りれしょ物語 - 天真爛漫な人

 喫茶店のドアが開くと、本村さんと村崎が入ってきた。本村さんは俺と煽に申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、待たせちゃって。ホットコーヒー、飲む?」
「あ、うん。ミルクもお願いね」
「俺も」
 俺と煽がそう言うと、村崎が俺の隣に座ってきた。
 明らかに嬉しそうな顔をしているのが、妙に腹が立つのは気のせいではないだろう。そして予定通り、俺は村崎にどうやって本村さんと付き合うことになったのか、その経緯を問いただした。
「おい、村崎。説明しろよ、いつの間に本村さんと付き合って居たんだ?」
「あ、やっぱり聞きたいか? それはもうロマンチックで……俺が本村さんの事が好きです、って言ったら、秋って呼んで、って言われてさ! 名前で呼び合うことになってさあ!」
 デレデレと鼻の下を伸ばしながら話している村崎を見ると無性に腹が立ったので、俺は勢い良く右足で村崎の足を踏んだ。
「いってえ、何すんだよ!」
「夢だったら醒ましてやるよ」
「はっはーん、嫉妬だな!」
 そうやって言い合っていると、煽が俺の隣で嬉しそうに笑っていた。煽にとっては、本村さんは親友だから本村さんの思いが成就したのはとても喜ばしい事なのだろう。まあ、最初から見守ってきただけあって、俺も一安心したけど。
 本村さんが俺達の所にホットコーヒーとクリームソーダを持ってきた。
「純は、クリームソーダでいい? 好きだって言っていたものね」
「秋が作ってくれるものなら何でもオッケーさ、俺は!」
「うん!」
 見ているこちらが恥ずかしくなるほどのイチャイチャぶりだ。煽も目を開いて驚いた顔をしている。悪いが、バカップル決定だな、この二人は。コーヒーを啜りながら、俺は確信した。



「へえー、五鈴ちゃんも、九条先輩と……話してくれなかったから、分からなかった」
 煽から雛利と九条先輩が上手く行ったことを聞いた本村さんは、少しむくれていた。雛利はどうやら、本村さんに報告をしていなかったらしい。
「ずるいわ。私だけ蚊帳の外なんて。今度会ったら絶対に九条先輩との事、聞こうっと」
「きっと五鈴ちゃん、照れて何も言えなくなるよ」
 そう言ってクスクスと笑い合う二人をうっとりとした表情で見つめるのは勿論村崎。といっても、視線の殆どは本村さんに注がれているわけだけど。そのせいか、村崎のクリームソーダは一向に減っていない。
 俺達が談笑していると、不意に喫茶店のドアが開き、視覚障害者用の白杖をついて、黒いサングラスをかけた女性が、大きなゴールデンレトリーバーに導かれながら入ってきた。本村さんがすぐに反応して席から立ち上がった。
「お姉ちゃん! それにマリー! 一体どこに行っていたの?」
「あら秋、帰って来ていたの? それに、今日は初音ちゃんじゃないお友達も沢山居るのね」
 姿から見ると、本村さんのお姉さんは目が悪いらしかった。なのに、俺たちが居る事を一瞬で把握した事に驚くほか無かった。俺がじっと本村さんのお姉さんを見つめていると、お姉さんは俺の方に近付いて来て言った。
「昔、事故に遭ったの。それで左目は全部、右目もほんの少ししか見えなくなっちゃってね」
「! え……?」
「初めまして。秋の姉の本村 咲(もとむら さき)です。一応ここ、『喫茶フィオーレ』の店主をしているの。宜しくね」
「あ、お、俺、本寺 剛って言います。こっちは村崎 純です。宜しくお願いします、本村さん」
「本村さん、だと他人行儀よ。咲って呼んで」
「は、はあ……」
 流石に呼び捨ては失礼なので、咲さんと呼ぶことにした。流れる亜麻色の髪と、大人っぽい水色のブラウスと白いワンピースという清楚な服装の咲さん。サングラスこそかけているが、外見は本村さんにそっくりだと俺は思った。
 俺と村崎が順々に咲さんと握手すると、咲さんは口元を緩ませて笑った。その美しい笑顔に、正直見惚れていると、咲さんは唐突に言った。
「貴方達二人とも、とても大切な人がいるのね。羨ましいわ」
「へっ!? な、何で咲さんがそんな事……」
 俺がヘンテコな声を出し、村崎も開いた口が塞がらないようで、茫然とするしかなかった。咲さんとは勿論初対面。俺達の恋愛事情など、咲さんは知るはずも無いのだ。
 不思議がっている俺達を見て、咲さんはほんわかとした、和みのある口調で言った。
「幸せな人はね、その幸せが他の人にも伝わるの。それが優しさや、慈しみなの。心が、満たされている証拠よ」
「そう、なんですか……」
 俺が相槌をうつと、村崎が聞く。
「そういえば、何で俺と剛が煽さん以外の友達って分かったんです?」
「そうね、みんなの楽しそうな会話と、コーヒーの香りが増えているのと、最近このお店で良く聞く、若い男の子の声がしたからよ」
 俺と村崎が相変わらず不思議そうな顔をしていると、咲さんは続けた。
「それに、秋のお友達で私の知る限りではコーヒーは初音ちゃんしか飲まないし。五鈴ちゃんも、何時も飲むのはアイスココアだから。だから新しいお友達かなって。男の子の方は、秋と親しげに話していたから、友達って言うより彼氏くんって所かしら?」
 ははー! ってひれ伏したい気がした。目が見えなくても、何でもお見通し、的中率百パーセントだ。占い師か何かやっていても、何ら変ではない。それに加えて、視力以外での観察力が凄い。何だか後光が差して見えるのは、俺だけじゃないはずだ。
 咲さんに尊敬のまなざしを向けている俺と村崎。と、そこへ本村さんがコップ一杯の水を咲さんに差し出した。
「もう、お買い物なら私が帰りに行って来る、って言ってあったのに……」
「だって、秋が帰ってくる前にお砂糖がなくなったんだもの。それに、久しぶりにマリーを散歩に連れて行きたかったし」
 そう言って咲さんは床に座っているゴールデンレトリーバー、マリーの頭を撫でた。マリーはそれが嬉しいらしく、もっと撫でて、とねだる様に咲さんの掌に鼻をすり寄せる。
「これも何かの縁ね、そうだわ、少し待っててくれる? 材料を買ってきたから、ご馳走するわ。もし良かったら、どう?」
 咲さんはぽん、と両手を叩いて嬉しそうに笑い、店の奥へと消えて言った。
 取り残された俺達はしばし無言になりかけたが、折角の誘いを断るわけにもいかないので、カウンター席について咲さんを待つことにした。



