2-4 - 軌跡 ■第一章 第一節:裏切(4)

「王女様、お目覚めですか」

「……!?」
エメラダは自らの目を疑った。
これはまだ夢の続きなのであろうか。

目の前には剣を向けた男が立っていた。
「…っ」
「やめなさい!一体何を…!!」
エメラダは立ち上がったものの、まだふらつく足元で、地面を踏みしめる事ができなかった。
男の剣は、少女の首に突きつけられている。
エメラダはその少女の名前こそ分からないが、自分の肩に触れた少女だと分かった。
「…あんたを殺すように言われている。
まさかこのガキが部屋にいるとは思わなかったがな…」
「…ならばその子を離しなさい。剣を向けるのは私で良いはずでしょう」
「王女様、私は大丈夫だよ…絶対、お兄ちゃん達が助けてくれる…」
「黙れ!」
「いっ…」
首元に、すっと赤い血が滲んだ。

「リアっ!!!」
扉を開けて入ってきたのは、もちろんジェクト傭兵団の精鋭たちだ。
「…遅かったか…」
カインの嫌な予感は的中してしまっていた。
「くそっ…」
男はリアの首に剣をつけたまま、窓際へ後ずさる。
「お兄ちゃん…っ!!」
リアの目に涙が浮かぶ。今まで堪えていたものの、兄の姿を見た途端、涙腺が緩んだのだろう。
ここは4階。
男は飛び降りるつもりだ。
もうこれ以上の、無駄な犠牲は出したくない。
自分の所為で、この惨事が起こっているとなれば、尚更だ。
「…あなたの狙いは私でしょう。その剣を下ろしなさい」
エメラダは声を振り絞り男に立ち向かった。
男の真向かいに立つ。
足は震えて、立っているのがやっとの状態だ。
自分が情けない。
自分の浅はかさに気づいているはずだった。
覚悟もしたつもりだった。
だが、今この場に立っている自分は、何も出来ない。

「…私ははっきりと覚えています。私の肩を貫いたのはあなたですね。
ユングフィ国の兵士ではありません。王宮騎士に混じって、隠れていたのですね…兄の私兵が…」
「…全てが明るみに出るくらいなら、死を選ぶさ」
男はリアの首に手をかけた。
「…うっ…ぐ」
「やめてぇぇ!!!」


エメラダは思わずリアの所へと駆け寄ろうと身を乗り出したが、間一髪の所でクロスが抱え込んだ。
次の瞬間、リアが床に倒れこむ。
「!?」
男の首元は矢が貫かれている。
倒れこんだリアを、アイルが抱き寄せた。
「…アイル…」
「リア、大丈夫か!?」
「一体誰が…」
アンリが男の元へ近寄って確認したが、男は即死している。
「……まさか…」
窓から見える木の陰に、2人の姿。
クロス達は一撃で命を捉えるスナイパーを一人だけ知っていた。
ジェクト傭兵団のスナイパー・ウルキと魔術師のココだった。
「さすが…ウルキ…頼りになるよ…」
クロスはまさかの仲間の登場に、心から安堵の息をついていた。
「…舐められちゃ困る。間に合ってよかったがな。ようやく到着したら、この有様だ」
「急いで来たからえぇものの、ギリギリやったね。
ま、ウルキが失敗したら、アタシの魔法でボン♪のつもりやってんけど」
「…有り得んな」
彼の弓矢の腕は、この大陸一とも言われている。狙った場所は決して外さない。
「…王女、大丈夫か?」
クロスはエメラダの肩を掴み、軽く揺する。呆然としているものの、意識はあるだろう。
「……大丈夫か?」
エメラダの瞳は、ゆっくりと自分を支える男を捕らえた。
男の瞳に自分の姿がぼんやりと映る。
生きている。
「…あの子は…無事ですか…?」
「リアなら問題ない。少し首を切っているが、意識もすぐ戻る…あんたは大丈夫か?」
アイルが心配そうに抱きかかえていたが、別室に移す為に部屋を出て行った。
「…私は……」
零れ落ちる涙を抑えきることは出来なかった。
クロスの胸によりかかり、声を上げて泣いた。
思えば、こうやって声を上げて泣いたのはいつ以来だったか。


