りんご、夜の月

上原直也
             「りんご、夜の月」


「幸せの量って決まっててさぁ、誰かがひとり幸せになると、誰かほかのひとが不幸せになるのかなぁ」
「え?いったいなんの話?」
 わたしはディーパックで入れた紅茶を、明美の座っているソファーの前のガラステーブルのうえにおいた。明美はありがとうと言って、紅茶を一口啜ると、美味しいと言って微笑んだ。
「りんごの香」
「そう。フレバーティ。美味しいでしょ?この前ね、外国の紅茶の葉っぱとかを売ってる店で買ったの。で、最近はこれにはまってて、毎日飲んでる」
 わたしはそう言ってから軽く笑った。
「確かに美味しい」
 明美は何か確認するように赤いマグカップに入っている紅茶に視線を落とすと、頷いて、また一口啜った。
 わたしは明美が座っているソファーのとなりに腰を下ろした。
 明美はわたしが働いている会社の同期で、同い年だ。お互い今年で二十六歳になる。
今日は金曜日で、仕事が終わったあと一緒に飲みに行ったのだが、遅くなって終電がなくなってしまったので、急遽明美がわたしの家に泊まっていくことになったのだ。わたしが一人暮らしをしているアパートは、今日飲んでいた吉祥寺の繁華街から近くにあって、徒歩十五分くらいで行ける。
「でさぁ、さっきの話なんだけど、どう思う?」
 明美はマグカップをテーブルの上に戻すと、わたしの顔を見て言った。
「えーと、なんの話だったけ?」
 わたしは紅茶を作っていて明美の話をちゃんと聞いていなかったので訊き返した。
「だからさぁ」
 と、明美はわたしの科白に大袈裟に憤慨したような表情を作ると、
「幸せの量って決まってるのかなっていう話よ」
 と、文句を言うように言った。
「うーん。どうなんだろうね」
 そんなことはこれまで考えてみたこともなかったので、わたしは首を傾げた。
「そう言われればそんな気もするけど」
 明美はそう答えたわたしの顔を、軽く目を細めて非難するように見つめると、
「絶対そうに決まってるじゃーん」
 と、いくらか興奮気味な口調で言った。
「ねえ、考えてみてよ。世の中のものの量には限りがあるんだよ。たとえばAという物質があってさ、誰かがそれを取っちゃったら、ほかのひとのところへそれはいかなくなっちゃうんだよ。だからさ、みんなが幸せになることなんてできないんだよ」
「まあ、理論上はそういうことになるのかな」
 と、わたしは明美が言ったことについて、天上のあたりを見つめて考えてみた。確かに物質に限りはあるし、みんなが幸せになることは難しいのかもしれない。
「なんかどうでも良さそう」
 明美はわたしのリアクションが物足りなかったらしく、わたしの顔に向けていた視線をもとに戻すと、軽く唇を尖らせて言った。
 わたしはそっぽをむいてしまった明美の横顔に視線を向けると、
「なんかあったの?」
 と、なだめるように訊いてみた。すると、明美はちらりと横目でわたしの顔を見て、それから、また前に戻すと、
「べつに」
 と、なんだか怒ったような顔で言った。そしてそれから明美は瞳を閉じると、
「飲みすぎた。頭がクラクラする」
 と、わたしに言っているのか、独り言なのか、ほぞほぞと呟くような声で言った。
 わたしはどう言ったらいいのかわからなくて、とりあえずという感じで紅茶を一口啜った。やっぱり美味しい。甘くて、さわやかな香。
 明美はほんとうに頭が痛いのか、目を閉じたまま黙っていた。わたしが大丈夫?と尋ねてみると、彼女は瞳を閉じたまま、大丈夫だというようにこくりと頷いた。沈黙があった。明美も黙っていたし、わたしも何を言ったらいいのかわからなくて黙っていた。わたしは少々手持ち無沙汰になって、それを紛らわすためにテレビをつけた。そのとたんに、しんとしていた部屋にテレビの賑やかな音声が溢れた。今は深夜のバラエティ番組がやっている。
