りれしょ物語 - 変わらない場所

 御堂や村崎とファミレスでテストの得点勝負をした翌日。俺は、村崎と共に県営の図書館に居た。これがまた何故かと言えば、何処までも俺を陥れるテストの所為なのだけれど。
 俺と向かい合うようにして席に座った村崎は、持っていた鞄から俺と同じ無残な結果のテストと、山ほどの教科書を机に載せ、ため息をついた。
「はあ……まさかお前とまた顔を向き合わせて勉強する事になるなんてなー……」
「……うっせえ」
 俺は教科書と共に机の上に広げた国、数、英、そして科学のテストを見て頭を痛めた。昨日、ファミレスから帰った後母さんにこのテストを見せたら、物凄い勢いで怒られた。
 そして、耳が突き破られるような説教が終わった後、母さんは俺にこう言った。
「このテスト全部完璧に直すまで、お小遣い無し! それとご飯抜きにしますからねっ!!」
 育ち盛りの学生にとって、そのふたつはキツイ。俺は急遽、村崎に助けを求めた。村崎は俺と同じ点数で、しかも間違えている所も大体同じ。ここは一つ手を取り合おうじゃないか。
「んじゃあ、一回解いてみようぜ」
「おう」
 村崎に言われて俺はシャーペンを持ち、テスト問題に目を向けた。しかし、俺はさっき言った通り朝飯を抜かれ、小遣いが無いので食べ物も買えずにここに来た。すぐに俺の集中力は途切れ、腹の音が低く唸る。俺は思わず押し黙った。今までで最高に惨めだし、格好悪い。
「……食えよ」
「え?」
 呆れた顔をしながらも村崎が差し出したのは、パックに入ったコンビニのサンドウィッチ。白く三角に切りそろえられた食パンに色とりどりの具が挟まっているそれを見て、俺は一目散にサンドウィッチを手にとって食べた。
「美味い……今人生で一番お前に感謝する」
 俺は思わず涙が零れそうになった。が、村崎の次の一言で俺の幸せは崩れ去った。
「キリカ先生から、今日はビシビシしごいてやるから覚悟しとけって言われていたから、腹ごしらえしておいたほうがいいと思ってさ……」
「……い、今、何て言った?」
 俺は、脳天からハンマーでぶん殴られたかのように衝撃を受け、声を震わせながらもう一度村崎に確認した。
 だが、村崎の答えは変わらなかった。
「だから、キリカ先生が……」
「俺は帰るッ!!」
 俺は一目散にテストや村崎を放って座っていた椅子から立ち上がり、逃げた。冗談じゃない。あの先生に捕まったら、もはやこの世の終わりだ。俺は二度と平凡な日々へと帰って来れないかもしれない。
「お、おい!! 俺を置いて行くな、剛!」
 後ろから村崎の声が響くが、俺は無視した。悪いな村崎。だが、俺は逃げる。あの地獄は味わいたくない。
 しかし、図書館の出口がもうすぐそこだ、という所で、一瞬誰かとすれ違ったかと思えば、俺は服の襟をしっかりとその人物に掴まれ、後ろに放り投げられた。
「痛って……!」
 俺が尻餅をつき、腰の下辺りをさすっていると、目の前に人影が立ちはだかる。その威圧感に、俺はそこでその人物が誰かが分かってしまった。
「久しぶりだな、剛? この出来損ないが。私から逃げようなんざ千年早い」
 どこからどう見ても目立つ赤いスーツに身を包み、俺を見下ろしていたその女性に、俺は苦笑いを浮かべながら言った。
「えーっと……お久しぶりです、キリカ先生」




