ブルーフリクション - 第一章ぁ.▲

「アンア〜ン〜…アァァアア〜ン」

 マコがあたしにもたれ掛かってきた。こいつ、完璧に酔ってる。
「やべえ。寝そうになった」
「ぉおいっきり寝てじゃんよぉ〜。もう同窓会終わっらよ?」
「え・・・」

 あたしはざっと辺りを見渡した。テーブルを埋め尽くしていた皿は片付けられ始め、人も疎ら。ホントに寝てなかったのに全然気付かなかった。先生がこっちに手を振っている。

「マコもあんまり無理に起こさずにしてやってくんな。俺は学校残るんだから、潰れちまった奴の面倒は見てやるよ」
「え〜。アンに変な事しちゃらめよ〜」
「こんなジジイがそんなことしねえよ」
「ジイイの方があやひ〜のよ〜」

 ったく信用されてねえなあ。先生は笑いながら吐き捨てると、用務員さん達の片付けの手伝いを始めた。受験受験受験っていつも言ってた先生がだ。多少のユーモアはあっても、親しみやすい教師っていう感じじゃなかった。そういえば、マコは同窓会ごとにオバサン化現象が進んでいる。特に口調。もしかしてあたしもそうなのだろうか。ああ恐い。頭の中でおどけてみるけど、100%本心ではないことは分かっていた。

 自分のアイデンティティーなんてあんまり真剣に考えたことがなかった。あたしはいつも、どっかで遊んで遊んで遊んで遊んで遊んでいる。その時間はとても幸せで、まるで天国にいる気分だ。だけど友達と別れた後のあたしは、夜に次の日の予定を立てるだけ。実は結構虚しかったのかもと思う。楽しかった日々を否定して、月の裏側だけを見ようとしてしまっている。集団レイプされて処女を奪われるって、こんなに辛いことだったのか。こんなことだったら、さっさとヤッてしまえば良かった。ちょっと前に、レイプ体験が赤裸々に告白されたエッセイが話題になって、テレビでも紹介されたことがあった。あたしは偶然そのニュースを観ていた。「レイプって怖いなー」「あたしも気を付けよー」とか、お約束染みた頭の弱いなりの感想は湧いてきたけれど、はっきり言って、全然現実味が感じられなかった。「ヤラレナケレバワカラナイ」…結局、これが真実。一番嫌な形で、あの作家の屈辱と絶望を共有したみたいだ。

 北野伽藍。あの事件の首謀者で、あたしの同級生。うろ覚えだが、奴らの呼んでいたニックネームは「ブラッド」。今日姿を見せないのはあれが理由か。あたしはまだ警察に届け出てなければ、親にも報告していない。でも、警察には届け出ないつもりだ。これはあたしの戦い。あたしから色んなものを強奪して、集団環視の中でレイプしたこと。あたしが落とし前をつけてやる。あたしの手で、北野に同じような苦しみを与えてやる。覚悟しやがれ。

「ミーヤとカナはどこ行っちゃったの」
「ガルとかゆー人と一緒にどっか行っちゃったぽいけろ…わかんらい」

 ガル。あの男の名前だ。ネーミングセンス・ゼロ。最低の名前だ。北野もあだ名で呼ばれていたことが連想されて、ちょっとの間顔が紅潮した。幸い、マコは気付いていないみたいだ。

「あたひぃ〜、アンが起きらいから、一緒に行けあかったんだかられぇ」
「そんなフラフラの体でどこ行くんだおめーは」
「カラオケぇ〜ひ〜さしぶり〜だったの……にぃ〜〜」
「ちょっとちょっと一々寄っかかんないでよ〜。ほらもう帰るよ。あたし家まで送ってあげるからさあ」

 あ〜り〜が〜とぉぉぉぉ〜ろれつの回んないマコを頑張って持ち上げて、バッグを左手に持った。超酒臭い。別に下品な人は嫌いじゃないけど。

「おお、おめえらも帰んのか。またな」
「センセーもまたね」

 あたしは小さく手を振って先生に別れを告げた。いきなりマコが強くもたれかかってきて、危うくのしかかられそうになった。人の肩枕にして寝る気かお前は、そう言ってマコの頭を小さく叩いて起こした。なんか、小学生みたいなじゃれ合い。遠くにいる先生がその光景を見て笑った。皺の増えた先生の笑顔を見て、一瞬、ほんの一瞬だけ、不快感が全身をよぎった。あたしは憮然としたままマコを抱え、すたすたと講堂を出て行った。次回も来いよ、そう言い添えたのが聞こえたけれど振り返らなかった。

