オーシャンブルー

 珍しくいい値段のするビールを買ってきたそいつは、ぐすぐすと泣きながら「フラレた」と言った。
 俺はため息をつくと「まぁ入れ」そう、かっこつけて言った。
 



「だってコウ君てば、ひどいの! あたしの焼いたホットケーキ、クレープの皮って言ったんだよっ」
「そうかそうか」

 煙草の煙を追いながら言うと、夏野はそれで満足したらしく、ビール缶を一気に煽った。
 こいつの名は斉藤夏野。男のような名だがれっきとした女。ガサツで不器用で口も手癖も悪いが、顔はいいほうの大学生。
 一方の俺、相模陽介は高校卒業後すぐにICチップ工場に就職した社会人。
 高三の頃覚えた煙草は、恐らく日ごとに俺の身体を蝕んでいるのだろうが最早遅い。
 バイト先のクソウザい先輩から進められたアークロイヤルが、俺の相棒になった。

「きっとあげた時計もお金に変えられるんだろうなぁ」
「何、お前時計やったんかよ」
「うん……ほしいって言うから」

 ガサツで不器用で口も手癖も悪いが、こういう素直で一直線なところもある。
 こいつの場合それが裏目に出るものだから他のやつらには誤解されやすい。
 幼馴染の俺でさえ、ソレに気づくのに大分かかった。出て行った母親譲りの気位の高さも、他人を遠ざける一因となっているんだろう。

「それ貢いだだけだろ」
「陽介こそ、この間付き合った女に指輪買ってあげてたじゃーん」
「あいつは水商。買ってやったらやらせてくれるっつーから。しかも、付き合ってないぞ」

 俺がそういうと、夏野はビール片手に頬を膨らませた。
 大学生にもなったんだからせめて髪は落ち着かせろも言っているのに。
 こいつときたらまた染めたな。しかも前よりレベルの高いやつだ。バイトで溜めた金を使ってるとこだけは、褒めてやるが。

「陽介のスケベ」
「ふん」

 ぶすっと言われた言葉に一応返事はしたが、俺は自分の発言を悔やんだ。
 分かりかけているような理由と一緒に、自分が言った言葉に含まれる何かが、俺自身に跳ね返る。
 空になったビール缶に吸殻を捻じ入れて、ふぅと息を吐いた。隣ではすでに二本目のビールに手を伸ばしている夏野がいる。
 高校を出てすぐに就職した俺と。
 小学校の先生になりたいと教育学部に入学した夏野。
 小さいころはずっと一緒だった。幼稚園も、小学校も中学校も、高校までも。
 そのうち俺は夏野の背丈をゆうに越し、夏野もどんどん大人になっていった。
 ずっとずっと、変わらないと思っていた日々が変わり始めて、それから俺は―――。

「今度そいつに会ったら一発殴っとけ」

 俺は、何を求めて今でも夏野をこうして慰めるのだろうか。
 部屋に入れるのだろうか。

「ふふ。うん、分かった」

 夏野は、何を求めて今でもこうして俺を訪れるのだろうか。
 部屋に入るのだろうか。

「このスルメ、かぴかぴじゃん」
「元からだろ」
「元よりも、もっと」

 ありがちな青春やありがちなメロドラマに興味なんてないよ。俺はベッドの相手がいればいいんだ。
 煙草と女と、少しの酒があればそれで、満足なんだよ。
 不意にビールの蓋を開ける音がした。
 温暖化に拍車をかけるクーラーの設定温度に目を向けて、俺は煙草を一本取る。今でこそ二十に辿り着いたばかりで不安なんてないが、あと何年か経ったら、俺はどうなる。
 いや、どうなるかよりも、落ち着けているのか。好きな女が見つかって、そいつと夜景を肴に飲んでいるのだろうか。
 どう思う? 夏野。

「コウ君のー……馬鹿ぁ。ろくでなし。馬面ぁ」
「あ、肉食いてぇな肉。馬肉」
「えー、馬って食べられるのぉ?」
「美味いんだと。俺も食ったことない」
「ダメじゃん」
「ダメじゃねぇよ」
「ダメだよー」

 夏野。

「……はぁ。恋愛って……難しいねぇ」
「ババくせぇな」

 俺は、パソコンさえ触れない奴なんだぜ。
 お前がやろうとしてる小学校教師が相手にするガキ共が習うような問題でも、できないんだ。
 だからこそこんなしがない下町の工場で働いている。
 高校の線路指導部教師に俺のルールは俺が決めると抜かしたはいいが、ルールの前に基盤がねぇ。ゲームがねぇ。
 こんなんじゃ俺の人生、張り合いどころかただの垂れ流しだ。
 クソッ。

「スルメより、チーズケーキがいいな」
「作れ」
「あはは、あたしが作ったら何になるか」
「それもそうだ」

 どう思う? 夏野。
 今のお前に俺は、どう映っているのか。
 生活に疲れてるのか? それとも仕事がいやになったのか?
 不甲斐ない自分に嫌気がさしたのか?
 
