りれしょ物語 - 思考回路=複雑

 村崎との会話の翌日。結局一睡も出来ず、俺は欠伸を連発しながら学校へ向かう羽目となった。
「……俺さ、本村さんに告白しようと思っているんだけどさ、お前はどう思う?」
「今日はどちらもお前のことを誘ったんだろ? だったら少しの脈はあるんだからな。アタックしてみればどちらかは成功すると思うぞ」
 村崎の言葉が妙に引っかかる。畜生。何で俺ばっかり悩まなきゃいけないんだ。日曜日が滅茶苦茶だったお陰で忘れていたが、来週から悪魔のテストが始まるのだ。
 テストまであと一週間。そんな切羽詰った時にゴタゴタ考えられるかってんだ。俺は考えるのが至極面倒になり、一旦「恋愛」という単語を頭の隅に追いやる事にした。




 学校に着くと、玄関で小雪と目が合った。小雪は数秒間黙ったままだったが、やがて挨拶してきた。
「……おはよう」
「……おう」
 何ともぎこちない挨拶のあと、小雪拳ではないが、いきなり背中をばちん、と叩かれた。その衝撃で、俺はぴん、と背筋が伸びる。
「いってえ! 何すんだ!」
「なぁーに腑抜けた顔してんのよ。剛らしくもない。テスト前でもっとあたふたしてる所をからかってやろうと思ったのに」
 俺はお前の玩具ですか? と問いたくなるような言い草だった。こんなヤツに一瞬でも可愛いと思ってしまった俺の純情を返してくれ。
「ほらっ、早く行こ? 一限目、魔の数学だよ?」
「うげっ……死ぬ」
 俺は悪態をつく。やっとまともな日常にもどってこれた、と思ったらやっぱり現実は厳しかったみたいだ。



 生気を吸い取られるかと思うほど生真面目に授業を聞き終え、お日様がもう真上に昇っていることに気がついたのはそれから間も無くの事だった。もうお昼休みだ。村崎でも誘って食堂に行こうか、とも思ったが、俺に複雑な思考をさせた奴と一緒に居ると、どうも強制的に「恋愛」について考えざるを得ない気がしたので、最早机と一体化しながら寝ている御堂を叩き起こし、引きずりながら食堂へ向かった。
 しかし、食堂へついた瞬間俺は激しく後悔した。どうやら俺は今日一日中「恋愛」という言葉に付きまとわれているらしい。
 食堂にいたのは沢山の女子生徒に囲まれる九条先輩と、それを横でつまらなさそうに見つめる雛利だった。九条先輩はいいのだが、雛利と会うのは俺にとって非常に都合が悪かった。しかし、九条先輩が俺達に気がついて手を振った。
「おーい、お前ら!」
 九条先輩は雛利を連れて、女子生徒の人ごみの中から出てきた。俺は咄嗟に御堂の陰に隠れる。雛利の存在と、九条先輩は全く気がついていないが、他の女子生徒の眼から逃れるため。そのぎらり、と光るような視線が俺達にものすごく強烈に突き刺さったので、俺たちは九条先輩を連れて食堂からそそくさと逃げ出した。


「すごい人気でしたね……九条先輩」
「今日、俺の誕生日なんだ。わざわざプレゼント持ってきてくれたんだ。親切だよなー」
 心地よい日差しの差す学校の中庭。九条先輩は大量のプレゼントと共に、あはは、と爽やかな笑い声で言うが、あの歓声は「親切」とかではなく、あくまで「好意」としてのもの。しかし、九条先輩は全く自覚していないため、俺がここでとやかく言っても全くの無駄なのだ。
 俺はちらり、と横目で雛利を見た。雛利は首で「こっちへ来い」と合図をした。何だかいつも以上に逆らえない雰囲気だったので俺は九条先輩に断って雛利と共にその場を離れた。

