りれしょ物語 - 禁止令

 夏も近づくとある日曜日。暇なので小雪の家にでも遊びに行こうかと考えていたら、机の上で俺の携帯電話が軽快な着信音を鳴らし始めた。俺はそれを手に取り、耳元へ持っていく。
「もしもし」
『やあ、本寺かい? ちょっと急ぎのことで君に頼みたいことがあるんだけど』
 のんびりまったりしたその声は、御堂以外の誰の物でもなかった。
「頼み? 事によっては断るぞ」
『大丈夫。断られるとは思ってないから』
 大した頼みじゃないからね、と付け足し、電話越しの声は話を続ける。
『今日、初音と遊ぶ約束してるんだ』
 ……何の用だと思えば、ただのデート自慢か。そして煽さんを下の名前で呼んでいる所を見ると、この二人はもう付き合ってるんじゃなかろうかと思ってしまう。いや、まさかな。だって御堂だし。
『でも、実は今日他に用事があったんだよね。すっかり忘れてたよ。うっかりうっかり』
「用事?」
『気になるかい? なら推理してみ――』
「切るぞ」
『ああごめん待って待って』
 まったく。急ぎの用事ならさっさと話を進めろよ。
『犯人はお墓参り。で、急に約束をすっぽかすのは初音に悪いと思ってさ。そういうわけで本寺、僕の代わりに初音と遊んで来てほしいんだ』
 ……なんですと?
『待ち合わせ場所はいつもの駅前で、今日午前十時に集合ね』
「待て待て待て。勝手に話進めてるけど、俺オーケーしてないぞ?」
 それに、俺が行っても煽さんはがっかりするだけだと思う。
『もう君しか居ないんだよ。村崎にも同じこと頼んだんだけど、本村さんと大切な用事があるらしくってさ。で、村崎が本寺なら暇なんじゃねって言ってたから、今こうして君に頼んでるんだ。頼まれてくれるよね。どうせ暇なんだし』
「うわ、最後すっげえムカつく言い方。ていうか、用事があるなら煽さんにそう言えばいいのに」
『電話したんだけど、もうとっくに出かけてるらしくてさ。彼女携帯電話持ってないから、今からじゃ連絡できなくて。あ、もうこんな時間だ。じゃあそろそろ僕も出かけなきゃいけないから切るね。初音によろしく言っといてー』
 ブツ、と俺がまだ返事をしないうちに切りやがるホームズ馬鹿。仕方ない、頼まれてやるか。普段なら御堂の頼みなど問答無用で拒否する所だが、煽さんを寂しがらせるわけにはいかないのである。
 そこでふと、携帯電話の画面に表示された時刻が目に映る。
「えーっと、御堂が言うには十時集合だから……うげ」
 やばい。時刻は既に九時五十分を回っていた。あと十分しかない。
 あれー前にもこんなことがあったようなー何だっけー……なんて思ってる場合じゃない! 急がないと!


 身支度や戸締りを全速力で済ませ、これまた全速力で突っ走ること約二十分。思いっきり遅刻した俺は、駅前の喫茶店付近で佇むおとなしそうな少女に声を掛けた。
「煽さん!」
 俺の声を聞いた彼女は、顔をゆっくりとこちらへ向ける。
「あら本寺くん。奇遇ね、何してるの?」
 何も知らなそうな顔で言葉を返してくれる煽さん。御堂からの連絡は本当に来ていないらしい。
「私はね、今日淳平くんと遊ぶ約束してるの。ねえ、これってデートかしら? デートよねっ」
 無邪気に、そして嬉しそうにはしゃぎながら喋る煽さん。そんな彼女を前に俺は胸をチクチク痛めながら、御堂が来れなくなったことと、その御堂の代理として俺がやって来たことを漏れなく伝えた。
「…………えー」
 眉で八の字を作りながら、いかにも残念そうな表情で不満を声にする御堂大好きっ子さん。おやめくださいそんな顔。すごく気まずいじゃないですか。
「でも、お墓参りじゃ仕方ないわよね……すっごく残念だけど、まあいいわ。じゃあ本寺くん、ちゃんと淳平くんの代わりしてね」
 煽さんはそう言うと、先陣を切って歩き出した。彼女の言葉に若干不服を覚えながら、慌てて煽さんに肩を並べ、俺も歩を進める。
 ……残念って言葉は胸に仕舞っててほしかった。代理デートの初っ端から、俺の気分は落ち込んでいく。


