ブルーフリクション - 第一章◆.オリ

 小学生の頃から思っていた。

 何で暗い人間は他人に明るく振舞おうとしないのか。

 しかし、その答えが分かってしまったら、今の私の人生そのものの答えが分かったことになってしまうだろう。しかし最近、答えの影がうっすらと見えるようになっていた。それに向かって手を伸ばそうとする自分、必死にその手を遮ろうとする自分が絶えずせめぎ合いをしていて、足取りが遅々として進まないのだが。

 そう、私は周りとのコミュニケーションが上手く取れない人間だ。幼稚園に通っていた頃から、他の園児たちと離れ、一人砂場にしゃがんでシャベルで穴を掘ったりしていた。そのことが先生方の目に留まって問題になったらしく、何度か母に連れられて受け持ちの先生と三人で話し合いをしたことがある。教員室の隣にある狭い応接室に連れられ、当時まだ二十代半ばぐらいの若い女性教諭は、私を安心させるように穏やかにニコニコと笑いながら(実際はほとほと困っていたのだと思うが)、いつも同じようなことを質問してきた。

 カオリちゃんはどんな遊びが好きなの?何かここにいて困っていることなあい?お友達はあなたに何か嫌がらせしたりしてこない?そして最後に「困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」と締めくくられて終わる。はっきりいって、あの最後の言葉が私を一番困らせた。そのときがもし自我が確立された高校生ぐらいであったならば、あんたの言ってることが一番うざってえんだよ、ときっぱりと言うことができるかもしれないが、狭い世界に身を置く幼稚園児には無理難題なのだ。その頃の私の世界もまだ家と幼稚園がほとんどを占めていたため、両親や先生方の言うことはいわば聖言だったわけなので、黙って先生のおっしゃることに小さくうなずいていた。

 先生のやり方に異議を申し立てることはしない。あれが彼女にとっての最善の策であったのならば。それを実証することは出来ないのでその件には触れないが、プア・コミュニケーション人間の一員として述べさせていただくならば、これは不治の病なのではないか。元々そのような性格型で生まれてきた人間であれば、それは病気を治すのではなく、新たな病原菌を与えていることになってしまう。その為私は先生の質問に答えられず、ただただ困惑してしまったのだ。だから、私はきっと、そういう性格で生まれてきたのだろう。

 そして、ここに来てまた新たな疑問が浮上した。どうやったら根暗な性格の人間が、あんな風に派手に生まれ変わるのか。

 私は三列前にいるルージュ色で毛ダルマみたいな髪型をしている男を見つめていた。あの男なら知っている。カンザキユウト。毎日教室でうつ伏せに寝ているか、寝たふりをしていた生徒だ。周りに自分がいつも眠っているように見せようとしていたのかもしれないが、同類の行動パターンは熟知していた。私も高校の時の休み時間は大体教室で寝ていたが、眠気がない時はいつも英単語帳や文庫本を読んでいた。彼の必死に寝ようとして定期的に寝姿を微妙に変えている姿がとても惨めに見えていたからだ。三年にもなると一応進学校であるためかほとんどの生徒が教室で勉強していて、邪魔が入ることはなかった。

 それでは、小中学校でいじめ等の妨害があったのかと聞かれれば、ノーとは言えない。だが、長期化したことは一度もない。人間と言う生き物は不思議なもので、自分の存在する世界と隔たれた世界に手を伸ばすことを恐れる。彼らは私をいじめの対象にしてから一、二週間もたつと、靴を隠したりしても物怖じ一つしない私に対して恐怖を感じたのかもしれない、ピタリと突然止めてしまうのである。彼らはそこそこ頭が良かったのだ。自分たちの目的が、ただわたしの反応を楽しんで一時的な悦楽を求めるのみだということを理解していたのだろう。明晰な頭脳の持ち主や、珍妙な馬鹿であれば、私が何の反応も示さないことをいいことに行動をエスカレートさせるだろう。その点、私は運がよかったといえる。

 毛ダルマ男は今席を立ち、四人の女性陣の中へ入っていった。この時をもって、女子オンリーのグループは一つもなくなった。つまり今の四人だけだった。どうしてなのかは簡単に説明できる。

 まず、あの四人のうち二人は容貌が醜い。ファンデーションの使い方ですら下手だし、どす黒いアイシャドウは顔にフィットしていない。口紅も年の割に濃く、妖怪になりたがっているのかと思ってしまう。とりわけ美しいというわけでもないわたしに言う権利があるのかは分からないが、在学時からそういった、無意識下での差別化が行われていたことを、私は知っていた。放課後に男子生徒が集まり、女子たちの名を上げて猥談に興じていたことも、当然ながら知っている。私が教室に残っているにも拘らずお構いなしにお続けなさっているので、私は何度もその場に居合わせた。私と彼らの間には、相互不干渉の条約を暗黙のうちに結ばれていた。あの毛ダルマ男――カンザキユウトと同じように。私は問題集とノートを広げて姿勢を前かがみにして勉強しているふりをし、彼らの話をずっと盗み聞きしていた。