 雛利は腕を組んだまま難しい顔をしたままだった。俺は何を言っていいのか分からず、ただ黙っているしか出来なかった。それくらいに雛利は怖い顔をしていたからだ。
「……聞いてきてくれ」
「……は?」
 誰に? そして何を? 肝心な言葉が無いので、雛利の言葉は単純だったが明快ではなかった。俺は聞きなおす。
「えーと……誰に? そして、何を?」
「…………」
 雛利は黙ってうつむいた。どうやら相当怒りが溜まっているらしいので俺には怖さしか感じられなかったが、その様子からすると「村崎の告白」の件はまだ知られていないらしかった。俺にとってこれ以上の朗報は無い。雛利に知れればまたとても面倒な事になるからだ。
 しかし、少し考えると、雛利が誰に対してこんなに怒りを向けているのか分からなかった。雛利が村崎に対して言う時は「聞いて来い」とか言うのに、今回は「聞いてきてくれ」。村崎でないとするなら、いったい誰に?
「……九条」
「え?」
「九条先輩に、本命がいるのか聞いて来いって言ってるんだ!」
「うえっ、は、はいッ!!」
 俺は急いで駆け出した。かつてない足の速さで。それに驚いたのは、振り返りざまに雛利の顔を見ると、彼女の顔はすごく赤くなっていた。こっちが照れるくらいに。前に御堂が俺と雛利が付き合っているのでは無いか、と問われた時にも赤くなったが、それは多分、御堂が九条先輩と親しいからだ。もし、九条先輩に自分と俺との関係を変に話されたら……という不安があったのだろう。
 俺は素直に驚いた。失礼ながら、雛利も人並みに「恋愛」をしていたのだ。しかし、それならそうとはっきりと言えばいいのに。俺にはどうしてもそういう乙女心、というやつが理解できそうに無かった。



 やっと九条先輩の下へと帰って来れた頃には、九条先輩と置いてけぼりにしていた御堂がプレゼントを豪快に開けまくっていた。こっちの事情も知らないで……と、俺はため息をついた。しかし、のんびりとそれを見ているわけにもいかず、俺は九条先輩に話しかけた。
「あのう、九条先輩……ちょっとお話が……」
「ん? ……ああ、分かった。御堂、これ貸してやるよ」
「こ、これは『シャーロックホームズの冒険』! 短編集の一番初めの本で、『ボヘミアの醜聞』や『青い紅玉』などが収録されている……!」
 御堂の手がわなわなと震えている。
「ここらへんじゃこういうの売っている店、少ないからな。読んでみろ、『独身の貴族』なんかも面白いぞ」
 御堂は九条先輩に深々と頭を下げた後、素早く走って教室へ戻って行った。相変わらず通じる人にしか通じない会話をしていたが、あの様子だと午後の授業は丸投げだな、あいつ。
 俺がそんな風に考えていると、九条先輩は俺を見て言った。
「どうした? 話があるんじゃないのか?」
 ふ、と微笑む九条先輩はとても格好いい。とてもじゃあないが、雛利と釣り合うとは思えない。これは完全に雛利の片思いじゃないのか。
 しかし、聞いてこなければ雛利は間違いなく俺をどうにかするだろう。考えたくもない結果を考えるよりも、今は目先の事に集中することにした。
「ええーっと……九条先輩って、モテますよね」
「ん、そうか? そんな事は無いと思うけどな」
「…………」
 本日二度目の後悔。俺は肝心な時に口下手だ。モテるかどうかを聞くんじゃない。好きな人がいるかどうか聞くんだ。しかし、どうにも口が開かない。
「何か悩みでもあるのか、お前? 何なら俺が聞いてやるぞ」
「え、あーっと……その、ですね……」
「何だ?」
「……恋愛って難しいですよね」
「恋愛の悩みか? お前も小難しく考えてるなぁ」
「お前……も?」
「昨日電話でな、村崎にも相談されたんだ」
 あの野郎。昨日人には散々言っておいて、悩んでいたのか。それでいて俺には何にも相談ナシかよ。しかも、九条先輩に相談しているし。何だかふつふつと怒りがわいてきた。
「好きな子がいて、告白しようと思っているけど、正直、相手を困らせるんじゃないか……って考えているみたいだったな。あいつに好きな奴がいたのかって驚いたけど。声は真剣だった」
「……あいつ、昨日俺のところにも来たんです。けど俺には何にも……」
「そりゃそうさ。自分の事で、友達を困らせたくないのは誰にだってある。村崎だってそうだったんだ」
「そんなの考えなくても、告白すればいいのに……絶対、断られるはずない」
「お前はそう思うかもしれないけどな。『恋愛』ってのは相性だとか、告白だとかが肝心じゃないんだ。勿論、手順としては大事さ。ないがしろには出来ない。けど、最終的には気持ちが大事なんだ。ただ、真っ直ぐで正直な気持ちが」
「気持ち、ですか」
「焦らないでじっくり考えろって村崎には言った。勿論、お前もそうだぞ」
「……えっ?」
「好きな奴でも居るんじゃないのか? 気がついていないだけで」
「や、あの……俺は……」
 何故だか急に顔が赤くなってくる。しかし、それを誤魔化すように俺は勢いよく聞いた。
「せっ、先輩には、誰か好きな人がいるんですかっ?」
「……! 俺か? 俺は……一番身近に居る奴だけを見てるよ。今は、それでいいんだ」
「は……?」

