LostChildrenシリーズ - Case1〜決意(前編)〜

「っ!!」
 
 軽い動悸を伴うと同時、彼女はがばあっと飛び起きた。
 呼吸は肩が大きく上下する程荒げ、心拍数もこれ以上にないくらいの数値まで跳ね上がっているのが、よく分かる。
 それに、顔はもちろん身体中汗でぐっちょりと湿ってしまっていて────
 
「……気持ち悪い」
 
 そう呟くと、彼女は自分が今まで寝ていた2段ベッドの備え付けられた梯子から静かに部屋の床へと降り立ち
 自分の衣装ケースから予備のショーツとブラを取り出す。
 
 見回すと室内は未だ暗闇に包まれており、周囲からは静かに寝息が聞こえてくる。
 自身の腕時計に目をやると……午前3時ちょうど。
 隊の起床時間が5時だから寝直すにはやや物足りない時間。だが、このまま何もせずにボーっとしてるのも却って落ち着かない。
 ────まあ、“あの時の夢”をまた見てしまったのだから、目覚め方として最悪なのは支局当然なのだが。
 
「そうだ……。走って汗でも流してこよう」
 
 ……結局彼女は、着替えるのも億劫になったのか、汗で湿った下着の上にトレーニングウェアを着込み、寮周辺でランニングをすることにした。
 
 
 
 
 
 
Lost Children
〜The opening of the end of the sorrow〜
 
Case1〜決意(前編)〜
 
 
 園部(そのべ)リナ。──それが、先程悪夢から目覚め、気晴らしにランニングへと出かけた少女の名である。
 年齢は14歳。本来ならば中学校に通う悩み多きお年頃の乙女……と言いたいところだが、
 彼女の場合身の上がかなり特殊なためその辺は普通の女の子とはややかけ離れている。
 何が特殊なのかとか説明するべき事はそれこそ山のようにある。が、とりあえず彼女は“一般の学校”には通っていないのは間違いない。
 少なくとも彼女には、“一般の学校”には通えない。いや、通えなくなったといった方が正解だろう。
 
 とりあえず、そこら辺の説明は後々説明するから置いておくとして……
 かれこれランニングを始めて1時間半────微かに湿っていた自慢の真紅の髪は、朝露とランニングでかいた汗でびっしょりと濡れていた。
 ぐっしょり具合はさっきよりも更に酷い状態ではあるが、不思議と嫌な感じはしない。
 
 ……よし、気晴らし終了。
 当初の目的を達成し終えたリナは、ペースをゆっくりと緩め、軽い柔軟体操をこなした後に寮のシャワー室へ直行する。
 目が覚めたときの、あのブルーな感覚を汗と一緒に流してしまいたい────その一心で素早く脱衣すると、そのままの勢いで個室へ飛び込み、蛇口を全開までひねる。
 朝早いせいか、低めの気温に併せてやや熱めのお湯がサァァと勢いよく出てきた。
 しばらく呆然とお湯を被りながら汗を流していると……何となく向けた視線の先に真新しい傷が目に入る。
 左の二の腕に2cm程の幅…15〜20cmの長さで鮮明に刻まれた傷。
 だが、これだけではない──────
 
 腹部にも腕ほどではないが痛々しい傷跡が2・3ヵ所、生々しく残っている。
 そして………最近みょーに急成長を遂げつつある、歳不相応な豊満な胸にも無数の小さな傷が乱立していた。
 汗は完全に洗い落とせたが、身体中に刻まれた夥しい数の傷が、否応なしに『夢が夢でない』という現実を突きつける。
 
 直後────熱い湯が頬をしたたるのと同時に、自身の紅い瞳が揺らぎ……シャワーのお湯とは別の、熱い何かがゆっくりと流れ落ちた……。 
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
「特能総管隊所属、園部リナ。入室します、ベルド隊長」
「……おう、入れ」
「失礼します……」
 
 とある一室のドアを前に、やや緊張した面持ちでリナがノックと共に訪ねると、部屋の奥から野太い男性の声が響く。
 
 ────特能総管隊。
 それが、彼女…園部リナの現在の居場所である。
 正式に言えば『銀河系連邦所属超常現象犯罪解決部隊』…通称『OCSIAN(オーシャン)』。
 巨大警備会社『プロテクションカンパニー』が“宇宙という名の大海を守護する”という目的の元創設された、現在の地球圏で最も大きな軍事力を持つ軍事組織。
 そのOCSIANが管轄する部隊の一つ、『特殊能力者総合管轄部隊』が正しい呼び名だ。
 早い話が軍部内、もしくは民間内からの『特殊能力者』を寄せ集めて訓練・指導・戦闘・研究を行う部署に所属している一兵士というのが、彼女の現在の顔である。
 
