りれしょ物語 - 花火に美人に、幼馴染

 先ほどからもそうだが、水難っていうのは恐ろしくしつこかった。喫茶フィオーレに辿り着くまでにも、打ち水を浴びたり、通り雨に遭ったり、子供が遊んでいた水風船が割れたり。その全てにおいての水は、俺に直撃していた。
「ぶえっくしょんっ!」
 何度目のくしゃみだろうか。流石に鼻が痛くなってきた。
 大型交差点に近いからか、車の音や雑踏が忙しく聞こえる。隣を通り過ぎていく人たちの雑談が俺の耳に入ってくる。
 喫茶フィオーレに辿り着く前に風邪でぶっ倒れるのではないかと思いながら、横断道路を渡ろうとした所で後ろから声を掛けられた。
「あら、本寺くん……だったかしら?」
「あ、咲さん! 大丈夫ですか?」
 俺は横断歩道を渡ろうとする咲さんの横で支えるように歩く。すると、下のほうからワン、という犬の鳴き声がした。それは自分の仕事だ、ってマリーが怒っているみたいだったので、俺は素直に咲さんのすぐ隣からマリーの隣へと移動する。
 咲さんはマリーの言いたい事も分かるらしく、笑って言った。
「ふふっ、ごめんなさいね。マリーったら、自分の仕事を本寺君に取られるって思っているのよ」
「はあ……って、そうだ! 咲さんに聞きたいことが……」
「ああ、水難の事?」
 言うまでもなく言い当てられたので、俺は首を大きく縦に振った。
「何で、分かったんですか?」
「だって、もう既にびしょ濡れじゃない」
 俺の服は最早ただ濡れているという状態ではなく、絞らなければいけないくらいにびしょびしょだ。それに、夏の暑さにもかかわらず俺は震えが止まらなくなっていた。咲さんは俺を導くように手招きして言った。
「うちでシャワーでも浴びた方がいいわ。いらっしゃいな」
「え、あ、はい……」
 咲さんに半ば強引に、俺は喫茶フィオーレに連れて行かれることになった。
 喫茶フィオーレには、結構な数の客が出入りしていた。先ほど村崎とおノロケ発言をしていた本村さんも帰って来ていて、お客から注文を聞いたり、料理を作ったりとお店の手伝いで忙しいみたいだった。お客が使い終わったテーブルを拭いている本村さんは、こちらに気がついて驚いているみたいだった。
「お姉ちゃん、それに本寺君……どうしたの? ずぶ濡れで」
「ちょっと、水難デイなんだ」
「え!?」
 咲さんの予言がまたしても当たったという事に、本村さんは驚いていた。いや、もう凄い威力なんだよ。くしゃみと滴る水が、止まらないくらいに。
 咲さんにタオルを貸してもらい、俺は店内の奥にある浴室へと案内してもらった。