「なぁ夏野」
「何ぃ」
「……」
「何よ。辛気臭いなあ」

 飛行機からは降りられない。
 俺は今飛んでいる。低空飛行でもなく、高空飛行でもなく。
 雲と人間臭いの大気の間を。

「何って。キモいなぁもう」

 そう言ってからからと笑ったから、俺は一度煙を吸う余裕が出来た。
 しかし吸っても、肺だけがいっぱいになって頭には更に酸素がいかなくなる。
 考えがまとまらない。
 ああ悪い。俺はこんなだから。でも、いつか。

「お前は」

 きょとんとした、目が移動する。

「……俺にしておけ」

 いつか。
 お前に誇れるような、いい男になるから、だから。
 今はせめて、気付いたばかりのこの気持ちを素直に言えない俺を、どうか笑ったりしないでくれ。
 ベッドの相手と、酒と煙草があればよかった。指輪だけで媚びる唇にキスをするのは簡単だった。
 だけど、お前の心は揺らがない。小さい頃から知っている。中学の頃、お前が始めて付き合った男に無性に腹が立ったのは、俺が人間として至らないからじゃない。

「陽介」

 俺は頭では色々なことを考えながらも、煙草をもう一度吸った。
 片手のビールを持つ手が何故か、ぶるぶる震えている。

「明日カラオケ行こっか」
「……あ?」

 茶色の髪を耳にかけて、夏野は小さく言った。

「陽介の好きな曲、なんだっけ」
「オーシャンブルーか?」
「そう」

 こっちを向かずに、体操座りのような格好で夏野は笑う。
 小さい頃に、見ていたときと同じ顔で、全然違う笑い方をしながら。

「それ」

 鼻声が、そう言った。
 成長しない俺は、大人になりつつある夏野に追いつこうと必死だ。
 煙草を吸ったのも、酒を飲んだのも、女と寝たのも。
 全部全部。

「行くか」

 明日は仕事だ。それでも俺はそう言った。煙草の先にある火を見ながら、夜は花火でもいいと思った。
 バイクで遠くの浜辺に行って、ふたりで花火でもしよう。
 そこで初めて、俺はお前に追いつくのかもしれない。お前に触れてやっと、お前を理解するのかもしれない。
 今まで夏野を誤解し続けてきた奴らと同じように誤解をしてきた俺が、ようやく。

「ハンバーグ、食べたいな」
「作れよ」
「カバのえさになっちゃう」

 今までのどんな奴より幸せにしてやる。
 どんな指環も買ってやる。

「カバのほうがいいの食ってるっつーの」

 だからお前は。

「じゃあ陽介のご飯」

 俺にしておけ。





おわり。

後書き

これは甘い、のかな。
一時間もかかったという大作 笑

こいつらについては、夏野のほうがだいぶ大人な気がします。
夏野がラストであんな冷静なのも、「やっと言ったか」みたいな。いや、そうでなくても「ああやっぱり」くらいは思ってるでしょう。
だってもちろん、夏野も陽介が好きだから。

(恥ずかしっv こんな純情? ラブを書いたの久しぶりッ)

この小説について

タイトル オーシャンブルー
初版 2008年8月10日
改訂 2008年8月10日
小説ID 2579
閲覧数 1106
合計★ 12
トリニティの写真
作家名 ★トリニティ
作家ID 95
投稿数 123
★の数 551
活動度 25049
文と音楽と絵と食事を大事にする南部人

コメント (6)

★青嵐 2008年8月11日 12時34分15秒
……はぁ〜……ww
なんか癒されたぁw笑

いいですねw
なんかこういうのも////


二人のかけあいが好きです。
「コウ君のー……馬鹿ぁ。ろくでなし。馬面ぁ」
「あ、肉食いてぇな肉。馬肉」
「えー、馬って食べられるのぉ?」
           っていうのが。。笑笑

