深い夢 2

「ここから逃げて。」と、手で何かを指し示して言った。彼女が手で示した場所を見てみると、そこにはドアがあった。そのドアにはNO6という番号が表示されていた。

「逃げるって?」と、僕は彼女の顔を見つめて尋ねた。しかし、彼女は今度もまた僕の質問を頭から無視してそのNO6と書かれたドアを開けると、
「とにかく、このドアから外に出て行くのよ。」と、少し語気を強めて言った。僕は頷くと、もうそれ以上質問することは諦めてドアのなかに入った。

 ドアを開けてなかに入った場所は階段になっていた。青色の螺旋階段になっている。今僕がいる場所が最上階であるらしく、階段を下に下りていくことしかできないようだった。

 彼女は逃げろと言ったが、具体的にどうすればいいのかわからなかったので、とりあえず僕は今目の前にある階段を下りていくことにした。

 しかし、階段を下り始めたのはいいものの、階段は降りても降りてもどこまでも続くばかりでおよそ終わりというものがなかった。

 階段を降りはじめてから一時間ぐらいが経った頃だろうか、ようやくのことで僕は階段の終わりに行きつくことができた。

 階段を降りきった場所にはまたもうひとつの新しいドアがあった。ドアにはNO8と書かれてあった。

 僕はおかしいなと思った。確かさっき見たドアにはNO6と書かれてあったはずだ。とすると、順番的には次のドアはNO7でなければならないんじゃないかと思った。

 でも、順番というようなものはあまり関係ないのかもしれない。いいや、とにかく、次に進んでしまおう、と、僕は思った。そう思って僕がドアを開こうとした瞬間、背後から声が聞こえた。

「そのドアは違うよ。」と、背後で誰かの声がした。小さな男の子のような声だった。

 驚いて振り返ってみると、いつからそこに居たのか、ひとりの男の子が立っていた。髪の毛を額のところで綺麗に切りそろえた、女の子のような顔立ちをした男の子だった。もしかすると、ほんとうに女の子なのかもしれない。

「そのドアは違うよ。」と、男の子は繰り返して言った。「本当のドアはさっきおばあちゃんが隠しちゃったんだ。」
 僕が突然のことに戸惑っていると、男の子は更に続けて言った。
「お兄ちゃんがグズグズしてるからいけないんだ。お兄ちゃんが階段を下りてきてる間におばあちゃんがドアを持っていっちゃったんだよ。階段なんて無視してすぐにここに来てれば間に合ったのに。」

「・・だけど、階段を無視することなんてできないよ。」
と、僕は男の子に向かっていいわけするように言った。
「だって、階段を下りないことにはここにはたどり着けないんだから。」

「そんなことないよ。」と、男の子は言った。「だってここはお兄ちゃんの夢のなかなんだよ。まあ、正確には完全なお兄ちゃんの夢じゃないけどね。でも、まだここは境目みたいなところだから、お兄ちゃんの意思の力もある程度有効なんだよ。だから、お兄ちゃんが階段なんてないんだって思えば階段なんてなくなってたんだ。」

「今更そんなこと言われたって困るよ。」と、僕はほんとうに困って言った。

「お兄ちゃんは大人だからそれくらいわかると思ったけどな。」と、男の子は失望したように言った。

 僅かな沈黙があった。

「ねえ」と、僕は少年に語りかけてみた。「なんとかならないのかな。その・・おばあちゃんがどこにその本当のドアを隠しちゃったのか、君は知らないのかな?」
 男の子は僕の問いに頭を振った。
「おばあちゃんはすごく用心深いひとだから、そんなこと僕たちに教えたりしないよ。それにもし知ってたとしても、それを教えることなんてできないよ。」

「どうして?」
「そんなことをしたら、今度は僕たちがひどい目に合わされちゃうからさ。」
「ひどい目って?」
「とにかく、ひどい目だよ。」と、男の子は言った。そう言ったとき、男の子はほんとうに怯えるような表情を浮かべた。

 それから、男の子はハッとしたように表情を強張らせた。

「どうかしたの?」と、僕は恐ろしくなって訊いた。
「アイツラだ。」と、男の子は緊迫した口調で言った。
「僕たちの話し声を聞きつけてやってきたみたいだ」と、男の子は言った。

「お兄ちゃん、悪いけど、もう僕いくね。だって、アイツラにつかまるわけにはいなかいもの。お兄ちゃんも早くここから逃げた方がいいよ。」
 男の子はそう言うと、僕の立っている脇をすり抜けて、NO8と書かれたドアを開けてそのドアの向こうへと消えていった。

 僕は少しの間、男の子が消えていったNO8と書かれたドアの前に立ち尽くしていた。一体どうすればいいのかわからなかった。しばらくすると、どこからともなくさっき聞いたシュルルという何か生き物の息遣いのような音が聞こえてきた。そしてその音は確実にこちらに向かって近づいてきているようだった。

 僕は少し躊躇ってから、目の前にあるNO8と書かれたドアを開けた。

                ☆

「それで?」と、川上優貴は言った。
「そのあとどうなったの?」
 優貴の反応は正直意外だった。話すことがなくなってしまったので、軽い思いつきで夢の話をはじめたのだが、まさか優貴がこれほど僕の夢の話に食いついてくるとは思わなかった。

 今、僕と優貴は喫茶店にいて、向かい合わせに座っている。

 川上優貴とはただの知り合いだった時期から数えると、もう六年の付き合いになる。僕が大学の二年のときに彼女に告白して交際するようになったのだ。しょっちゅう派手な喧嘩をやらかすし、何度も駄目になりかけたけれど、それでもどうにか関係を保っている。

