Dメール - No.7 to:血塗れの転校生(1)

 朝日が照りつける中、夜一は黒い学生鞄を持ち、深緑色のズボンに白いカッターシャツ、そして青紫色のネクタイという出で立ちで歩いていた。格好から分かるように今日は学校である。
 しかし、学校へと続く道を夜一は陰鬱な様子で歩いていた。
 朝起きた時、昨日の爆弾事件での一部始終、しかも歩道橋で夜一が『Dメール』の推理を言っている所がまるごとテレビで放映されていたのだ。驚き、そして夜一は酷く後悔した。何故、考えなかったのか。爆弾事件なんていうものが起きて、マスコミがそれを嗅ぎ付けないわけが無い、と。
 しかし、その映像には夜一は遠めにしか映っておらず、携帯及び『Dメール』の事はマスコミに触れられずに済んだ。今思うと、昨日公園に寄ったのもマスコミから逃れるためだったのかもしれなかった。
「だとしても……絶対俺だってバレてるよ……」
 そう独り呟き、ため息をついたその時。
「何を落ち込んでいる。お前は誇りこそすれ、落ち込む必要など無いだろう?」
「いや、だって……って、な、渚ぁ!? おまっ……何でここに……つーか、何で制服を!」
 夜一に声を掛けたのは、他でもない渚だった。夜一と同じ仕様の、深緑色のスカートに白いカッターシャツに青いネクタイの制服に身を包んだ渚は、不敵に微笑んだ。
「安心しろ。いざとなれば雪代の総力を以ってマスコミに口止めする。そういう情報も、斑鳩に探らせているからな」
「そっ、そーいう事を聞いてるんじゃねえよ! 何でお前が俺と同じ制服を着ているかって事だ!」
「全く、鈍い奴だな。私も夜一と同じ学校に通うからに決まっているだろう。もう手続きは済んでいる。お前の従妹ということになっているから、それらしく振舞えよ。でないとマスコミにバレる可能性が高いからな」
「はぁ!? だ、だから何で学校に通う必要が……」
 夜一が言うと、渚は黒い学生鞄を夜一に突きつけて言った。
「決まっている。私もお前も『D』である以上、何時いかなる時に事件に巻き込まれるか分からない。そうなった時単独行動はなるべく避けるべきだからだ」
 相変わらずの自信たっぷりな言い方に、夜一は反論できなくなる。
 しかし、気がついたことがあったので夜一は渚に言った。
「……もしかして……同じクラス、なのか?」
「ん? 当然だろう。年が違うと言うのを指摘したいのか? 確かに私は十五だが……」
「だったら中等部じゃねえか! 俺は十六、高等部だぞ!」
 夜一は思わず声を大きくする。夜一の通う私立の学校では初等部、中等部、高等部と年齢ごとに三つの校舎に分かれていて、渚の年齢、十五歳までは中東部に所属しなければならない規則があるはずなのだ。
「『飛び級』というやつを提案したら試験を受けさせられてな。一発合格で見事飛び級というわけだ。おまけにクラスまで指定できた。まさか『中等部』の子どもに、東大模試を解かれるとは思わなかったんだろう」
「んな目立つ事していいのかよ!」
「安心しろ。『兄のお陰です』とお前の評判をあげておいてやった」
 さらりという渚に、夜一は脱力するしかなかった。東大模試なんて、そこいらの高校生でも安易に解けるものではない。それを簡単に解いて、しかも飛び級まで学校側に許可させてしまうなど、学校にしてみれば前代未聞の事だ。しかも飛び級というのは主にイギリスなど外国でしか認められていないのだ。
 一つしか年齢の違わない渚に、そんな凄すぎる事を押し付けられて放心するしかない夜一の手を引きながら、渚は黒く高い学校の門を通って行った。