心情がとてもよみやすくて良かったです。

ってか、夏野かっこいいですわ
大人ですなぁw

恋してぇ〜……
笑笑

ではでは失礼しましたm(__)m
★馬野鹿麻呂 2008年8月11日 21時36分04秒
陽介の心情を率直に、飾り気なく描いていて、臨場感がありました。ベッドの相手がいればいい? 過激!(性的な意味で) どうせならそのまま描写しt(ry
ゲフンゲフン……では、感想述べさせていただきます。

(ずっと甘口のターン!)
夏野の料理が壊滅的にヘタクソなことを、地の文を用いずに表したのが見事です。キャラの行動や台詞で間接的に表現すると生々しくなるんですよね。夏野は料理が下手。この情報はしっかり自分の脳にインプットされました。
だのに、「陽介のごはん」と言われたら何でこんなにも萌えr(ry
ゲフンゲフン……あ、一番グッと来たのは「目が移動」と言うところです。
有機的な人間の動きを、あえて無機的な「移動」と言う言葉で済ますことで、いかにもきょとんとした感じが出ていると思います。

(ずっと辛口のターン!)
陽介が語る所と、二人の会話の流れがスムーズでなく、若干ギクシャクした印象を受けます。
特に飛行機の段落について。
隠喩を突然使われると混乱します。びっくりしました。
陽介は、くだけた言葉で現在や過去に思いをはべらせていたのに、突然詩人のように比喩を使い出すのも不自然です。一人称小説の罠です。漏れもはまりまくりです。 orz

内容だけなら三点です。でも指導部が大変なものを指導しているので二点です。
★タールトン 2008年8月14日 1時00分48秒
短時間で書き上げられたとのことですが、筆が早いですね。さすがです。効果的なワンフレーズが縫いこまれているので、どんなエピソードでも読めてしまう、うまさを感じます 読み手に加速感を与え、詩のような響きをもっているように思います 相思相愛ではないストーリーの方がフレーズに意味を与えそうな気がします
★トリニティ コメントのみ 2008年8月15日 11時32分56秒
青嵐さん
ありがとうございます。癒されてしまいましたか笑
緩いのかそうでないのか分かりにくいですが、目標としては日常にのなかでの告白なのですが、どうだったかぁ。

心情はスラスラ書けたところなので嬉しいです^^
夏野は男勝りだけど、心は乙女なので(笑)ああいう性格になりました。

恋しちゃってくださいよww
ありがとうございました!


馬野鹿麻呂さん
描写しちゃったら私永久追放モノですからw

「壊滅的にヘタクソ」という言葉に吹いてしまいました。
確かにホットケーキをクレープの皮にしてしまう不器用さは、壊滅的です。
それによって逆に陽介は料理も出来るという情報も部分的に意図したわけですがどうも分かりにくいーー;
目が移動、のくだりは最初読点の位置が違ったんですが、どこか違和感を覚えて今のかたちになりました。
もし読点の位置がもとのままだったら、馬さんの印象も変わっていたのかもしれませんね。

陽介は大分かっこつけですね。私がかっこつけなので陽介にも感染してしまいました。
どうにも詩っぽく書いていくクセがついているようで、手直しの必要があるようです。
ご指摘ありがとうございました!


タールトンさん
ノリノリで書いたので早かったです。長編は書き上げるのに一月かかりました苦笑
加速感が先行して、先走る失敗を何度も繰り返しているという欠点もあるのですけれどねーー;
なるほど、夏野は付き合ったままだったほうがよかったのかも。
ありがとうございました!
★彗雅 2009年1月21日 20時49分31秒
この甘さに乾杯です♪♪

 幼馴染っていう設定なのが王道ですよねぇwww
夏野、カッコよす。惚れますね☆彡
そして陽介、頑張った!よく告ったな!!
おまえは英雄だよ全く。
大人風を吹かしながらどこか初々しいカップル。これはマジでハマりましたwww
続編読んでみたいです(^◇^)
★トリニティ コメントのみ 2009年1月25日 14時02分14秒
おおおお、こちらにもコメントありがとうございます!

王道はいいです。心臓がきゅーんとなります。
夏野ちゃん、モデルはいないんですが、こんな風になりたいななんて、意識の投影があるのかもしれません。
陽介も、よく考えずに告ったようで、この先きっと何度も別れて何度も付き合って、最後にはきっと…v
きゃv はまっていただけて嬉しいですv
ありがとうございました!
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