4-2 - 軌跡 ■第一章 第四節:惜別(2)

階段を下りる足音が重なって響いている。
重い表情をしたアンリと、その後ろをついて歩くアイルとココだった。
クロスたちの姿を捉えると、その足音は止まる。
「…ごめんね、あまりこういう姿を見せるのは得意じゃないんだけど」
アンリは力なく笑ってみせたが、やがてすぐに涙腺が緩み、大粒の涙がこぼれ始めた。
カインが歩み寄り、アンリの肩を抱き寄せる。
「…なんで、なんで…なんで……こんなのって…」
カインの肩に顔をうずめ、アンリは肩を震わせて泣いた。
傭兵団で参謀として、常にトウラの右腕として活躍していたアンリ。
失ったものは、彼女にとっても大きすぎたのだろう。
「…アイル、リアの様子は…?」
「…さっきようやく眠った…」
アイルはさっきからクロスの方を見ようとはしない。
よく見ると、アイルの目も赤かった。一人で泣いたのか。
トウラは団員全員にとって、父親同然だった。皆が家族を失ったのと、同じことなのだ。
窓際に立ち、クロスは外を眺める。
雨は止まない。
「…夜が、明けるな」
「なぁ、クロス。お前が団長の最期を…いや、言いたくないな…」
アイルは躊躇いがちに、言葉を選びながら、ゆっくりと問いかけた。
「…誰がやったんだ?」
「…分からない。とにかく、圧倒的に親父よりも強かった…」
「そんな奴がそうそういるとも思えないが…」
「…真っ赤な鎧を全身に纏った騎士だった」
「何ですって!?」
クロスの言葉を遮ったのは、アンリだった。
「…いや…確かに…真っ赤な鎧だった。顔は見えてないけれど」
「……」
アンリは首を振り、有り得ないわ、と小さく呟いた。
その瞳は明らかに怯えが見え隠れしている。
「…アンリ、何か知っているのか?」
カインが、宥める様にアンリへ優しく問いかける。
「……皆には言ってなかったけれど、私も…昔ブラハの王宮騎士をやっていたの。
そして直属の上司にあたるのが、団長だった」
「ウルキもおったって聞いたけど」
「そうね。私達2人とも、団長の部下だったのよ」
この3人の付き合いは、そんな昔からになるというのか。
クロスは初めて明かされる過去の経歴について、不安な表情で全員を眺めた。
すぐ近くにいるのに、まるでものすごく遠い所から皆を眺めているかのようだった。
「団長…当時は本名のレイドという名前で、ガイルと…それからジェクトの三人。
あの頃はブラハが誇る最強の三人の騎士…三将って呼ばれていたわ。」
「…ジェクト…って…」
「赤い鎧に身を纏った、大剣の使い手。
2人は親友の様に仲が良かった…戦友でもあり、いいライバルでもあり…
ガイルはまだまだ若かったから、兄のように団長とジェクトの事を慕ってたけど…
ただ、ごめんなさい…私は詳しいことを知らないの。
こんな雨の日だったわ…ジェクトが死んだという知らせが軍に舞い込んだのは…」
「……」
「…死んだのよ、ジェクトは」
クロスたちは傭兵団の名前が、父親のかつての戦友の名だとまさか思ってもいなかった。
だが、過去を知ってこそ、トウラが付けたこの傭兵団の名前の重みが分かる。
戦友への弔いとしてなのだろうか。アンリは長い赤毛をかき上げた。
そして、窓際に立ち、外の景色に目をやった。静寂に雨の音がよく響く。
「どうして亡くなったのかは知らされてないの。
団長は知っていたんだと思うけど…。だから、その直後に聖騎士を辞められた。
きっと、何かあったんだと思ったわ。
それから、私とウルキは頼み込んで一緒に付いて行くことを許してもらった。
2人とも団長の強さに憧れていて、一生ついていこうと思っていた位だったから…
それから一緒に傭兵団を作って、今に至るけど…まさか、こんな事になるなんて」
「じゃあ、その赤い鎧のヤツはジェクトじゃないだろ?」
「…だけど、私は…あの人以外に団長を倒せるはずなんてないと思う」
アンリは自分の言葉が、既に矛盾していると気づいているが、それでも止めることが出来なかった。
「…オレは、どうしたらいいんだろうな…」
「クロス…しっかりしろよ、って言いたいけど…無理だよな…」
「ごめんな、アイル…皆…しっかりしなくちゃいけないのは分かってる…。
王女を無事王都に送り届けなくちゃならないのも分かってる。
だけど…オレはまだ現実を受け入れられそうにないよ…」
父の墓前でも、散々悩んできた事だった。
言葉に出してしまうと、なんて情けないんだと感じてしまう。
「…ルキア?外に行ってたん?」
ケープをびしょ濡れにして帰ってきたルキアにココが駆け寄った。
だがルキアは何も答えず、黙ったまま皆の横を通り過ぎて行く。
「まったく…仕方ないな…」
カインが後を追い、ルキアの部屋へと向かった。


