3-1 - 軌跡 ■第一章 第三節:再会(1)

砦を後にした一行は、更に山頂へと向かって馬を走らせていた。
何とか今日中に山を下り、ブラハへと入りたい。
「わ、見て!エメラダ様!」
リアはすっかりエメラダに懐き、同じ馬に乗っていた。
指差した先には、鮮やかに咲き誇る花が舞い散っている。
クロス達も少し歩みを緩め、頭上の木々を眺めた。
「…あれは、ブラッサムですね…この花は春先にしか咲かない美しい花です」
「こんなにキレイなのに、少しの間しか咲かないなんて…残念」
ヒラヒラと舞い落ちる花びら。
エメラダは目を細めてその様子を眺めていたが、やがて、行きましょう、と隊を促した。
自分はもう、舞い落ちた花びらなのだ。

「クロス、あそこが国境ね…もうすぐだわ」
アンリの指差した辺りに、街道を守る兵士・砦の様子が見える。
ようやくブラハに近づけたという安心感と、無事通れるかという不安で気分は重い。
父親から預かったこの指輪を握り締める。
王女の身分は明かさない方が無難だな、と考える。アッカドとブラハに現在国交はないからだ。
アッカドの王女がブラハに入ったと言う情報はいつか必ず漏れるであろうが、
それを今に早める必要などはさらさらない。むしろ明るみに出る事で、命取りになりかねない。
「王女…悪いが服を、誰かのを着てくれないか?」
素材や装飾品で、明らかに一般庶民とは言い難い。エメラダもすぐに察したのか素直に頷いた。
「ウチの服でえぇやろ。リアは小さいから」
「ココ、ひどぉい!…確かに背はちっとも伸びてないけど…」
「いや、ココの服は露出がちょっと派手…」
焦るカインをとにかく無視して、ココは王女の馬に近づいていく。
ココの胸元は大きく開いており、見慣れていればそうでもないが、
同じ格好を王女にさせるとなると、さすがに止めたほうが良い気がしてくる。
「はいはいはいはい、男性陣。回れ右!」
「……」
手際よくココは手持ちの服を王女に着せて行く。
「ココ、そんな服も持ってるんだねぇ」
「まぁね。これなら…大丈夫♪ハイ、OK」
「うんうん、エメラダ様、全然OK」
「…ものすごく恥ずかしいのですが…」
「似合ってるで」
黒い細身のスカートは、大きく左側にスリットが入っており、
王女の細い足が時折目に入る。ココは満足そうに微笑むと、
さ、行こ、と先頭のクロスの元へ歩き出す。クロスとアンリは呆然としながらも、
とりあえずは何とかなりそうな雰囲気が出来たと安堵した。



「お前達、どこから来たんだ?」
案の定兵士に行く手を阻まれる。
「アッカドからだ。何とかして王都に行きたい。通してくれないか?」
「…アッカドだと?現在国交のないアッカドの人間を通すわけにはいかん」
「どうしても俺達はガラへ行かなくちゃならないんだ」
「無理だよ、あきらめるんだな」
兵士はそう言わざるを得ないかの様に、帰ってくれ、と再度通告した。
「…どうやったら通れる?」
アンリは最悪、力づくでも…と考えているのだろうか。
隣で聞いていて、クロスは少々気が気でない。
「お前達には悪いが、つい先ほどアッカドがユングフィへ攻め込んだという話があってな。
そういうわけで、国境警備は今大変なんだ。
今ここで通すとなると、俺達が危ない。上からもキツく言われているんだ」
「……なんだって?」
クロスたちの耳に入ってきたのはまさかの情報だった。
予想はしていた出来事ではあったが、こんなに早く展開を起こすとは思ってもいなかった。
「だったら、これをあんたらの上司に渡して掛け合ってくれ。頼む」
クロスは親指にはめていたリングを外し、兵士の手のひらに乗せる。
赤い石は、相変わらず不気味に輝いている。
「…ん?」
兵士が2人がかりでそのリングを覗き込んでいる。
最後の頼みの綱。もし通らない場合は、強行突破しかない。
「お前、これをどこで手に入れた?」
「正確には親父のなんだけど…」
「笑わせる、こんなものがアッカドで出回っているというのか?」
「おい、こいつらを全員捕まえろ!」
「!?」
逆らえる間もなく、たちまちに囲まれる。
クロスの背に嫌な汗が流れた。なんとしても、王女の存在だけは隠し通したい。
「クロス、どうする?」
カインは覚悟を決めたかのように武器を握り締めている。
こうなる事だけは避けたかったが、やむを得ない。

「オイ、何の騒ぎだ」
クロスが剣を握り締めたのとほぼ同時に、男の声が響き渡った。
兵が離れ、道を作る。
「…?」
「騒がしいな。何だ?」
背の高い男がやってくる。身に着けている装備品で、明らかに国境兵士とは違うのが分かった。
ますます嫌な予感が高まってしまう。
男は長い足の横に、同じく長い剣を携えている。
短い銀髪に、透き通るような白い肌。片目を隠しており、黒いアイパッチをつけている。
恐らく隻眼なのだろう。