 そして彼女は、自身の所属する部署の隊長に呼び出され、こうして部屋へとやってきたというのが、ここまでの大雑把な話の流れ。
 許可が下りると、やや躊躇いがちにドアノブを回し…室内へと入る。
 隊長室の奥には、がっちりした体格の中年男性がイスに腰掛け、コーヒーの入ったコップを片手に目の前の書類と格闘していた。
 
 まだ数回しか顔を合わせたことはないが……大人の男性という存在自体、幼い頃からあまり目にしなかったため、より一層威圧感が倍増して見える。
 リナが緊張で顔を引きつらせていると、上官の男性…ベルド・シュバイツァーは溜息混じりに呟く。
 
「ふぅ……そう強ばるな。
上官とはいってもオレはそんなに偉い階級じゃないんだ。それに────オレの顔が怖いのは生まれつきなんだから、いい加減慣れてくれ」
「あ、あはは──すいません」
 
 思わず苦笑するリナ。
 自身の心情をあっさり見透かされてしまったという気恥ずかしさもあるが、それ以上に、ベルドの気さくな態度に思わず緊張が緩んだというのが大きいだろう。
 そんな彼もつられて照れ笑いながら、懐のポケットからタバコを取り出して火を付け……
 
「さて────呼び出したのは他でもない。
急な話で悪いんだが、リナには何人かの下級ソルジャーを引き連れての調査任務を受けて貰いたい」
「私が…長で、ですか?」
「そうだ。初任務でいきなり分隊長で戸惑いもあるだろうが…こちらとしても上級ソルジャーを割り振るだけの余裕が無くてな」
 
 ソルジャーというのは、OCSIAN内での戦闘要員の総称である。
 ソルジャーは上からSSS,SS,S,A+,A,A−,B,C,D,E,Fの計11段階で階級が割り振られており、
 その内下級ソルジャーというのがEとFの2段階に位置する人間を指し、上級ソルジャーがAクラス以上の階級の者を指す。
 当然、上級ソルジャーともなれば一個中隊規模の指揮権を有する影響力を持つのだが、それには相応の実力と判断力、そして経験が必要とされる。
 現段階でリナのランクはCクラス……一応下級ソルジャーの指揮権は有してはいるものの、正直不安でいっぱいだった。
 
「────その代わりと言っては何だが、補佐役としてお前のそばにもう一人付ける」
「補佐役…?」
「俺のことだ」
 
 ベルドが言い終わると同時、不安に駆られていたリナの背後からもう一人の男の声が聞こえてきた。
 振り返ると、そこには彼女とそう歳も変わらない少年が腕組みをして佇んでいた。
 
 淡緑色のロングヘヤーを腰付近まで伸ばし、末端付近を布で結ってある。
 顔立ちはきりりとしており逞しさと勇ましさに溢れ、サファイヤのような透き通る青色の瞳からは、ベルドとは質の異なる威圧感を感じた。
 少年は知り合いに接するかのように……いや、実際知り合いなのか、
 すたすたと歩み寄ってきてリナを戒めるように告げる。
 
「あなたは、確かあの時の……」
「自己紹介がまだだったな。
──俺は早乙女実(さおとめみのる)…お前と同じく、来るべくしてOCSIANに入隊した」
「そっか。────じゃあ実君が私のことを手伝ってくれるのね」
「……仕事らしいからな」
 
 自己紹介を受け、リナが屈託のない笑顔を浮かべつつ右手を差し出すも、実は表情一つ変えずにそれを拒否する。
 そして、続けざまに言い放つ。
 
「悪いが、俺は素人の面倒を見るほど甘くはない。
お前も俺と同じ『CHILDREN』の名を持つ者ならば、自分でなんとかしろ」
「────ん……分かった」
 
 静かに……だが力強く、リナは実の冷たい一言に答える。
 言いたいことはそれこそ山のようにあるが、隊長室で騒ぐというのも頂けない。
 尋ねたい気持ちをグッと抑え込み、リナは改めてバルドの方へ向き直る。
 