「この前ね、久しぶりに大学のときの友達に会ったの」
 と、しばらくの沈黙のあとで、明美は唐突に話はじめた。
「友達というか、大学のときのクラスが一緒だった娘で、会えば話すくらいの娘だったんだけど・・・」
わたしはテレビ画面に向けていた視線を明美の顔に戻した。彼女はいつの間にかさっきまで閉じていた瞳を開いていた。前方に向けられた彼女の瞳は少し傷ついて、なんだか疲れているようにも見えた。わたしは再び紅茶を啜ってから、うんと相槌を打った。
「町で偶然会ったの。買い物して、それでちょっと疲れたし、お茶でもしようと思ってセルフサービスのカフェに入ったの。で、そのとき、日曜日だったから結構混んでて、わたし、自分の順番が来るのを並んで待ってたのね、そしたら、後ろから肩を叩かれて、それで振り返ったら、その娘がニコニコして立ってたの」
「そっか」
 と、わたしは答えようがなかったので、ただ相槌を打った。
「で、そのとき、その娘、あ、その娘の名前、さやかっていうんだけど、そのさやっていう娘と一緒に誰がいたと思う?」
「さあ」
 わたしは首を傾げた。
 明美は不愉快そうな表情で紅茶を一口啜った。
「そしたらさ」
 と、明美はマグカップをテーブルの上に置くと、強い口調で続けた。
「なんとそこには、わたしが大学のときにずっと好きだった高橋くんがいたの!わたし、もうびっくりしちゃって」
「好きだったって、明美はその高橋くんに片思いしてたわけ?」
 わたしは明美の方を振り向くと、確認をとってみた。明美は黙って頷いた。
「ずっと片思い。四年間ずっと」
「その間、明美は彼に告白とかしたりしてみたの?」
 わたしの問に、明美は短く頭を振った。
「してない。だって、高橋くんは他のひとと付き合ってたし。だから、わたしがそこに入り込む余地はなかったのよ」
「奪っちゃうという手もあったのでは?」
 と、わたしが面白半分に尋ねてみると、明美は半ば呆れたようにわたしの顔を見て、
「わたしにそんな勇気あると思う?」
 と、勝ち誇ったように自己否定した。
「それに、高橋くんと付き合ってる娘、わたしなんかの百倍は可愛かったし。だから、どちらにしても、わたしには勝ち目がなんてなかったのよね」
 と、明美は正面に向き直ると、いくらか眼差しを伏せるようにしてもぞもぞと呟くような声で言った。
「そっか」
 と、わたしは頷いた。そして、わたしも過去に何度かしたことのある、片思いの経験を思い出した。少しだけ甘くて、でも、苦しい気持ち。
「で、さっき明美が言ってたさやかって娘が、その高橋くんが付き合ってたひとなの?」
 わたしは少しの沈黙のあとで、気になって尋ねてみた。すると、明美はちょっとぼんやりした表情でわたしの顔を見ると、首を振った。
「違う。高橋くんが大学のときに付き合ってたのはまたべつのひと」
と、明美は短く答えた。
「高橋くんは大学卒業する直前くらいに、そのひととは別れたの」
「明美は高橋くんの交際関係について詳しいんだね」
と、わたしが微笑してからかうと、明美は紅茶を啜って、
「そりゃあね」
と、あまり面白くなさそうな表情で頷いた。
「今はね、さやかと付き合ってるみたい。そのときわたしたち久しぶりに会ったし、一緒にお茶したんだけど、そんなこと言ってた。大学卒業したあとにばったり再会して、それでなんとなく付き合うようになったんだって」
 明美はマグカップのなかに眼差しを落とすと、付け加えるように言った。
「なほどね」
 と、わたしは相槌を打った。
「なんだか世の中って不公平だよね」
 と、明美は少しのあいだ黙っていてから、やがて、すねたように軽く唇を尖らせて小さな声で言った。
「わたしがどんなに高橋くんのことを思っても、その想いは届かないんだもの」
「だから、さっきあんなこと言ってたんだ?」
 と、わたしは明美の科白に小さく笑って言った。明美は伏せていた眼差しをあげると、なんのこと?というようにわたしの顔を見た。