「…けど、まさかこんな事になってるとは思えへんかった」
一室に集まったメンバーは、ぐったりと座り込んでいる。
「だけど助かったよ、ウルキ、ココ。団長とはいつ連絡を?」
「それがさぁカイン…今回のウチラの依頼は団長じゃないんよね。
言うてへんかったけど……例の王女様の護衛兵からや」
「…え?」
ウルキとココは別件の依頼で、しばらく傭兵団を離れていたのだ。
「シェリーとか言う女だ。若いがかなりの切れ者だな」
「…せやな。ウチもそう思った。読みが2手、3手先を見据えてる。
今回の仕事、ウルキとウチは王都でやっててんけど。
予定より仕事が早く終わるかも…って言うてたら、その人と団長の2人に声かけられてさ。
王女の婚礼の儀が終わったら、ブラハへ向かえって。
ただし、その途中でアルピ砦へ立ち寄れって!ソッコー馬ダッシュさせたよ。
ウチらちっとも休みナシやねんで」
ココはぶぅとふくれて、隣に座るウルキにもたれている。隣からのため息は聞こえないふりだ。
「詳しいこと教えてくれてへんし…ようやく今になって飲み込めたわぁ」
ココだけでなく、残された団員たち全員もようやく話がつながった。
「王女の結婚自体、シェリーって女は認めてなかったんだよ。
必ず邪魔が入る、ってな。自分の同行は出来ないから…団長に頼んだんだ。
それも、ピンポイントで出来事を読んで。あの女は相当な策士だな」
ウルキはそこまで言うと、ジャケットからタバコを取り出した。
煙が邪魔になるため、窓際に向かい、火をつける。
「団長達とは、どこで落ち合う?」
「ブラハの王都と聞いているよ。ウルキ、ココ、本当にお疲れだったね」
「そんな事言ってくれるの、カインだけやわぁ。やから好きなんやけどね」
「ありがとう」
いつもの事の様に、ココもカインも話を流す。
ふと、扉が開いて、アイルが戻ってきた。
「あぁ、アイル、リアは?」
「…大丈夫だろ。今、アンリと替わってきたよ」
リアが目覚めたときに、誰か傍にいた方がいいだろうと、交代で待っているのだ。
「…クロスは?」
「王宮騎士の残り…2人とあの王女のトコ」
アイルはグラスの水を一気に飲み干し、照れくさそうに全員を見た。
「…オレ、やっぱりアンリと替わってくる。何か落ち着かない」
ポリポリと頭を掻き、部屋を出て行くアイル。
その姿を見たココはうふふと笑い、幸せそうに目を閉じた。
「…ライバルはお兄ちゃんやねぇ」



2人は向かい合わせで座り、無言で外を眺めていた。
残った王宮騎士は、部屋の外に立っている。
「…クロス様…」
ようやく口を開いたエメラダの言葉に、クロスは少し照れくさそうに顔を向けた。
この方、様付けで呼ばれたことはない。何と答えようかと迷ったものの、言葉が出なかった。
「何とお詫びしたらいいか…申し訳ありません…」
「…気にするな。あんたを守るのがオレ達の仕事だ。
…今日はゆっくり休んだ方がいい」
「……」
クロスはそう言うと席を立ち、部屋を出た。外に立っている騎士はクロスに深々と頭を下げている。
「あんたらもちょっとは休め。明日、出発早いんだからさ」
「はい」

階下に降りリアの眠る部屋に立ち寄る。扉の前で一度立ち止まり重い息を吐いた。
あの時、リアが今にも落とされそうになった時。
自分が掴んだ腕は王女で、妹の体はアイルが抱きかかえていた。
立ち位置の所為もあるのは分かっているが、自分を見て涙を流した、妹の顔が脳裏から離れない。
部屋から立ち去ろうとしたのと、扉が開いたのは同時だった。
「ビビった…心臓に悪ぃだろうが」
「…すまん」
クロスはアイルを見上げた後、ちらっと部屋の奥に目をやった。
「…何だよ、入らねぇの?」
「……」
部屋の奥では、リアがぐっすりと眠っていた。気を失っていたのもあるのだろうが、
疲れもあったのだろう。後はまかせた、と言わんばかりにクロスは背を向けた。
「オイ、コラ」
アイルはクロスの服を掴む。
「どぉせ、お前の事だから、リアを助けられなかったとか思ってるんだろ」
「……」
どうしてこうも、自分の考えている事はすぐにバレてしまっているのか。
よっぽど顔に出てしまっているのか。クロスは頬を掻いた。何となくばつが悪い。
「ん…」
奥からリアの声がする。
「…お兄ちゃん……アイル…」
「リア!」
枕元へ2人が駆け寄る。
「…ふふっ…」
「…何だよ…」
「私には王子様がたくさんいるんだねぇ…」
幸せそうに、微笑むリア。その笑顔を見ると、悩んでいた自分がバカらしいような、
どうしてもっと早くここにこなかったのかと悔やまれるような、そんな気持ちになる。
アイルはリアに見えないように、クロスの足元を軽く蹴った。
「王女様も、私を守ってくれて、ありがとう」
「!」
扉のすぐ横に立っていたのはエメラダだった。
エメラダは首を横に振り、リアの無事を心から喜んで頭を下げた。

この小説について

タイトル 軌跡 ■第一章 第一節:裏切(4)
初版 2009年7月22日
改訂 2009年7月22日
小説ID 3339
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作家名 ★Faye
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