「イダダッ! まッ、マジ勘弁してください、キリカ先生!」
 キリカ先生は俺の耳を強引に引っ張りながら俺を図書館へと連れ戻す。村崎は、俺とキリカ先生に気がつくと、俺と同じ様に作り笑いを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。
「キ、キリカ先生! お久しぶりです……」
「おーう、純か。逃げようと考えなかったのはいい度胸だ。会えて嬉しいよ」
「お、俺もです……」
 村崎の顔は完全に引きつっている。これはもう、恐怖の始まりだ。俺の耳を引っ張っているのは霧架 伊織(きりか いおり)先生。
 キリカ先生は近所同士だった俺と小雪と村崎、それに御堂が高校一年の時の夏休みなど、成績やテストがピンチの時に纏めてお世話になっていた家庭教師。美人で評判だし、本職は何と大学教授。しかもアメリカの大学の。容姿端麗、才色兼備という言葉はキリカ先生の為にあるのかもしれないかと思うほどだ。
 明るいブラウンの髪はウェーブがかかって綺麗に波うっている。切れ長な眼は勝気な感じを漂わせ、あの頃と何も変わっていない。
 何故そんな完璧な人を恐れるかというと、その言動からしてそうだが、男勝りでスパルタなのだ。特に出来損ないだった俺と村崎には。
「そういえば、今日、御堂の奴は来ていないのか? 小雪は家に行って見舞いはしてきたが。……全く、お前達はやはり馬鹿者だ」
「……すみません」
 俺は素直に謝った。キリカ先生が小雪のお見舞いにいったのならば、数ヶ月前の事故の事も、小雪の怪我の事も全て聞いたのだろう。
 俺は少し胸が締め付けられたが、やがてキリカ先生が突然拳骨で俺の頭を殴った。
「いッ……!」
「謝るな、馬鹿者。悔やむよりも謝るよりもお前にはやらなければならないことがあるだろう。お前が情けないと、一番不安になるのは小雪だという事を忘れるな」
「はい……って、え?」
「何故小雪がお前のような奴を選んだのかは不思議でならないが……」
 俺は顔が赤くなるのを感じた。小雪の奴、キリカ先生に俺と付き合っていることを話したらしい。だが、小雪が嬉しそうに話す顔がすぐに思い浮かぶ俺は、慌てて妄想を打ち消した。

「ところで、キリカ先生……いつ、っていうか何で日本に?」
 キリカ先生は今まで日本ではなく、アメリカで教授をしていたはずなのだ。俺が恐る恐る聞くと、キリカ先生は不敵な笑みを浮かべて俺に言った。
「向こうに行っていたのはあくまで臨時だ。人手が足りないと言われたので、知り合いの教授から紹介を受けてな。向こうの大学教授が復帰したんで、こっちに戻ってきたんだよ。先週ぐらいに。そうしたら都合よくお前の母親から連絡を受けてな、堕落しきったお前の再教育をしてやろうと出向いた訳だ」
「イデッ! 耳引っ張らないで下さい!」
 その様子を見て、恐ろしく思ったのか、村崎はそっと逃げようとしたがすぐにキリカ先生に見つかり、鉄拳制裁を喰らった。

 キリカ先生は俺達のテストをざっとみて、それでいてバッサリと斬り捨てた。
「お前達の脳は全く進化していないな。寧ろ退化している。まさかとは思うが、高校へ行ったら勉強をしなくても良い、なんて思ったんじゃあないだろうな?」
「も、勿論違います……」
「ま、まさかなあ。な、剛」
 キリカ先生は思いっきり俺達を睨んでくる。何時もこうだ。キリカ先生には、何でもお見通しで。今回も全くの図星だった。言葉に詰まる俺に、キリカ先生は村崎が積み上げた教科書よりも厚みのある参考書をどっさりと積み上げ、村崎のよりも高い参考書の山を作り上げて、言った。
「じゃあ勉強出来るよな?」
「テ、テストを教えてくれるのでは無いんですか……?」
 俺が言うと、キリカ先生は参考書の角の部分で俺の頭を殴り、言った。
「基礎からだよ、基礎から。最初の一歩すら出来ていない奴に、応用のテストなんか出来るわけ無いだろ。ここにある参考書、全部終わらせるまでテストは直させんからな」
「そんなあー!!」
「…………」
 俺は叫んだ。村崎はもはや声を出す気力も無いらしい。嗚呼、これが本当の生き地獄というやつだ。だが、逆らえる訳が無い。俺は涙を飲んで参考書の山に取り掛かった。