ルキアの部屋をノックした後、ゆっくりと扉を開く。
カインは戸惑いながら、タオルを手に中へ入った。
ケープは床へ脱ぎ捨てていたが、髪や体は濡らしたまま、ベッドへ座り込むルキアの姿が目に入る。
「…ごめん、入るよ」
返事はない。
「…風邪を引くからきちんと拭いた方がいい…」
タオルを頭からかけてやり、カインは隣へ腰掛けた。
ルキアはぼんやりと床に焦点を当てたまま、全く動こうとしない。
仕方なく、タオルをかけた頭に手を当ててやった。

「…?」

ふと、カインは嫌な胸騒ぎを覚えた。
自分の記憶がとても曖昧になっている事に気づいてしまったからだ。
はっきりと思い出せない。
初めて会ったのはいつだったのか。
初めて交わした言葉は何だったのか。
ルキアは一体いつから一緒にいるのだ?と。
「…ルキア…きみは…」
ルキアはふわりと光る指をカインの口元に当てた。
光はぼんやりと膜をつくりながら、カインの頭を包んでいこうとする。
「!?」
「…ごめんなさ…うっ!」
カインは間一髪の所でルキアの手首を掴み、ベッドへ押し倒す。
片手で器用にルキアの両手首を捉え、もう片方の手は短剣を首に押し当てている。
「…何のつもりだ…」
「……」
「答えろ………!?」
プツリ、と首筋に当たった短剣。それを伝った血の色は、目の覚めるような青い色だった。

カインの背筋を伝う汗。
ガラにもなく、手が震えた。
「……」
「……」
組み敷いたルキアの瞳に、自分の姿が映っている。
「…きみは…」
「言わないで…」
薄い唇が震え、青い瞳も揺れていた。
「……団長は知っていたのか…」
無言で頷いて答える。
カインはようやく、手の力を緩め、ルキアを起き上がらせた。
力を入れすぎていたのか、ルキアの手首には赤い跡が残ってしまっている。
「…あぁ、ごめん…」
「謝らないで…私が…」
「……いや…」
「…カイン、お願い。皆には言わないで。これ以上…おかしく…」
ルキアは涙声でカインに訴えた。
「分かった…誰にも言わないよ…」
タオルを体にそっとかけてやる。
あまりに細いその肩を抱き寄せると、ルキアは声を出さずに、肩を震わせて泣いた。




夜明けまで降っていた雨は止み、曇り空が広がっている。
出発の準備をしていると、アンリとカインに呼び止められた。
眠れないのと、昨日からの事をまだ消化できず、頭が重い。
「…こんな時に言いたくはないけれど…ウルキが…団をやめるそうだ」
「正確には、もう出てった。あの人、ホント薄情なんだから…」
急な現実がまた、ずしっと心に重石をかけるかのように響いた。
ウルキとは昨晩から一言も会話をしていない。
無言で父親の墓を見つめていたあの横顔だけが、妙に思い出される。
「…無理もないだろ、こうなってしまったんだし。
ウルキにしたらここに残る理由自体が、なくなったんじゃないか?」
クロスはウルキが以前言っていた言葉を思い出した。

…万が一の時に、オレは消える…。

意外とこんなに早いとは、とクロスは頭を掻いた。こればかりはどうしようもない。
「…クロス、私達はあなたを全力でサポートするわ。だから、お願い」
「…え?」
「団長の残したこの団を、きみに引っ張っていってもらいたいんだ」
「いや、だったらカイン…副団長が…」
筋から言っても、自分がまかされること自体がおかしい。
「きみは団長の大切な一人息子だ。あの人の意志を継いでもらいたい」
「…クロス、お願い」
「……ちょっと、考えさせてくれないかな」
無理強いはしないから、とアンリは言っていたものの、内心本気でかかってくるはずだ。
クロスはまだ整理し切れていない頭を振った。
どこから手をつけていけば、落ち着いて行くのだろうか。
考えるのが苦手なクロスには、それだけで荷が重い。
「クロス殿、出発の準備が出来ました」
シェリーの声で我に返る。
しっかりしなくては、と気を引き締め、腰の剣を握り締めた。
まずは、王女を無事王都へ連れて行くこと。
今の自分達にはやるべき事があるのだから、ここで立ち止まってはいられない。
「…全て、私の責任ですね…」
「シェリー、やめてくれ」
謝罪を続けたそうなシェリーの言葉を遮る。
「…生意気だけど、あんたは命がけでエメラダ王女を守ってる…。
だったら、オレ達のこの剣も、同じ意味を持つんだ。
親父があんたの依頼を受けた時から、オレ達も一緒なんだよ」
「……」
「なんて…多分、親父ならこうやって言うかな…」
クロスは照れくさそうに笑った。
そのはにかんだ様な笑い方が、まるでトウラに良く似ている、とシェリーは思った。

この小説について

タイトル 軌跡 ■第一章 第四節:惜別(2)
初版 2009年7月29日
改訂 2009年7月29日
小説ID 3371
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Fayeの写真
熟練
作家名 ★Faye
作家ID 537
投稿数 11
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活動度 1087

コメント (1)

はるな コメントのみ 2009年8月25日 16時04分23秒
いみわかんねー
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