1-3 - 軌跡  ■第一章 第一節:仲間(3)

エメラダは、ここから眺める庭園の景色が一番好きだった。
城の一番端のバルコニーには、滅多に人が来ない。
微かに見える噴水の水が虹を作り出している。
そして現実を隠すかのように生い茂る木々が、青々とした葉脈を見せ、風に揺れる。

王子である兄・ライとは随分口を聞いていない。幼い頃は、この庭でよく遊んだというのに。
2つ年上の、大切な兄。
エメラダはふと、ため息を漏らした。

ライは変わってしまった。
母が亡くなってからであろうか。好んで戦争を仕掛けるようになってしまった。
現王である父は、病に伏しており、現在政治にはほとんど関与していない。
起き上がることも出来ず、言葉もままならない。ただ、意思の疎通は自分と一緒だった。
戦争は嫌だ。兵士たちは傷つき、街は痛み、民が苦しむ。
同じ人であるというのに、傷つけあうと言う行為が理解できない。
王女である自分には、彼らを守るために、一体何が出来るのか。


「こちらにいらっしゃいましたか…」
ぼんやりと回想にふけるエメラダを、現実に引き戻す声。
「…レン、シェリー…」
恭しく跪き、エメラダの元へ近寄る二人。
レンと呼ばれる背の高い男は、シェリーよりも少し下がり、エメラダを見つめる。
二人のその眼差しは、エメラダを心から包み込む暖かいものだった。
「春先といえど、風はまだ冷たいでしょう。中に入られてはいかがです?」
「…ありがとう、シェリー」
「エメラダ様、とうとう明日になってしまいましたね」
「レン…一緒にいられるのも、あと少しね」
「……」
「準備、しなくてはね」
エメラダは口元に笑みを拵え、自分の部屋へと歩みを進めた。
その足取りが、時間を止めて欲しいと願っているようだった。

隣国のユングフィへと嫁ぐことを決めたのは、兄への反発からだった。
非力な自分に何が出来るかわからない。政治に関わる事を許されず、蚊帳の外の王女という身分。
ユングフィは小さな国だ。アッカドが攻めたら、恐らく勝つ事は無理だろう。
父の力添えがある内に手を打ちたいと願った。
自分が隣国へと嫁げば、少なくとも戦争は防げる。
その考えがどれだけ浅はかで、無謀な物かは、エメラダ自身が一番分かっていた。
だが何もせず、何も出来ず、ただ「王女」と呼ばれる事が、苦しかった。
全てを覚悟した上での、行動であった。

「…レン、あなたにこれを」
エメラダは大切に手入れをし続けてきた銀の槍をレンへと差し出した。
「エメラダ様…これは…」
「いつか、あなたに渡そうと思っておりました。
ただ、そのいつか、がこんなにも早いとは思っていませんでしたが…。
レン、あなたは王宮騎士として、私の事を守り続けて下さいました。
どれだけお礼を言っても足りないくらい…レン、本当にありがとう」
「…もったいないお言葉です…」
受け取った銀色に光る槍は、今までのどの槍よりも美しく輝き、まるでエメラダ自身のようであった。
レンは、寂しげに微笑むエメラダの横顔を見つめる。
こうやって、視線を送ることが出来るのもあとわずかだと思うとやるせなくなる。
忠誠の裏に隠れた、ずっと秘めてきた気持ちだった。

レンはシェリーと同時に生を受けた。男と女の双子。
父親は王宮騎士の騎士隊長。
王宮で生活する事の多かった二人は、
その一年後に生まれた王女・エメラダと親しくなるのは時間の問題だった。
レンは現在、将軍職を務めるようにまで成長し、父親の跡を立派に受け継いでいる程だった。
シェリーは護衛剣士として成長し、常にエメラダを守り続けている。
エメラダは二人を心の底から信頼しており、また、二人もエメラダに忠誠を誓っていた。
その関係も、あとわずか。

他国へ嫁ぐ事が決まったエメラダ。
アッカドを守るレン、シェリー。
思いは一つであるにもかかわらず、その距離はとてつもなく離れてしまう。

「姉上、本当にこんな日が来るとは思わなかった」
「…レン、それは言わないで」
シェリーの長い髪が風で揺れる。春先とは思えない位、風が冷たい。
「だが…俺たちはあの方に剣を捧げると決めたのに」
「……」
「……」
シェリーは答えず、腰にかけた銀の剣を握り締める。同じく、エメラダから受け取ったものだ。
あぁ、明日はきっと雨になる。重い雲が空を覆いそうな予感だ。
一生に一度の日なのに…とシェリーは目を細め、歩き出した。

この小説について

タイトル 軌跡  ■第一章 第一節:仲間(3)
初版 2009年7月15日
改訂 2009年7月15日
小説ID 3303
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作家名 ★Faye
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