 シャワーを貸してもらって体がすっかり暖まった俺は、髪をタオルで拭きながら店内へと戻ってきた。それと同時に、物凄く沢山の男の人たちに囲まれた。俺が何が何だか分からずに目を見開いてのけぞっていると、その人達の一人が口を開いた。
「よう、ボウズ」
「な、何ですか……?」
「……違うよな?」
「……は?」
 真剣な眼差しで、男達は口をそろえて言った。
「お前、咲さんの男なのかッ!?」
「一緒に歩いてた! おおお俺たちでもそんな事出来ないのにいい!」
「でも、よりによってこんな馬鹿そうなガキと!」
 おいおい。幾らなんでも、ちょっと言い過ぎだろう。俺は男達に反論してやろうと口を開きかけたその時。咲さんが何やら肉やらキムチらしき物やらが挟まったサンドイッチを男達に差し出した。
「はい、豚キムチサンド、お待ちどおさま。やあね、皆して。私と本寺君が恋人だったら、私がおかしく見えちゃうじゃない、年齢的に」
 そういう問題なのか、と思ったが、男達は納得したようにうなずく。
「そっか、やっぱ、そうだよなあ!」
「咲さんは、皆のエンジェルだもんな!」
 何がエンジェルだよ。いい年して。確かに、そういう例えも様になるくらい、咲さんは綺麗だが。よし、これから彼らを『咲さん親衛隊』と呼ぶ事にしよう。
 豚キムチサンドを持って席へと戻った男達を見て、咲さんは俺に謝った。
「ごめんなさいね。ああ見えても、悪い人たちじゃないのよ」
「それは、分かってますよ。……ところで、水難の事なんですけど……」
「ああ、水難? まだちょっと続くわね。……『ある事』をしなければ」
「『ある事』って、何ですか! 教えてください!!」
 大声を発した事で、店内中『咲さん親衛隊』の人達の視線が突き刺さったのが気分的に非常に痛かったが、そんな事を気にしている暇は無い。水浸しの日々が続くか終わるか。それが、咲さんの言葉にかかっているのだ。多少の恥なんてどうでもいい。
 咲さんは、俺に向かって言った。
「そうね……水の反対は火、だから……花火でもしましょ。パーッと」
「……へっ?」
 花火とは、真っ暗な夜空に打ちあがる、綺麗なもののことだろう。俺が素っ頓狂な声をあげているにもかかわらず、咲さんは強引に花火の路線で話を決めていく。
「そうね、メンバーは本寺くんが決めてちょうだい。あ、そうそう。本寺君、彼女居るのよね? その子も呼びましょう」
「え? い、いや、小雪は、ちょっと……」
 俺が口ごもるが、咲さんは問答無用だった。
 俺の額に手を当てた。まるで熱でも測るように。
「さ、咲さん?」
「大丈夫。それに、彼女、小雪ちゃんも、きっと会いたがっているわ」
「え?」
「分かるわよ。言ったでしょう? 人を想う気持ちは、伝わるのよ」
 にっこりと笑って言う咲さんに、店中から甘い吐息が漏れたりうっとりとした視線が集まった。勿論、『咲さん親衛隊』の男の人達。俺は、薄ら笑いしか出てこなかった。咲さんは、続けて言った。
「でも、彼女、家から出られない、と。そう言いたいのね?」
「はあ……」
 小雪は今、事故での骨折からのリハビリの真っ最中であり、不用意な外出は治療の邪魔になるだけである。それを知っているからこそ、俺は小雪を花火に呼ぶことに賛成できなかったのだ。咲さんは、何か思いついたように手を合わせて俺に提案してきた。
「じゃあ。その子の家でやりましょう、花火。本寺君は、愛しの彼女に会える。そして同時に、もしかしたら水難から逃れられるかもしれない。まさに一石二鳥ね」
「え、や、あの」
「そうと決まったら行きましょう、早速」
「え、ど、どこに……ですか?」
「決まってるわ。その彼女の家よ。案内して頂戴ね」
「や、えーっと、咲さ……」
 俺が咲さん、と言い終える前に、咲さんはマリーを連れ、歩行用の杖を持って、俺を引きずって店を出た。いきなりだったから、抵抗する事もままならずに俺は、咲さんに連行された。
 咲さんは、俺が小雪の家へと案内している時、誰かに電話をかけていた。
「あ、もしもし? 今、どこに居るの? え、なら丁度いいわ。ちょっと、お願いしたい事があって……」
 何だか慣れ親しんだような口ぶりだった。『咲さん親衛隊』には悪いが、これは彼氏の類だな。
「うん、じゃあ、お願いね。それじゃあ」
 咲さんは電話を切って、俺の後を嬉しそうな顔をしてついてきた。それが何を意味をするのか、まだ俺は知らなかった。


