りれしょ物語 - 縁結び

「さ、さようなら……」
「さよおーならあー!」
「さようなら。また来ますね」
 テンションの低い声と耳障りなぐらい大きな声と穏やかに弾んだ声とが、喫茶フィオーレを出る直前に店内でこだました。無論、落ち込んだ声の主は俺、うっせえ声の主は村崎、優しい声の主は煽である。はあ、水難か……。
「また来てね。私もマリーも待ってるわよ」
「私もだよ。ばいばーい、じゅーん」
「おう、絶っ対また来るぜよっ!」
 カランコロン音が鳴るのと同時に店を出ていき、帰宅のために歩を進める俺たち。いつの間にか空が橙色に焼けているのを確認しながら、俺は村崎にあることを詰問した。
「おい村崎。さっきはつい聞くの忘れてたけど、どうして俺にはお前たちが付き合い始めたことを内緒にしてたんだ? 俺だけ仲間外れかこの野郎」
「あーそれか。後で驚かそうと思ってさ、最初は皆に黙ってたんだけど……」
「勘のいい淳平くんをはじめ、他の皆にも次々とばれちゃったのよ」
 煽が村崎の言葉を横取りした。
「なるほど。それで村崎と本村さんのことを知らないのは俺だけになったというわけか」
 村崎め、またつまらんことを思いつきやがって。
「まだ他にばれてない奴いるぜ。キリカ先生と須藤だ。黙っといてくれよ」
 知るか。
「じゃ、俺は帰るぜ。ふーんふーんふーん」
 下手くそな鼻歌を歌いながら、月面でも歩いているかのような弾みきった足取りで消えていく村崎。そういえばあの野郎、咲さんから「これからのあなたと秋は、それはもう今と比べ物にならないくらいラブラブになるわ。これからいろんな障害があなたたちを待ち受けているけど、それのどれをも粉々に玉砕するぐらいラブラブになるわ。もう怖いぐらいよ。ああ、あなたたちの方を向いてると真っ暗闇なはずの視界がいっきにピンク色になっちゃう」とかなんとか長々と言われてたな。
「それに比べて俺は、『ハプニングのことは、明日になってからのお楽しみよ。ふふふ、ご愁傷さま』だもんなあ……」
 全然楽しみじゃないのは言うまでもない。
 俺が肩をがっくり落としながら喋っていると、隣で煽がくすりと笑った。
「こら、そこ笑う所じゃないぞ」
「あらごめんなさい、ちょっと別のこと考えてたわ」
 そう言いながら煽は目の前にやってきて、俺の歩く足を止めさせる。夕陽に照らされた煽の顔は、いつぞやの校門前、体操着を着た元気な小雪の姿を思い出させた。
「今日一日あなたと一緒にいて、いろんな人と出会ったわ。五鈴ちゃんに九条くん、霧架さんに小雪ちゃん、ひいては秋ちゃん姉妹に村崎くんも」
 そういえばいろんな奴らと会ったな。御堂は会話だけだったけど、一日で知り合いのほとんどと言葉を交わしている。
「そして、あなたと小雪ちゃん、五鈴ちゃんと九条くん、秋ちゃんと村崎くん……皆それぞれ、自分の想いを成就させてるわ。さっきね、私咲さんから『淳平くんと結ばれるためのラッキーアイテムは、なんと言っても剛くんよ』って言われたの」
「…………」
 俺は黙って、煽の話に耳を傾け続ける。
「実はね、ちょっと前まで、私は淳平くんに声をかけることもできない恥ずかしがり屋の小心者だったの。でもあなたと会ってすぐ、不思議と勇気が湧いてきたわ。淳平くんに近づくための第一歩を踏み出す勇気がね」
 煽はにっこりと、顔満面に笑みを作って見せた。
「本寺くん。あなたって、ひょっとしたら縁結びの神様かもね」


