追いかけっこ2







 ――ねぇ、追いかけっこしない?

 そんな少年の一言から、二人の長い長い追いかけっこは始まりました。
 少女は少年を追い、少年は少女から逃げる。
 至極シンプルなその遊びは、二人がとんでもない負けず嫌いで意地っ張りだった所為で千年以上も続きました。
 少年の名前はシアンといい、少女の名前はイリアといいました。
 二人は双子の姉弟でしたが、『追いかけっこ』を始めてから現在に至るまで二人は一度も顔を合わせていませんでした。
 二人は神の子でしたので、それ故寿命も無く、二人はずっとずっと追いかけっこをしているのです。
 二人は世界中を渡り歩きました。
 千年以上も少年は少女から逃げ続け、少女は少年を追い続けました。

 神様は知っていました。

 本当は二人とも、もう『追いかけっこ』をやめたいことを。
 けれど二人は負けず嫌いで、どちらもそれをやめようとしませんでした。
 やめようとも思えばいつでもやめられる――。
 だからこそ、やめると言い出すのは負けを認めるようで嫌だったのです。

 そして、二人の追いかけっこは、今も尚続いていました。






追いかけっこ






 ある日のことです。
 訪れた街の喫茶店で休憩していた少年は、そろそろ行くかと腰をあげて店を出ました。丁度、時計が三時を指したときでした。
 店を出てすぐに空を仰ぐとなかなかいい天気で、少年は口元を緩めました。
「――よし、いい天気だ」
 この天気ならば雨が降ることはないだろう。今から街を出れば、夜までに次の街に着くはずだ。
 少年はそう考えると、意気揚々と街を出ました。
 しかし、その直後――街を出て数メートルのところで、突然雨が降り出しました。
 ぽつりぽつりと振り出した雨は、瞬く間に本降りへと変わり、少年の体を濡らし始めました。
 慌てて少年が空を見上げると、先ほどまでの快晴はどこへやら、厚い雨雲が空を覆っていました。
 どこからともなく現れたその雨雲に、少年は怪訝に思いましたが、このままではずぶ濡れになってしまいます。
 少年は仕方なく道を引き返して、再び喫茶店へと足を踏み入れました。
 そのときは、少年はすぐに止むだろうと考えていました。
 少年は暫く喫茶店で暇をつぶしていましたが、雨は酷くなる一方で、最初は気楽に考えていた少年も少しだけ焦りだします。
 遊びとはいえ少年は追いかけられる身ですから、一箇所の場所に長く居座ることは避けたかったのです。
 少年は神の子ですから、雨に打たれても風邪は引きません。けれど、そこはまぁ気持ちの問題というもので、正直雨が降るなか歩くのは嫌でした。
 しかし、万が一少女がこの街にいたら大変なので、早く街を出なければいけません。そう思うものの、その思いも土砂降りの雨を見ると失せてしまいます。
 どうしたものかと考えながら、手元のアイスココアに口をつけました。アイスココアはあと少ししかありません。ふと気になって時計を見てみると、もう七時でした。
「…………しょうがないな」
 結局、少年は一晩だけこの街に泊まることにしたのでした。





 同時刻、少女のいるところでもまた雨が降りました。
 ――それもそのはずです。少年が街を出ようとしていたとき、丁度少女はその街に入るところだったのですから。
 二人は千年以上もこの調子で見事にすれ違ってきたのです。
「え、やだ! 雨!?」
 少女は突然振り出した雨にそう声をあげると、小走りで近くの喫茶店へと入りました。丁度その少し前に少年もまたその喫茶店に入ったのですが、少女も少年もそのことには気がつきませんでした。
 少女は旅の休憩と雨宿りを兼ねて喫茶店に暫く居座りましたが、雨は酷くなる一方でした。
 最初は長めの休憩ということでのんびりしていた少女も、少しだけ焦りだします。
 遊びとはいえ少女は追いかける身ですから、一箇所の場所に長く居座ることは避けたいのです。
 少女は神の子ですから、雨に打たれても風邪は引きません。けれど、そこはまぁ気持ちの問題というもので、雨に降られてずぶ濡れになるなんて誰でも嫌です。
 もう少し様子を見てみようか、時間が経てば雨もだんだん止んでくるかもしれない。
 そんな淡い期待を抱きながら窓の外を見つめますが、無情にも雨は勢いを増すばかりでした。
 少年を追いかけるべく早く店を出なければとは思うのですが、ここまで雨が強いとなると濡れるどころか体に雨粒が刺さって痛そうです。
 どうしようと頭を抱えながら、少女は手元のアイスココアに目を向けました。アイスココアはあと少ししかありません。
 少女は溜め息をつくと、もう一度視線を窓の外に向けました。
 ――雨は止みません。念じてみても無駄です。
 辺りはもう暗くて、雨のことがなくても少女は歩きたくないと思いました。
「…………しょうがない」
 結局、少女は一晩だけこの街に泊まることにしたのでした。