「だから、さっき明美が言ってた、物質には限りがあってナンチャラって話よ」
 明美はわたしの説明に、なんだか元気のない表情でこくりと頷いた。そして明美は何かついて考え込むようにそのまま黙っていた。
「でもさ、そういうのってしょうがないよ」
 と、わたしは明美が黙ったままでいるので、言い聞かせるように言った。
「みんなさ、自分がほんとうに好きなひととはなかなか付き合えないものだよ。わたしだって、自分がほんとうに好きな人とと付き合えたことはないし」
 明美はわたしの言葉を聞いているのか、聞いていないのか、俯き加減に黙ったままだった。わたしは更に言葉を継いだ。
「それに」
 と、わたしは言った。
「明美は高橋くんに自分の想いが届かないって嘆いてるけど、でも、明美の知らないどこかで、明美に対して同じようなことを感じてるひとがいるかもしれないじゃない?」
 明美はそれまで俯けていた顔をあげて、探るようにわたしの顔を見つめた。
「つまり」
 と、わたしは言った。
「どこかに明美のことをメチャクチャ好きだと思ってるひとがいて、でも、そのひとの想いは、明美がべつの誰かのことを好きでいるから、届くことはない。つまり、みんなどこかで無意識のうちに誰かのことを傷つけたり、傷つけられたりしてるってこと。お互い様だし、しょうがないことなのよ。それは」
 言いながら、これは半分くらい自分自身言い聞かせているなぁ、と、わたしは思った。
 明美はわたしの言ったことを吟味するように少しのあいだ黙っていたけれど、やがて口を開くと、
「その理屈はわかるけど」
 と、不満そうに言った。
「でも、問題なのは、そういう理屈がわかったところで、この切ない気持ちはどうにもならないってことよね」
 と、明美は納得できないというふうに言った。
「なんで世の中って、みんなが幸せになれるようにできてないんだろうね」
 そう口にした明美の言葉は、少し哀しげに部屋の空気を震わせていった。たとえば何かが砕けて、その破片が光を乱反射させながら散らばっていく光景をスローモーションで見ているような。
「確かに、みんなが幸せになれる世界があったらいいのにね」
 と、わたしはしばらくしてから小さな声で言った。そしたら、明美が今みたいに傷つくこともなく、更に言えば、この世界に溢れている憎しみや哀しみも消えてなくなってしまうのだけれど。
「なんか文句を言いたくなるよね」
 と、明美は言った。
「文句?」
 と、わたしが明美の言葉を反芻すると、明美は短く頷いて、
「そう。文句。どうしてもうちょっとマシな世界を作らなかったんですかって、神様みたいなひとに」
「まあ、もちろん、そんなひとなんていないんだってわかってるけどね」
と、明美は弁解するようにすぐに付け加えて言った。
「それでも、誰かに、なんでなのって文句が言いたくなるのよねぇ。この世界の不完全さに腹が立つというかね」
 わたしは明美のそのいささか突拍子もない意見に耳を傾けながら、でも、確かにその通りかもしれないな、と、思った。もうちょっとみんなに対して優しい世界があってもいいのではないかと思った。光あるところに影があるというけれど、でも、影なんてなく、光だけあればいいじゃないかと思う。どうしてわざわざ影なんてあるのだろう。
「あるいは哀しみや不幸せっていうのは」
 と、わたしの心の声を聞いたかのように、明美は更に言葉を続けた。
「わたしたちが精神的に成長するために必要なものなのかもしれないけど」
「けど?」
 と、わたしは明美の顔を見つめて続きを促した。
「わたしはべつに精神的に成長なんてできなくていいから、幸せになりたい」
「明美はもうちょっと精神的に成長した方がいいんじゃない?」
 と、わたしが軽口を叩くと、明美は怖い顔でわたしの顔を見た。わたしは軽く笑って冗談よと言うと、
「でも、確かにそれは思うよね」