「調査地域は、ここから30km程南南西に進んだ所にあるファクトリーエリアだ。
十数年前までは重機などの生産で賑わった場所なのだが、ここ最近の不況の煽りを受け、現在では廃墟と化している……が」
「何者かがその廃墟地域に出入りしている、と?」
「まあそんなところだ。
とはいっても“人影らしい”姿を見たとの情報だからな。本当に人が出入りしていた信憑性は定かではない。
例え良からぬ事を考えていなかったとしても、どのみちあそこの建物は老朽化が進んでいて、人が立ち入るには非常に危険だからな。
二人には最悪の事態を想定して事に望んで貰いたい」
 
 最悪の事態……すなわち、戦闘を行う可能性があるということ。
 そのことを意識し出すと同時に、自分の顔から血の気が引いていくのをリナは感じた。
 一方で実は、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、一段と表情を険しくしてバルドに敬礼し
 
「任務、了解しました。直ちに部隊を掌握し、現地調査・犯人達の拿捕に当たります」
 
 静かに、そして力強く答えた。
 
 ……………………
 …………
 ……
 
「実君っ!!」
 
 隊長室を後にしたリナは、先に部屋を後にした実へと声をかける。
 一方の本人は、声の主の方を振り向くことなく、歩みだけを止めて逆にリナに尋ねる。
 
「あ、あの……私────」
「ここにいる、ということは──少なくとも『覚悟』は出来たみたいだな」
「………ううん。その事については、まだ悩んでる。
私の力だけで全てがうまくいくとも思ってないし……忘れられないんだ、半年前のあのことが」
「…………」
 
 うつむき、弱々しく答えるリナの言葉を実は黙って聞いていた。
 その表情に宿るのは、後悔と怒り……それらが入り交じった複雑な感情。
 同時に蘇るのは過去の記憶。────実もリナが何を言わんとしているのか、何となく察しがついたのだろう。
 特に何も言わず、彼女の叫びに黙って耳を傾けている。
 
「また────私のせいで、誰かが傷つくんじゃないか、って思うと……自分の『力』を認めるのがたまらなく嫌で」
「……………」
「今回の下級ソルジャーを引率しての調査任務だって、何が起こるか判らない。………最悪、『あの時』みたいな事になったらと思うと、私……耐えられなくて」
「一つ言っておく。
──後悔したくないのなら、とっとと覚悟を決めろ。でなければ、最悪の形になって……もっと後悔することになるぞ」
 
 次第に怪しくなってくる雲行きを懸念し、震えながらいうリナの言葉を遮る形で、実は忠告した。
 
 確かに、リナと実はとある事件がきっかけでOCSIANに入隊する以前から面識はあった。
 だが、“面識はあっ”ても、“過去の経緯”は知らされていない。
 ────実本人の性格が、あまり人と干渉したがらないというのもあるだろうが、それ以上に……他人である自分が触れてはならないモノのような気がした。
 無論リナ自身も、昔の話をするのはあまり好きではない。
 
 バルドや、部隊の同期達に『しがらみを無くすために』渋々話したのを除けば、不用意に他人に自分の過去をさらけ出すことはしなかった。
 ……多分、実も同じような過去を背負っているのだろう。
 だからこそ、彼の言葉は非常に重かった。それこそ、まともにその言葉を受け入れられない位に。
 
 悟ってくれたと理解したのか、再び実は歩を進め、武器庫へと向かっていく。
 そんな彼の後ろ姿は物悲しげで……だが、力強くて。
 リナは、ひとまず今回の任務が無事終えられたら、ゆっくり考えてみようと、自分を一喝して彼の後に続く。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 3時間後、部隊の移動用トレーラーに乗ってやって来たリナ達は、目の前に広がる廃墟と化した建物が立ち並ぶファクトリーエリアの姿を目の当たりにし
 
「……こ、こんな気味の悪いところにホントに人が?」
 
 リーダーが早くも出発前の意気込みを撤回せん勢いで尻込みしていた。
 
 
「こういう時はホントに年頃の娘みたいな反応をしてくれるな」
「あの……“みたいな”じゃなくて“実際に年頃の娘”なんですけど。
って論点そこじゃなくて────見た限り人気が全く見当たらないんだけどホントに人がいるのかなぁ?」
 
 無神経とも取れる実の発言に、リナはぷくぅと頬を膨らませてふてくされる。
 その仕草があまりにも部隊のリーダーたる姿とはかけ離れた……まあ良く言えばあまりにも歳相応なリアクションだったために、
 思わず下級ソルジャー達の間にも笑みがこぼれた。
 ……が、そんな雰囲気を判っているのか言っているのか、それとも判っていないのか、実はやや強めの口調で気を引き締めるように告げる。
 