 街にある小さな宿を取ることにした少年は、喫茶店から宿まで走って行きました。
 雨は未だに強く振り続けていて、体に当たる雨粒が痛くて少年は顔を歪めました。
 雨の所為か夜になった所為か日中の暖かさはどこにもなく、空気は冷えきっていました。
 この気温差はいくらなんでも可笑しくないかと、天に向かって怒鳴りつけたい衝動を抑えて、少年は宿へと入っていきました。
 この辺りは観光地でもなんでもないので旅人が少ないのか、宿は全て空室でした。
 もしもこれで空室がなかったらこの雨のなかを歩かなくてはならないので、少年は心底安心しました。
「一部屋いいですか」
「……お金はあるのかい?」
「勿論です」
 にっこり笑って答えると、財布から宿泊代を取り出しました。
 宿の主人は、少年のような幼い子供が一人で泊まるということに些か驚いていたようですが、お金を払ったら特に何も言わずに泊めてくれました。
 こういうとき幼い子供の姿は厄介だと思いますが、神様曰く外見年齢は一生変わらないそうですから仕方がありません。
 宿の主人から部屋の鍵を受け取って、少年はようやく休めると思いながら部屋へと向かいました。





 少年が宿を取ることを決めた少し後に、少女もまた同じように決意しました。
 喫茶店が閉まるのも時間の問題ですし、これ以上暗くなったら怖くて外に出られない気がしたのです。
 雨は未だ強く振り続けていましたが、外に出ないと宿屋には着きません。
「……もー、雨の馬鹿!」
 少女は憎々しげに雨空を睨みつけた後、宿まで全力疾走で行きました。
 宿に着くと、中年の男性が受付にいました。どうやらこの宿の主人のようでした。
 少女を見た瞬間、宿の主人は驚いたように目を瞬かせていましたが、少女は気づきませんでした。
 この辺りは観光地でもなんでもないので宿はこれしかなく、もしも部屋が空いていなかったらどうしようかと少女は不安に思いましたが、その不安はすぐに消え去りました。
 部屋は一つを除いて空室だったのです。
 少女がほっと息をついて、それじゃあ一部屋いいですかと宿の主人に尋ねようとしたとき、宿の主人が少女をじっと見ていることに気がつきました。
「あのー……どうかしましたか?」
「ああ、いや――少し前に、君とそっくりの少年が宿を取りに来たものだから」
 ドッペルゲンガーかと思って、と続けた宿の主人の言葉は少女の耳には届きませんでした。
 自分とそっくりの少年――そんなものは一人しか存在しません。シアンです。
 その答えにいきつくと同時に、少女は物凄い剣幕で宿の主人に詰め寄りました。
「その部屋の合鍵くれませんか!? 弟なんです!」
 少女の剣幕に驚きながらも、宿の主人は少女の言葉に納得したように頷きました。
「ああ、姉弟なのか。たしかに、姉弟なら同じ部屋の方がいいだろうね。少し狭いかもしれないけど――」
「問題ありません! 私たちまだ子供ですから、シングルベッドに二人で寝ることだってできますよ!」
 少女の気迫に押されたのか、宿の主人は頬を引きつらせながら、そうかいと言って合鍵を取り出しました。
 少女はお礼も言わずにそれをひったくるように奪うと、どすどすと音を立てて部屋へと向かいました。
 体を満たすこの興奮は、ようやく勝てるという喜びからなのか、それともようやく会えるという喜びからなのかは、少女にはわかりませんでした。
 ただ今は、早くシアンに会いに行かなければと、そればかり思っていました。
「待ってろよ、シアン――!」