 と、わたしは深く頷いて言った。
「わたしもどちらかというと、傷ついたり、哀しい想いをしたりするのはイヤだもの。ただ単純に幸せになれたらいいなぁって思う。進んで苦労することを選ぶことができるほど、わたしは人間ができていないし、強くもないし」
 明美はわたしの科白に黙って耳を傾けていた。わたしはもう残り僅かになってきた紅茶を口に運んだ。
「でも、現実はそうはいかないのよねぇ」
 と、わたしは言ってから軽くため息をついた。
「良くも悪くも、現実というのは、傷ついたり、哀しい想いをしないことには、前に進んでいけないものなのよね」
「でも、世のなかには、傷ついたり、哀しい想いを経験することで、返って前に進めなくなるひともいる」
 と、明美がわたしに問題提起をするように言った。
「確かにそれはそうよね」
 と、わたしは認めた。わたしの友人にはひとり、大学受験に失敗して、それ以来ひきこもりになってしまった友人がいる。わたしはその娘のことを思い出した。全てのひとが失敗や挫折を糧に前に進んでいけるわけではない。
「でも、それは確かにそうなんだけど、だからといって、それはどうしようもないことなのよね。悔しいけど、それが現実で、好むと好まざるとその問題と向き合っていくしかないから」
 明美はわたしの言ったことについて黙っていた。何か真剣な表情でわたしの口にした言葉について考えを巡らせているみたいだった。
「なんだか世の中ってどうしようもないことや、辛いことばかりみたいね。みんで我慢大会でもしてるみたい」
 と、少しの沈黙のあとで、明美は呟くような声で言った。そう言った明美の言葉は、暗闇のなかで蝋燭の炎が揺れるように儚げに聞こえた。明美の言葉に誘われるように、過去の、どちらかという哀しみの色素を帯びた記憶たちがわたしの思考のなかに忍びこんできた。中学校のとき、部活のレギュラーになりたくて必死に練習したのに成れなかったこと。どんな勉強しても思うように成績があがらなかったこと。自分の好きなひとにまるで自分の思いが届かなかったときの記憶。昔の大切にしていたおもちゃが壊れてしまったときの思い出。友達の心のない言葉。上司のあからさま侮辱の言葉。わたしは一瞬、世界は哀しいことの連続でできているような錯覚に陥った。
 と、そのとき、耳に聞こえてきたのは、黄金色にやわらかく輝くような優しい音だった。なんだろうと思って耳を傾けてみると、それはピアノの音だった。テレビの深夜放送が終わって、テレビでピアノの演奏が流れているのだ。そしてわたしは思い出した。幼い頃、何か哀しいことや辛いことがあると、よく聞いていたピアノの曲があったことを。
「わたしには五つ年上のお姉ちゃんがいるんだけどね」
 と、わたしはいま心のなかに花が咲くように浮かんだことを口に出して言った。明美はそう言ったわたしの顔を怪訝そうに見つめた。
 わたしは微笑んで言葉を続けた。
「すごく優しいお姉ちゃんだったの」
 と、わたしは言葉を続けた。
「ピアノを習っててね、それがすごく上手で、それでわたしよくお姉ちゃんにピアノを弾いてもらってたの。なんていう名前の曲名かは忘れちゃったけど」
 明美は語り続けるわたしの横顔を不思議なものでもみるように見つめていた。
「すごく綺麗な曲」
 わたしは瞳を閉じて、お姉ちゃんのピアノの演奏を頭のなかに思い浮かべみた。よく晴れた、穏やかな朝に、海原を黄金色に輝かせるような曲。静かで、暖かくて、とても優しい。その曲に耳を傾けていると、まるで自分の周囲の空間をやわらかな光が包んでくれているような気持ちになる。
「わたしね、何か落ち込んだりすることがあると、いつもお姉ちゃんにその曲を弾いてもらってたの。なんだか元気がでるような気がして。わたしが頼むと、お姉ちゃんは仕方がないわねという感じで微笑んで、それで何も言わずにわたしが好きなその曲を演奏してくれたの」
