ブルーフリクション - 第二章ぁ.▲

 長原駅前のマクドナルドで外に目をぎらつかせているあたしは、怒りもたけなわだったが、今は焦燥感に駆られていた。

 あれから一度も、ブラッドの姿を見ていない。あたしに目撃されたから逃げてしまったのだろうか。しかしこれで、あいつがあたしを犯した事実が確定した。だけど、あたしはまだ、どういう復讐をしようとか、そんな事までは考えていない。この数日間、あたしは毎日このマックへ通い、毎日外を監視し、毎日怒りを燃やしてきたけれど、 この毎日の努力に与える報酬が何もないのだった。そしてさらに嫌な事に、あたしの怒りの矛先が、あたし自身にも向きつつあった。

 正直言って、あたしは高校の時、ブラッドに恋心を抱いた時期がある。いつも太陽のように明るくて、誰とでも気さくに話す人気者のブラッド。他に何十人の生徒が同じ気持ちを抱いただろうか。

 でも、まだ18歳の少女だったあたしの淡い感情を捨てさせたのは、他でもないブラッドだった。

 いつものようにあたしが友達と遊んで、みんな別れて帰ろうとした時、あたしは机の中にケータイを置いてきてしまった事に気付いた。授業中にメールをしていて、うっかり忘れていたのだった。ケータイは禁止物扱いとなっているので、見つかったら没収される。あたしは急いで学校に戻った。

 学校に着いたときはすでにすでに七時を回り、先生達はほとんど帰ってしまっていたが、生徒は静かにしていれば八時までいてもいい事になっていた。

 案の定教室の明かりはついていて、あたしはドアを開けようとした。さっさと行って、さっさと帰るつもりだった。どうせこんな時間まで残っているのは、あたしの眼中にない地味なガリ勉軍団だと思ったからだ。元気な人はみんな帰るはずだからだ。

 だけど、なにやらヒソヒソと声が聞こえた。小さく話しているつもりなのだろうが、興奮が混じっているらしく、普通に聞こえた。

 あたしは咄嗟に、この話し声の盗み聞きをしようと思いついた。しかし、そこで語られた内容を知った途端、あたしは自分の軽率な閃きを後悔した。

 アンかミーヤをレイプしようぜ。掠れた声は確かにそう言った。そして、その声の主が北野伽藍だと気付くのに時間はかからなかった。他にも何人か、知っている声が聞こえる。他のクラスの奴等までそろっているらしい。皆、クラスの雰囲気を活性化していた生徒達。あたしは聞こえてくる日本語が分からなくなった。
 
 いつの間にか、あたしは床にへたり込み、立ち上がれなくなってしまった。爽やかな顔で笑っている北野伽藍像が、音を立てて崩壊した。あたしは異常に純粋だったのかもしれない。何で、何でよ、涙が止まらなかった。無垢な少女の魂は、一瞬にして紫色の邪気に汚染されてしまった。

 全くその場を動けなかったが、すぐに階段を上がってくる音が聞こえ、あたしは教室に入らずに、狂人のように頭をブンブン振りながら一目散に走った。この学校も、空も、大地も、何もかもすっ飛んでしまって欲しかった。



 それ以来だった。あたしがほとんど男と付き合わず、あまり心を開かなくなったのは。だが、これまで必死に守ってきた貞操はついに破られた。しかも、あの男、あたしを汚し続ける悪魔のような人間、ブラッドによって。

 壁の時計を見たら、もう11時を過ぎていた。今日も現れないのか。あたしはだらしなく背筋を曲げ、頬杖を付いていた。ほとんど飲んでいないアイスティーの氷は全部溶けて、色が薄くなっていた。女性店員が不審そうにこっちを見ている。あたしは慌てて一口飲んだ。店から出されてしまう。

 想像してた通り、アイスティーの味はとても薄く、吐きそうになった。うぇっ、と小さな声で呟く。それでもブラッドの姿は見えない。

「すみません」

 右の方から声がした。

「すみません」

 しかも結構近くに。あたしの近くだろう。まさか、隣?