「────それを確かめるのが俺達の任務だ。
いないならいないでそれでよし。もし居たなら廃墟不法侵入罪適用で任意同行……最悪、抵抗するようなら強制拿捕(だほ)……と言ったところだな」
「そうだね。
じゃあ実君が隊の最前列で先行。奇数ナンバーのソルジャーを以て左方の警戒……残りのメンバーで右方を担当。後方警戒と隊の指揮は私が行います」
「「「了解!!」」」
 
 嫌悪感を感じつつも、やるべき事はしっかりやると決めたらしい。
 出発前にあらかじめ各下級ソルジャー達に割り振っておいた番号で前進間の任務区分を指示。
 普段のオドオドした少女の面影は消え、一端の指揮官の面構えとなったリナの姿に他のメンバーの気合いも入る。
 
「それじゃ……オールソルジャー、ミッションエントリーモード!!」
「「「コンバット・インストールッ!!」」」
 
 咆吼と同時、リナ達は左手に装着された小手型の万能ツール『アセンブラー』上のキーボードを叩き、
 ソフトの起動に必要なIDとパスワードを入力。
 
〈Necessary matter input confirmation! Combat system start!!(必要事項入力確認! 戦闘システム起動!!)〉
 
 すると、全員のアセンブラーから電子音声が響き渡ると同時にリナ達の身体を取り巻く形でバーコードが出現────
 それは足に…腰に…胴に…腕に…そして額にそれぞれ展開され、光の帯となって辺りを照らす!
 
 バーコードの帯は各部位を下から上へとスキャニングしながら『0』と『1』のデータを貼り付けていき……帯が停止すると同時に『0』と『1』のデータの固まりは形を成し
 それぞれのパーソナルカラー……リナは赤、実は蒼、他のソルジャーは黒で縁に一線引き、白を基調としたデザインのプロテクターとなる!!
 
 腰、腕だけは全員共通のデザインで構成されるも、リナだけは脚部と胴部のプロテクターが女性っぽいラインのデザインで構成される。
 足、腰、胴、腕と順に構成されると、今度は背部に角のような形をしたブースターノズルが取り付けられ、最後に額の帯がヘッドギア、アイバイザー、フェイスカバーを構成し……
 
〈Combat system and all program initiation completion. Mission start!!(戦闘システムおよび全プログラム起動完了。ミッション開始!!)〉
 
 再び電子音声が流れると、バーコードの帯がまるでガラスが粉々に砕け散るように消滅し、
 OCSIANのソルジャーだけが使える汎用型戦闘防護衣《コンバットスーツ》の内、
 トータルバランスに優れる《type-A》の装着完了を告げる。
 
「よし────みんな装着し終えたね。早速だけど時間も惜しいから早いところ前進しよう」
 
 分隊を見回し、全員戦闘準備が完了したことを確認すると、リナは素早くフォーメーションを構築し…………
 底知れぬ、廃墟の暗闇へと足を進めていった────。 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 廃墟に足を踏み入れて早5時間が経過した頃……
 リナ達は崩れかけた床や、腐食が進んで今にも落ちてきそうな鉄骨を避け、慎重に進んだ結果ようやくエリアの中心部までやってくることに成功した。
 入り口から前進してきた経路上は、特に異常は見られない────いや、むしろ“人がいたという形跡”すら見あたらなかったのだ。
 
「しっかし……ここまで進んでも何もナシとは。やっぱ隊長の情報はガセネタって事だったんスかね?」
「確かに。リナさん達も前後で2重の探査をしていたにも関わらず、センサーに何も引っかからないなんて……」
 
 前進前の緊張感が、ここに来てやや緩み気味となったのか、左方を警戒していたソルジャーの何人かがボソリとこぼす。
 確かに、前進間リナと実がそれぞれ同じ箇所を2度重複させてチェックしたにも関わらず、スーツに装備された様々なセンサーに全くと言っていいほど反応がなかったのだ。
 無論、この事態に実はもちろんリナも不信感を抱いていた。
 
