りれしょ物語 - なれそめ

 病院を出た俺と村崎は、何か喋ったりする事もなく帰路についている。
 やがて村崎が、ちょっと控え気味に俺に声をかけた。
「医者さん、待ってれば思い出すって言ってたし、須藤の事だから今頃もう思い出してるかもしんないし……」
 村崎なりの不器用な親切が伝わってくる。こんなアホでも、友達っていいもんだな。
 重たい空気が軽くなる事を祈って、俺は笑いながら相槌を打った。
「そうだよな。また顔合わす時けろっとした顔で俺を殴り飛ばすだろうな、あいつは」
 言いながら、痛くて苦しかった小雪拳の味を思い出す。あの頃がものすごく遠い過去に思えて、思わずため息が漏れた。……空気が重くなった。
 それからまた二人ともだんまりの沈黙タイムが続き、さっきまで村崎と待ち合わせていた駅前まで辿り着く。俺らはそこで別れ、自宅を目指した。
 道中、仲良く手を繋いで歩いている雛利と煽さんを見かけた。すれ違う寸前まで雛利は気付かなかったが、距離が縮まると煽さんが声をかけてきてくれた。
「本寺くん、お見舞いの帰り?」
「はい。さっきそこで村崎と分かれて、今帰りっす」
 今気付いたが、煽さんを前にするとついつい後輩口調になってしまう。
「そう。私たちもこれからお見舞いなの。小雪ちゃん、元気にしてた?」
「もう元気いっぱいでしたよ。って言っても、左腕と両足骨折してて、傍からでは元気そうに見えませんけど」
 実際にベッドの上で寝込んでいた小雪は、身体中に巻かれた包帯のせいで弱々しく見えた。
 俺が煽さんと話していると、おもしろくなさそうな顔をした雛利がぶっきらぼうに何か聞いてきた。
「もう告ったのか?」
「いーや、まだだよ」
「言う勇気ねーんだろ、根性なしめ」
「何故そうなる。大体、さっきは村崎も須藤一家も勢揃いだったんだぞ。とても言えるか」
 俺と雛利のやり取りを見ていた煽さんが、やれやれと言っている風な微笑を浮かべていた。
「ところで本寺くん。私、本寺くんと小雪ちゃんの『なれそめ』聞きたいなぁ」
「あ、それ私も」
 妙な事を聞いてきた仲良し二人組。ところでよく聞く言葉だけど、なれそめって何だ?
「んー。お互い好きになった瞬間の事とか、かな」
「そーいや、小雪と剛って下の名前で呼び合ってるよな。怪しいぞ」
「そういえばそうよね。五鈴ちゃんみたいに人懐っこい子を除けば、男女で下の名前を呼び合うなんてなかなか無いわね」
「私、人懐っこいか?」
「そりゃもう。可愛いくらい」
 女の子特有(?)のお喋りモードに入った二人の会話を聞きながら、俺って話の中心人物なのに蚊帳の外だなーと虚しく思う。
 やがて煽さんが、
「病院に着くまで結構時間かかるし、それまでに本寺くんたち二人の出会いの事を詳しく聞きたいなぁ。ね、本寺くん」
 まるで誘導尋問のような言葉を呟いた。そんなに興味あるんですかね、『なれそめ』って。
 俺は渋々、今では懐かしいあの頃を思い出しながら、小雪と知り合った日の事を語り始めた。