 せめて明日の学校で起こるという水難ハプニングとは無縁でありたいものだ。道中で煽と別れた後、俺は夕暮れに濡れる道路を歩きながら思った。
 縁結びの神様、ね。まあ否定はしないけど。こないだ小雪と一緒に須藤弟の誕生日プレゼントを買いに行った日もいろんな奴と出会った。つまりいろんな奴と縁があるというわけで。
「ひょっとしたら小雪が事故ったのも、俺のせいかもな……」
 あんまりこういう考え方はしたくないけど、俺と小雪が結ばれたのもあの事故があってのことだ。俺の縁が小雪と結ばれるために事故を引き起こしたのだとしたら……さすがにそれはないか。不運な偶然だろう。
 それにもし俺の縁があの事故を生み出したのだとしたら、小雪に重症を負わせたりなんかしなかったはずだ。
 そうだ。明日学校が終わったら、急いで小雪の所へ行こう。あいつ強がったりしてるけど、今日俺が居なくなろうとしたら凄く寂しそうな顔をしていた。せっかく恋人同士になったんだし、たくさん会いに行ってやろう。




 翌朝。
「ぶえっくしょんっ」
 学校に着くなり、俺は校舎の玄関にて馬鹿でかいクシャミを放った。
「まさか雨が降るとはな。ついてない。これが水難ハプニングか」
「いや、曇りまくってる空模様に気付かないで傘を持ってこなかったお前が問題だと思うぞ」
 俺の隣でそう言うのは、人を蔑むかのような目つきでこちらをじとっと見てくる雛利である。登校中に雨が降り始めたとき、たまたま出会ったお前が傘に入れてくれさえすれば俺は濡れずに済んだというのに、
「どうして私がお前なんかと相合傘しなきゃいけないんだ」
 の一言で突き放しやがって。
「へん。そんな無愛想だと今に九条先輩が逃げてくぞ」
「ふん。私が愛想を振りまくのは九条先輩と女友達だけなんだ。他は皆ぞんざいに扱ってやる」
 なんて奴だ。
「じゃあな、あほ剛」
「誰があほだこら」
「あほが気に入らないならばかって言ってやる。ばか剛」
「お前最近ますます口悪いぞ」
 俺が言ってやると、雛利はそっぽ向いて自分の教室へ向かっていった。
 本当、なんて奴だ。


「ぶえっくしょんっ」
 理科の授業中、俺は理科室にて馬鹿でかいクシャミを放った。
 なんてことだ。テーブルに付いている水道がぶっ壊れてそこから飛び出た水がもろ俺に直撃するなんて。
「お前運が悪いなー」
「……ああ、そうだな」
 向かいに座っている村崎が同情の視線をこちらによこす。お前もぶっ壊れた水道の近くに居ただろうが。何故濡れない。
「でも面白かったぞ、お前」
「人の不運を笑うなこの野郎」
「こらそこ、授業中に余計な私語は厳禁だぞ」
 先生も、ずぶ濡れの生徒がいるんだから少しは構いに来いよ。噴出する水を止めただけでさっさと授業に戻りやがって。
 まったく、なんてことだ。


「ぶえっくしょんっ」
 放課後、俺は廊下にて馬鹿でかいクシャミを放った。
 今度は玄関に向かって廊下を歩いていたら、掃除当番(らしい)の女子生徒がバケツを思いっきりひっくり返して俺の頭の上に……
「いい加減にしろおおおおぉッ!」
 俺はキレた。
「ひっ、ご、ごめんなさいっごめんなさいっ」
「おいおい本寺。この子もこんなに反省してんだし、そこまで怒鳴ることないだろ。爽やかに許してあげようぜ、な」
 俺の肩にポンと手を置きながら言ってきやがる村崎。
「俺はバケツをひっくり返してしまったこの子に怒ってるんじゃない。自分のくそうぜえ運命に怒ってんだ!」
 実は授業合間の休み時間や昼休みそしていろいろエトセトラ、いろんな時に水を被っている。数えてみれば八回ほど。俺がキレるのも仕方ないのだ。
 これは何の呪いだろう。俺の水難はここまで酷いものだったのか。
「五着目の体操服まで濡らしちまった。また購買で買わなきゃな……」
「あの、本当にごめんなさい。クリーニング代と替えの服代、私に払わせてください」
「いやそこまで責任感じなくてもいいって。俺の運が悪いだけなんだから」
「違います、私が悪いんです。だから……」
「だーかーら、大丈夫だって言ってるだろ。あんまりくどいと怒るぞ」
「う、うう……その、本当にごめんなさい……」
 さっさと購買に行こう。風邪を引いてしまう。