「……実君、どう思う?」
「“人がいた”という情報が流れてきたにも関わらず、現場は“いた形跡が全くない”という始末。
────恐らく証拠隠滅のために、隠蔽されたと見るのが自然だろう」
「やっぱりそうだろうね……建物自体の老朽化に反比例して、放置された器材や資材が“小綺麗にされ”過ぎてるもん」
「ああ。証拠を残すまいと徹底的にやりすぎたのが見え見えだ。これじゃ『我々はつい最近までここにいたんだ』と露呈するようなものだぞ」
「というか、証拠隠滅するほどイケナイ事しようとしてたのならこの場所はちょっと目立ちすぎない?
人の出入りは無いとはいえ周辺には住宅街もあるから目撃情報も挙がりやすいだろうし」
 
 そうなのだ。
 このファクトリーエリアは元々近傍の住民に職を提供する意味合いで建設されたため、当然エリアの側には住居や店舗も建ち並んでおり、人の行き交いもそこそこある。
 実際今回の“目撃情報”もエリア近くの住民から警察経由でOCSIANに寄せられた事からも分かる通り、この場所は意外にも人の目に触れやすい。
 それも昼間、そこに人が出入りしていたのならばなおさら…である。
 そうなると……考えられる可能性はただ一つしかない。
 
「となると、考えられることはただ一つだな」
「うん」
 
 
 
「「敵の罠だっ!!」」
 
 
 
 二人が同時に叫ぶと同時、一斉に物陰から飛び跳ねるようにして見慣れぬ生物が姿を現した。
 それは、リナと実は勿論のこと…他のソルジャー達も今まで目にした事のない異形の怪物────それらがまるでリナ達を囲い込む様に陣形を取る。
 
 その怪物はかろうじて人の姿をしていた。
 ────が、“人の形をしている”だけで後の姿形は全くの別物で、全身が爬虫類を思わせる硬質化した皮膚で覆われて、指先には鉈を思わせる鋭利な爪。
 そして……背中に生えたコウモリのような突起物までついた翼もセットで眺めると、さながらファンタジー作品に登場する悪魔系モンスターを彷彿とさせる。
 
 すると、敵を認識したコンバットスーツがセンサーを駆使してデータを検索……
 すぐさまヒットした結果をアイバイザー上に映像と文章セットで表示する。
 
 《グレムリン》…全長約150cm 危険度レベル:D
 ヒトの遺伝子をベースに爬虫類とコウモリの遺伝子を掛け合わせて造られたB.O.W.(生物兵器)。
 両手のそれぞれの指と一体化した鋭利な爪はコンバットスーツの特殊装甲をも切り裂く威力を持ち、
 飛べないながらも背中の翼で空気抵抗を調整し、変則的な軌道を取ることが出来る。
 製造元は不明だが、大掛かりなテロ組織から下端のマフィアまで大量に保有していることから、闇世界では比較的安価な兵器として流通している模様。
 
 周囲の資器材や物陰を使いながら、嗤っているかのような表情を浮かべつつ、グレムリン達は徐々にその距離を縮めていく。
 
「ちっ! 初任務でいきなりこんなのが大量にか……!!」
「多分私達のデータ収集でしょうね、相手方の目的は」
 
 センサーに完全に頼り切っていた自らの不甲斐なさに思わず舌打ちする実だったが、現状を嘆いていても仕方がない。
 問題は『この現状をどうやって切り抜けるか』である。
 もしリナの言う通り、OCSIAN……それも『力』を持つ自分達のデータ収集が目的ならば、あまり深追いしない方が良い。それに───
 
(ちょっと待って! 私、基礎訓練は受けたけど『力』の発現の仕方とか全然解らないんだった!!)
 
 加えて実はともかく、リナは実戦そのものが今回が初……。実はある程度慣れているようだが、リナは『力』を意のままに操るというレベルにはまだ達していない。
 リナの頬を、嫌な汗が伝い…半年前の光景がフラッシュバックする。
 
 ───私は何のためにここにいる?
 
 ──────私は何がしたい?
 
 ─────────また繰り返すのか? あの惨状を?
 