 ざわめく高等部の生徒達を目の前に、渚は笑顔で言い切った。夜一に見せる本性とは違い、にこやかな雰囲気を漂わせて。
「本日からここの私立北蝶(ほくちょう)学園の高等部に転校して来ました、春日 渚です。宜しくお願いします」
 その言葉と同時に歓声が巻き起こった。可愛い、高等部で良かった、笑顔が眩しい、何で夜一なんかの従妹なんだとか、お近づきになりたいなど、聞こえてくる声はどれも渚に対する良いイメージのものばかりだった。確かに渚は標準よりも顔立ちは整っているし、夜一と一緒の時のような強気で不敵な感じは微塵も見受けられない。
 それに何より、おそらく学校初の『飛び級』であるという事実を渚と夜一と学校の先生以外の誰も知らないという理由があるからだ。先生方は学園のイメージを崩さないために口は閉ざすだろうし、夜一も自分の正体に気付かれないために、言うつもりは無い。
 従って、渚は何の疑いも無く晴れて『高等部』の一員となった。
 しかし、嬉しそうに夜一の左斜め後ろの席に着く渚とは正反対で、夜一は大きくため息をついた。あの後校門に入った途端、同じ制服を着た生徒達に半ば取り囲まれる状態でテレビに出ていたことや、探偵になったこと、渚の事を聞かれた。
「た、探偵は、やってる……かな。こ、こいつは……い、従妹なんだ……はは……」
 後ろに居る渚に鼻で笑われながら、ごまかしつつ夜一がそう言うと、夜一と渚を取り囲んでいた生徒達はいたく興奮したらしく、すぐさま学校の中に戻って行った。あれで不特定多数の人にペラペラと喋られたと思うと、気が気でなかった。
 すると、前の席に座っていた夜一の親友、尾道 和夫が振り返って夜一に話しかけた。
「あの時も凄いと思っていたけど……昨日起きた爆弾事件も解決してたのか。それに……従妹、いたのか? あんまり、似てないけど」
「は、はは……似てないって、言われる。か、和夫?」
「? 何だ?」
「俺が探偵だって事、あんまり人に喋らないでくれ」
「分かってるよ。お前、目立ちたがり屋じゃないもんな」
 夜一は顔の前で手を合わせて悪いな、と和夫に言った。和夫は、幼稚園の頃からの腐れ縁であり、また尾道スピード運送という運送会社の社長、東吾さんの息子であり、世に言うお金持ち。だけどそれを鼻にかけたりしない優しい性格と、剣道部のエースという肩書きがあるゆえ女子から異常にモテる。
 うらやましいな、と思いながら夜一がもう一度ため息をつくと、夜一達高等部1年B組の担任である藤原 京(ふじわら みやこ)先生が首をかしげた。
「おかしいわね……」
「どうかしたんですか、先生? ホームルーム始めないんですか?」
 生徒の一人がそう尋ねると、藤原先生は学生の名簿を見ながら言った。
「今日ね、もう一人B組に転校生がいるはずなのよ。でも、遅いのよね……欠席なんて、聞いていないし……」
 藤原先生がそう言った直後、教室の引き戸が勢い良く開いた。
 其処に居た制服姿である栗色の髪の少年は、鞄を置いて座っている生徒達に向かって頭を下げて挨拶した。
「……今日、ここに転校して来ました、立花 龍二(たちばな りゅうじ)です……」
 しかし、彼の挨拶に誰しも耳を傾ける事が出来なかった。それ以上に、怯えと震えがその場を支配していた。
「い、いやああああッ!!」
 女子生徒の一人が叫び声をあげた。夜一も渚も、驚くしかなかった。
 たった今入ってきたばかりのもう一人の転校生、立花 龍二の制服の白いカッターシャツには、赤い、べっとりとした鮮血がこびり付いていたからだった。