 その日は入学式で、俺は遅刻寸前だった。何故かって? 寝坊だ。
 初日から遅刻なんてしたら内申とか内申とかやばい事になるかもしれない。そんな事を考えながら俺は全力疾走していた。
 道中、道の脇で塀に向かってしゃがみ込んでいる黒髪ポニーテールの少女が居た。どうしたのかと思いながら、俺はその子に近づいた。
「おい、お前。急がないと遅刻――」
 言いかけた途端、遠くから我が校からのであろうチャイムが鳴るのが聞こえる。あー、遅刻確定。
 げんなり肩を落としていると、黒髪ポニーが顔をこちらに向けた。
 泣いていた。涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「……助けて」
 黒髪ポニーが呟く。深刻そうな雰囲気を察した俺は、その子のもとにさらに近づく。
 その子は胸元で、前足から大量に血を流している子犬を抱えていた。
「おい、どうしたんだその犬!」
「自転車に撥ねられてた……私、気付いてたのに……」
 嗚咽混じりに何か言う黒髪ポニー。子犬からはまだ息がある。急げば助かるかもしれない。
「この近所に動物病院がある。そこにこいつ連れてくぞ」
 言ったそばで俺は黒髪ポニーから子犬を取り上げ、全速力で走り出した。
 ここから一番近くの交差点付近に、うちの飼っていた犬が生前散々お世話になった動物病院がある。そこの扉前まで辿り着いた瞬間、俺は思い切り中に飛び込んだ。
「すいません、この犬診てもらえませんかッ!」
 息をかなりあげていたので自然に大きな声が出てしまう。受付の人が驚いた表情を浮かべたが、すぐさま俺の抱える子犬を確認し、緊急事態だと察してくれたようで、すぐさま「少々お待ちください」と言って奥へ消えていった。
 少し待っている間に、黒髪ポニーの少女が隣に居ることに気付いた。
「その子、助かるの……」
 かなり涙ぐんでいる。こいつも走ったのか、さっきよりも少し落ち着きが足りない様子だった。
「大丈夫だ。きっと助かる。安心しとけ」
 黒髪ポニーのその子は、まだまだ不安そうな顔をしながらもこくんと頷く。ここの獣医は本当に信用できる。動物の寿命を延ばすほどの腕前だ。
 それからしばらくして、「怪我をした子犬をお連れのお客様ー」と呼ばれた。そういえば受付で名乗ってなかったっけ。
 俺たちが診察室に行くと、俺にとって昔から馴染みのある獣医のおじさんが待っていた。一時はどうなるかと思ったが、素人目にも凄腕と思わせるおじさんの治療で診察は意外にさっさと終わった。
 おじさんは「見た目ほどひどい怪我じゃないが、自分で歩けるようになるまでしばらくかかる」と言って子犬を黒髪ポニーに預けた。
 そのまま、俺と黒髪ポニーは動物病院を出て行った。そういえばあのおじさん、数年ぶりに会ったけど俺の事覚えてくれてただろうか。
「よかった。この子、大した事なくて」
 黒髪ポニーは心の底から安堵したように微笑んだ。俺もつられて微笑む。
「ねえ。君、名前は?」
 子犬を抱きしめたまま黒髪ポニーが聞いてくる。俺はいきなりの質問に、少し遅れて返事をした。
「本寺だけど」
「えっと、し、下の名前は?」
「剛」
「そう。本寺剛さん……私の名前は小雪。須藤小雪よ」
 それから子犬をどっちが預かるかで相談になり、小雪の家はマンションなので飼えないということで俺が飼うことになった。
「じゃあ、そのわんこよろしくね。私は一旦帰るから。ばいばい、剛っ」
「じゃあな、小雪」
 俺は学校の事をすっかり忘れて、子犬を持ったまま家路についたのだった。


 ――俺と小雪が出会った日の事を一通り語り終えた頃には、いつの間にか総合病院の前まで来ていた。
「へ〜。じゃあその頃から特に理由もなく、『下の名前で』呼び合ってたの」
 言葉の一部分だけ声を大きくして言う煽さん。何か意味深げですね。
「そうっすね。小雪は最初は苗字で呼んでたんですけど、いつの間にか下の名前で呼ばれてました。俺も自然に小雪って呼んでたんですよね、不思議と」
「なるほどね〜」
 またも意味深げな煽さん。雛利が横から「なー」と声をかけてきた。
「ところでお前、こんなとこまで来てるけど、またお見舞い行くのか?」
 気がつけば、もう病院内に入っていた。
 どうしようか。ここまで来たからには何もせず帰るのも……よし。
「俺、小雪と二人きりで話したいから、二人のお見舞いが終わるまでここで待ってる」
 雛利は「そうか」煽さんは「そうね、それがいいわ」と言って小雪の病室に向かって行った。
 俺はロビーのソファに座って、二人が戻ってくるのを待つ事にした。