 一瞬思考が停止しかけるがここで立ち竦んでいても事態は一向に好転しない。
 ここは必要最小限の数まで減らし、陣形が崩れたところで撤退するのが得策だろう。
 
 実へ言いかけた直後、彼はおもむろに脇下へと右手を送り左手を腰付近に添える。そして…モノが無いにも関わらず、鞘から刀を抜く姿勢────いわゆる『抜刀』の体制をとり
 
「Creation(創造)!!」
 
 叫ぶと同時、変化が起きた。
 実が構えた両手の位置で白いモヤのようなものが発生し、次第に濃くなると同時に今度は液体に……そして形作られていくのは日本刀────
 いや、それよりも若干サイズが大きめの太刀…『野太刀』と呼ばれる、戦国時代にて活躍した刀のご先祖様ともいえる武器へとその姿を変え、風船が弾けるような炸裂音と共に水飛沫が弾け、
 同時に完全に姿を現した刀の柄を、右手でしっかりと握りしめた実はそのまま────
 
「せいやぁっ!!」
 
 一気に跳躍────目の前にいた一体のグレムリンに狙いを定めて……抜刀!!
 緋色の鞘から抜き放たれるは半透明の刀身。その身はガラス細工のように煌びやかで、同時にその輝きがより一層切れ味を強調しているかのようだった。
 刀身が完全に抜刀される頃には、鍔手前の刀身がすでにグレムリンの鱗に食い込んでいた、が、実はそのまま止まることなく、刀を握った右手を大きく撫で払う!
 
 跳躍の運動エネルギーも加わった、抜刀の一撃はいとも簡単にグレムリンの鱗と共に中の内蔵部まで達し、一瞬にして絶命させる。
 あっさりグレムリンを一体葬った実だったが、止まることなく彼は再び鞘に刀を収めると他のグレムリンの群れと距離を取りつつ、攻撃の機会をうかがう。
 その動きは、無駄が無く完璧に洗練された戦士のもので、まるで戦場という名の舞台に降り立ったダンサーのように、美しく、そして興奮した。
 
「おぉ、さすが実さんだ!」
「オレ達も続け! 一刻も早くこの状況を隊長に報告せねば!!」
 
 他の下級ソルジャーも、実の奮戦ぶりに触発されたのか、その動きに遅れまいと必死に後を追う。
 が────
 
「あ、ダメよみんな! 無闇に陣形を崩したら……」
 
 リナの忠告も、興奮状態の彼らに届くことはなかった。
 こうなってしまってはもはや出来る出来ないをどうこう言っている場合ではない──リナは素早く駆け出し……
 
「確か……こんな感じだったかな? ────クリエイション!!」
 
 実の見よう見まねで手をかざし、叫ぶリナだったが武器どころか実のような現象変化すら起きない。
 もしかしたらという淡い期待を抱いての賭だったが、すぐにそんな自分の浅はかさを思い知る形となった。
 
《グルルゥアァァァッ!!》
 
 とは言え、このまま突っ込んでいっては相手の注意を引き付けることすらままならない。
 この世の生物とは思えない奇声を発しつつ、先走って一人孤立していた下級ソルジャーへと襲いかかるグレムリンに狙いを定め
 
「インパクトバルカン、セット。………レディ、ゴーッ!!」
 
 狭い廃墟内で器用に空間を立ち回り、背部のブースターで加速。肩部のプロテクターに内蔵されたガトリング銃を稼働させる。
 スーツの内側に取り付けられた神経素子センサーが脳からの電気信号を感知、それを増幅した後に制御装置へと送られる順番をとる形となっているが、そのスピードはほぼ一瞬に等しい。
 
 そんな中響き渡る、耳を啄むような炸裂音の連続に、思わず目をしかめるリナだがグッとこらえ……銃口から放たれるライフル弾の群れが、目の前のグレムリンにクリーンヒットさせた!
 連続で撃ち込まれる弾丸に思わず怯んだグレムリンは、攻撃したリナを完全に敵として認識。
 しばらく激痛に悶え苦しんでいた様子だったが、すぐに自慢の翼を広げて戦闘態勢に入る。
 
 一方のリナは、そんなグレムリンと庇ったソルジャーとの間に入るようにして、相手をじっと見つめていた。
 
「す、すみませんっ!」
「反省は後でお願いします! ……私は実君と違ってまだ『力』の扱いには慣れてないのでフォローを──」
 
 謝罪の意を述べる、庇われたソルジャーへ言いかけ、再び視線をグレムリンの方へと戻すと……
 リナの眼前5m近くまでその距離をすでに縮めていた!!
 そして後僅か……という距離まで縮まるとその勢いに乗ったまま跳躍し、鋭く尖った爪の生えた右手を大きく振りかぶり
 
(……回避、間に合わない?!)
 
 咄嗟に両腕を眼前にクロスさせる形で防御するも、グレムリンはお構いなしに自慢の右手を撫で下ろす!!
 