 あたしは振り向くと、本当に隣に一人の女が座っていた。あたしは驚いて、わっ、と後ろにのけ反りそうになった。がらんどうな店内に声がよく響き、さっきの店員がまたこちらを見る。何故だろう、全然気付かなかった。

 女性は少し痩せていて、体つきも貧相だが、わりと綺麗な顔立ちをしている。年はあたしより下だろうか。

「あたしですか」

 驚いたりしたのでバツが悪く、小さい声になった。

「そうです。あなた、穂刈杏・パトリシアさんよね」

 あたしはまた驚いた。見知らぬ女性が、何故あたしの名前を?何かのスカウトだろうか。そんな事、こんなとこでやっているわけない。

「どうしてあたしを?」
「私、こういう者です」

 女性はポケットから一枚の名刺を取り出し、あたしの前にそっと置いた。『花山探偵事務所 花山佳織』と書かれている。やはりスカウトかと思っていたので少し驚いた。

「あなたは知らないと思うけれど、私、あなたと同じ高校で、同じクラスだったの」
「はあ」
 記憶になかった。

「少しだけ、お時間よろしい?」
「いいですけど」

 あたしはあまり気乗りのしない返事をした。一応ブラッドを探しているんだし面倒だな、と思いつつも、もうどうにでもなれ、という半ばやけくそな気持ちもあった。

「じゃあお聞きするわ。川澄亜矢子さんの事件はご存知?」
「ええ」

 ああ、そういえばそんな事件があった、という程度だ。あたしがそれを知ったのはマコからで、新聞の隅に書いてあったのだという。風俗嬢をやっていたことは驚きだったが、行方不明は大した事じゃないと思った。

 前にも何度か失踪し、随分経ってから何食わぬ顔で帰ってきたらしい。ミーヤはそういう子なんだ、と思う。突然、無性に遠くへ行きたくなる、自由奔放な鳥。放って置いて欲しいんじゃないか。一人の友達として、あたしはそうしてあげるのが一番だと思っている。身勝手だといわれても。

「私はその事件について調べているのだけれど、もしかしたら重大な事になっているのかもしれなくて、彼女の友人関係を洗い始めているの。そこでまずあなたのところへ来たのだけれど」
「何であたしがここにいるって分かったのよ」
「あなたの家を訪ねたら留守で、一応住んでいる事だけは確認しようと思って、今もう一度行ってみたわ。そしたら居なかった。諦めて帰ろうとした時、あなたがここから外を見ているのが見えた。それだけよ」
「あ、はい…」
 彼女の話し方はなぜか勢いがあり、あたしは圧倒されそうになっていた。こんな人が高校にいただろうか。

「さて、聞きたい事はある三人の情報なのよ。一人は勿論川澄亜矢子さん。二人目は、彼女と一番最後までいた、神崎優斗。ガルと呼ばれているそうだけれど――」
 カオリはそこで一呼吸置いた。

「そしてもう一人は、川澄さんと交際していたと思われる、北野伽藍。ブラッドと呼ばれているそうよ。当然、皆同じ梶ヶ丘高校に通っていたわ」
「ブラッド!?」
「ええ、何か知っているの」

 知っているも何も、過去に純情を踏みにじり、この数日間あたしの心を支配し続けた悪の元凶だ。この人にあたしの経歴を教えてしまおうか、そんなことを閃いたが、女として最大の屈辱を与えられた事を、今知り合ったばかりのような女に打ち明けられるはずがない。でも……

「あんた、北野の詳しい情報を持ってるの」
「ええ」
「じゃあ、それを教えてくれる。そしたら、あたしの知ってる事、全て話すから」

 やるっきゃない。あたしは決心した。

後書き

ご感想&アドバイスお待ちしております。
ではまた。

この小説について

タイトル 第二章ぁ.▲
初版 2009年2月3日
改訂 2009年2月3日
小説ID 2985
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奈津子の写真
熟練
作家名 ★奈津子
作家ID 384
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活動度 1914

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