ブルーフリクション - 第一章 アン

「アン、アンったらぁ」

 急にマコに呼ばれて、あたしは我に返ってそっちを振り向いた。ミーヤとカナの二人は、まだ目の前の気色悪い男と話を続けている。

「アンったらぁ、一体どうしたのぉ。さっきから顔色悪いよ」

 マコは眉をひそめてあたしの顔を覗き込み、心配そうに言った。でも、その顔の赤さを見れば、しらふではないことは明らかだった。

「ゴメンね。ちょっとボーっとしてきちゃってて」
「大丈夫?あんたもっと酒に強いのかと思ってたけろ、意外に弱いのれえ」

 そう言うとマコはすぐに向き直り、またあの不快感の湧く男と四人でペチャクチャ話し始めた。だけど、相手にされてないみたいだ。男はよく笑う。それも、ギャハハハハっとネズミのように甲高く。それにミーヤ、カナ、マコの笑い声と重なり、ガラスを引っ掻いたような最低の協和音を作った。三人には悪いけど、正直言って耳障りでウザかった。
 
 一応断っておくけど、あたしはみんなでおしゃべりするのが嫌いなんじゃない。ただ、めちゃくちゃブルーな気分になっているだけだ。
 
 目の前に立っているいけ好かない男は、本当に同級生なんだろうか。勝手に紛れ込んできた赤の他人ではないかと思ってしまう。それぐらい、この男の顔に見覚えがなかった。ただ、一つだけ分かったのは、この男の周りの空気が、おとといあたしに深い傷をつけた奴らの放出する空気とほとんど同じだということだ。
 
 おととい、あたしはメイド喫茶のバイトが終わったあと、駐車場で集団レイプをされた。

 その日はいつも一緒に帰っていた同じ大学出身の友達二人が、一人は多分ズル休み、もう一人は急に体調を崩して早退してしまって、バイト後の清掃をあまり口を聞いたことがない後輩たちと手分けしてやっていた。後輩といっても、あたしと友達二人は若く見られるから、年をごまかして同い年設定にしていたんだけど。そこで、悲劇の始まりのような嫌なシチュエーションが訪れた。
清掃の手分けは班決めがされていて、わたしと友達二人で床掃除のはずだった。でも二人が休んでしまっているわけだから、私はひとりで床に落ちたパフェやら紙くずやらの掃除をする羽目になってしまった。オーナーはあたしたちとそんなに年が変わらなくて、人柄はいいが統率力や状況判断能力が欠けたトロい人だから、あたしを含めバイトの先輩たちにもナメられていた。その罰が、なぜかあたし一人に下ったことになる。
オーナーは床掃除があたし一人だったという事実になかなか気付かず、気付いた時にはもうみんながオーナーの指揮を半分無視して帰り始めた後で、着替えを終えて帰ろうとする何人かの後輩を慌てて引き留めて、床掃除を手伝わせようとした。でも、オーナーは気が弱い人だから、

「えーっ。もう遅いっすよお。着替えも終わっちゃったし」

 なんて感じのことを言えば、簡単にやり込められてしまう。あたしも本当ならその一人だったんだけど、この時ばかりはオーナーを少し憎んだ。

 オーナーが申し訳なさそうに掃除を手伝ってくれたので、みんなが帰った30分後には何とか帰ることができた。友達が待ってくれていないので、仕方なく肌寒くて暗い夜道を一人で歩いてた。時刻は10時になろうとしていたけど、勤務先のメイド喫茶から秋葉原駅までの道のりは徒歩十分くらいで、そんなに長いわけじゃなかった。それに、人気のない脇道を通るとはいえまっすぐで、さっきの掃除のことでイライラしていたことも重なって、あまり心配はしてなかった。そのことはきちんと反省してる。

 歩いてから五分くらいで、ようやくあたしの乗るつくばエクスプレスの疾走する音が近くなってきた時に、その駐車場に差しかかった。その時、正面から急に強い夜風が吹きかけた。十二月の夜風は冷たくて、あたしは身震いし、立ち止まってピンクのファーコートの襟を両手で寄せた。