「素敵なお姉さんね」
 と、明美は何か眩しいものを見つめるときのように微かに目を細めて微笑んだ。
「そう。素敵なお姉さん」
 わたしは閉じていた瞳を開くと、微笑んで明美の言葉を繰り返した。
「いま、そのお姉ちゃんはどうしてるの?」
 と、明美は尋ねてきた。
「もう結婚してる」
 と、わたし明美の方を振り向くと、笑顔で答えた。
「まだちっちゃい娘がひとりいてね、その娘がすごくかわいいの。だから、お姉ちゃんはその娘をめちゃくちゃかわいがってるんだけど、ときどき、ああ、わたし、自分のお姉ちゃんをその娘に取られちゃったなぁって寂しくなるのよねぇ」
 と、わたしは言ってから苦笑するように笑った。誘われるようにして明美も小さく笑った。
「ねぇ、世の中ってさ、上手くいかなことや、辛いことが一杯あったりするけど、でも、そればかりじゃなくて、ときどきそんなふうに心を内側から温めてくれるような優しいこともあるのよね。そしてその記憶はいつでも自分に優しく微笑みかけてくれる」
「なんだかわかるようなわからないような」
 明美は半笑いのような顔でわたしの顔を見た。
「とかにくね」
 と、わたしは言った。
「そういう思い出や、そういう思い出を作ってくれるひとたちを大切にしようっていうこと。わたしがいいたいのは。世の中、生きてると、ときどき哀しいことや、上手くいかないことがあったりするのはしょうがないじゃない?でもさ、そういうとき、そんな優しい思い出や、優しいひとたちが身近にいてくれると、それほどひどい気持ちにはならないでしょ?まあ、いいかって思えるじゃない?人生が豊かになるというかさ」
「まあね」
 と、明美はわたしの言ったことを検討するように視線を少し斜め上にあげたあと、いまひとつ納得していないような、それでいて可笑しがっているような、楽しそうな表情で頷いた。
「そういえば、お姉ちゃんといえばね」
 と、わたしはふと思い出して言った。
「なに?」
 と、明美はわたしの顔を見た。
「お姉ちゃん、わたしが落ち込んで、ピアノを弾いてもらったあと、いつも林檎をむいてだしてくれたの。冷蔵庫をあけてね、林檎食べるかって訊いて。わたし、子供のとき林檎が大好きだったから、林檎をあげれば、わたしの機嫌が治ると思ってたんでしょうね」
「だから、林檎のフレバーティなんだ」
 と、明美はもう空になってしまっているマグカップに視線を落とすと、可笑しそうに口元を綻ばせて言った。
「そう」
 と、わたしは微笑んで言った。
「そういわれたら、なんだか林檎が食べたくなってきたなぁ」
 と、明美が面白がっているような口調で言った。
「あるわよ。冷蔵庫に。食べる?」
 と、わたしは明美の顔を見て、からかうように言った。
「食べる!食べる!」
 と、明美は連呼した。わたしは微笑してそれまで座っていたソファーから立ち上がると、台所へと歩いていった。そしてわたしが冷蔵庫から林檎を取り出していると、背後から明美のはしゃいだ声が聞こえた。なんだろうと思って林檎を手にしたまま、部屋に戻ってみると、明美はヴェランダのカーテンをあけて、外を眺めていた。
「どうしたの?」
 と、わたしが訊くと、明美はわたしの顔を振り返って、
「月」
 と、いくらか興奮気味な口調で言った。
 見てみると、そこには明るく澄んだレモン色の光を放つ月が見えた。満月だ。
「きれいじゃない?」
 明美は子供のように瞳を明るく輝かせて言った。
「そうだね」
 と、わたしは微笑んで頷くと、もう一度、夜空を見上げてみた。月は、心に、金色のやわらかな光の粉を撒くように優しく輝いていた。



 


この小説について

タイトル りんご、夜の月
初版 2009年7月10日
改訂 2009年7月10日
小説ID 3281
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