殺人ジャンキー - 中編

 朝九時、女が起きた時には既に、多田宮は部屋にいなかった。

 女は多田宮が他にどんな仕事をしているのかを知らないし、聞いた事もなかった。彼が自分と体だけの関係をしていく事を了承していたからである。殺しの隠蔽工作の話し合いの外に、多田宮と話す話題などない。少し前まではそうだった。

 この前若い男を殺した時、一言ずつながら冗談を交わした。そして仕事を終えたあと、これもまた僅かな時間だったが、適当な話をしていた。女と多田宮の関係が、徐々に変わりつつあった。女はそれに気付いていた。だが特に気に留めることはなかった。

「あの男としゃべっているより、首に穴の開いた男の死体を眺めているほうが全然楽しいし、あたしのあそこを疼かせているのが事実よ。誰かと交流して股間が濡れた事なんて、一度だってないんだから」

 女は音のない部屋で独りごちた。どうやら独り言は自分の癖らしい。

 ベッドから起き上がると、淀んだ空気を入れ替えるために窓を開けた。外で小学校低学年くらいの子供達が道端でバドミントンで無邪気に遊んでいるのを見て、今日は日曜日なのだと気付く。

 もう子供を生んでいい年齢だ、女は思った。もう二十台半ばに差し掛かり、もう一、二年したら適齢期を迎える。私のお腹からは一体どんな子どもが生まれてくるのだろう。きっと可愛い子に違いない。あの男にはあまり似ないで欲しいわ…。

 無理よ。女はそこで想像を止めた。多田宮と自分の子供が埋めないという事実を思い出した。彼がそれを望まないだろう。

「あたしは、一体どうなのかしら」

 答えは暗闇だった。女の前にも後ろにも道はない。いつまでも殺し続ける運命にある。

 だが、それは「いつまで」だろう?

 女は考えたくなかった。だがとめどなく恐ろしい考えが次々と浮かんでくるので、気分を紛らすためにベッドの上でしばらく自慰に耽った。多田宮の顔が浮かぶ度、女が果てるのを遅めていたが、やがて果て、夜の仕事の活力を充電するために、未だ釈然としない、虚しい気持ちを抱えながら、女は再び眠りに就いた。




 K市にある女のアパートから数km離れた先では、鬱蒼と生い茂る林に沿った路地で、同じ市に住む一人の老人が幽霊のごとく静かに歩いていた。散歩は毎日の習慣で、できるだけ健康を維持するために行っている事だった。だが、健康的な年金生活を送り続けても、その先に何かがあるわけでもなく、ただ生きるために生きているだけであり、体は丈夫でも、心は既に死んでいた。

 魂が抜けたようにぼんやりとしていると、何やら変な臭いを感じ、一度止まって辺りを見渡した。別に妙なものは見当たらない。気のせいだと思いまたふらっと歩き出した。

 しかし、歩くごとにその臭いが強くなってくる。老人は次第にどんな臭いかが突き止められる様になった。どこか酸味を含む臭いで、それでいてゴミの様な、動物が腐ったような臭いも入り混じっていて、しかもそれが、そばにある林の方から臭っているらしい。

 何かある。

 老人は咄嗟に好奇心に駆られ、右手で鼻をつまみながら、しゃがんで木々の根元を見た。

 それはすぐに見つかった。

 老人の足元で、若い男の死体が、白目を剥き出しにし、ハエのたかったボロボロの舌をだらりと垂らしながら、老人の顔を見上げていた。

 老人はこれまでに出したことがないほど甲高い悲鳴を上げ、逃げるようにその場から立ち去った。





 今日の午前10時頃、K市郊外の山林で、死体が発見されました。被害者は30歳前後の男性と見られ、警視庁では身元の確認を急いでいます。死体の首筋に何かを突き刺したような痕があり、警察は殺人事件として調査を進めています...



「嘘でしょ…」

 昼過ぎのラジオ放送を聞いていた女は愕然とした。プロの隠蔽屋がしくじったというの?それとも運送屋の多田宮が?答えが出てくる筈がない。今まで何一つ障害がなく事が進んでいた為、そのうち多田宮に対し絶対の信頼を置き、自分は安全に人殺しをしていると、無意識のうちに思っていたのだから。甘かった、女は思った。

 女はベッドに置かれた携帯電話を手に取った。とりあえず、事情を聞くために多田宮に連絡してみなければ。

(だけど、もし多田宮がしくじっていたとしても…あたしにはどうすることもできないのでは?)

 女は考えた。多田宮がミスを犯したとしても、自分の生活は変わらない。多田宮をこの部屋から追い出すことも出来やしない。元々ここは多田宮が独りで暮らしていて、女は一介の居候に過ぎないのだ。人を殺せる環境がないと判断し、見限って半家出状態で出て行った、田舎にある実家に戻ることも出来ない。いつもと同じ場所に住み、同じ場所で人を殺し、同じ場所で多田宮と寝て、同じ場所で目覚めていく――常に警察に対する恐怖を背負いながら。

 女は目の前に迫る恐怖に震えていた。これ以上の絶望が自分を待ち受けているとは、このときは知る由もなかった。

後書き

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この小説について

タイトル 中編
初版 2009年4月7日
改訂 2009年4月7日
小説ID 3090
閲覧数 1050
合計★ 8
レッド・サイコパスの写真
熟練
作家名 ★レッド・サイコパス
作家ID 488
投稿数 20
★の数 24
活動度 1984

コメント (2)

倉ナ土 2009年4月7日 10時58分09秒
倉ナ土です。では今回の感想を
やはり書きなれていますね。オリジナリティがあります。
描写も丁寧で、うまく小説の中に入り込めました。
この後どうなるか、とても興味があります。
ぜひ続きも読ませてくださいね
では失礼します
★やまけん 2009年4月8日 1時20分15秒
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