「がはっ!!」
 
 思わず女の子らしからぬ呻き声を上げてしまうが、実際そうも言ってられない。
 金属同士が互いにぶつかり合い、削り合う金切り音と共に、前者の音にやや負ける形で響くガリっという肉が抉れる音。
 グレムリンはリナの防御の上からザックリとコンバットスーツの装甲をえぐり、右手腕部と腹部に痛々しいダメージを与えたのだ。
 予想以上の激痛に思わず視界がグラッと揺れ、患部が火で炙られたかのように熱い────。
 
「リナ隊長!? 大丈夫ですか?!」
「わ……たしは────大丈夫。みんなは……実君の、フォロー………に────────」
 
 意識が安定しない。
 あまりの激痛に、今にも気絶してしまいそうだったが、部下達がいる手前そんなことは許されなかった。
 
 『力』を使えないとはいえ、一般人の身体能力を遙かに上回り、自己治癒能力も数段上である『CHILDREN』の自分ですら避ける事が出来ず、かなりの深手を負うことになった。
 おまけに今回は、調査任務ということでロクな内蔵武器を積んでこなかったため、連中には今自分たちが持ってきているスーツの装備武器では到底太刀打ちできそうもないだろう。
 ともなれば、『力』すら持ち合わせていない彼等には、真正面からグレムリンに対抗するだけの力は無いに等しいのだ。
 さっきの状況でも、バルカンでの牽制がなければあっさり骨ごと首を切断されていただろう。
 何とか自分が囮になって彼等だけでも安全な場所に───
 
《グルルゥアァァァッ!!》
 
 だが、ヤツはお構いなしに、その場に伏せ落ちたリナに追い打ちをかけるべく再び間合いを詰め────
 再び、先程よりもやや高めの金切り音と共に、左後方へと押しやる衝撃がリナを襲う!
 不意にバランスを崩したのが幸いしたのか、右肩の保護プロテクターを抉られるだけで済んだみたいだが…もしここでふらついていなければ、間違いなく装甲の薄い頸動脈をかっ斬られていただろう……。
 そう思うと肝を冷やさずにはいられなかったリナだが
 
(何で……どうして私は使えないのよ! 今ここでやらなきゃ、みんな死んじゃうのにっ!!)
 
 思い出すのは実と同じ『武器の具現化』が、何故か自分は出来ないということ。
 確かに自分は『CHILDREN』としては実よりも実戦経験は浅い。彼の言う“覚悟”というのも決まってはいない。
 だが、今はそんなことでたじろいでいる場合ではないのだ……。
 
「お願い……今出来なきゃ、ダメなのに────クリエイション…クリエイション! クリエイションッッ!!!」
 
 何度も手をかざして叫ぶも、それはただ空を斬るだけの動作となり
 祈りにも似た必死の咆吼も、空しく響き渡るのみ。
 深手を与え、夥しい量の血を流しながらも足掻くリナの姿に不満を持ったグレムリンは、再び身構え……
 
「リナ!!」
 
 ……ようとしたグレムリンの動きを中断させ、リナの意識を現実世界へと再び呼び戻したのは実の叫び声だった。
 よく見るとリナが先程のグレムリンの注意を完全に引きつけた事で、他のグレムリンの群れもそれに加勢する形で続々と集まっている。
 それを不思議に思った実が後を追ってみればこの通り……という経緯である。
 
「あ………みの、る……君────」
「退路は確保した! ナンバー01と04でリナを担いで脱出!! 残りのヤツらは撤退しながら俺と敵の迎撃だ!!」
「「「ラジャー!!」」」
「あ………う……く……………っ」
 
 突然の援軍に一時騒然とするグレムリン群だったが、すぐさま持ち直して体勢を立て直す。
 実の号令によって、戦意を失いかけていた下級ソルジャーも復活。
 が……一方、前に先行していった実が帰ってきたという安心感からか、リナはその場に崩れ落ち、何とか保たんとしていた意識がプッツリと途絶える。
 ────傷はそれほど深くはないが出血が酷い。確かにこのままではいくら治癒能力に優れる『CHILDREN』と云えども命の保証は出来ない。
 手際よく、示された二人が崩れ落ちたリナを抱え────実が確保した脱出経路を走り抜ける!
 
