ブルーフリクション - 第一章ァ.ル

 川澄亜矢子。馬鹿女。
 ガル。素晴らしい人間。
 ぼくがガル。だからぼくは素晴らしい。

 頭の中で、何度も同じ言葉がリピートされる。気持ちいい。そこらじゅうメチャクチャに走り回って、大声で笑いたい気分だ。

 ぼくは川澄亜矢子を釣った。もうぼくの家の近くまで来ている。こいつも元々釣られるつもりだったらしく、かなり露骨に、あのカナとかいうクソ醜くて吐き気がする家畜女をぼくたちから引き離した。ぼくは全く手を下さずに、万事上手くいったというわけだ。この女が有罪。ぼくは無罪。本当に馬鹿。金とセックスのことしか頭にない大馬鹿女。こんな奴ほど「喰い」たくなる。

 川澄亜矢子がAV女優をしていることを知ったのは二年前。ブラッドから聞いた話だ。マーシーのアダルトショップに置いてあったのではなくて、マーシーの知り合いが経営しているレンタルビデオ・DVDショップに置かれていたらしい。『ミーナのミ・ン・ナ』というタイトルのDVDで、浅黒い男優三人に囲まれ、胸を鷲掴みにされたり代わる代わるペニスを口や性器に無理やり押し込まれたりされる川澄亜矢子が移っていた。喜多見ミーナという芸名で、肉付きはぼくがあの心の冬眠期に想像したもの以上だった。でも少しも面白くない映像だった。ブラッドもその意見に同意した。見知らぬ女がどんなに惨いセックスを強要されたって何も感じないが、知り合いが映っているのは精神的にきつい。こっちまで惨めになってくるというのがブラッドの弁。ぼくは全然違う理由だった。もっと単純、映像では満たされない、ただそれだけだ。単純なレイプまがいを繰り返すだけの男優にも、それを為すがままにしている川澄亜矢子にも激しく軽蔑した。レイプの枠からはみ出せない井の中の蛙共。ぼくは飛び出したんだ。お前らなんか目じゃねえ。誰もぼくには叶わないぜ。ぼくの足元に跪け。ぼくはこの星のの支配者ガル。おまえの顔見てるだけでイライラ吐き気がするぜ…、最後にX JAPANの「EASY FIGHT RAMBLING」が挿入された。

「ねえ、ちょっと」

 ぼくの右を歩く川澄亜矢子が不意に囁いた。距離的にはほぼ密着しているが、腕を組もうとはしてこない。ぼくは繕っていない笑顔で答えた。

「どうしたの?」
「さっきから、後尾けてる人いない?」
「後ろ?」

 さり気なく後ろを振り向いてみた。確かに30mほど後ろに人影が見える。だが極めて小さく、性別も、ずっと後ろを尾けていたかどうかも分からない。その人影が醸し出すオーラが妙に暗い。ぼくの様に気配を消す術を会得した人間だろうか。ぼくの過敏な神経が感知できないなんて。

「どうして分かった?」
「どうしてって、よく分かんないけど、同窓会の時にいた、かも」
「雰囲気?」
「分かる?やっぱり何か出てるよね。あれ、同窓会の時にも感じた」

 知らねえよそんなこと。余計な言葉を言うんじゃねえ。軽く怒りを感じたが、それだけぼくの食欲は助長された。ハイな気分で良かった。それにしても、後ろの人影、もしかしたら女だろうか。それならばラッキーだ。もう一人釣ってやろう。昔と比べてずいぶん強欲になったものだ。ぼくは踵を返し、後ろに歩き出した。

「ちょっとぉ、どうすんのよ」
「話つけてくる」
「大丈夫なの」
「3P、いいよな?」
「はあ?」
「とりあえず、一緒に行こうぜ」
「イヤよあたしは」
 川澄亜矢子が大きくかぶりを振った。
「大丈夫。いざとなったら、ぼくが守ってやるから。それに、こんな気持ち悪い空気のまま、できないだろ」

 半ば強引に川澄亜矢子を説き伏せ、ぼくはすぐにこの女の腕を掴んで早歩きで人影に向かった。人影は立ったままピクリとも動かない。死んでいるのだろうか。それとも人形?髪の長いところをみると、どうやら女らしい。ぼくは唾をごくりと飲んだ。

「久しぶりと言うべきかしら。まあわたしのことなんて記憶にないと思うけど」

 人形の口が動いた。イヤに早口で聞き取りにくい。よく観察すると、ずいぶん痩せた女だ。ぼくの好みではないことにがっかりしたが、顔立ちはすらりとしていて悪くない。切れ長の目も、結構そそる。

「あんた誰よ」
 
弱そうな外見で安心したのか、川澄亜矢子は妙に強気だ。

「わたしは花山カオリ。あなたたちの同級生で、梶ヶ丘高校に通っていたわ。川澄さんとは高三の時、神崎君とは高二、高三で一緒だったわね。覚えてないでしょう」
「カンザキ?」
「花山…」
 
 そういえば、そんな名前を聞いたことがある。しかしその程度で、不思議と高校のときの顔が思い出せない。こんなことは初めてだ。今植えつけられた記憶ではないのか。鵜呑みにするな。