 その瞬間だった。急に、駐車場の暗がりから紺の覆面を着けた小柄な男が現れ、両手を広げてあたしの目の前を塞いだ。あたしは驚きのあまり足がすくんで動けないでいると、男は覆面の中で、あの赤いジャングル頭をした男と同じようなハイエナのように卑猥な笑いを浮かべた。

「お姉ちゃん。まだ帰んないでさ、俺と遊ぼうよ。な」

 その瞬間、あたしは悪寒がして、尋常ならざる事態が起こりそうだと直感した。来た道をUターンして逃げようと走りかけると、男はニヤニヤしたままあたしの手に持っていたバッグを掴み、強引に引き寄せられた。今思えば、あんなバッグなんか手放してさっさと逃げればよかった。もっと大切なものを失うよりはずっとマシだったはずだ。
 
 あたしがキャーッと叫ぼうとした寸前に、暗がりからもう一人の覆面男が現れ、あたしの口を両手で塞いだ。嫌だ。やめて。そんな無意味な言葉ですら言わせてもらえなかった。いつの間にか最初の男は後ろに回って私の腕を後ろで固めた。その仕草がすごい乱暴で、大胸筋が悲鳴を上げた。足は神経がなくなってしまったかのように全く動かなかった。あいつらには分かっていた。突然の恐怖には、手も足も出すことができなくなることを。そして、逃げようとする方がもっと危ない目に遭う可能性があると、あたしたち被害者が考えることを。

 駐車場の奥まで連れてこられると、そこには更なる獣たちが待っていた。三人の覆面が横に並んで立っていて、戦利品を心待ちにしているようだった。合わせて五人。初めて知る恐怖に顔を歪め、絶望の涙が頬を伝っていたけれど、奴らはあたしの表情を眺めるのが楽しくて仕方ないようだった。

 あたしは三人目の男に両足を持ち上げられ、なす術もなく固いアスファルトの床に叩きつけられた。呼吸困難になり、窒息死しそうなほど息苦しかったから、手足をじたばたさせたが、すぐ四人目の男に取り押さえられた。二台の車が通行人の目を妨げるように駐車していた。邪な空気。止まらない涙。死にたい。でも勇気がない。じゃあ何もできないじゃない。

 奴らはあたしに代わる代わる言葉を浴びせる。

「あんた、そこで働いてるメイドさんだろ?」
「オレ達にご奉仕してくれるんだろ?」
「おい、泣いてるぜ」
「ホントは興奮してるくせによ」
「おい、こいつハーフじゃねえか」
「道理でかわいい顔して」
「アソコも綺麗な形してんだろな」
「シッ」

 一番奥でタバコをふかし、まだ口を開けてない男が四人を制した。

「黙れ。バレっだろ」

 どうやら主犯らしいそいつの、ストローで水を吸う音のような少しかすれた声で、四人はしんと静まりかえった。あたしはその声に聞き覚えがあった。

「ねえ、アンタ――」
 しゃべる暇もなかった。一人が包帯みたいなものであたしの唇付近をぐるぐる巻きにした。男たちはファーコートをナイフで引き裂くと、すぐさまあたしの赤いキャミソールの胸元を剥いだ。小さな胸が露になる。嫌だよ。あたしは目を閉じて神様に懇願した。もうお願いだからやめて。
汚い獣の口が近づいてきた。髪の毛が臭い。男たちに犯されようとしながらも、あたしは必死に口を開こうとして、全身をフル稼働させて、自分でも驚くぐらいの力で暴れた。

「くそ、動くんじゃねえクソアマ」
 
 顔に誰かのごつい拳骨を喰らい、頬がずきずきと痛かった。このまま暴れ続けるとナイフで刺されるかもしれない。だけど、知り合いに犯されているかもしれない大きな怒りがあたしにほんの少しだけ勇気をくれた。いつの間にか、あたしはもうパンティ一枚にされてしまった。寒い。痛い。このままやられるのは嫌だ。だって、あたしはまだ――