 藤原先生が警察に通報し、やがてすぐにB組の教室はスーツを着込んだ警察の捜査官でいっぱいになった。生徒は全員、とりあえず体育館で待機ということになった。今学校から生徒を帰すと、かえってパニックになる。それを防ぐためだろう。
 だが、体育館に居ても生徒、特に立花 龍二の鮮血を間近で見てしまったB組の生徒は全く落ち着くことが出来ずにいた。夜一もその一人で、渚の方に近寄って行き、言った。
「なあ、やっぱりあれ……葦香警察署の巡査とかだろ? 親父じゃないし、情報聞けないんじゃないのか?」
「問題ない。私は行けないが、お前なら大丈夫だろう、夜一」
「は? 俺でも大丈夫じゃねえよ。つーか寧ろ、駄目な方だし」
「いいから教室へ行け。名を名乗れば何とかなる。『口添え』はもう済ませてあるしな……」
 渚の言葉に、釈然としないながらも夜一はB組の教室へと戻って行った。
教室の引き戸を開けると同時に中に居た巡査や警察官全員に睨まれた。お遊び半分でこんな所に来るな、というような嫌味な視線が容赦なく突き刺さってくる。斯波よりも冷酷ではないが、明らかに非歓迎ムードである事は明白だった。
 『名を名乗れば何とかなる』、という意味の分からない渚の言葉の通り、とりあえず夜一は自己紹介してみた。
「えーっと、あの……俺、春日 夜一って、言うんですけど……捜査、なんて、やっぱり駄目、ですよね……?」
「!」
 夜一の名を聞いて、その場に居る二人の巡査達は驚いた様子だった。ぼそぼそと、怪しげに会話するのが聞こえる。
「あんなガキが、あの『雪代』が推薦したって言う探偵か……? あんな奴を現場に寄越して事件を解決させるなんて、『雪代』の考える事は分からん」
「でも、『雪代』は上や僕達警察署の殆どに資金援助や情報提供している大御所ですよ……? そこが探偵として推薦してきたのを、断るわけにもいかないじゃないですか。その見返りに、こっちに手柄回してもらってるんですから。下手したら減給じゃすまないかもしれませんよ」
「……仕方ねえ。追っ払って痛い目みるより、勝手に泳がせといた方が楽だわな。……おい、結城(ゆうき)。てめえが事情を説明してやれ」
「えっ、僕ですか!? わ、分かりました……」
 今の話しから、夜一は大体を理解した。渚が言っていた『口添え』とはこの事だったのだ。『雪代』は警察の大手の援助や情報提供元であり、捜査にも干渉できる。現場で起こった事件を建前上解決する探偵役として、夜一が推薦されたということだった。確かに手柄など興味も無い夜一にとっては、黙々と事件を解決している方が下手に警察と揉めずに済むしありがたい事である。夜一は勿論、渚に連絡する役目も担っているが。
 確かに雪代家の渚にしか出来ない干渉であり、警察は事件解決の手柄が貰えて、夜一と『雪代』、つまり渚は情報を貰って推理する。実に合理的なシステムが出来上がっていた。
 話が終わったようで、結城と呼ばれた刑事が夜一の方へと駆け寄ってきた。小柄で銀縁の眼鏡をかけている姿からは真面目そうな印象が窺える。
「ど、どうも、春日さん。僕、葦香警察署刑事課の結城 智宏(ゆうき ともひろ)っていいます。こちらは、同じく刑事課の松永 久満(まつなが ひさみち)さんです。事件解決の為、出来る限りのことはご協力します」
 自己紹介した結城という刑事は笑いながらそう言うが、後ろの松永刑事は夜一の事を良くは思っていないようだった。夜一は結城にお辞儀して言った。
「……夜一で結構ですよ。あの、やっぱり殺人事件……ですか」
「ええ……彼……立花君自身は、混乱していてちょっと話が聞けなかったんですが、たった今市内にあるアパートのエレベーターの中で人が死んでいるという通報があって……」
「その被害者の血が……?」
「はい。被害者の名前は立花 龍一。ここにいる龍二君の……お兄さんです」
 夜一は心の中が少し動揺するのを感じながら、立花龍二を見た。血に染まった制服のカッターシャツは既に着替えたらしく、今は青いTシャツを着ている。
 夜一は聞いてみたはいいがこれからどうすればいいのか分からず、結城や松永に断って一旦廊下に出た。『D』、つまり渚に意見を聞くためだ。
『市内のアパートにあるエレベーターの中で人が殺されていた。被害者の名前は立花龍一。転向してきた立花龍二の兄だ。……これからどうすればいいんだ?』
 夜一からのメールを待っていたかのように、渚からの返事は一分と待たずに返事が来た。
『勿論現場に行くに決まっているだろう。他に情報が分かり次第、すぐに知らせろ』
 渚の文には、迷いなど無かった。そして、夜一にも迷っている暇など無い。夜一はため息をついてメールを返信した。
『了解』
 すぐに教室へと戻ると、結城に夜一が言った。
「現場を、見せてもらえませんか」
「分かりました。じゃあ立花君も一緒に、僕の車で行きましょう」
 教室から立ち去る立花龍二や結城、それに松永らを追いかけるように、夜一も教室から出て行った。

後書き

飛び級とかぶっ飛び過ぎたかもしれません。
また違和感等あれば是非ご指摘下さい。

この小説について

タイトル No.7 to:血塗れの転校生(1)
初版 2009年7月24日
改訂 2010年1月15日
小説ID 3350
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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