 大学を卒業したあと、僕はSE関係の会社に就職し、彼女は保険会社に就職した。お互い仕事が忙しくて学生のときのように頻繁に会うことはできなくなってしまったけれど、それでも週に一度はこうして会うようにしている。

「どうって・・そのNO8と書いてあるドアを開けたら、また最初のところに立ってたんだ。」
 と、僕は優貴の質問に答えて言った。
「・・つまり、ピアノを弾いてた女の子に会う前に立ってたドアの前だよ。」

 優貴は僕の言っていることがよく理解できないというように眉根を寄せた。
「それはつまり、また振り出しに戻ったっていうこと?」
「・・そういうことになるのかな。」
 と、僕は少し自信なさそうに答えた。

「さっき、武は毎日同じ夢を見るっていったわよね?ということは、毎日その夢が繰り返されるの?その・・ピアノを弾いている女の子に出会って、その女の子に逃がしてもらって、階段を下りていったら、あるはずのドアがなくなってるっていう・・。」

「いや、そうじゃなくて。」
 と、僕は彼女の言葉を否定して言った。
「さっき優貴に話したのは、その奇妙な夢を見始めた、最初の日の夢の話なんだ。べつに毎日同じ夢を見るわけじゃなくて、物語みたいに、昨日見た夢と、今日見た夢が繋がってるんだ。たとえば日常の時間の連続みたいにね。目が覚めると夢はそこで一度中断されるけど、また次に眠ると、夢の続きがやってくるっていう感じで・・。」

「何だか気味が悪いわね。」と、彼女はそう言うと、何か肌寒そうに両腕で自分の身体を抱きかかえるようにした。

「もしかすると、そのうち戻ってこれなくなったりして。夢の世界に迷いこんだまま、眠ったままになってしまうとか・・。」
「ちょっと脅かさないでよ。」と、僕は笑って言った。でも、彼女は笑わなかった。

 ウェイトレスがやってきて、少なくなっていた僕のお冷に新しくお冷を注ぎ足していった。優貴のお冷も少し減っていて、ウェイトレスは彼女のグラスにも新しくお冷を注ごうとしたのだが、優貴はそれを断った。

「・・・その夢、ほんとうに何でもないといいわね。」
 と、優貴は心配そうな顔つきをして僕の顔を見つめた。
「いや、ただの夢だよ。」と、僕は笑って答えた。
「僕を脅かそうとしも駄目だよ。」

 僕は冗談めかしてそう言ったけれど、彼女は笑わなかった。どことなく緊張したような面持ちを浮かべたまま黙っていた。それは僕の心をひやりとさせた。ほんとうに彼女の言うとおりになってしまうんじゃないかと僕は恐ろしくなった。というのも、最近夢のなかでの僕の状況は危ういものになってきているのだ・・・。

「・・だけど、優貴がこんなに夢の話に食いついてくるとは思わなかったな。」
 と、僕は優貴が黙ったままでいるので、何となく落ち着かなくてそんなことを言った。しかし、優貴は相変わらず僕の言葉に黙ったままでいた。そして何秒間か黙っていてから彼女はふいに口を開いた。

「最近ね、本を読んでるの。」と、優貴は突然話し始めた。「図書館で借りてきた本で、人間の眠りに関する本なんだけど・・。」
 僕は優貴の言葉に耳を傾けながら、優貴は一体何を話そうとしているのだろう、と、不安になった。

「どうしてわたしが突然眠りに関する本なんて読むようになったのか不思議に思うでしょ?」
 と、優貴は僕の瞳を見つめて言った。思う、というように僕は軽く頷いてみせた。優貴は次の言葉を発するのを躊躇うように少し間をあけたあと、言った。

「・・実はね、わたしの大学の友達が突然眠ったままになってしまったの。」


この小説について

タイトル 深い夢 2
初版 2009年7月11日
改訂 2009年7月11日
小説ID 3284
閲覧数 816
合計★ 9
上原直也の写真
駆け出し
作家名 ★上原直也
作家ID 535
投稿数 4
★の数 14
活動度 381

コメント (4)

★せんべい 2009年7月11日 8時31分47秒
2話続けて読ませていただきました。

他の方はどう思うかは分かりませんが、僕は素直におもしろいと感じました。
ここのサイトでミステリー系を読むのは初めてでしたし、新鮮な感覚だったので。

毎日夢が続いているっていう設定で、素人の僕は勝手に引き込まれました。
ただ、超個人的な意見として
夢だからある程度自分の意志が反映される
という設定はなぜか少しこの物語に溶け込めてないなぁと思いました。


しかし、続きが気になることに変わりはありません。
彼女の大学の友達も気になります。

では、続編楽しみにしていますね。
★上原直也 コメントのみ 2009年7月11日 8時36分40秒
せんべいさん、コメントありがとうございます。
読んで頂いて大変うれしく思っています。
また近々続きを更新しようと思っていますので、その際はぜひよろしくお願いします。
ゆき♡ 2009年7月24日 21時37分55秒
この小説にちょっとハマっちゃいました。

ウチわあんまり小説とか読まない派なンですケドぉ、、、実わぁウチの名前も*川上優貴*なんです❤
でもちょっと気になるコトがあるンですケド、ウチわ*ゆき*なンです。この小説の優貴わぁ*ゆうき*ですか?

すみません。小説のコトあまり書けなくて。。
上原直也 コメントのみ 2009年7月25日 2時11分11秒
コメントありがとうございます。

小説の登場人物と同姓同名なんですね。
ちなみに、小説のなかの優貴はゆきですよ。

小説、読んでもらえてすごく嬉しいです。
最近忙しくて、あまり続きが書けていないんですが、またそのうち更新すると思うので、そのときはぜひよろしくお願いします。
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