 奴らの一人がジーンズのチャックを慌しく開く音がする。もう終わりだ。このままこいつらにヤラれてゴミのように放置されちゃうんだ。いや、こんなに暴れるのだから、ナイフで刺し殺されちゃうのかもしれない。

「抜け駆けすんじゃねえよ」
「あ、すまねえ。つい」
「まずはオレからだろーが」

 あいつの声。よかった、自分から近づいてきてくれるなんて。なぜかちょっとだけ安心してしまった。格好はさっきより酷くなってて、もうあの部分がこいつらの眼前に晒されていると言うのに。ここまでくると、もう犯されていることに慣れてきたんだろうか。

 でも、あたしの全身はこんなに震えている!許せない!殺してやる殺してやる殺してやる!

「うほっ。こいつやばい」
「早くヤリてえええっ」

 恐る恐る目を開けた。集団の中心で晒されたあたしの白い裸。それを眺めて粘っこいよだれを垂らす汚いクズ共。もう隅に追い詰められて逃げられないことが分かっていたから、あたしの手足を抑えていなかった。ここまできたら恥じらいは感じない。あたしはどうせ犯される。かかってきやがれってんだ。
 
 リーダーの男が股から勃起した泥人形みたいに黒ずんだ性器を取り出し、あたしの顔に寄せた。
 
「舐めろよ」

 こいつはずいぶん冷静だ。もしかして常習犯?一瞬そう思いついた。いきなり、男は無理やりあたしの口に性器を突っ込んできた。汗と変な臭いが混ざってとてもクサいし、妙に熱くて気持ち悪かったからさっさと吐き出したかった。周りの奴らも自分の性器を取り出して擦り始めた。あたしは娼婦じゃないんだ。お前らのためのセックス人形じゃねえんだよ。

 物凄く長い時間がたったように感じた後、やっと男が腰を引いた。いよいよだ。男の顔が一番近くなるチャンス。男は無言のまま、まるで習慣を行っているかのように性器を突っ込んできた。痛い。あたしの処女膜が破られた。あたしは自他共に認める男好きなのに、なぜか今まで貞潔を保っていたけれど、まさかこんな奴が初めてになるとは思わなかった。レイプされてから初めて、言い様のない悲しみが湧いてきた。一瞬茫然として少しだけいじけていたけど、戦え、このクズ共に一矢報いろ、あたしの全細胞がそう叫んでいる。

 あたしは全力で包帯を下からこじ開け、素早く首を上げた。そして、まだ苦味の残る唇を男の耳元に寄せた。周りの下衆野郎共が擦っていた手を止める。

「北野」

 短く、呻くように囁いた。それだけで十分だった。案の定、男の目に動揺の色が浮かんだようだった。

「このやろ動くんじゃねえ!」

 再び男達があたしを押さえつけた。一人の唇があたしの唇に当たる。こんなにねばねばした唇は初めてだった。急に、陰部に突っ込まれていたものが抜けた。

「おい今近くで人の声がした逃げるぞ」
「は?」
「早く!」
「・・・・・・」

 男たちは首を傾げながら、前を塞ぐ二台の車に向かって走った。北野は、男たちから何か違う名前で呼ばれていた。全員、動きがチマチマしている。襲った時はハイエナのような目をしてたくせに、逃げる時はシカみたい。ウザい。ムカつく。くたばれクソ野郎共!罵声が頭の中でこだまする。ふざけんなよ、小さい呟きは捨て台詞でしかなかった。死ね死ね死ね死ね死ね死ね。頭が熱い。あたしがあたしじゃなくなってる。悪魔に喰われて悪魔になったとか?あんな薄汚い連中が悪魔だなんて思いたくもない。バッグからティッシュを取り出し、陰部の血を拭いた。ついでに、アスファルトにこびり付いた血も。絶対に渡さない。

後書き

批評やご感想をよろしくお願いします。

ではまた。

この小説について

タイトル 第一章 アン
初版 2008年12月25日
改訂 2009年1月7日
小説ID 2901
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奈津子の写真
熟練
作家名 ★奈津子
作家ID 384
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活動度 1914

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