「寝てるのかよ……」
 トイレに行っていた俺が戻ってくると、キリカ先生がフンと鼻を鳴らした。そこには、突っ伏して眠っている村崎の姿があった。
「全く、昔から根性の無い奴らだ、お前達は。人間、やってやれないことなど無い」
「あ、参考書全部終わっている……」
 俺のは全て終わったが、村崎はまだだったのだが、何とか参考書の勉強が終わったらしい。
 高校一年の夏休みもそうだった。俺と村崎と御堂と小雪、四人で初めてキリカ先生にお世話になった時。学校のテストを教えてもらうのではなく、「小手調べ」と言って学力テストをやらされて。勿論、俺と村崎は全然出来なくて、キリカ先生から物凄い気迫でやる気あるのか、って凄まれた。
 それからというもの、俺達の全てを知り尽くしたかのように、キリカ先生は真摯に接してくれた。勉強も、勿論よく話し相手にもなってくれた。俺は良く教科書を盾にして眠っていたし、村崎はこっそりとゲームをやっていたり、御堂にいたっては教科書の代わりにホームズの本なんか持ってきていたりした。それらは勿論、キリカ先生にこっぴどく怒られていた。
 強気で、それでいて真っ直ぐなキリカ先生には誤魔化す事も、嘘を吐くことも出来なかった。「勉強」というと、堅苦しくて嫌だと思っていたけれど、村崎たちと、キリカ先生がいるあの空間に居る事が好きだった。そりゃあ、鉄拳制裁は怖いけれども。
 だが、離れてみてわかる。自分の一部が欠けた様な喪失感があるのだ。それが埋まったような気がして、俺は思わず呟いた。
「……嬉しいですね」
「ん?」
「あの時と、何も変わっていなくて」
 俺の言葉に、キリカ先生は少し驚いたような顔をしながらも、やがて俺の頭を乱雑に撫でて言った。
「変わってないな、確かに。だけど、お前達みたいな奴等は代わっていくほうがいいんだよ」
「……?」
 そう言ってキリカ先生は俺のの額を人差し指で突いた。そして、くるりと向きを変えて立ち去ろうとする。去り際にキリカ先生は言った。
「参考書の一番上に置いてあるの、テストの答えね。大体それで合っていると思うから、純に教えてやりな。もうそろそろ図書館が閉まる。純の奴を連れて帰ってくれ」
「あのっ、キリカ先生!」
「何だ?」
「また、機会があったら……勉強を教えてくれますか?」
「……安心しろ。しばらくは日本に居るし、きっとすぐ会えるさ。すぐにな……」
「……?」
 キリカ先生は俺が困惑しているのを見ても、強気な視線を変えはしなかった。言葉の意味が判らなかったがそれでも俺は不思議と安心できた。俺は、去って行くキリカ先生を見送って、眠っている村崎を起こし始めた。
 それは先生と、すぐに再会できると分かる前の出来事。





後書き

霧架 伊織(きりか いおり)
剛、村崎、御堂、小雪の家庭教師です。
次に登場させるような言い回しをしてしまったんですが、どうなさるかは次の方に任せます!

>日直さん
ご指摘有難うございます。進路の事とかで色々ストレスが溜まっていまして……それが文章で現れてしまうなど、未熟たる証拠です。手間をかけさせてしまったようで;;
ストーリーも少し把握できていなかったところがありました。小雪を出すのはやはり違和感があるということで、村崎に変えました。
視点も一人称になっているはずです。またなにか違和感等ありましたら遠慮なくどうぞ。
今は完全に不調なのですが、頑張って抜け出したいと思います。わざわざ心配していただき、ありがとうございます。
これからもこんな未熟者の私ですが、見捨てないでくれると嬉しいです。それでは。

次は日直さんですね。私が乱してしまった分、修正をさせてしまうと思うのですが、宜しくお願いします。

この小説について

タイトル 変わらない場所
初版 2009年2月21日
改訂 2009年2月23日
小説ID 3013
閲覧数 1063
合計★ 3
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
★の数 240
活動度 10590

コメント (3)