 目的の部屋まで、あと少し。





 ベッドに寝転がって天井を仰いでいた少年は、部屋の外がなにやら騒がしいなぁとのんきに思っていました。
「……もしかして酔っ払いでもきたのかな」
 こんな夜更けに迷惑な。騒ぐなら他でやってくれればいいのに。
 自分は関係ないと思っているからなのか、少年は迷惑といいながらもどうでもよさそうな態度です。暇だなぁとぼやきながら、少年は寝返りを打ちました。
 勿論騒いでいたのは少女なのですが、そんなこと少年は知りません。騒いでいるのは酔っ払いだと決め付けると、顔を赤くした酔っ払いに絡まれて困り果てている宿の主人が思い描かれて、その想像に噴出しました。
 そうして口元に手を当てて笑いをこらえていると、突然ドアがガチャガチャと鳴る音がしました。
 少年は驚いて体を起こすと、息を潜めてドアのほうを見つめました。どうやら鍵を開けようとしているようです。
 ――酔っ払いが部屋を間違えたのだろうか?
 冷静な人間ならばドアの鍵など一回で開けられるだろうし……そもそも部屋を間違えない。
 そう考えた少年は、酔っ払いが早く間違いに気づかないかなと思いながら、ベッドの上で胡坐をかきました。
 しかし、それから間もなくして――驚いたことに、ドアが開きました。
 そこでようやく少年は、鍵が合っていたらしいということに気がつきました。
 けれど、この部屋を取ったのは自分です。合鍵だとしても、鍵を開けてまで誰かがここに来る理由などないはず――。
 ドアを開けた人物の姿を把握するまで、少年の頭にはそんな疑問が浮かんでいました。
 そして、少年が答えを見つける前に、その人物が部屋へと入ってきました。
 それは――
「シアン、ようやくみつけたわよ!」
 双子の姉である少女、イリアでした。
 少年は驚きに目を見開き、突然のことに頭が白くなりました。
 いったいどうしてここにイリアが?
 そう思ったことが顔に出ていたのでしょうか、少女は得意気に笑ってこういいました。
「あんたの居場所なんか、手に取るようにわかるのよ!」
 宿の主人のあの言葉がなかったら気づきもしなかったのですが、そんなことは少女の記憶にはないようでした。自分に都合のいいことしか覚えていないのです。忘れた事柄に関しては自分の言いように解釈する、それが少女のやりかたです。
 普段なら少女の言葉にツッコミを入れる少年ですが、今は頭が混乱していてそんなことまで気が回りませんでした。
 少女はそんな少年を見下ろすと、高らかにこう言いました。

「やっぱり、私の勝ちね!!」





 その後、少女は呆然とする少年の腕をつかんで無理矢理家まで連れて行きました。
 宿を出るといつのまにか雨は上がっていたようで、真っ暗ではありましたが外を歩くのはそれほど苦ではありませんでした。少年が一緒だったおかげで、いつもなら恐怖を感じる暗闇が平気だったというのも、その理由の一つでした。勿論、少女がそれを少年に言うことはありませんでしたが。
 二人が家に帰るころには夜中の零時になっていましたが、家の中はまだ明かりがついていたので少女はほっとしました。
「ただいまー!」
 千年ぶりに帰ってきた我が家です。
 懐かしさで涙が滲むかと思いましたが、少女はともかく少年はそれどころではなかったので、感動も何もありませんでした。
 家に入ると神様は笑顔で二人を迎えてくれて、未だに現状がつかめていない少年を放ってパーティーの準備を始めました。
 そして、ようやく少年が冷静になった頃にはパーティーの準備は殆ど整っていました。
 神様と少女は、テーブルの真ん中に置かれた特大ケーキに苺を並べていました。
 少年には、少女が宿に現れてから今までの記憶が殆どありませんでしたが、一先ず二人の仲間に入ろうとケーキの方に寄りました。
「イリア、僕も手伝おうか」
 少年がそう声をかけると、イリアはふふんと笑って、
「シアンは負けて可愛そうだから、手伝わなくていいわよ」
 と明らかに上から目線で言いました。
 当然少年はむっとして言い返します。
「殆ど引き分けみたいなもんだろ? ――どうせ、イリアが勝ったのだってまぐれなんだ。千年も僕を捕まえられなかったんだからさ」
「た、たしかに千年捕まえられなかったけど……でも、勝ったのは私よ!! 千年かかっても、ちゃんと捕まえられたんだから!」
「タイムリミットってものは何にでもあるだろ。千年なんて、時間切れもいいところだよ!」
「そんなことないわよ! 最初に始めたとき、そんなルールなかったじゃない!」
「言わなくても普通わかるだろ? 大体、千年も追いかけ続けるなんてどうかしてるよ!!」
「その言葉、そっくりそのままアンタに返すわ!!」
 いつのまにかそんな口喧嘩が広げられていて、神様はそんな二人を見て苦笑をこぼしました。
 いつまでたっても二人は進歩しません。千年一人で過ごしても、二人の子供っぽさは治らなかったようです。
 しかし、同時に神様は変わらない二人に安心を覚えました。
「イリア、シアン。そろそろケンカはやめて、苺を並べないかい? 君たちがケンカを続けたいならそれはそれで構わないけれど、苺を並べ終わらないとケーキは食べられないよ」
 なかなか二人が口喧嘩を終わらせないので、神様がにっこり笑ってそう言うと、
「ケーキは早く食べたいけど……」
 と二人は少し迷ったような顔をします。
 このままケンカをやめてくれるといいのだけどと思いながら、神様は先を促します。
 二人は暫く黙りこくったあと、
「シアンが早く負けを認めればいいのよ!」
「イリアが時間切れだって認めればいいんだ!」
 二人揃ってそう叫び、再びにらみ合います。
 ――どうやら、もう暫くケーキはお預けのようでした。





