殺人ジャンキー - 前編

「今日も、一人殺したわ」
 
 女はそう独りごつと、湧き上がる恍惚にしばらく浸っていた。口に出そうと出すまいと、目の前に転がった若い男の死体の存在は変わらないが、口に出すことで、「今日もやったぞ」という達成感とそれに伴うエクスタシーを倍増させることができるからである。今は午前二時、そしてさびれた元娼館の廃屋の中だ。誰にも気付かれることはないだろう。今まで何人の男を殺したかは全く数えていないが、一度も誰かに気取られたことなどなかったのだから。

 女は興奮に濡れていた自分の性器をポケットティッシュで拭くと、今にも外れそうな窓から外に放り投げた。窓だけは綺麗にしておけないのが唯一の難点だった。女はここに住んでいるわけではないが、一度人を殺すと、この廃屋をそれなりに清潔な状態にしておく。せっかく誘惑した男に逃げられたら困るからだ。

 女の「獲物」の住処は、この廃屋から少し歩いた、深夜の住宅街だった。そこには地元で働いている工場員や遊び帰りの若者など、様々な人間が住んでいるが、全員に共通することが一つある。彼女の誘惑に堪えられない事だ。女は自他共に認める凄艶さを備えていた。娼婦などの風俗業の経験は一度もないが、稚拙な誘惑でも男達を惑わせ、狂わせ、家に帰る気を失わせる力があるのは、天性の美貌の賜物だろう。

 女は男が独りでいるところを狙う。そこへなまめかしい足取りで近づいてゆき、男の情欲をそそる。彼女の妖艶さに加え、「ただで寝てあげる」などと言われたら、引っかからない男はいなかった。そのまま獲物を廃屋に導く。誰彼構わずセックスすることを好んでいる為、よほどの醜男でない限り、言葉通りに男と寝る。オルガスムに達したかどうかは問題ではない。女にとって、殺しはセックスに勝る快感なのだから。そして隙を突いて、髪留めの中に隠していた錐の様に太い針で男の首を一突きする。普通は一撃で男達は気絶する。もっとも、いくら悲鳴を上げたとて、誰も気付くことはない。

 女は携帯電話を取り、多田宮に電話をした。多田宮はわりと廃屋の近くに住んでいる、彼女の協力者でありアパートの同居人で、裏社会での殺人の隠蔽を職業としている。依頼には百万円以上の金額が必要だが、女とは「セックス一回」という協定が結ばれているため、無料で利用している。女はあまり気にしていないが、この美女と毎日寝ることができるという事実が、多田宮は裏社会でのストレスを解消し、明日の活力としている。



 多田宮はすぐにやって来た。
「ふーん。今日のはわりと好い男だな」
 忙しいのか、ここ数日そっていない髭のせいでやつれた顔をしている多田宮が可笑しくて、女は笑った。
「何だよ。お前だって今、化粧が剥げかけてんぞ」
「うるさいわね。寝てあげないわよ」
「それは困る」多田宮は即答した。本当にそれだけは止めてくれ。
「なら、早く車に運びましょ。あたし達の時間がなくなるでしょう」
「そうだな」
 女は白目を剥いた若い男の死体の腕を持ち、多田宮が足を持った。「あたし達の時間がなくなる」その言葉にささやかな興奮を覚えながら。



「よく、この仕事続けられるわね」
 多田宮の仕事を終えて帰ってきた頃、不意に女が訊ねた。
「そんなに大変じゃねえよ。オレは」
「じゃあ、一体誰が大変なの?」
「俺の後の仕事をする奴らさ。オレはただの死体の運送屋だけど、それを埋めたり、焼いたり、砕いたりするのは御免だったんだ。頭がイカレちまいそうになると思ってよ。報酬は多くても、それじゃあイミねえだろ。むしろ、オレが逆に聞きたいね。お前、人を殺しまくって頭イッちゃったりしそうだとか、思ったことないのか?もしかして、既におかしくなっちまってるとか?」
「あはははは」
 女はこらえ切れずに笑い出した。今が深夜で、隣の住人が寝静まっているということをすっかり忘れているように。多田宮は呆然としていた。

「あたしは全然狂ってなんかないわよ。あたしに言わせれば、狂っているのは世の中の方。周りが全部狂っているから、圧倒的少数のあたしが狂人だと思われてんのよ。本っ当に気持ち悪くて、吐き気がするわ。大体何よ法律って。偉い人が自分達のみを守るために勝手に作ったものじゃないの。そんなものを一生懸命守ろうとするなんて馬鹿げてるわ。自由権なんて、逆に不自由させるだけじゃない。あたしたちが本当に自由なんだったら、どうしてエクスタシーに達する方法なんて縛られないはずだわ」

 女はあまりにも熱く語っていたので、全身が炎を浴びたように火照り、しばらく何も考えられなかった。気がつくと、目の前の多田宮は女の胸元を開き、張りの強い豊満な胸を口で愛撫していた。お前の話は聞きたくない、とばかりに。二人の間の関係は体だけでいい。

 女は徐々に落ち着きを取り戻し、それなりの快感を感じ始めてきたので、すぐに服を脱ぎ、多田宮のなすがままにさせた。

後書き

ご感想があれば是非ください。待ってます。

この小説について

タイトル 前編
初版 2009年4月3日
改訂 2009年4月3日
小説ID 3081
閲覧数 932
合計★ 8
レッド・サイコパスの写真
熟練
作家名 ★レッド・サイコパス
作家ID 488
投稿数 20
★の数 28
活動度 1984

コメント (2)

倉ナ土 2009年4月7日 10時53分42秒
倉ナ土です。では感想を
ずいぶんと書きなれているような印象を受けました。読みやすかったです。
>「それは困る」多田宮は即答した。本当にそれだけは止めてくれ
この後半部分に違和感を覚えます。急に多田宮の視点になっているからです。本当にそれだけはやめてくれ、といった表情で。のほうが自然だと思います。
とはいえ矛盾点は僕が見る限りなく、そして面白いです。
続きも読ませていただきますね。ではっ

★やまけん 2009年4月8日 1時20分02秒
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