★日直 コメントのみ 2009年2月22日 12時08分54秒
うーん、困りました。
僕は最近、もう少し自分の腕が立つようになるまで他作品への批評は避けるようにしていたのですが(本日より解禁)、今回はさすがに見逃せないといった部分が数箇所ありました。
一つは、ストーリー的におかしいなーと思われる所。
二つ目は、一人称・三人称形式がごっちゃごちゃーになってる所です。
ストーリーについては、達央さんの「試験勝負」と、その一つ前の「なれそめ」との間で、約一年以上の時間経過があったということで説明できます。もしくはパラレルワールド。どちらも少々苦しいですが。
形式については、ひとり雨さんのスランプが非常に深刻であるということを誰もが察せられます。これについてはあまり干渉しません。
スランプ等も含めひとり雨さんの事情は何点か想像できるのですが、読み手からすれば、書き手の事情に気を回すことなど本来はナンセンスです。スランプは辛いでしょうが、それでももう一度、自身の回を見直してみてはいかがでしょう。
少しきつい言い方になりましたが、これは僕一人の考え方に基づいた意見ですので、今回はやんわりと受け取ってもらえれば嬉しいです。

次は僕ですね。時間経過は小雪の事故から一年以上過ぎた頃、つまり剛たちは高校三年生の受験生ということで話を進めていきたいと思います。
頑張りますね。
★日直 コメントのみ 2009年2月23日 16時22分54秒
こないだ僕がここに書き込んだコメントの内容を確認してみると、自分の言いたかったことが全然伝わらないような文章であったのに気付きました。よって、補足もとい書き直させてもらいます。いやあ、ごめんなさい。

ストーリーについてですが、小雪は事故の一件で左腕と両足を骨折した重傷患者ということになっています。僕がしてしまいました。
そしてそんな小雪には数ヶ月ものリハビリ生活が必要、とは、一番最近に書いた僕の回で終盤に書いております。ですので、今回元気な小雪が出てきたことにとても違和感があったわけです。

次に形式についてですが、これはもうめちゃくちゃです。形式が切り替わることがちゃんと分かるような区切りなどあればよかったのですが、特にひどかったのは、一文章内で小雪の一人称と三人称形式の語りが混ざってしまってる部分です。最後から二文目辺り。
最初の剛視点からいきなり三人称、それからいつの間にやら小雪視点になったと思えばまた三人称。これはさすがに、書き手が余程深刻なスランプでない限り起こり得ない失敗です。

僕は、いくら書き手がスランプだと言っても、それを読者に心配させるような作品ではいけないと思うのです。
ストーリーについては、今までのりれしょ物語を勘違いして理解してしまったり、つい読み飛ばしてしまった部分があったのだと思います。ですので、後でもう一度読み直してくださいね。
形式についてですが、冷静に推敲すれば「これはおかしいぞ」と簡単に気付けれるようなミスでしたので、これも後でもう一度読み直して、修正してください。

それにしても、キリカ先生っていいキャラしてますね。何か格好いいですし。「頼れる大人!」って感じですし。親戚にこんな人が欲しかったです。
ところで、「アメリカの大学教授をやっているキリカ先生」ってシャレになりませんか? アメリカの「リカ」とキリカ先生の「リカ」で――はい、くだらなくてごめんなさい。

ところでふと思ったのですが、このりれしょ物語の「テーマ」は何なんでしょう。一話一話にそれぞれ書き手が設定したテーマがあるってことでいいのでしょうか。
いや、こんなことはトピックに書き込むべきですね。でも皆さん忙しそうなので、やっぱり書かないことにします。

では、二度ものコメント容赦願います。失礼しました。
★達央 2009年4月4日 23時24分55秒
またまた遅いコメントで申し訳ありません。

やっとパソコンを購入しまたので、小説を書く環境が整いたのでコメントの方をさせていただきます。

まずは私の方から謝らなければならないと思います。
理由は私の書いた「約束」から話の方が狂い始めましたと思っているからです。
狂いがなければひとり雨さんの「変わらない場所」も不自然になることはなかったでしょう。
しかもひとり雨さん自身がスランプの中で書いたというので余計に苦しめたんではないかなと心配です。

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