「急げ! 遅れるな!!」
「畜生!! 一体何だってんだよ?! 入ったときにはあんなヤツらの反応なんてなかったのに!!」
「無駄口を叩くな! 死にたくなければ迎撃しながら走れ!!」
 
 後方を追跡してくるグレムリンの群れに、インパクトバルカンを撃ち込みながら必死に走り続ける下級ソルジャー達はもはや絶望感からか愚痴しか漏れてこない。
 そんな彼等を、共に走りながら叱咤しつつ、実はバルカンの弾幕を避けて襲いかかるグレムリンを斬っては捨て、斬っては捨てを繰り返す。
 今はただ、無事に逃げおおせることだけを考え……力の限り走り続ける。
 
 
 
 
 
 
(み、んな───逃げ……て………………)
 
 
 薄れゆく意識の中、リナは心の底から懇願した。
 
 
 
 
 これ以上……誰にも死んでほしくない─────ただただ、その一心で。 
 
 
 
 
to be continued...
 
 
 
 
−The next previous notice−
 
 深刻な痛手を被り、医務室にてしばらく療養を言い渡されたリナ。
 だが、真に傷付きしは『外側』ではなく『内側』。
 
 恐怖……自責………後悔────────。
 負の感情は誰にでもあるもの。それを糧にし、乗り越えたとき……『CHILDREN』は本当の力を得る。
 守るべきものを、絶対に守り抜くための、諸刃の剣を……。
 
 次回、Lost Children 〜The opening of the end of the sorrow〜
 Case2〜決意(後編)〜
 
 唱える時、世界は暗転し……この世は朱に染まる。

後書き

どうも、あけましておめでとうございます^^;
つつがなく元日ちょうどに公開できるかなー……なんて考えは甘く、突如IEがエラーを起こして更新データが全部消え、泣く泣く1から打ち直したtakkuです。

というわけで、何とか第1話公開……ですが、初っぱなから主人公瀕死w
プロットで考えていたこととはいえ、こんな主人公もどーかなーなどとも思いますが、後編で面目躍如する……はずですので。

あと……あまりにもリアル描写過ぎると思われたらツッコミ、遠慮無くどうぞ。
加筆修正版に差し替えます。では。

1/6追記 若干ですが、効果音や表現方法などその他諸々、加筆修正しました。

この小説について

タイトル Case1〜決意(前編)〜
初版 2009年1月1日
改訂 2009年1月6日
小説ID 2924
閲覧数 1261
合計★ 5
takkuりばーすの写真
ぬし
作家名 ★takkuりばーす
作家ID 194
投稿数 12
★の数 54
活動度 2247
ぬるぬる更新となっていますが生暖かく見守ってください(謝)

コメント (3)

★水原ぶよよ 2009年1月15日 2時13分45秒
私の作品へのコメントありがとうございました。
私も途中までですが、LostChildrenシリーズ、Case2読ませていただいております。
細かい情景描写といい心理描写といい、ここまで書けるのがうらやましく思えました。
これだけのことが書ける人に、辛口で言われても、私だったらとても「何様?」だとは言えませんね。第一話読み始めた時、「あれ?なんで誰も評価しないんだろ」と不思議に思ったのですが。
「予告編」を出したのがやや作品の品位を落としてしまている気はします。というか、予告編なるものを出す行為が個人的に好きじゃないだけなんですけどw 予告編など書かなくても、本作品は十分人を引き付ける力はあるものと思います。
☆の数をいくつつけるかについては、ここまでの段階であれば、☆は一つか二つの微妙なところで、これは作品が個人的に好きか嫌いかにも関わってくるのですが、ややありがちなスタートかなって思えるところもあって、☆は一つとさせていただきます。しかし今後の展開により四つにも五つにもなるかなって思えます。
長編はトピックにも書いているように、私自身が前の展開をすぐに忘れがちなので、つい読まないほうに行きがちですが、余裕があるときは読ませていただきたいと思っております。
今後の展開、楽しみにしております。
★水原ぶよよ コメントのみ 2009年1月15日 2時33分33秒
水原です。
上記コメント、一部訂正です。
ややありがち、なんて書いてしまいましたが、半分寝てしまっているのでしょうか、それとも嫉妬?w ちっともありがちではないですね。
書き込み後、もう一回斜め読みしたけど・・・・・・やっぱり感心させられちゃいます。
★HIRO 2011年2月8日 22時56分25秒
どうもこんばんは、HIROです。
メイワクな贈り物書いてる者です(誰

まるでオンラインのRPGの世界にいるような感覚で見させていただきました。
びっくりしたのが、改行の仕方が自分と似ているなぁと思っていたけど実力は遥かに負けているのでかなり勉強になりました。
見習って自分も頑張りますw

少しずつ読ませていただきますね!
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