「ガイル様、こいつらがコレを…」
ガイルと呼ばれた男は、リングを手に取りクロスの前に立ちはだかる。
物凄い威圧感がある。特別に体格が良いわけではない。
どちらかというと、スタイルが良いという感じだ。
片方の緑色の瞳が、笑っているのが分かる。
リングをクロスへ返そうと伸びた手。その指には全く同じリングが嵌っていたのが分かった。
「………」
「今更何の用なのかねぇ…レイドはどこだ?」
「レイド?」
聞いたことのない名前。だが、ガイルは真っ直ぐにクロスを見ている。自分に尋ねられているのだ。
答えないクロスに向けて、ガイルは中指に嵌めているリングを目の前に見せた。
「…親父となら、ガラで待ち合わせる事になってる。だからどうしても行きたい。
もしあんたが、親父に何かしらの用事があるなら、ここを通すのを許して欲しい」
「……」
「……あんた、親父を知ってるのか?」
「……お互い、聞きたいことが山積みみたいだな。
とりあえず、オレは明日王都へ帰る。明日でいいなら、同行してやるよ」
「ガイル様!?」
止める兵士の声も聞かず、ガイルは一方的に話をまとめている。
傭兵団にとっては、まさかの提案だった。
だが、信用されてないと気づいたガイルは、心外そうに肩をわざとらしくすくめていた。
「あぁ、オレの名前はガイル。王宮聖騎士の将軍だ。
王都へ行くなら味方にしておいて損はないだろう?」
にやりと笑うその瞳は、正面のクロスを飛び越え、赤毛の女性の姿を捉えていた。
眉一つ動かさずに自分を見つめるアンリの目。
観念したかのように、ガイルは踵を返し、砦へと戻る。
「オイ、全員中へ案内しろ。ただし外へ出られないようにしておけ」
「はっ」
兵に促され、クロスたちは砦の中へと歩みを進めた。



傭兵団にとって、翌日まで待つのはとにかく苦痛だった。
半軟禁状態で、砦の中は歩き回れるものの、外出はままならない。
ようやく日も陰り出したというのに、ウルキは大好きな酒すら飲めない。
観念して早めに寝ようと部屋に戻る途中で、王女の姿を見つけた。
「大丈夫か?」
先刻からしばらく見つめていたが、一向にエメラダは動かず、
一体何をしているのかと気になり、とうとう声をかけたのだった。
「えっ…あ、ウルキ様…」
ソファの中央に腰掛けていたが、すっと横へずれる。
まさか王女の真横に座ることになるとは…と軽く戸惑いながら、ウルキは腰を下ろした。
「あの…」
「何だ?」
「昨日は…ありがとうございました。お礼すら、伝える事ができておりませんでした」
「いらん。…当たり前だ、仕事だからな」
ウルキはタバコの箱に手を伸ばしかけたが、流石にまずいと思ったのか、
手持ち無沙汰のように頭を掻いた。
「早く王都へ行けるといいな、じゃあな」
ぶっきら棒に言い放ち、ウルキは腰を上げた。部屋を後にする前に、ちらりと王女の姿を盗み見る。
つくづくアンバランスな王女だと思う。
力なく座り込み、不安に包み込まれているかの様子で座っているが、
先日のアルピ砦で見せた力強さが妙に印象に残っているのだった。
自らを射抜いた矢尻を証拠として隠し持ち、立ち向かう。
大方、あのシェリーとか言う女に影響でもされたのかと思うと、
自分はか弱い女子の方が好みなんだがな、と内心複雑な気持ちになり、やりきれずため息をついた。
「ウルキ」
後ろから、クロスに声をかけられる。
「…あ?」
「…気がおかしくなりそうだな、ここでじっと待ってるのも」
「珍しい、意見も合うもんだな」
皮肉がたっぷりの答えが返ってくる。いつものことだ。
「っていうかさ、不安なんだよな…自分の置かれている場所の脆さっていうか…」
「…所詮、お前は父親に付いて行く事しか、出来なかったからな」
「……」
黙っている所を見ると、否定はしないのか。ウルキは構わず言葉を紡ぐ。
「半人前の状態で、イキナリこんな状態じゃ無理もないさ。
精々、早くお迎えが来てくれるのを待つんだな」
「…」
「ま、心配するな。万が一の時はオレは消えるよ」
ウルキの冷たい目がクロスを見下ろす。
クロスは何も言葉が出ない。引き止めて、一緒にいてくれなど頼めない。
全てを拒絶するかのような、冷たい言葉だった。

この小説について

タイトル 軌跡 ■第一章 第三節:再会(1)
初版 2009年7月25日
改訂 2009年7月25日
小説ID 3352
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作家名 ★Faye
作家ID 537
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