 俺がぼーっとしていると、九条先輩はすっと立ち上がり声を上げた。
「おーい、雛利ぃ。居るか? 今日の部活、筋トレだっけ?」
「はっ、はい!?」
 木陰に隠れていた雛利はびく、と驚いて出てきた。最初から全部見ていたのか。しかし、会話の全ては聴かれていなかったようだった。俺はどっと疲れが出る。
「何だ、そんな所にいたのか。今日は晴れているからグラウンドでサッカーしたかったけどな」
「き、今日は筋トレです。体育館が空いてますから……」
「そんじゃーな、本村」
 九条先輩はさっきより清々しい顔でそう一言言って、その場を立ち去った。

 秋空広がるのどかな一日。だが、俺の思考はますます複雑になっていく結果となった。

後書き

 まず初めにごめんなさい。三角関係解除しちゃいました。本村はそれでなくても不幸なのに、恋愛はフェアでいいんじゃないかな、と思ったので。
 自分が作ったキャラだけ愛でてしまってごめんなさい。でも、九条先輩が良き役目を果たしてくれたと思います。雛利にも恋の相手つくってしまって……私、暴走してばっかですねえ;;
 まあ、まだまだ続くんですし、次は日直さんですし。えーと、頑張ってください(笑)

この小説について

タイトル 思考回路=複雑
初版 2008年10月13日
改訂 2008年10月13日
小説ID 2756
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (3)

★梨音 2008年10月13日 17時22分41秒
顔を赤くする雛利が可愛くて可愛くて……自分で考えたキャラながら、その使い方もあったなぁなんて思っちゃいました(笑)

九条先輩のお言葉がなんと神々しいことか。
自分に言われてるような気がして、想像の中の九条先輩にときめく始末ですよ……。

格好良い先輩がいて本寺は幸せ者ですね。それ以外は不幸ですけど(笑)
次の展開が気になる気になる。日直さん頑張って下さ〜い。
★日直 2008年10月13日 18時46分48秒
九条先輩かっこいいです。伊達に剛より一年多く生きていませんね。

雛利もやはり恋愛してましたか〜。何気にフリーだな〜とか思ってたんですけど、まあ、秋とか煽さんとか雛利の周りは何気に恋愛でいっぱいですからね。雛利も恋をしちゃいますよね。

さて、次回をまかされました。
多少時間はかかると思いますので、気長に待っててくださいね。よろしくお願いします。
★達央 2008年11月8日 0時00分23秒
「りれしょ物語−思考回路=複雑−」を読ませていただきました。

うまくまとめていただき感謝です。
九条先輩がうまく表現できていてとても良かったです。

ただ、そろそろ最終話を頭の片隅に置き始めても良いかなと思ってしまいました。
時間が合えばチャットかなんかで話し合いをしてみてもいいですね。
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