 しばらくすると、咲さんはシフォンケーキやらクッキーやら大量のお菓子を俺達の目の前に持ってきた。俺達が唖然としていると、本村さんだけが唯一あっけらかんとしてケーキを切り分けたり、クッキーを人数分に分けたりしている。流石は姉妹だと、俺は感心した。あのほんわかとした雰囲気を何事も無く受けきれるのは、しっかり者の本村さんしかいないのだと思い知らされた気がした。
 咲さんはカウンターでサングラスを外し、両目を瞑った状態で頬杖をついていた。目に傷跡のようなものがあるが、傍から見ると咲さんはとても天真爛漫で明るく、目が見えないようには見えない。俺が咲さんの方を見ていると、咲さんは思い立ったように俺の手を握った。
「あ、あの、咲さん……?」
「明日、学校でハプニングが起こるわ。水に気をつけてね」
「はいっ?」
「本寺くん、気にしないで。お姉ちゃん、気まぐれで占いっぽい事言うけど、全部デタラメだから」
 そう言って本村さんがため息をつくと、咲さんは心外よ、というように腰に両手を当てて言った。
「あら、秋とそこの村崎くんがいつか両思いになるから安心しなさい、って励ましてあげたの、忘れたの?」
「あ、あれは励ましでしょ。もう、お姉ちゃんたら……みんな、気にしな……」
 本村さんが全てを言い終えないうちに、俺達は咲さんに迫っていた。
「咲さん、俺、明日何があるんですか!? 水に関係する事ですか!?」
「咲様、いや、お姉様って呼ばせて下さい、何卒、秋と俺が幸せになれる秘訣をッ!」
「当たるって思ってたけど、やっぱり凄いです、咲さん! 出来れば私にも……淳平くんが私の事どう想っているか、なーんて、キャー!」
 最早、占ってもらう気満々、それぞれの欲望が爆発中の俺達三人に、本村さんが呆れたような、非常に冷たい眼差しをおくってきた。
 その後俺達三人は、咲さんが作ってくれたお菓子を頬張りながら咲さんの言葉に耳を傾け続けた。


後書き

人物紹介しておきます。

本村 咲(もとむら さき)
秋の姉。事故で左目を失明、右目もほんの少ししか見えない。
しかしそれを感じさせないほどに明るい性格。
占いが神がかり的に当たる。

次は梨音さん、お願いします!
勝手に占いの内容で進む方向を決めてしまいましたが、無視していただいても結構です。
頑張ってください!

この小説について

タイトル 天真爛漫な人
初版 2009年5月16日
改訂 2009年5月16日
小説ID 3144
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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コメント (1)

★日直 コメントのみ 2009年5月18日 21時34分57秒
咲さん、すごいなー。
それにしても、村崎と本村さんらぶらぶじゃないですか。これで剛の友達は皆恋を成就させちゃいましたね。さて、後はこれをどうやって壊していくか……じゃなくって、どう波乱万丈を巻き起こしていきましょうか。今後の展開に期待が集まります。

僕の見た限りでは誤字脱字もなく、文章も気になる所はあれど取り立てるまでのものはありませんでした。これからもお互い頑張りましょうね〜。
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