りれしょ物語 - 揺れる心、遠ざかる君

「もしもし……どうした?」
 俺は自分の声が震えているのに気がついた。村崎の声が聞こえてくる。
「剛か……? 小雪……小雪が、交通事故に遭ったんだ……!」
「!」
 自分でも怖いくらいに予想がついていた。それでも、受け入れたくないとでも言うように俺は、かすれた笑い声で言った。
「ははっ……何、言ってるんだよ。そんな訳……」
「俺だって嘘だと思いてえよ……! けど、こんな事冗談でも言うわけねえだろ……!!」
 村崎の声が強く響く。
 分かっている、分かっている。そう言い聞かせても虚しいだけで、現実は何一つ変わろうともしない。電話を持つ手は、悔しいくらいに汗ばんでいた。村崎の声が続ける。
「二丁目の交差点で、信号無視した車が小さな女の子に気が付かずに、向かって突っ込んできたらしくて……小雪の奴、それを庇って……」
「……それで、小雪は……?」
「今、総合病院で手術受けてる。でも、意識が戻ってないって……」
「……今行くッ!!」
 俺は一方的に電話を切り、急いで部屋を飛び出た。



 外の風が鬱陶しい位冷たく、纏わり付くように感じた。こんなに必死に走っているのは何年ぶりだろうか。焦りと怖さと後悔とが複雑に入り混じり、ますます俺を急がせる。今はもう、自分の気持ちは落ち着いてなどくれなかった。
 総合病院までは歩いて三十分。走っていっても、十五分はかかる。電車や自転車を使えば良かったのに、そんな冷静な対応など俺には出来なかった。
 息を切らし、柄にも無く汗を垂らして俺は総合病院へと走った。
 周りの人の振り返りざまの視線すら気にかけずに。走りながら、小雪の事が思い出される。
「須藤流の必殺技だよ。名付けて小雪拳!」
「べっ、別に剛のことを格好良いって言ったわけじゃないからねっ! 村崎に比べたらマシってだけだからっ!」
「だから剛も綺麗にしなさいよ。今度は私が剛の家に行くんだから」
 何時だって無駄に元気いっぱいで、羨ましいくらいに笑っていて、やっと愛しいと思えた小雪が――

――「剛!」――

「ちっくしょおおおッ!!」
 俺は力の限り叫び、走った。脚が痛み、膝が、がくがくと震えるほどになった頃、俺は小雪の居る総合病院に着いていた。
 待合室には村崎、本村さん、煽さん、御堂、雛利、九条先輩、それに、小雪の両親が居た。
 小雪の母親が俺に寄ってきて、言った。
「剛くん……来てくれたのね……! 今、手術中なの……小さい子を庇って事故に遭うなんて……あの子が……!!」
「……おばさん……」
 おばさんは涙ぐみ、その場に崩れ落ちた。おじさんがそれを支えて、俺に言った。
「……とにかく座れ。今はどうする事も出来ない」
「……はい」
 俺が座った後、皆無言になった。
 まるで打ちのめされたのかのような失望感がそこにはあった。ついさっきまでとは正反対だ。ほんの少し前まで小雪と一緒に居て、テストで勉強を教えてもらうとか、九条先輩たちのことを応援していたり、そんな他愛の無い『日常』だった筈だ。

 俺が考え込んでいると、九条先輩が俺に向かって何かを差し出して言った。
「九条先輩……?」
「……これ、須藤の服のポケットの中に入っていたんだ。きっと今日、お前に渡すつもりだったけど、渡しそびれたんだろうな……」
「……!」
 俺の手の中に入っていたのは、近所にある神社の二つのお守りだった。赤と青の二つともに『合格祈願』の文字が刺繍してある。俺は内側から込上げてくるものを抑えるのに必死だった。
 小雪の事だから、俺がテストでミスして留年しないようにって進級を祈願したんだろう。俺はお守りを握りしめた。
「馬鹿だな、あいつ……。進級と合格は違うだろ……どこまで、人のことばっかり見てるんだよッ……!!」
 俺が言うと、本村さんが俺を見て言った。
「きっと須藤さん、本寺くんの事、本当に大切に想っているんだね。すごく、すごく伝わってくる……」
「まあな。馬鹿やってても何となくお前のこと気にかけてたし」
 村崎が俺を突っつきながら言う。それに続いて御堂と煽さんが俺の下に来る。
「本寺くんから気持ち、伝えてあげてね。女の子って正直になれないから、ずっと待ってるんだよ」
「小雪はそう弱くないけど、最後の難関って感じだね。ま、頑張れホームズ」
 九条先輩と雛利も俺に言う。
「お前達二人なら、大丈夫だろ。また二人で、サッカー部の試合でも見に来いよ」
「お前なんかどうでもいいけど、絶対に須藤さんの事を泣かすな」
 皆に口々に言われて、俺はやっと一言、言い返した。
「お前ら余計なお世話なんだよ……」
 少しの明るさを取り戻した俺たちは、小雪の手術が終わるのをじっと待った。

 やがて手術室のランプが消え、小雪が手術室から出てきた。おじさんとおばさんが真っ先に小雪に駆け寄り、主治医に結果を問うた。
「先生、小雪は……?」
「大丈夫です。命に別状はありません。ただ……子供を必死に守ろうとしたのか、撥ねられた際での、彼女自身の頭部の損傷が少し酷いです。意識の回復には、少し時間がかかるかと……」
「小雪は無事なんですね……! ああ、先生……有難うございます……!!」
 おばさんが主治医の先生に頭を下げている、おじさんが俺達に向かって言った。
「小雪は無事だ。……ありがとうな、君達。今夜はもう遅い。意識が戻り次第連絡するから、今夜はもう帰りなさい」
「……はい。……失礼します」
 俺たちはそう言って次々に病院を出ていく。俺はちらり、と横目で病室へと運ばれていく小雪を見た。目を瞑っている小雪を見て、俺はますます我慢していたものが溢れそうになって、慌てて目を逸らして病院を出た。