 集まるメンバーによって話の内容は十人十色だが、大まかな内容は、どのことセックスしたいだのあいつが昨日誰それのうちに泊まったらしいだのといった様な中学生並みの低俗な猥談だった。でも、私はその話を聞いているのがとても楽しかった。女子生徒の中で私だけしか知らない、国家機密でも握っているかのようなはらはらした気分になれたものだった。

 だが、ただの猥談では済まされないようなことも、メンバーによっては話し合われていたのだ。

 それは、集団レイプ計画の話し合いだった。こんな話にも私は同席することが出来た。もはや空気同然、とても爽快だった。

 話し合うのはいつも同じメンバー五人で、誰かから一人ずつ実行可能な女子の名前を挙げていく。いつもガラガラの耳障りな大声で話す男子も、この時ばかりは若干声のトーンが低く、一つの机にみんなで固まり、まるで蜂の巣のようだった。腐っても進学校なので、犯罪行為の計画がばれてしまえば一発でアウト、つまり退学になる学校だったからだ。私は彼らの、そんな隠微な一面を毛嫌いし、同時にそのレイプ計画集団に対して失望していた。大勢のクラスメイトの前では我が物顔で堂々としているものの、結局たいした度胸もない小心者の吹き溜まりでしかなかったのだ。といっても、彼らに肝の据わっているというのは私の勝手なイメージでしかないのだから、自分勝手な情動と言える。別にそれでも構わない。私は自分勝手なのだ。もうずっとそれを認めて生きてきた。自分の嫌な部分の性格を受け入れていかなければ、少ないコミュニケーションで生きることは難しいことを、私は23年間の人生で学んだ。

 レイプ計画は、結局最後まで明らかにされることはなかった。成功失敗の是非も闇に消えてしまったので、推測するしかないが、どうせ未遂に終わったのだと踏んでいる。あのときの彼らの惨めさに憐れみを感じてしまう程の醜態、成功したわけがない。仮に実行していたとしても、途中で「やっぱりやめようぜ」と言って抜ける輩が出てきてしまうことは目に見えている。あの日以来、私は彼らを幼稚園児同然に見下し、ついにその感情は消えなかった。

 彼女らの方に戻そう。そういえば私は、さっきからカンザキユウトのことしか見ていない。男としての興味はない。同類は同類が分かるが、分かったとたんに嫌い始める。だから私は彼が嫌いだ。気取っている巨大な銀色のピアスの隅々まで全てが嫌いだ。

 もし私に話しかけてきたら、いや、そんなことは絶対にないだろう。何を考えているんだ私は。考え付いた自分がたまらなく憎らしかった。

 私は頬杖をついたまま五人を見ていると、面白いことに気付いた。ルックスの悪い二人はカンザキユウトと話したがっているようで、しきりに体を寄せようとする。しかし当のカンザキユウトは彼女らには興味がないどころか、どうやら見た目を毛嫌いしているらしく、近づこうとするごとに巧みに避け、移動を続けている。大して顔も良くないのに面食いだとは。そのギャップに思わず吹き出しそうになってしまった。

 面白いことはそれだけじゃない。カンザキユウトのターゲットらしき女――カワスミアヤコの前に座る、みんなから「アン」と呼ばれていたブロンドの髪が似合うハーフの美人は、彼を避けるようにいすを斜め右に向け、彼の話に耳を傾けようとしない。

 私のわずかな記憶の中でのアンは、よく男の話をしていて、男好きのする性格であったような気がしていたが、どうやら彼には興味がないらしい。それとも、意外に男性恐怖症なのだろうか。私はさっき、カンザキユウトは面食いだと思ったが、あまりに露骨な避け方をされるのが苦手らしい。あんな格好をしていれば、すれ違う人が顔をしかめるのを見るのは日常茶飯事なはずなのに、おかしな話だ。それとも、そういう反応を楽しんでいるのだろうか。本当に性格の悪い奴だ。
 
 私は、彼を罵倒して時間を潰しながら、胸が大きいだけで美人ではないカワスミアヤコだけに話し相手を絞り、遠くからでも分かるほど淫らで下劣な目をしたカンザキユウトを、醜いと思った。この目とわたしは同類じゃない。そうはいっても、嫌悪感と共に湧き上がってくる好奇心は、なかなか抑えるのに苦労していた。こんなことは初めてだった。私も、本当に性格の悪い奴だ。

後書き

いつの間にかタイトル変えました。
感想&批評をよろしくお願いします。
ではまた。

この小説について

タイトル 第一章◆.オリ
初版 2008年12月17日
改訂 2009年1月7日
小説ID 2884
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奈津子の写真
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作家名 ★奈津子
作家ID 384
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