 マコがようやく歩き出し、帰りの駅へと向かっている時も、あたしはまだ鬱なままだった。ていうか、そう簡単に治るもんじゃないと思うけど。

「ゴメンね今日は」

 右肩から声がした。突然マコの体が離れ、急に右肩が冷え始めた。

「どしたの急に」
「何か、アンに迷惑かけちゃってさ。あんたが体調悪そうにしてるのに、あたしがへろへろに酔っぱらってアンに絡みまくっちゃって、こんな風に担いでもらっちゃって」
「大丈夫。あたし体調悪くないわよ。それにあたし、あんたと同じ駅でしょう」
「あたし、迷惑かけてない?」
「全然」

 むしろ一緒に居てもらって助かってる。だからわざわざ担いでまで連れてきたんだ。マコは安心したらしく、震えていた顔の筋肉が止まった。顔もそこまで良くなけりゃ、頭も多分良くない。加えて酒を飲むと覚醒して絡みまくってくる。だけど傍若無人なわけではなくて、いつもそんな自分を嫌がり、そんな自分の発動に怯えている。だからこうして、自分の気持ちを率直に伝えてくれる。いい奴。だけど、たまにそのマコの反省が嫌になることがある。反省の回数がとてつもなく多くて、本当に心から謝っているのかよく分からないこともそうだが、一番重要なのは、彼女の反省は、そのままあたし自信にも降りかかってくることだ。さっきみたいな「迷惑かけてない?」みたいな言葉は、自分の中で反射して、もう一回あたしに当たる。今度は自分の声で。マコはさっきも言ったけどいい奴。すっごくいい奴なんだけど、時々彼女を信じられないあたしがいる。でも、人によってはマコをいじめて楽しもうとする奴もいたかもしれない。その点あんたも恵まれた環境にいるといえるかもね。嗚呼、あたしっていい人……なわけねえだろバーカ。

「ミーヤったらさ、ガルとか言う人に一目惚れしたみたい」
「うそぉ。マジで!?あんなのに?」
「まあ…あんなのに。ていうか見てなかった?」

 あたしは絶句した。ありえない。「カワスミ」の「ミ」と「アヤコ」の「ヤ」を取って「ミーヤ」って呼んで、なんてまだ知り合って間もない頃に言っていたことから考えても結構変わり者だと思っていたけれど、まさかあんな、ヘドロよりも汚い笑い方をする男なんかに惚れるなんて。あたしが「あんなのに」と言ってから急に早口になったマコの話では、ガルとか言う男の手やら背中やらをぺたぺたと触りまくっていて、カナはあまり話に入れてもらえていなかったらしい。そりゃそうだ。もともとあいつはミーヤ狙いでこっちにやって来た。あたしに興味がなかったところを見ると、体狙い?とも考えられる。悔しいけどミーヤは結構ナイスバディだし、顔だけで後は貧相のあたしをスルーしたのなら、痩せ過ぎのカナは眼中になかっただろう。カナお得意の下ネタだって、披露する機会すら与えられなかったんじゃないか。これだから面食いは嫌い。覆面した北野の顔が浮かんできて腹が立つ。あっ、またそっちの話に脳みそが行っちゃった。

 駅のホームに降りると、誰かの声が聞こえた。電話で話しているようだ。

 いやちょっとね、急にバイト入っちまってよ、…え!?お持ち帰りかよ!…へーいーなー俺も行きたかったわー、…ああ、今、ええと、新宿。…ちょっとマーシーの家でトイレ借りてて、…ストローで水を吸う音のような少しかすれた声。北野だ。

「マコ、ちょっとそこらへんに座ってて。すぐ戻るから」

 突然のことにあたふたしているマコを尻目に、柱に寄りかかって携帯で話している北野目がけてまっすぐに歩いていった。
 
 北野の正面に立った。目が絶えず左右をチラチラさせていたのですぐに気付いた。暗くて顔はよく見えなかったが、間違いない。あたしの顔を認識した途端、血の気が引いていくのが分かった。

「わりぃ、切るわ!」

 電源ボタンを押すやいなや、一目散にホームを駆け出した。やっぱりシカみたいだ。あたしも後を追って走る。階段を上っていたサラリーマンが、あたしたちに驚いて道を開ける。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 北野は無言で階段を駆け下り、遂に改札口までたどり着いた。あたしは久しぶりに全力で走ったから、もう息切れしかけていた。あたしがハンター、あいつは獲物。このままじゃ逃げられる。一撃でも傷を負わせるしかない。

「北野!」

 あたしはもう歩いていた。北野がどんどん小さくなっていく。

「北野!北野!」

 あたしは力の限り叫んだ。

「ブラッド!!!」

 もう北野の姿は見えなかった。闇の彼方から、クソッ…、という小さい声が聞こえた気がした。

後書き

感想&批評等よろしくお願いします。

ではまた。

この小説について

タイトル 第一章ぁ.▲
初版 2008年12月30日
改訂 2009年1月7日
小説ID 2920
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奈津子の写真
熟練
作家名 ★奈津子
作家ID 384
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活動度 1914

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