 二人が家に帰ってから、数日が経ちました。
 今日は大雨で、二人は退屈そうにソファに座っています。
「あー、暇だー」
「同感。なんか面白いことないかなぁ」
 そんな言葉を何度か交わしたあと、不意に少年が窓の外を見てぽつりと言いました。
「そういえばイリアが僕を見つけたとき、凄く雨が降ってたね」
「んー、そういえばそうだったね。突然雨が降ったかと思ったら、すぐに土砂降りになっちゃって。それがどうかしたの?」
「いや……ただ、雨が降るほんの少し前までは良い天気だったから、ちょっと変だなと思って」
「そう? シアンの気のせいじゃないの」
 どうでもよさそうにそう言った後、少女は少年と同じように窓を見て、早く止まないかなぁとぼやきました。
 少年は、少女の適当な返答を聞いて、たしかに気にすることでもないかと思い直して、再び暇だとぼやきました。
 神様はそんな二人を見て、
「まったく、しょうがないなぁ」
 と言ったあと、雨雲をどかして天気にしてあげました。
 突然日光が差しはじめのを見て、二人はすぐに神様の仕業だとわかりました。今までにも何度か同じようなことをしてくれたのです。
 少女は神様にお礼を述べて、早速何をして遊ぼうかと考え始めました。
 いつもなら少年も少女と同じ行動を取るのですが、今回は神様の行動で何かが引っかかって、暫く考え込んでいました。
 すると、少女が黙り込んでいる少年に気がついたらしく、声をかけてきます。
「シアン? なーに変な顔してるの」
「いや、何か気になって――」
「それより、せっかく晴れたんだから外で遊びましょ。眉間に皴なんか寄せてたって、全然楽しくなんてないんだから!」
 少女が無邪気に笑ってそういうものだから、少年は気になっていたことも忘れて、少女と一緒に外へと向かいました。
「ねぇ、何して遊ぶ?」
「うーん、一先ず追いかけっこは抜きで」
「当たり前でしょ!」
 楽しげに笑う二人を家の中から見ながら、神様は嬉しそうに笑いました。
 千年間抜けていた大切なものが、家に戻ってきたことが凄く嬉しかったのです。
「イリア、シアン。おやつはクッキーとプリンどっちがいいかい?」
 窓を開けてそう尋ねると、
「両方!」
 二人は笑顔でそう言いました。
 そんな二人にはいはいと答えながら、二人がずっと子供っぽいのは自分が甘やかすことも原因のひとつなのかもしれないと思いつつ、神様はリクエスト通りクッキーとプリンを用意するのでした。
「砂遊びしない?」
「木登りにしようよ」
 そんな声が外から聞こえてきました。
 三時になれば、二人は砂で手を汚して帰ってくるかもしれない。それか、葉っぱが頭についているとか。どちらにしても、おやつの前に手だけは洗わせなければと神様は思いました。

 ――外では、少女と少年の笑い声がずっと響いていました。
















後書き

これにて追いかけっこは完結です。
書き方は大分変わりましたが、私の思う『追いかけっこ』の雰囲気や芯の部分は残せた気がします。
追いかけっこの続編は今までに何度も書きましたが、どれもどこかしっくりこなくてここに投稿できませんでした。
大分間が空きましたが、ようやく私の納得する追いかけっこの続編が書けました。
追いかけっこをここに投稿したときに、続編を望んでくださった方々。
あの時のコメントがなければ、私は追いかけっこをあのままに終わらせていたでしょう。本当にありがとうございました。
そして、この作品に目を留めて読んでくださった方。
あなたが少しでも暖かい気持ちになれたら幸いです。

この小説について

タイトル 追いかけっこ2
初版 2009年2月2日
改訂 2009年2月2日
小説ID 2983
閲覧数 632
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連理の写真
駆け出し
作家名 ★連理
作家ID 159
投稿数 3
★の数 30
活動度 237

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