 しばらく歩いた所で、ふと疑問に思ったことを煽さんに聞いてみた。
「ところで煽さん、これからどこ行くんです?」
「図書館。とりあえずそこでのんびりして、十二時回ったら適当にお昼ご飯。その後にいろんな所をぶらぶらして、時間が来たらお別れして帰るのがいつものパターンよ」
 慣れた様子で語る煽さんの目は、その時の楽しかった思い出を振り返っているようで、少し虚ろ気だった。この人、本当に御堂のことが好きなんだな。
 何故、好きなんだろうか。
「ところで本寺くん。一つ言わせてほしいことがあるんだけど」
 唐突な彼女の呼びかけに、俺は少し遅れて反応する。
「はい、何です?」
「いきなりで悪いんだけど、その敬語やめてくれないかしら。ですますとか、同級生にそうやって話されると、妙に違和感があって嫌なのよ」
 煽さんの言葉に、俺は一瞬困ってしまった。彼女からは大人びた雰囲気が漂っているので、俺は無意識に敬語が出てしまう。九条先輩と話す時の感覚に似ている。
 けれど、それが嫌だと言われてしまっては仕方がない。俺は口調を直すよう心がけながら、返事を待っている様子の彼女に言葉を返す。
「煽さんがそう言うなら、敬語はやめま……いや、やめるけど。えっと、これでいいです……じゃなくて、これでいいのか?」
「そうそう。あと、私のことは呼び捨てにしてね。私たちは友達なんだから、もうちょっとフレンドリーに。ね?」
「わ、分かった」
 ……今度はこっちがすごい違和感だ。
「うーん、少し硬いわね。でもまあ、すぐに慣れると思うわよ。じゃあこれからは、私に対しての敬語禁止っ。約束ね」
 煽さ……じゃなくって。煽は意外と強引な所があるようだ。俺は彼女の普段は見ない一面に驚きつつ、会話を続けるうちに、いつの間にかすっかりため口に慣れていた。本当にすぐだった。
 そんなこんなで気が付けば俺たちは、目の前で堂々とそびえ立つ県立図書館の一歩手前まで来ていた。休日ということもあって、正面の出入り口では数多の人が出入りしている。
「じゃ、行こっか」
 煽は俺の手を引いて、足を一歩、建物の中へと踏み出した。