「おおずぶ濡れ野郎、また来たな」
 休み時間の度に会っていてもうすっかり顔馴染みの購買部部員の男子生徒が、ずぶ濡れの俺にけらけら笑いながら話しかけてきた。
「また来てやったよ。体操服出せ」
「あいよ。これで五着目の購入だな」
 もともと持ってたのと今日買ったのを合わせて、俺の所持する体操服は合計で六着となった。こんなに替えの体操服を持っているのは世界でも俺だけだと思う。
「良かったな。うちの学校体操服安くて」
「本当だよ。ったく、今日は散々だ」
 まあ一着一着が安くてもたくさん買えばそれなりに出費がかさむわけだが。はあ、懐が寂しい。
「じゃあな購買部部員A」
「おう、また来いよずぶ濡れ野郎A」
 次来る時はシャーペンの芯でも買ってやるよ。
 さて、着替えるために教室へ戻るとするか。この学校は女子にしか更衣室が設けられていないのはどうしてだ?


「またかよ……」
 今回俺は濡れなかった。代わりに買ったばかりの体操服が濡れた。
「あ、悪い本寺。ちょっと茶を飲もうとしたんだけどよ、この水筒買ったばかりでさ、使い勝手がまだつかめなくてつい」
 もうちょっと反省の色を込めて謝れよ。さっきの掃除当番女子生徒を見習え。
 しょうがない、今日は帰宅ついでに小雪ん家へお見舞いに行こうかと思ってたけど中止だな。濡れたまま濡れながら帰ろう。
 ふと窓の外を見上げれば、空模様は未だにグレーと黒の二色混合。たまにゴロゴロと不穏に唸っている。
「すげえ雨だなー。俺傘余分に持って来たから一本貸そうか? ていうか貸されてくれ」
 そう言って俺に紺の折り畳み傘をよこす村崎。……まあ、体操服の件はこの傘に免じて許してやるか。
「やあ本寺に村崎、まだ帰ってなかったのかい?」
 他に誰もいないガラガラの教室内に、突如御堂のゆったりした声が響いてきた。そしてその背後では、煽と雛利と本村さんの三人がとことこついて来ている。
「純、一緒に帰ろっ」
「オッケートゥギャザーでゲットホームだぜ! ところで俺たまたま傘失くしたから、今日は秋のに入れてくんない?」
「今日は? お望みならいつだってっ」
 聞いている方がド恥ずかしい会話を繰り広げながら教室を出て行くお二人さん。おうおう帰れ帰れバカップル。本村さん、どうして村崎なんかを好いてしまったのか今度是非詳しく聞かせてくれ。
「なるほど、これが噂に聞く水難少年ですか。難解だ」
 どこからかホームズ帽を取り出して頭に被りながら何か呟く御堂。何が難解か。俺はトリックでも何でもねえぞ。
「本寺くん、状況がかなり深刻なようね。大変そう……」
「お前替えの服まで濡らしてんのか。すげーな水難」
 煽と雛利が順に感想を述べる。すげーだろ俺の水難。
「水も滴るいい男だろ」
「うふふ、そうね」
「どこが」
 煽は本当素直でいい奴だな。雛利は嘘を吐いたので悪い奴だ。
「嘘じゃねーよ心の底の底から本音だよあほかお前いやばかだったなばか剛」
 最近口が悪いとは思ってたけど、もうそろそろ潮時まで行くんじゃなかろうか。そして雛利による罵倒の波は引くことを知らないだろう。
 とにかくお前、感じ悪いぞ。
「こら、五鈴ちゃん!」
 俺が少しは言い返してやろうかと口を開くより寸分前、突然煽の叱咤する声が教室内に鳴り響いた。
 驚いたのはどうやら俺だけじゃないらしい。そりゃそうか。普段温厚な友達が怒ったんだから。雛利は煽の声に体をびくっと思いっきり震わせ、親に怒鳴られた子供のようにしょんぼりな顔をした。
「たとえ冗談でも、人のことをそんなに悪く言ってはだめよ。ほら、本寺くんに謝りなさい」
「でも、剛が……」
「本寺くんが何か悪いことしたの?」
 穏やかな口調の中に、口答えを許さぬ厳格さが交えられた煽の声。傍から見ると行儀の悪い妹を叱るお姉さんみたいだ。いい嫁さんになるぞ。
 対して雛利は、少しの間キョロキョロと辺りを見回してから落胆する。味方になってくれそうな人を探して見つからなかった時の子供みたいだ。ふっ、煽に比べるとまだまだガキだな。
 やがて雛利が渋々(または嫌々)口を開く。
「ごめん、私ちょっと言い過ぎた」
 言い方はぶっきらぼうだったけど、ちょっとだけ反省の色が見え隠れする雛利の声。
 さっさと許しちまうのも癪だし、ちょっとだけ意地悪してやろう。
「許してほしいのか?」
「……っ」
 屈辱と悔しさに顔を歪めまくってこちらを睨みつけてくる雛利。おお怖い、こりゃ噴火寸前の活火山だ。これ以上こいつを刺激するのは危険だぞと俺の中で軽い危機注意報が鳴り始める。
「許してやるから、怖い顔するなって。そんな顔九条先輩に見られたら嫌だろ」
「……ふん。お前なんかもう知らない」
 そう吐き捨て、教室から早足に去って行く雛利。その後ろ姿を見てなんとなく様子が変だと一瞬思ったが、気のせいだろうか。瞬きしてからだと、雛利はいつもと変わらないように見える。
「本寺くん、あんまり五鈴ちゃんに意地悪しちゃだめよ。あの子をいじめていいのは私だけなんだから」
 煽がなんかおかしなことを言い出したが、俺の頭頂部をぽんぽん叩いている御堂はもっと気になった。不満をぶつけてやる。
「おい御堂、何やってんだ」
「君の水難の原因がどこにあるのか探ってるのさ。僕の推理だと、みずがめ座の君は今日の運勢最悪だと朝某テレビ番組が言っていた」
「それ推理じゃねえし水難の原因探れてねえ!」
 相変わらず頭をぽんぽん叩いてくる御堂はしまいに「まあ運勢なんて僕にはどうしようもないしね」とか言い出す始末。この野郎、結局は俺の悪運を茶化すだけか。……と思っていたら、俺の頭から手を退けた御堂は相変わらずのゆったり声で俺に言った。
「こういうのは探偵より、もっと別の専門家さんをお訪ねすればいいよ」
「もっと別の専門家?」
 何のことだ。水難に専門も何もないと思うんだが。
「なるほど、咲さんにどうすればいいか聞きに行けばいいわけね。さすが淳平くん、ナイスアイデアっ」
「いやー初歩的なことだよ初音くん」
 そっか。俺の水難を予見出来た咲さんなら、それをどうすれば解消できるのかも占うことが出来るというわけか。そんなに上手くいくかなと思いつつ、俺は村崎が置いていった折り畳み傘を手に握る。
 行ってみるか。あの人ならという希望を心の中で若干煌かせ、俺はとりあえず帰路に就くため教室を出て行った。


