惚れてしまいそうだ。
 もう少しこの小雪を眺めていたかったが、携帯電話の着信音によって邪魔された。ポケットから取り出した携帯電話の画面を見て、俺はさらにげんなりした。
 ――雛利からの着信だった。
「もしもし」
『おっそい、さっさと出ろ!』
 びっくりした。いきなり大声出すなよ、心臓に悪いじゃないか。
「はいはい。で、用件は?」
『駅前のファミレスで秋と村崎のヤローを発見した』
 あくまで村崎に対する二人称はヤローなんですね。
「つまり、さっさと来いと言いたいのか」
『物分りいいじゃねーか。あと財布持って来てくれ。じゃなきゃあたし無銭飲食になっちまう』
「無銭でファミレス入ったうえに飲食したのか」
『うっさい、腹減ってたんだ。五分以内に来ないと怒るからな』
 それを最後にブツンッ、と雛利から通信を切られた。
 ……さて、どうしたものか。小雪をおいて行くわけにはいかないし、ましてや「恋路の邪魔」に小雪を巻き込むわけにもいかない。
 携帯を閉じポケットに入れた時、小雪は俺の肩に手を乗せた。
「ねえ剛。電話の相手、女の子だったよね」
 手を置かれた肩は小雪によってギチギチと音をたてながら握り締められていく。小雪の額には血管が浮き出ていた。
「痛い、痛いって小雪、いったいどうし――」
「剛は私との約束をほったらかしにして別の女の子とファミレスに行く気じゃないよね〜?」
 その声に殺気が混じっていたのを確かに俺は感じた。
 何故、今日はこうも次々と災難がおこるのだろう。この災難続きの日が、後の幸せの前兆であることを祈る。


 とりあえず、小雪を「恋路の邪魔」に巻き込むことにした。

後書き

とりあえず言っておきたいのは、りれしょ物語1で好きなキャラクターは雛利と御堂ということです。この二人はどこかで登場させたいのです。
というわけで、今回は雛利がメイン(?)でした。
勝手に雛利の握力は最強という設定をつけましたが無理があったでしょうかね。体力も無い運動も駄目じゃ可哀相そしてネタにするためにだったので仕方ないとだけ言っておきましょう。

御堂の言っていた「ホームズ巡り図書館の旅」ですが、これは図書館を何件も回るわけではなく、一つの図書館でホームズに関する本をさがし回る企画です。
煽さんにとって重大な企画なんですねぇ。

最後に一つ。
無銭飲食は犯罪です。くれぐれもやらないように。

次回は確か梨音さんでしたね。お願いします。

この小説について

タイトル 第十話 約束の日
初版 2008年8月5日
改訂 2008年11月26日
小説ID 2560
閲覧数 973
合計★ 10

コメント (4)

★梨音 2008年8月5日 17時22分04秒
何て難しい場面で私にパスするんですかっ!!
途中、初音と御堂が出てきたところにのほほ〜んとなったんですが、見事に打ち砕かれた気分です。
以前、チャットで「私は初音タイプ」と言っていましたが、私は暴走キャラじゃないんで初音タイプじゃないということで。

意外に雛利→本寺っぽいフラグがたったのに驚きましたよ。
さて、本寺くんを不幸にすべく、頑張りたいと思います。
ひとり雨 2008年8月6日 13時32分12秒
読みましたw
デートって波乱がつきものですね。この話を読んでそう実感しました。
ダブルデートどころかトリプルデート…ハプニング満載で楽しめました。雛利は素直ではないですね…というか、雛利の相手は本寺ですかね? それとも…?
小雪との三角(?)関係も楽しめそうです。
梨音さん、頑張ってください。難しい場面だとは思いますが、楽しみにしています。それでは。
★日直 コメントのみ 2008年8月6日 14時29分47秒
>梨音さん
実は日曜日という日の出来事全て書くつもりだったのですが、さすがに長くなるかなぁと思ったのです。それは建前として、本当はこの続きが思いつかなかったからあなたにパスしたのです。ははは。
僕は、あなたののほほ〜んを打ち砕けて満足です。
僕は人の印象を雰囲気で決めるので、何を言おうがあなたは煽さんタイプなのです。

>ひとり雨さん
読んでくれましたかっ。
デートって波乱がつきものなんですか? 恐ろしいですねぇ。
実は僕、ハプニング好きなんですよ〜。何か一つはハプニング入れたいと思っています。
雛利は結構謎ですよね。いったい何を考えているんだろう……。
三角関係とは、ドロドロしそうですねぇ。お昼のドラマみたいに。それはそれで楽しそうです。
★達央 2008年8月28日 0時21分33秒
遅らせながらコメントいたします。

私からのパスで難しいかなと思っていたんですけどもうまく表現がせれていて良かったです。
多分……このりれしょのシリーズの中で一番長かった文だと思いましたがスラスラ読めて良かったです。
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