「あら、貴方が本寺君の愛しの彼女? 綺麗な髪ね、まるで絹みたい」
「は、はあ、そうですか……って、ちょっと、剛」
 咲さんに髪を撫でてもらいながらもやはり事情が分からないのか、小雪は俺の頭を小突いてくる。
「……なんだよ」
「この人、どなた? それに、何であんた、びしょ濡れなの?」
 小雪はぐっしょりと水を含んだ俺の服と髪を見て言った。
 畜生。折角シャワーを借りてスッキリしたと思ったら、何でまた水を浴びなきゃならないんだ。大体おかしい。何でビルの上からバケツの水を捨てる必要があって、それが俺にまたしても直撃するのか。水難どころか、貧乏神でも憑いてるんじゃないのか。
 俺は心の中で愚痴っていると、小雪が説明してよ、というような目でこっちを見てきたので咲さんを紹介した。
「この人は、本村さんのお姉さんの、本村 咲さん」
「咲って呼んでね。よろしくね」
「あ、私、須藤 小雪です。小雪で、結構です。宜しくお願いします」
 咲さんが微笑むと、小雪はそれにつられるように軽く頭を下げてお辞儀する。
 咲さんは、早速事情を小雪に説明した。
「見ての通り、本寺君、水難なのよ」
「はあ……水難」
「でね、私が、水に対抗するには、火で。夏だし、花火でもしたらいいんじゃないかって」
「それで、何で、私の家なんですかね……?」
 小雪は不思議そうに首をかしげている。
 すると、咲さんはしっかりと小雪の手を掴んで言った。
「本寺君がね。小雪ちゃんの居ない花火なんて、薔薇の無い花束と同じ様な物だって、必死に言ったから……ね?」
「い、いやいや! ね、じゃないですよ。言ってませ……」
「……そんな恥ずかしいこと、言ったの?」
 小雪が呆れた様子で俺を見る。いやいや、言ったの、咲さんだから。しかも、明らかにでっちあげで。
 咲さんが続ける。
「そんなわけで、小雪ちゃんの家で花火をさせてもらいたいんだけど、どうかしら? 家の前だったら、小雪ちゃんも椅子か何かに座っていれば花火できるし。駄目かしら?」
 俺は、じっと小雪を見つめた。何だかんだいっても、俺だって、小雪が居ないと、花火をしようが水難から逃れられようが、意味が無い。一日くらい、羽を伸ばして皆と楽しみたい。
 そう思っていると、いきなり小雪の部屋のドアが開いて、キリカ先生が入ってきた。
 キリカ先生は、俺や咲さんが居る事を気にも留めずに、小雪に言った。
「小雪。家の外に出るくらいなら構わない、って小雪の母さんが。花火、出来るぞ」
「あら、ありがとう。いーちゃん」
 咲さんが、笑って言う。キリカ先生に。俺は、驚いて声が裏返りながら咲さんに尋ねた。
「な、さ、咲さん……なん、で、キリカ先生と? そ、そそそれに、『いーちゃん』って……?」
「あら、言わなかったかしら。私といーちゃん……霧架 伊織は昔からの幼馴染なの」
 咲さんはさらりと言う。小雪もかなり驚いているが、キリカ先生は小雪のベッドのそばに座り込むだけで、驚いてもいない。
「お、幼馴染……じゃあ、さっきの電話は……」
「いーちゃんと電話してたのよ。ね、いーちゃん」
「ここまで来ると、腐れ縁と言ったほうがいいんじゃないのか?」
 キリカ先生は、咲さんに言う。というか、いーちゃん、なんて渾名、初耳だ。言ってみたい気もするが、俺が言ったら凄いことになるんだろうな。
 咲さんは、再び小雪の手を握って言った。
「じゃあ、決まりね。本寺君。メンバーの方、お願いね。日時は……明後日の午後六時でどうかしら?」
「はあ……皆に、聞いてみます」
 こうして俺は様々な困難、というか水難を乗り越え、花火をすることになった。でも、水難の事がどうでもよくなってきた気もする。とりあえず俺は咲さんとともに小雪の家から出た。
 その後俺は、携帯電話を開いて村崎や御堂達に片っ端から花火の誘いをし始めた。


後書き

豚キムチサンド、登場させてみました。
あと、いーちゃん。幼馴染にしてみました。いかがでしょうか?
次、達央さんですね。
夏といえば花火。思いつきですが、りれしょ1のテーマ、「絆」っての、どうでしょうか?
強くなる絆、これから紡がれてゆく絆。何か剛たちとピッタリだなあって。

>丘さん
コメントありがとうございます!
はい、描写の事は全くその通りです。足りないですね、風景描写。
テンポ良くと考えていたゆえに、周りに気が回らない私の悪い癖です。
でも、小説自体に勿体無い高い評価をありがとうございます。
指摘とお言葉をきちんと受け止め、精進してまいりたいと思います。

>日直さん
うん、理想のコンビですね。マリーと咲さんは。咲さん親衛隊も居ますし。
いーちゃんは、ちょっと可愛らしすぎたかな……? と思いましたが、気に入っていただけたようで。
文章に関しては、私自身読み返して「駄目だろこの描写は」と思うところは修正しておきました。
それでも修正されておらず、「酷い」と思う箇所がありましたらお手数ですが指摘してくださるとありがたいです。
長いですね、雑談。失礼しました。それでは!

この小説について

タイトル 花火に美人に、幼馴染
初版 2009年7月21日
改訂 2009年7月23日
小説ID 3337
閲覧数 1042
合計★ 4
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
★の数 226
活動度 10590

コメント (2)

2009年7月22日 13時11分56秒
うっす、丘です。
では、感想を。
なかなかおもしろかったです。文章力は間違いなくプロでも通用するほどだと思いました。
ただ、風景描写がないですねぇー。風景描写は人物の心情をより鮮明にする特徴があるのです。
では、失礼します。
★日直 コメントのみ 2009年7月22日 13時17分36秒
マリー可愛い。咲さんってばモッテモテー。
それにしても、水難の力が段々強くなってきてますね。こうなると花火も全部水に滴るかもしれません。そんなオチ!
それにしてもいーちゃんなんてあだ名、咲さんらしいって感じですね。幼馴染ということは、キリカ先生は秋とも知り合いなのでしょうか。きっとそうですよね。

さてここからは、作品中でちょっと「うーん?」な所を指摘しちゃおうのコーナー。
特にありません。文章的におかしい部分は結構ありますが、それは日を置いてまた推敲すればなんとかできると思います。

テーマについてはトピックに書き込みましたー。目を通しておいてくださいね。
次の達央さん、とうとう最後のリレー小説です。よろしくお願いします。
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