 問題は一つ、小雪は俺の事だけを忘れている。どうしたら思い出してくれるのだろうか。
 医者は自然に思い出すのを待つしかないと言っていたから、俺に出来る事なんて何一つ無いかもしれないけど。でもこのまま何もできないなんて悔しすぎる。
 考えるんだ。どうやったら思い出すか。小雪は何を憶えている。俺以外の事なら、ほとんど思い出したと小雪の父親は言っていた。
 だがそれだと、おかしいことがある。
 小雪は本村さんや雛利、煽さんとはずっと前から知り合いだったらしい。
 だが村崎は。御堂は。こいつらは俺の友達として小雪に紹介した。だから俺の事を忘れているなら、こいつらとの繋がりも忘れるんじゃないのか。
 小雪は、記憶を失ってなんかいないんじゃないのか――。
 ――駄目だ。二人とはただ知り合いとして記憶に残ってるだけで、俺の考えとは関係ないかもしれない。多分そうだ。
 だが、村崎や御堂との出会いを聞き出せば、小雪の記憶が戻る糸口になるかもしれない。
 もうそこにすがるしかない。
 考えに耽っていたら、いつの間にか雛利と煽さんが俺の目の前に立っていた。もうお見舞いが終わったらしい。二人とも、どこか暗い雰囲気だ。
 ああ、小雪の記憶喪失の事を聞いたのか。
「剛。お前、辛かったんだろ」
 雛利が震えた声で、呟くように言う。
 右手の拳を握り締め、俺の胸元を軽く小突いた。
「さっさと告って、すっかり記憶戻してきやがれ」
 言った瞬間、雛利は両目から涙を流しだした。それから急いで目元を袖で拭い、去って行く。雛利、どうしたんだ?
 後に残った煽さんが俺を見つめ、語りかける。
「五鈴ちゃんね、ああ見えて友達思いのいい子なの。あなたの気持ちを考えると、悲しくてしょうがなかったのね。だから……」
 煽さんはかがんで、座っている俺の目線に合わせる。
「さっさと告白して、小雪ちゃんに全部思い出させてきてね。五鈴ちゃんを泣かせた責任はちゃんと取るのよ」
 それから煽さんも雛利を追いかけるように出口へ向かった。
 二人とも、応援してくれたのかな。雛利のは煽さんのフォローがなければ分からなかったけど。
 俺は小雪の病室へ向かうため、ソファから立ち上がった。
 おし、気合入れるか。


 俺は小雪の病室前まで辿り着くと、とりあえずドアをノックした。向こう側から声が聞こえる。
「どうぞー」
 取っ手に手をかけた所で一旦深呼吸。緊張していた心をなるべく落ち着かせ、ドアを開けた。
 さっき見た時は気にかけてなかったから分からなかったが、ここは広めの一人部屋だった。
 目の前のベッドに、小雪が寝ている。目を見開いて、驚いた表情で。
 俺は部屋のドアを閉め、ベッドの脇にある椅子に座る。
「よう、小雪」
 さて、ここからどうやって記憶を戻そうか。告白すれば戻るのか?
 そう思っていたら、小雪は段々目を細め、悲しそうな表情になる。
「ごめんね、剛……」
 小雪が、俺の名前を呼んだ。
 ……そうか。
「記憶、戻ったのか?」
「ごめんなさい、違うの。最初から全部、ただの演技なの」
「……なんで、そんな演技をしたんだ?」
 小雪は目に涙を滲ませ始めた。その表情が、去年の春に怪我をしていた子犬を胸に抱えて泣いていた、一人の少女と重なる。
「最初は、ニブチンなあんたへの、嫌がらせのつもりだった」
 言いながら、小雪の目から涙が流れ、白い枕に滲む。
「でも、皆真に受けちゃって……誰も泣かせるつもりなんて、無かったのに……」
 それから涙は止まる事なく流れ続け、小雪から嗚咽が漏れ始めた。
 確か前にも、今と似たような光景を見たことがある。去年の春の、あの頃に。
 思えばあの少女は、今と同じように罪悪感でいっぱいの顔をしていた。見ているこっちも辛くなるほどの、自分を責めたてている人の顔――。
 ――私、気付いてたのに……。
 あの言葉の意味が、今目の前で嗚咽を漏らす少女を見ると理解できる。
 子犬を助けられなかった事に、もしくは知って知らぬフリをしてしまった自分に、後悔していたんだ。
 そんな心優しさが愛おしくて、俺の胸は浮かれたような感情であふれそうになる。
 涙でいっぱいになった小雪の頭を、俺はそっと抱きしめ、

