4-1 - 軌跡 ■第一章 第四節:惜別(1)

寝息を立て、ルキアはクロスのベッドで眠り込んでしまっていた。
珍しいな、と思いながらクロスは起き上がった。
長旅と、先の戦いで疲れたのだろうと、柔らかい髪を指に絡め、そっとルキアの頬に触れた。
窓から階下を見下ろすと、そこには父親・トウラの姿があった。
上着を羽織り、急いで部屋を後にする。
そして、ルキアはまるで、見計らったかのように瞼を持ち上げた。


「…親父?」
「…クロスか…」
驚いた様子でクロスの姿を見つめたが、その視線はすぐに息子を見る優しい視線に変わった。
「…眠れないのか?」
「…うん、親父は?」
「ちょっと、な」
久しぶりの2人きりの会話。何だか少し気恥ずかしい。
「お前は、思っていたよりも大きく成長しているな」
「…そうかな。やっぱり親父を追い越してこそ、そういうセリフを言いたいけど」
「そうか。ならばそれはまだ先、だな」
ふっと鼻で笑われる。いつもの父親の姿だ。
「だけど…戦いには、ちょっとだけ慣れてきた。最初はやっぱり怖かったしな。
だけど、親父がちょっとずつオレに傭兵団の事をまかせようとしてるのは気のせいか?
オレはまだ傭兵としての仕事もロクに出来てない」
「…少しずつ覚えていけ。人の動かし方、傭兵の仕事、どちらも少しずつでいい」
「今までそんな事は一言も言わなかったじゃないか」
「いやに突っ掛かるな」
トウラは仕方なさそうに大きく息を吐き、クロスを見下ろした。
クロスは目を合わせないように、話を紡ぐ。
「……どうして、ブラハで生まれた事、黙ってたんだよ」
「別に言う事でもないだろう」
「…あのガイルってヤツの事は?」
「昔…一緒に仕事をしていた。腕の立つ男だった」
「レイドって名前は…」
「もういいだろう、オレにも話したくない事もある」
トウラはクロスの背を押し、室内に戻るように促す。
「さっさと休め、明日も早い。オレはもう少し風に当たってから戻る」
「…分かったよ、じゃあな」
こうまで拒絶されては仕方ない。
また日を改めるしかないな、とクロスは部屋に戻ろうと階段を上がる。
「忘れてた…」
クロスは自分の親指に嵌めたリングを父親に返そうと、踵を返した。
さっき返せばよかったのに…と頭を掻きながら再び外に出る。
結局、このリングについても、何も聞けなかったな…とため息をもらした。考え事がまた増える。
「…?」
先ほどまでいた、父親の姿はそこにはなかった。

軽く走り、砦の外に出てみる。
どこに行ってしまったんだろう。
ただの気のせいならば良いのだが、クロスは何となく胸騒ぎを覚えていた。
嫌な予感がする。
「!?」
開けた草原に見える二つの影。
大きく、剣がぶつかる音が響いた。クロスは慌てて駆け寄る。
トウラが戦っている相手は誰なのか?
「…ぐうわっ…」
勢い良く弾き飛ばされたトウラが倒れこんでいた。
魔法で起こされた炎なのか、焦げたような匂いが集まっている。
トウラは大剣を突きつけられ、ギリギリの所で攻撃を避けている格好だった。
「親父っ!」
「クロス、来るな!!」
2人のあまりの迫力に、クロスは身動きが取れない。
クロスのすぐ近くには、全身を燃えるような赤い鎧に包んだ謎の騎士。
暗い闇夜にくっきりと映えるような赤い色が、美しささえ醸し出している。
トウラは苦しそうに呼吸が上がっている。明らかな劣勢。
ふと背筋がゾクリと震えた。見えない表情が、笑ったのがなぜか分かったからだった。
ヤバイ、と思った瞬間と、謎の騎士がクロスに向かい大剣を振り上げたのはほぼ同時。
クロスは間一髪の所で攻撃を避けていた。
「…よせ、お前の相手は違うだろう」
トウラは再び立ち上がり、戦いを挑もうとする。しかし、クロスから見ても力の差が歴然だった。
「弱い…悲しいですね……あなたは私にとっては全てだったというのに」
「貴様がまだ生きて、私に復讐をするというのなら、喜んで受け入れるさ」
「……復讐…?」
「違うか?ならば憎しみだ」
「…何とでも言うがいい。私を邪魔するものは、全て消す」
隙に入り込むタイミングが絶妙だった。大剣はトウラの胸元を切り裂き、更に深く突き刺した。
トウラの剣が、地面に落ちる。
終わりだと言いたげに、赤い鎧の騎士は剣についた血を振り落とし、クロスへと向き直った。
「……」
クロスの体は動かなかった。口も動かない。
どさっという鈍い音がして、父親の姿が倒れていくのを、
まるで視界が止まるかのようにゆっくりと、クロスは眺めていた。
「…既に亡き父親の目…か…」
赤い騎士はクロスを見据え、鎧から覗く細い指でクロスの顎を掴んだ。
その指に力は込められていない。
こんな細い指で、どうしてあんな力が出ているのかとクロスは恐怖すら感じた。
まるで魔法にかかったかのように、体中の神経が麻痺していた。
騎士はゆっくりと立ち上がり、転術を使ったのか、あっという間に姿を消した。