 それから俺は一旦家に戻って着替えを済ませ、一日ぶりの喫茶フィオーレを目指し足を運ぶのであった。ああ、もちろん途中走る車のせいで泥水を大いに被りましたよ。今日は水難デイですから。
 ぶえっくしょんっ。

後書き

後書き!
次回はひとり雨さんです! その次は達央さんです! さらにその次は僕です!
以上!

……いやいや。僕だってこれで終わらせる気はありませんからね。そりゃ話すことなんて別にないですけれども。
もう梅雨ですね。都合よく物語の中でもそんな時期です。皆さん、できるならば学校に置き傘しておきましょうね。でないと剛みたいに濡れちゃいますから!

この小説について

タイトル 縁結び
初版 2009年6月27日
改訂 2009年7月3日
小説ID 3248
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コメント (1)

ひとり雨 コメントのみ 2009年6月27日 22時24分47秒
 読みましたー! うあ、私が仕組んだとは言え、物凄く災難ですね(笑
 一日一日が暑い毎日ですが、こう何度も水を被っていたらくしゃみも出ますね;;
 縁結びの神さまも水には弱いっていうのも面白いですね。くしゃみ連発ですし。
 剛は果たして水難から逃れる事が出来るのか……!
 おお、何だか予告みたいになってしまいました。
 私も頑張ります、それでは。
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