「好きだ」

 言ってしまった。だけど、羞恥心みたいなのは不思議と湧いてこない。その代わり小雪がすごい勢いで赤面し、大声で「馬鹿ぁっ!」と叫んだ。
「ひ、卑怯よ! 人の弱った所につけこんでっ!」
 小雪は右手だけで俺を押し離そうとしている。左手が使えないのでやりにくそうだ。だが俺はそれに対抗するように、小雪を強く抱きしめる。
「そんなに俺が嫌か。嫌いか?」
「うっ、そんなの……そんなのっ!」
 暴れていた小雪が途端に治まる。ごにょごにょ何か呟いているが、よく聞こえない。
 すると小雪の右手が俺の服の裾をつかんで、俺の目を見つめる。
「ねえ、さっき言った事……本当?」
「ああ、本当だ」
「絶対?」
「絶対にだ」
 小雪はしばらく黙り込んだ。寝ている小雪の頭を俺が抱きしめているという変な構図のまま沈黙が続き、やがて小雪が俺の首に腕を回して、

「私も、好き」

 耳元で囁いた。
 ……やばい。顔面あたりがなんだか熱くなってきやがった。
 言うのは別に抵抗なかったが、言われるのはかなり恥かしい。
 それから俺たちの背後で小雪の両親と主治医がこちらを見ていたことに気付くまで、そんなに時間は経たなかった。




 医者の言う事によると、小雪の事故での被害はかなり大きく、どんなに頑張っても年内での完治は難しいそうだ。
 小雪は留年覚悟でリハビリ生活に励むらしい。俺は暇な時間を見つけて病院を覗きに来ようと企んでいる。主にお見舞いと称した茶々いれを目的として。
 小雪がソフトボール部に所属している事を医者が聞くと、リハビリが無事に終わっても前のような運動は出来ないだろうと言われたが、本人は「ソフトボールはただの趣味だから、それで将来を取るつもりはなかったし別に平気」と笑い飛ばしていた。ちなみに将来の夢は小学校の教師だそうだ。
 それから俺も揃って小雪の具合を医者からいろいろ聞かされた後、俺は病院を出て行った。
 蟠りが無くなったおかげか、気がかなり楽になっていた。
 今は小雪の笑顔を見れて本当に良かったという気分だけでも心がいっぱいの浮かれ気分で、このまま空に浮かびそうだ。
 そして、はれて俺と小雪は、小雪の両親と主治医公認の恋人同士なったわけだが、今思い出すとあの告白はかなり恥かしいものだったのではないか。考えれば考えるほど恥かしくなるので忘れよう。
 とにかく、果てしようのない浮かれ気分の俺には明後日の中間テストも怖くなかった。
 小雪がくれた合格祈願の御守りもあるし、大丈夫だ。


後書き

解決した所まで書いちゃいました。クライマックス書いちゃうと他の人の楽しみ取っちゃうかなーとは思ったんですけど、どうせなら取っちゃおうかーと思いまして。どうせならって何でしょう。ちなみに僕は大満足です。

とりあえず、内容的にこれで一段落ついたって感じです。「第一部・完」みたいな気分です。
はてさて、一体全体これからどうなるのか。書き手でもあってそれを楽しみにできるのはリレー小説の醍醐味というやつですかね。そうなのでしょう。
僕はとても楽しいです。りれしょ万歳です。

次は達央さんです。お体のこともありますし、あまり無理しないようにお願いしますね。

この小説について

タイトル なれそめ
初版 2009年1月5日
改訂 2009年1月5日
小説ID 2933
閲覧数 930
合計★ 2

コメント (1)

梨音 2009年1月5日 22時14分02秒
こんばんは。
ハッピーエンドですね〜。良かった良かった(^-^)
一番安心したのは小雪の記憶喪失が演技だったことです。本当に忘れてたなら、剛の切なさは涙ものですもん。

次回はどうなるんでしょう?私も早く参加して、雛利や初音の話しにスポットを当てたいです。
では、この辺で。
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