「でも、小雪が無事でよかったよなー」
 村崎がははっ、と笑って言った。皆も村崎ほどの余裕は無いものの、皆が皆、微笑んでいた。さっきまで緊張で凝り固まっていたため、急に解放された身体が少し違和感を示している。
 大きな欠伸をして、御堂が俺達に言った。
「ふわああぁあ……もう十二時過ぎか。俺、煽さんを送ってから帰るね。家で九条先輩に貸してもらった『シャーロックホームズの冒険』をもう一回読み直したいし。それじゃ、行こうか」
「あ、うん。じゃあね、皆」
 煽さんと御堂は、そのまま一緒に帰って行った。村崎と本村さん、九条先輩と雛利も二人で帰っていく。一人取り残された俺は、急に外が寒く感じて急いで家へと帰った。



 その三日後、学校から帰ると、村崎からメールが届いていた。どうやら、小雪の意識が戻ったらしく、一緒に小雪のお見舞いに行こう、という内容のものだった。
 俺はすぐに着替えて、待ち合わせ場所の駅前に向かった。男同士で待ち合わせなど、普段ならばあまり嬉しくはないが、その日は嬉しかった。やっと小雪に会う事が出来るからだ。俺は持ってきたお守りを握り締めた。
「遅せーよ、本寺! 行こうぜ」
「あ、ああ」
 村崎は待ちきれなかったらしく、俺にメールを送る三十分以上も前から待っていたらしい。本当にせっかちな奴だ。
 病院に着くと、村崎が小雪の病室の場所を聞いてきてくれた。俺達が病室へ向かうと、おじさんが病室の前で俺達に話しかけてきた。
「来てくれたのか……」
「? どうしたんですか?」
 おじさんの声は何故かとても沈んだ声だった。小雪が元気になったというのに、それとは真逆の様子だった。おじさんは悲しそうな顔を変えなかった。いや、変えられないような感じもした。
 その時、病室の中から聞きなれた声が響いた。
「外に誰か居るの、お父さん?」
 小雪の声に反応して、村崎が俺を引っ張って病室の中に入った。
「よっ、小雪! 本寺連れて来たぜ!!」
「村崎! 何でアンタが……って、ねえ、村崎」
「あ?」
「隣の人……誰?」
 信じられないような小雪の言葉に、俺は思わず耳を疑った。
「……!!」
「は? 何言ってんだよ、本寺だよ、本寺! お前が一番世話焼いてた!」
「もとでら……? ごめん、人違いじゃないの……? あたし、本当に知らないよ」
「小雪……?」
 俺は小雪に向かって呼びかける。しかし、小雪は訝しげな表情で俺を見つめるだけだ。俺が思っている様な小雪の言葉や態度など何一つ見られない。村崎も、何かの間違いじゃないかと、必死に小雪に問いかけている。
「お、おい、何で惚けているんだよ! お前が一番会いたかったはずだろ!!」
「な、何でそんなに必死になってんのよ、村崎。あたし本当に……」
「そんなわけ……」
「もういい、村崎!」
 俺は二人の間に割って入った。後ろでおじさんとおばさんが苦痛に歪んだ顔でうつむいているのが見えた。おじさんが俺を外に連れ出して言った。
「……本当は、あの事故の翌日に意識は戻ったんだ。だが、主治医が言っていた頭部の損傷が原因なのか、小雪は事故直後のこと、特に生活面や親しかった人物の事を忘れてしまっていた。私達が事情を説明して、療養も効いたのか殆どの事は思い出した。だが……本寺くんの事だけは、何故か思い出さないんだ……!」
「……!」
「主治医の話では、小雪の記憶喪失は事故という精神的ショックによる心因性らしいから、本人が自然に思い出すのを待つしかないらしい……」
 俺は、男なのに、情けなくも涙が頬を伝い、溢れて止まらなかった。自分が知っている小雪は、今の小雪の中にはいない。今の小雪の中には、俺はいない。その現実だけが深く深く俺の心に突き刺さっていた。

後書き

シリアスですねえ。ありきたりな。
まだ村崎たちを動かしてませんし、終盤をどうするのかは日直さんにお任せしますっ。
私が乱した分の舵取りお願いします!!

この小説について

タイトル 揺れる心、遠ざかる君
初版 2008年12月30日
改訂 2008年12月30日
小説ID 2921
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合計★ 6
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (2)

★達央 2008年12月31日 2時44分23秒
パソコンが使えないので携帯から読ませていただきました。
私が想像してた以上にシリアスな展開でハラハラとして、もう少しで涙がポロリとしそうでした。
これからの日直さんの展開にも期待したいですね(笑)
★日直 2009年1月1日 22時04分12秒
たった今次回作を書き上げ、残るは推敲のみとなったのでコメントさせていただきます。
記憶が飛ぶだなんてめちゃくちゃなー。とは思いつつも、こういう展開の続きを一度でもいいから書いてみたいと常々考えていたので、それが叶って嬉しいです。
寒さのせいか手がかじかんでタイピングがうまくいかないので、今回はこれで失礼します。

頑張りますね!
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