 煽は自分よりも背が高い本棚の一段からハードカバーのファンタジー本(最新日本語訳版……と表記されている)を取り出し、その場で本を開き読み始める。それと同時に、彼女の瞳は異常なほどの速さで紙面に印刷された文字を追い始めた。
「すごいな。速読する人って初めて見た」
 俺の感心する声も聞こえていないようで、煽は何の反応も示さないまま読む作業を続ける。
 …………。暇だな。こうなったら俺も適当な本でも読んで時間を潰すことにしよう。ていうか、図書館に来たのにそうしないでどうする。
 図書館内は、どこに視線を向けても本棚が目に映る。まあそれは当然なんだけど、学校の図書室とは雰囲気がなんとなく違っていた。
 どんなジャンルを読もうかと悩み始めていると、ふと、静寂が普通の図書館内には似つかわしくない人ごみを視聴覚ブースの方で見つけた。よく見ると、その人ごみは若い女性だけで賑わっている。
「ねえ。あそこの彼、ちょっとよくない?」
「うん。頼りになりそうな感じとか、優しそうな面持ちとか……私好み」
「でもさ、隣の女の子……彼女っぽいね」
「いやいや、あれはどう見ても妹でしょー。ちっちゃいし」
 俺は気になって、彼女らの視線を追ってみる。
 そこには、デスクと一体化した機械から伸びるヘッドホンを頭に掛け、目を閉じて音楽を楽しんでいる彼が居た。
「……九条先輩?」
 そしてその隣には、彼の顔をうっとりした表情で見上げる小柄な少女……雛利が居た。
 なるほど、人ごみの原因は彼らか。俺は先輩の音楽鑑賞を邪魔しないようひっそり近づき、雛利に声を掛ける。
「よう雛利。ひょっとしてデートか?」
「黙れ」
 一蹴された。
「お、本寺じゃんか」
 雛利の冷たさに涙しかけていると、目を開いた九条先輩が俺に気付く。彼は頭からヘッドホンを外し、俺に話しかけてきた。
 その拍子にヘッドホンからは、さっきまでイメージしていた“音楽”とはかけ離れた音声が漏れ出し、俺の耳に届いてきた。このかたっくるしいオッサンの声は……選挙演説? 何聞いてるんだこの人は。
「奇遇だな。そして意外だ。お前が一人で図書館来るようなおとなしい奴だとは思ってなかったなー」
「いや、今日は煽と一緒ですよ九条先輩。煽ってばさっきから本を読みっぱなしで、そのまま動かないんですよ」
 俺の言葉に、何があったのかぴくりと反応する雛利。俺は九条先輩と会話しているので、雛利は視界の隅でちょこんと見えているだけなのだが、このミスぶっきら棒の表情が一瞬で凄まじい形相になる瞬間を俺の目は見逃さなかった。
「煽、だと?」
 ぼそりと言う雛利の言葉には、明らかに怒気が含まれている。ていうか怒ってる。何故だ。
「お前、何で急に初音のこと呼び捨てにしだした。そもそもあいつと図書館に来るのは普通御堂だぞていうか御堂はどうしたんだ何で初音がお前と図書館に来てんだって、まさか……誑かしたのかあ!」
 彼女は俺の胸倉を両手でつかみ激しく揺らしながら、息継ぎもせずに早口で追及してくる。
 なんだ、そういうことで怒ってんのか。どうやらこいつは、俺が煽を呼び捨てにしたのが気に入らなかったらしい。しかも変な誤解をしているようなので、俺はまずその誤解を解くことにした。
「なに、安心しろ雛利。俺と煽はお前の思ってるんじゃないから」
「…………」
 じーっと睨みつけてくる雛利。
「…………」
 絶えずじーっと睨みつけてくる雛利。
「…………誓うか?」
 相変わらず俺を睨みつけながら聞いてくる雛利。
「ああ、誓うとも」
「絶対か? それが嘘だったら絶対ってことにはならないんだぞ?」
「分かってる。絶対誓うさ」
 俺の自信満々な返答に対し、雛利は「ならいいんだ」と最後に呟き、徐々に殺気が治まっていく。意外と素直に信じてくれたので、俺もほっと一安心だ。
「あら、五鈴ちゃんと九条くん見っけ。もしかしてデート?」
 噂をすれば何とやらのタイミングで、ハードカバー本と文庫本を数冊大切そうに抱える煽が現れた。
「そう。俺と雛利のラブラブデートだぞ。な、雛利」と、爽やかな笑みを見せる九条先輩。
「う、うん……デート、だ……」と、トマトみたいに赤くなる雛利。
 こうしてみると、二人はなかなかお似合いのカップルだった。知らない人から見れば、体格差が災いして兄妹にしか見えないだろうけど、それでもだ。
「そうだ。私と本寺くん、五鈴ちゃんと九条くんの四人でダブルデートしましょう」
 唐突な煽の提案。九条先輩は「お、それナイスアイデア」とにっこり笑って賛成し、雛利は「んなの無理だ。五鈴と剛はカップルじゃねーぞ」と変わらず頬を染めながら反論。
「いいのいいの。本寺くんは淳平くんの代理なんだから。ね、そうでしょ?」
「いや、デートってことなら俺は無理だぞ。俺には小雪が居るし」
「もう、真面目さんね。そこは融通きかせてほしいなあって思うんだけど」
「だめだ。小雪をほったらかしにして他の人とデートだなんて俺にはできな――」
「ほう。恋人が怪我で苦しんでいるというのに、お前は他の女といちゃいちゃデートか。いいご身分だな本寺剛」
 唐突に聞こえた、最近どこかで聞いたような気がする不穏な声。それが聞こえる方へ俺はバッと振り返る。
「うわ、キリカ先生だ!」
「しっ、図書館では静かにしろっ! 周りの人に迷惑だぞ!」
「二人とも十分うっさいぞ」
 雛利の突っ込みによって気付けば、周囲の人たちが俺たちを注目していた。司書の人はお前ら迷惑だ出て行けアホーと叫びたそうな視線をこちらに向けている。
「と、とりあえず本寺。詳しい話は事務所でゆっくり聞かせてもらおうか」
「痛っ、急に腕引っぱらないで下さい! あと事務所ってなんですか」
「待ってよ本寺くんっ。ごめんね五鈴ちゃん、この本戻しといて」
 俺はキリカ先生に連行され、図書館を出て行った。


