ブルーフリクション - 第二章 .オリ

『 〈20代風俗嬢が失踪〉

 昨日12月4日、都内の風俗店に勤務している川澄亜矢子さん(23)が、数日前からマンションに姿を見せず、行方が分からなくなっていることが分かった。川澄さんは、3日前に高校の同窓会に出席した後の足取りが分からなくなっており、友人が捜索願を出した。警察では川澄さんの交友関係を探って事情聴取を行い、事件の解明を急いでいる。 』


 読売新聞の朝刊の小さな記事が目に留まった。私はいつも読売・朝日・毎日の三つの新聞を朝夕共に購読する習慣がある。同じ記事でも、書かれている内容に瑣末な違いが生じてくるからだ。だから、一つの新聞を読むだけでは、謝った情報に惑わされることにもなりかねない。探偵として、正確な情報を見出して事柄を咀嚼するのは基本中の基本だ。といっても、多くの情報が必要になる依頼など、今の今まで一度も無いのだが。だが、自分の識見を冴えさせるには必要不可欠な習慣だった。三つも新聞を買っていては、随分と支払いがかさむのだが、パソコンを買う金がつくれるはずもないし、何よりそこまでしなくても――というより面倒なので、余程の事がない限りこのスタンスを貫いていこうと考えている。

 そして、いくら事件を咀嚼してみたとて、それは結局自己満足に過ぎないのだとも私は考えている。その為私は、百聞は一見にしかず、興味が惹かれる記事を発見したらとにかく現場に向かってみることにしている。その行動は、私のプライベートな時間の殆どを占めている。幸か不幸か、探偵の仕事は多くはないので、大抵の日は外出する事ができる。そして、今興味が惹かれたのは、この読売の小さな記事だ。

 川澄亜矢子が失踪した。風俗上の失踪などあまり万民の気を引く事件ではないと判断したのか、朝日・毎日両新聞は記事すらなかった。一人の人間が、もしかしたら死んでいるかもしれないにも拘らず、だ。同窓会の後に行方を眩ましたという事は、恐らく最後の目撃者は私なのだろう。同窓会の出席者にも捜査の手が及ぶことだろう。近々警察が事務所にやってくることを考えると、私は憂鬱になって新聞を閉じた。。ただでさえ他人とのコミュニケーションは出来るだけ避けていたいのに、しかも最後の目撃者ときたら、何回も取り調べをされるかもしれない。そうすると必然的に、仕事に支障が出る。依頼をつき返す、なんて事にもなりかねない。今でさえ仕事の依頼は一ヶ月に一回あれば良い方だ。極力節約して暮らすことを強いられ、それでも駄目なら仕方なく近くのローソンやセブンイレブンでアルバイトをすることになる。孤独な性格型を持って生まれてきた私にとって、それだけは何とか避けたい。もしかしたら、この孤独なオーラが仕事を減らす要因になっているのだろうか。とにかく、探偵業がこんなに苦しいものだとは思っていなかった自分の浅はかさを呪う他ない。

 同じ東京にある実家から少し仕送りをしてもらう方法もあるが、それは大学卒業後に「これからは自分で稼ぐ」と言って自分から拒否していたので、ここで折れるのはプライドが許さない。両親はすでに年金生活に入っていて、仕事一筋の真面目人間だった父ももうその頃の面影はなく、最近ゲートボールを始めたという。

 また、サナエに対する出費も、私を日々悩ませていた。サナエは、情報屋という非情に奇特な仕事を営んでいて、その存在は仕事のみならず、プライベートでも重宝している。家の中でもサングラスを外さず、彼女の周りにはいつも怪しい空気が漂う。きっと、とても素敵なコネクションを持ち合わせているのだろう。サナエはいつも私からしたら高額な報酬を要求してくるので、私の数少ない貯金はいつも彼女に吸い取られてしまう。その代わり、受け取る情報の正確性はマックスだ。
彼女の父親は暴力団に何度も拉致された挙句殺され、その頃培った広大なコネクションが、父親の遺産でありサナエの武器であるというわけだ。母親はとっくに他界しているらしく、独りで8歳下の大学生の妹を養っている。生活苦はお互い様かもしれない。

 私はソファに座って冷めた缶コーヒーを飲みながら、ガルと呼ばれた神崎優斗と川澄亜矢子との対峙を思い出していた。

 時間軸からして、どう考えてもあの男が関わっているだろう。もしかしたら殺してしまったのかもしれない。だが、自宅で犯行に及んだのであれば、当然異臭がする。それを隠せるほど巨大な家に住んでいるとは思えない。山にでも捨てた可能性はある。彼らと私が道端で対峙したのが午後十時。目撃者も少ないことだろう。だが、彼らの降りた駅は住宅街の緑ヶ丘。閑散としているが、山や川が見当たる地域ではない。彼らは徒歩で帰っていたし、死体を担いで家々の間を彷徨っていたとは考えにくい。神崎優斗の家に車があるのだろうか。

 しかしそうだとすれば、ガルと呼ばれる神崎優斗は、初めから川澄亜矢子の殺害を企てていた可能性も考えられる。元々彼女へのアプローチは妙に強引で、無理があったこともその可能性を大きくする。川澄亜矢子が、悪い言い方をすれば尻の軽い女である事を知っていたのではないか。あの卑猥な目は、もしかしたら快楽殺人者のもつ目と同じだったのかもしれない。昔の陰気な神崎優斗ではなくて、ガルとしての人格で。

