殺人ジャンキー - 中編-2

「ああ、やっぱりお前か」

 多田宮は冷淡な声で電話に出た。女から電話が来るのを見透かしていたようだった。テレビでも観たのだろう。分かっているなら話は早い。

「じゃあ、大体の事情は理解してる訳ね」
「ああ。て言うか、ちょっとだけ待ってくれないか」

 そう言うなり、携帯から電子音のメロディーが鳴り始めた。何の仕事かは知らないが、仕事場で話す話題ではない事は確かだ。トイレにでも移動したのだろう。

 電子音が切れると、多田宮の声は急にヒソヒソした口調に変わっていた。

「お前の言いたい事は分かってる。オレは何もミスってない」
「じゃあ、あの死体はどうしてあんな所にあったのよ」
 女は多田宮を責めるように、激しい口調で詰った。
「それがな、ちょっと複雑な話になっちまっててよ。とにかく、部屋で待っていてくれないか。帰ったら全て話すから、じゃな」
「ちょっと――」

 その先を言おうとした時には、既に電話は切れていた。プーッ、プーッという電子音だけが空虚に響いていた。複雑な事情とはなんだろう。多田宮の後の仕事をする連中に問題が発生したのだろうか。それとも、他の同業者とトラブルでもあったのか。事情がどうであれ、殺ししか関心のなかった女には未知の次元での話だ。

 しかしそれは、女が自分独りの力では、人ひとり殺しただけで簡単に刑務所行きになってしまうことを意味している。隠蔽工作も、生活の支援も、全部他人に依存していた。自分の後ろ盾は砂の城のようだ。女は思った。見た目はよく出来ていても、下のほうをちょっとつつくだけで簡単に壊れてしまう。気付いておかなければならなかったのだ。

 女は独りで恐怖と戦っていた。それと同時に、言い表すことの出来ない寂しさもこみ上げてきて、ここ数年出たことのない涙が湧き水の様に溢れ出した。急に人が恋しくなっていた。多田宮、早く帰ってきて。早くあなたの体温で安らぎたい。いいえ、もうあの男じゃなくても、昔の友達でも、勝手に捨ててきた両親でもいいわ。誰だっていい、手に触れてくれるだけでいい、あたしに人の温もりをください。

 女の切なる思いは宙を舞い、夕方の近付く空へと消えていくばかりだった。女は涙で腫れた目を、冷たいベッドの上に押し付けた。





 老人は警察署にいた。

 第一目撃者である彼は、容疑者である可能性も含み、警察の事情聴取を受けていたのだ。だが、もうすぐ終わってくれる、老人はそれを願っていた。最初こそ気が動転していて錯乱した言葉しか出てこず、もしかしたら自分がやったのかもしれないなどとも思ったが、こうして気分が落ち着いてくると、どう考えても自分は何もしていないという確信があり、彼なりに泰然として構えていた。

 腐敗の経過から読み取れる死亡推定時刻は昨日の深夜0時から4時で、老人はその時眠っていた。当然、本人以外に証言のないアリバイは認められないが、こんなしがない老人が一人で死体を運んでいたとは考えにくく、自分には親族も知り合いもいないと強く主張していたので(それはその場の警察官全員が確信した)、複数犯の可能性もなかった。被害者や遺族との関係もなく、死体の近くに凶器が落ちていた訳でもなく、これ以上、老人に聴くこともなくなったので、程なくして老人は解放された。


「困ったことになったな」
 事情聴取をしていた取調官が呟く。口には出さないが、こんな面倒な事件は、見つけてくれないほうが遥かにマシだと思っていた。犯人の手がかりは何もない。迷宮入り確実だ。

 
 騒がしくなった警察署では、警部の男が奥のデスクにふんぞり返り、何本目かのタバコに火を点けていた。他の警官達が少ない情報から犯人を割り出そうと奮闘しているのを見ていて、虚しさと憐れみが交差していた。

 その時、ドアから警部補がやって来て、すたすたと警部のデスクに向かっている。その顔には困惑の色が浮かんでいた。無理もない、彼は思った。

 ところが、警部補は思わぬことを口にした。

「警部、もしかしたら、犯人が分かってしまったかもしれません」

後書き

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この小説について

タイトル 中編-2
初版 2009年4月14日
改訂 2009年4月14日
小説ID 3106
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レッド・サイコパスの写真
熟練
作家名 ★レッド・サイコパス
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