「なるほど、そういうことか。彼氏の代理ねえ……それにしても、御堂にこんな可愛い彼女ができるなんて思いもしなかったぞ」
「いや、まだ付き合ってるってわけじゃないんですけど……いつか二人きりになれるチャンスを見つけて、告白できたらなあって思ってます」
「うむ。恋も勉強も、いいやそれらに限らず、何ごとも励む者が勝利する。頑張るがよい、若人よ」
「は、はいっ!」
 とある場所へ向かう道中で、小芝居じみた感情の込め方で力強く語る(明らかにふざけてる)キリカ先生と、そんな彼女の言葉なんかに素直な感動を込めて頷く健気な煽。ちなみに、雛利と九条先輩のカップルとは図書館で別れてきた。
 さて、このまま二人の会話を聞いているだけというのもつまらんので、俺も混ざることにする。
「どうでもいいですけどキリカ先生。何でまた図書館に居たんですか?」
「どうでもいいとは何だ。私はあの図書館の常連だぞ。日本に帰ってきてからあそこが懐かしくてたまらんので、最近は毎日来ているほどだ」
「そうなんですか。ところでこれもどうでもいいんですけど、先生はいつまで日本に居る気ですか?」
「お前、わざと言葉にトゲを含ませてないか? そもそも、日本は私の定住地だ。ずっとここに居るぞ。おいこら、何だその嫌そうな顔は。私の何が嫌なんだ」
 キリカ先生は、勉強のことが絡みさえしなければ、結構親しみやすい人なんだけど……。
「先生のスパルタきついです。ぬるま湯に慣れきったゆとり世代をなめないで下さい」
「威張って言うことか! それに、教育者の側ではすごく深刻な問題なんだぞ、ゆとり云々は。でもまあ、お前みたいな奴が増えていくおかげで、私は腕が鳴るんだがな。はっはっは」
 こういう人だ。彼女にとって、スパルタ指導は生き甲斐なのである。すごく困るんですけど。
「そういうわけで、今日も厳しくいってみよう」
 言いながらキリカ先生はぴたりと立ち止まり、
「小雪の家にも着いたしな」
 須藤家の門前で、にやりと不敵に笑った。その途端、まるで蛇に睨まれた蛙のような気持ちが俺を襲い、嫌な寒気が背筋を走る。
 ……嫌な予感がする。具体的に言えば、これから小雪の家に皆で突入、そしてキリカ先生がどこからか取り出した勉強道具を俺におしつけ、鬼と化した彼女によって俺が辛い目に遭うという予感だ。せっかくの日曜日なのに、そんなの嫌だ!
 自分の運命に逆らうべく逃げ出した俺だったが、キリカ先生の素早い反応によりさっさと捕らえられたのは言うまでもない。
 はあ、諦めよう。俺は世界一不幸な青年だ。

後書き

さあ、今回登場したキリカ先生について語りますよー。
前回の彼女は“先生モード、オン。男スイッチ、入ってます”の状態だったと僕は解釈しました。ということで、今回のキリカ先生は「先生」じゃなくってですね、つまりはプライベートな彼女と言いますか、とにかくあまり厳しい印象を持っていません。今は「友達みたいな先生」が、生徒の間で受ける時代です。いや、実際どうかは知らないのですけど。

さて、次は達央さんです。
とても繋ぎにくい終わり方をしてしまいましたが、きっと何とかなるでしょう。楽しみです。
よろしくお願いしますねー。

この小説について

タイトル 禁止令
初版 2009年3月7日
改訂 2009年5月17日
小説ID 3037
閲覧数 922
合計★ 3

コメント (1)

★達央 2009年4月4日 23時35分02秒
遅れながらのコメントですみません。

やっと家でもパソコンが使える環境になったのでこれからまたっよろしくお願いします。
今回の「禁止令」というタイトルに合った話の展開でスムーズに読むことができました。
最近は小説を書くことがなかったので、なんだか取り残されてしまった感じがしてなりませんでした。

また私の番ですが、嫌な場面でバトンタッチされてしまったので少し困惑気味ですが、頑張ってみます!
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