「あんたなんて知らない」
「そうでしょうね。あなたも誰からも知られていなかったものね」

 何だこの女は。いちいち余計なことを口走りやがって。ぼくが誰からも知られてなかっただと?今更言うことじゃねえ。ああそうだよぼくは高校時代誰とも仲良くなかったよだけどそれが何だってんだよ!今のぼくは昔とは違う。ピンポイントで古傷を抉られて、激しい怒りに支配されたぼくはしばらく何も喋れなかった。再び花山カオリが口を開いた。

「川澄さん」

 何よ。川澄亜矢子が冷たい口調で答えた。どこか不機嫌な声色だ。それとも、ぼくが不機嫌だからそう聞こえるのか。

「あなたは柴本さんと仲良いわよね」
「カナのこと?」
「そう。彼女のお姉さんには、いつもお世話になっているわ」
「だから何よ」
「サナエさんは変わったお仕事をなさっておられるから、いつも助かっているの。柴本さんによろしく言っておいてね」
「そんなことする義理なんて――」
「ないわね。だから別に言わなくてもいいわ。わたしもあなたとお喋りしたい訳じゃないの。後を尾けていたことは謝るわ」

 花山カオリはメリハリのあるお辞儀をすると、視線をぼくに向けてきた。

「今日後を尾けていた理由は、あなたにあったのよ」

 ぼくは訝しげな顔をした。ぼくに用?もうぼくはあんたなんかを「喰う」気は失せてるんだ。こうして話す理由もない。

「大した事じゃないけれど」
「じゃあストーカーなんてすんじゃねえよ」

 ウザい言い方。花山カオリではなく、ぼくの方だ。余計な言葉が口をついて出た。ぼくの頭がおかしくなっているようだ。この女に会ってからたったの数分だというのに。何故だか、恐怖の気持ちも湧いていた心に凍ったまま置き去りにしたもの達が蠢き始めている。

「単に興味があっただけなのよ。いつも机に突っ伏して寝ていた寂しい高校生カンザキユウトが、何故こんな風貌をしているのか。今何をしているのか。それにしても、あなたが女の人を家に連れ込むなんて全く想像できなかったわ」

 花山カオリが早口でまくし立てると、自然と笑いがこみ上げてきた。なんだ嫉妬か。賢そうな顔をしている癖に、大層な事じゃないか。

「妬んでるだけなら迷惑なんだけどな」

 そう言い放つと、花山カオリの目に深い軽蔑が浮かんだ。図星という表情ではない、憐憫も込められているような表情だった。

「残念だけど、わたしはあなたなんかに嫉妬しないわ。自分があなたよりも恵まれた環境にいることをちゃんと理解しているもの。そうだ、川澄さん」

 花山カオリはポケットから名刺を取り出した。『花山探偵事務所花山佳織』と書かれている。

「要らないなら捨ててもいいわ。もし困ったことがあれば相談して」
「……」

 川澄亜矢子は不承不承名刺を受け取ると、ポケットに適当に押し込んだ。

「残念だけどあなたのは無いわ」

 くそっ。ぼくは顔をしかめた。いちいち人の心を読みやがって。確かに一瞬、ぼくのは無いのかって思ったさ。だけど、お前に言われると腹立つんだよ。脳みそをグチャグチャにしてやりたくなるんだよ!

「行こガル。付き合ってらんない」

 川澄亜矢子が必死でぼくの腕を引っ張る。ぼくは殺意を込めて花山カオリの目をギッときつく睨むと、元の道に向き直った。花山カオリがぼくを呼び止めた。

「カンザキ君。一つだけ言っておきたいことがあるわ」

 ぼくはうんざりしながらも花山カオリの方を向いた。川澄亜矢子はまだぼくの腕を引っ張っている。この女の手も腹が立つし、花山カオリの鋭い目つきも腹が立つ。畜生。ぼくの幸せな気分はどこに行ったんだ。

 花山カオリはまったく物怖じせず、じっとぼくの目を見つめ、はっきりとした口調で言った。

「あなた、昔と全然変わってないわ」

 言い放つとすぐに、花山カオリは踵を返して暗闇に消えていった。ふざけんな。脳みそがグルグル回っていて何も考えられない。全身が地獄のように煮えたぎっている。頭が熱い。感情が暴走しそうだ。殺してやる、小さい呻く様な声が無意識に洩れた。

今度はぼくが川澄亜矢子を引っ張った。あまりに乱暴に引っ張ったので、川澄亜矢子はしかめっ面をしたが関係ない。おまえはぼくのものだ。ぼくの獲物。ぼくは人間を自分の中に取り込むことができる。肉体の一部として動かすことができる。どうだ、これでもぼくが何も変わっていないと言えるのか。

後書き

感想&批評等あればよろしくお願いします。

この小説について

タイトル 第一章ァ.ル
初版 2009年1月6日
改訂 2009年1月6日
小説ID 2938
閲覧数 793
合計★ 0
奈津子の写真
熟練
作家名 ★奈津子
作家ID 384
投稿数 18
★の数 8
活動度 1914

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。