 私の背筋に寒気が走った。朝っぱらから嫌な方向に頭が進んでいく。論理の飛躍も甚だしい。だが、その残酷な発想に心躍る自分もいたことは、決して許せないことではなかった。

 私は抑え気味にゆっくりと椅子から立ち上がり、壁のコンセントを使って充電したまま置きっ放しになっている携帯電話を取った。すぐさま電源を入れ、サナエに電話を掛けた。サナエは昼から夕方まで寝ているので、朝か夜にしか仕事を依頼できない。

「どうしたんさ」
 
 眠気の欠片も感じられない透き通った声が電話口から聞こえる。

「仕事を依頼したいんですけど」
 
 うわっほう。サナエの声が上ずった。

「オッケオッケ。いくら?」

「いや、まず内容をお知らせしてから…」

「分かった分かった。で、内容は?いくら?」

「………」

 サナエに仕事の依頼をするにつれ、段々とサナエの口調が砕けていく。それだけなら構わないが、親しげに軽い冗談を言われても受け流し方が分からないから困るのだ。依頼人と親しくしてコネを守る。これがサナエの仕事量の維持方法だ。

「内容を聞いてもらえますか」

「だから聞いてるじゃないの。何?」

「特定の人物の情報です」

「ははあ。で、誰な?」

 電話口の向こうから、バタバタと階段を下りる音が聞こえる。サナエの妹が起きたようだ。私は神妙な声で尋ねた。

「もしかして、妹さんが起きられましたか」

「そうみたいね。なんかまずいことあるの」

「カナさんの同級生の情報を頼みたいんで」

「大丈夫よ。あたしの部屋には防音装置が付いてるから」

 どこでそんな物を手に入れたのだろう。

「で、早く言ってよ。あたしまだ朝食食べてないんだから」

 私は一呼吸置くと、事務的に話しだした。

「元梶ヶ丘高校の学生だった神崎優斗と川澄亜矢子。年齢はどちらも23。神崎優斗は緑ヶ丘在住で、「ガル」というあだ名で呼ばれている。川澄亜矢子の方は都内の風俗店で働いていて、高校の同窓会に出席したきり行方不明。…これでどうですか」

 サナエは無言で話を聞いていた。

「川澄亜矢子さんって、今日の新聞に出てたよね」

「ええ」

 流石にサナエもよく新聞を見ている。

「実はね、あたし一度妹に川澄さんのことを調べてくれないかって頼まれたのよ」

「えっ」

 思わず声が裏返った。誰も見ていないのに顔が熱くなる。

「いつの事ですか」

「確か、一年半ぐらい前じゃなかったかな。その頃に、一回行方不明になっていたらしいよ」

「そんな。じゃあ、今回で二回目なんですか」

「そうなるね。川澄さんの方はほとんど調べ上げているけど、聞く?」

「はい、お願いします」

「で、いくら?」

 サナエがそういった瞬間、急に暖かいものに触れた気がして、私はクスッと笑った。熱くも冷たくもない、中途半端な温度。でも、悪くない。

「二人で五万」

「オッケー、教えたげる。スリーサイズ、あんたより全部大きいわよ」

 私は冷たい両手を耳に当て、じっとサナエの話を聞いていた。

後書き

感想&批評等があればよろしくお願いします。

ではまた。

この小説について

タイトル 第二章 .オリ
初版 2009年1月7日
改訂 2009年1月7日
小説ID 2942
閲覧数 767
合計★ 4
奈津子の写真
熟練
作家名 ★奈津子
作家ID 384
投稿数 18
★の数 8
活動度 1914

コメント (1)

★水原ぶよよ 2009年1月10日 15時19分58秒
途中まで読ませていただきましたが面白くなりそうですね。
一段落が最初の節で長すぎたりもし、ここで改行したほうがよくないだろうか、など文章中にこうしたほうがよくないか、と思えるところはありますが、作者の好き好きもあるので、お気にとめていただければけっこうです。非常に読みやすい文章で各節の登場人物の心情や性格が伝わってくる気がします。私もネガティブな性格なので、そこらへん共感しているのかもしれません。
ただ数点だけ。風俗嬢失踪の記事ですが、私はスポーツ紙すらあまり読まないので、あまりいえませんが、風俗嬢の実名記事は一般的なのか。あと実在の新聞名にこう書かれていたと架空の記事名を出すのはまずくないかということ。実名ではなく芸名か源氏名で、そのうちの一つに、とにごらすのがよいかと思います。
探偵をやってるのにコミュニケーション苦手なのは困りものです。だから客がこないなら納得ですが。知り合いでコミュニケーション苦手な電話オペレータがいますが(あーそれは私のこと〜)、自分で開業しておいてコミュニケーション苦手ってなんだよって話になるかと。
あとは名前のセンスでしょうか。これは大した指摘ではありません。かる〜いツッコミと思っていただければ。登場人物も指摘しているようにあだ名のセンス、ガル? ブラッド?いくら高校時代のあだ名だからって23になってもそのあだ名で呼び続けるってしかもそのあだ名のどんだけセンスないんだ、と。輪をかけて実は爆笑してしまったのはパトリシアですが(ごめんなさい)。
しかしそういったあだ名の由来も含めて、今後明らかにされていくのでしょう。後半辛口になっていますが、私の中での評価は五段階で3.5。第2章の途中まで読みましたが先が気になってます。あまり私のいうことに翻弄されないよう、今後も期待しております。
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