まるで音を立てるかのように、トウラの胸元からは血が流れ出している。
「…親父、頼む、しっかりしてくれ!」
「…ぐっ…あっ…」
胸元を押さえ、咳き込む。大きく切られた胸元からの出血は止まりそうもない。
「今、戻るから…そしたらリアが…」
トウラは力なく、首を振った。ヒーリングを使っても、助からないと気づいているのだ。
「…クロス…王都へ行き…王に…戦いの、ない…暮しを…」
「喋るな。あと少しだから、頼むから…」
クロスは何度も首を振り、喋るなと告げた。
砦までもうすぐなのに…すぐ目の前に見えているのに。どうして、こんなにも遠く感じるのか。
「オレは…何も、してやれ…ない…情けない父親…す…まない…」
「…何言って…?」
喋らないでくれ…と言ったつもりが、声になっていない。
首を横に振るだけしか出来ない。トウラから学んだものはあまりに多すぎる位なのに。
「…リアを…頼ん、だ……それから…」
「…頼むから、止めてくれ…」
トウラの手が、クロスの頬に触れる。優しい父親の瞳。
だが、その指に力はなく、直におろされてしまった。
「………ルキアを…」
「……!」
力尽きたかのように、地面に倒れこむトウラ。肩を抱きかかえていたクロスも一緒に倒れた。
手に絡む赤い血。親指の赤いリングは、血を絡め、更に不気味に輝いていた。
「……うわあぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」



水を飲もうと立ち寄ったものの、まさかの先客にルキアは肩をビクリと震わせた。
ウルキが流し場の前に立ち、グラスに水を入れているところだった。
わずかに酒の匂いがする。隠し持っていた酒を飲んだのだろう。
ウルキは新しいグラスに水を注ぎ、手渡して来た。
言葉はいつも冷たく斜に構えた言い方をするが、根は優しいのだ。
それを分かって、ルキアはお礼を言ってグラスを受け取った。
「…何?」
自分を見つめる視線に気づいたのか、その視線を絡め取る。
「…変わってるよな、お前も。あんな手間のかかるお子ちゃまのどこがいいんだ?」
「…何の話?」
ルキアは顔色一つ変えず問い返す。あの魅力的な笑みを薄っすらと口元に浮かべて。
「しらばっくれても分かるっつーの。ニオイ」
「……」
答えないルキアの髪を、サラリと指にからめる。手繰り寄せ、そっと口付ける。
「…酔ってる?」
「…酔ってるな、醒めそうだけど」
何も言えない。頭と体が全く別々に離れてしまったかのようだ。



肩に手が置かれる。大きな手。まるで父親のような手だと勘違いしそうになってしまう。
「…クロス、そろそろ中に入ろう」
カインは優しく背中に手を置き、立ち上がらせようと試みたが、
クロスは一向に立ち上がろうとはしなかった。
冷たい雨。未明から降り出した雨は、止む気配を見せず、
もうすぐ明け方だというのに暗いままだ。カインはもう一度座り込む男の名を呼んだ。
「…雨でよかった」
「…?」
「涙が見えなくてすむからな…」
「…こんな時くらい、思い切り泣いた方がいい…」
クロスは唇を噛み締め、冷たい土の中で眠る父親を見つめ続ける。
父親の愛用していた大剣を墓標代わりにと刺したのは、ウルキだった。
いや、本当にこの下に父は眠っているのだろうか。
「…っ」
雨粒なのか、涙なのか、濡れた頬を拭うとひりつく様な痛みが走った。
あの時咄嗟に避けたものの、あの赤い鎧を纏った騎士の剣先はクロスの頬をかすっていた。
嫌に現実だと思い知らされる気がして、クロスは下をうつむいた。

なぜ、父は殺された。
あの赤い騎士は、何者なのか。



「……すまなかった、あんたまで巻き込んでしまって…」
砦の入り口には、ガイルが立っていた。
まるで、そこから剣を見ているかのようだった。
ガイルは無言で首を振り、クロスの肩に手をやった。
「……父親代わりだったよ」
「……」
やるせなさそうにうつむくその姿が、とても小さく見えてしまう。
「何もない俺に、剣の扱いを教えてくれたのは、あの人だった……結局また一人だな…」
そこまで話すと、ガイルは何を昔の話を…と、自嘲したかのように笑った。
「…ガイル、このリングは…」
「…あぁ、聞いてなかったのか?
それは我がブラハの王宮聖騎士の中でもトップを司る三人、つまり三将に与えられたリングだ」
ガイルは自分の中指でも光るリングをクロスに見せる。同じ赤い色。
キラリと光るその輝きは、まるで父親そのものだった。
「俺がまだ新入りの時…レイドは断トツの強さを誇る三将の一人だった。
誰もが憧れる三将だったよ。特にレイドは…王の一番の信頼を受けていたな…
だからこそ、あんたらを何とかしようと、ブラハに来たんだろう」
「…知らなかった…」
「そのリングはお前が持っておけ」
隻眼は優しく微笑むと、背を翻しクロスの前から姿を消した。

この小説について

タイトル 軌跡 ■第一章 第四節:惜別(1)
初版 2009年7月25日
改訂 2009年7月25日
小説ID 3354
閲覧数 703
合計★ 0
Fayeの写真
熟練
作家名 ★Faye
作家ID 537
投稿数 11
★の数 0
活動度 1087

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。