温泉卓球宿「都築」 - 1・選手生命の終わり

 『さぁマッチポイントを握りました、都築選手。弱冠20歳にして全日本卓球選手権制覇なるか!』


 東京体育館のセンターコートには、精悍な顔立ちの1人の青年が精神を集中させて来るべき次のポイントを取るために構えていた。
 名前は都築卓也(つつきたくや)。地味な技ではあるが、『ツッツキの都築』という語呂的な通り名がある。
 ツッツキとは、その名の通り、ラケットでボールを突っつくようにして相手コートに返球する術である。守備的な技であるが、卓也のツッツキは猛烈なスピンが掛けられており、ほとんどの選手がそれを返球することができず、敗北してしまうというのが卓也の勝ちパターンだった。
 もちろん全日本の決勝にまで20歳で上り詰めるほどの技術と戦術も持っていた。しかし、卓也のツッツキは異状過ぎて、そういう通り名がついたのだった。

 敵選手がサーブのモーションに入った。
 各選手に贈られている声援がこの時を境としてピタッと止む。観客全てがその1球がわける勝敗に注目するのだ。
 放たれたサーブは、卓也のフォア側に短く出された。
 そこで、卓也はツッツキを繰り出す。滑るように相手コートに突き刺さったボールは、相手のラケットに当たった瞬間猛烈なスピンによってプレイヤーの意図しない方向へ飛んで行ってしまった。
 ボールはコートを飛び越え床へと落ちた。
 コンコンという淡白な音が静寂の体育館内に響き渡る。

 「ファイナルゲーム、11-9、マッチトゥ、都築!」

 審判が卓也の勝利を宣言した瞬間、静寂が保たれていた空間に歓声がどっと押し寄せる。卓也も、喜びの余り床に倒れこんでガッツポーズを繰り出している。20歳にして日本を制した卓也。その喜びは計り知れないものだろう。
 興奮冷めやらぬ中、卓也は起き上がって、コーチの待つベンチへと向かおうとした。
 コーチも満面の笑みで卓也を迎えている。走って凱旋しようとしたそのときだった。



 バチィ!! という明らかに何かが弾けた音が卓也の中で響いた。



 それと同時に、卓也の体が力なく倒れこんだ。
 その様子を観客も察したのか、歓声がどよめきに変わった。コーチも急いで卓也の元に駆けつける。
 「おい、大丈夫か!? 何か変な音しなかったか?」
 「大丈夫です。ちょっと転んじゃっただけですから。」
 卓也は苦笑いしてコーチに手を貸してもらう。そして立ち上がろうとするが、途中でどうしても転んでしまう。するとコーチが青ざめた表情をした。
 「あれ? おかしいな、立てないです。」
 「おいまさかあの変な音って………。」
 コーチはそう言うと、さっきから不自然に動きのない右足のふくらはぎを触った。
 「………痛っ!!」
 それを聞いて、コーチは頭を抱えて大きくため息をついた。
 「………アキレス腱が……切れてる。」
 「アキレス腱が?」
 「おい誰か! 担架を用意してくれ!!」
 掛け声の後、すぐに担架が用意された。卓也はその上にそっと乗せられる。
 卓也はなんというか、突然のことで訳の分からないような表情をしている。あたりを不必要にきょろきょろ見回していて、明らかに挙動不審だ。
 そのまま体育館にある医務室へと運ばれて行った。
 「………何が起こったんですか?」
 卓也は医務室のベッドの上に寝かされながら付き添いのコーチに聞いてみた。
 「………アキレス腱が切れているようだ。歩けないお前の様子を見たらきっとそうだろう。今救急車を呼んでもらってるから、詳しくは病院で検査したらわかるだろう。」
 「卓球は、続けられるんでしょうか……?」
 卓也は少し心配そうな表情で恐る恐る言った。
 「分からん…お前には世界を目指してもらいたいと思っていた矢先のこの怪我だ。私も少し混乱している……。」
 その後、救急車が来るまで医務室には微妙な沈黙が下りた。コーチは机の上で頭を抱え、卓也は天井を何も考えずただ見つめていた。

 「アキレス腱断裂ですね。」
 形成外科医は、きっぱりそう言った。2人の表情が先ほどよりもさらに暗くなる。
 「右足のふくらはぎのレントゲンにも、骨以外映っていません。それに神経も程度はわかりませんが切れていることと思われます。」
 「ぼ、僕の足はいつ治るんですか………? また卓球はできるんですか?」
 医者は、少し間をおいてから言った。
 「………全治1年半です。少なくとも後遺症は残ることは覚悟しておいてください。私は卓球についてよく知りませんが、これから国際大会で活躍されるようとしている方がこの長いブランクと後遺症を乗り越えて復帰という道は、ほぼ絶望的と思います。」
 「そんな………。」
 卓也は隣に座っているコーチの顔を見つめる。コーチは今にも泣き出しそうな卓也の顔を見て、肩にポンと手をおいて言った。
 「俺からはお前が続けるかどうかなんてアドバイスはできない。お前が決めろ。それに俺も納得する。例えお前が現役という道を選んでも、引退という道を選んでも、俺はお前のコーチだから。な?」
 卓也を安心させるような、とても優しい口調だった。涙目になりながら卓也は大きく頷いた。
 「……選手生命について私は何も言えませんが、一刻も早く治すことには私も専念いたします。では、お大事に。」
 病院から借りた松葉杖をついて、ゆっくりと病室を去った。
 もう院内の消灯時間は過ぎており、薄暗い廊下に松葉杖を突く音と卓也のすすり泣きの音がこだまする。
 その均衡を破るように、卓也は口を開いた。

 「……引退します。」 

 「…………本気か?」
 コーチは怪訝そうな顔で答えた。
 「僕は1年半という時間に押しつぶされそうです。今と同じようなパフォーマンスが完治したときにできる自信がないんです………。」
 「ずいぶん弱気だな。1年半って言うけど、お前は小学校から今まで卓球に情熱を注いでたから今日日本一のプレイヤーになったんじゃないか。それに比べれば、1年半なんてあっと言う間だろうが。幸いお前はまだまだ若い。卓球選手として脂がのるのはまだまだこれからだぞ? それでもお前は引退するって言うのか?」
 「………はい。僕は卓球が好きだから今まで頑張って来れたんです。卓球ができないのに……選手を続ける意味が僕には分からないんです。」
 再び沈黙が下りる。そのまま病院の外までたどり着いた2人は、立ち止まった。
 「本当に引退するんだな? あとには引けないぞ。」
 「そのつもりです。」
 涙は止まっていたが、卓也の眼は真っ赤に腫れていた。しかし、どこか決意を決めたような表情をしている。
 「………わかった。日本卓球協会の方には俺が連絡しとくわ。今日の賞状やらメダルやらは、また郵送するから。じゃあ、また困ったことあったらいつでも連絡してくれよ。」
 「はい、ありがとうございます……。」
 「もうちょっと引退するの悩んでくれた方が俺としても気が楽だったんだけどな。そんなに早く結論出されると、お前にとって卓球ってそんなチンケなもんだったのかよって思っちゃうし。」
 卓也はうつむいた。
 (そんなわけ、ないじゃないか……。大事なものだから、きっぱり結論出して切り替えたかっただけなんです。)
 そう思っていたのだが、どうしてか口に出すことができなかった。
 「………まぁそんな気にするな。怪我は誰だってあるもんだ。お前はたまたま運が悪かったんだよ。これからいいことあるって、な?」
 コーチは卓也に歩み寄って肩に手を置く。
 「でも………………俺はお前と一緒に世界取りたかったなぁ。」
 急に鼻声になってコーチは言った。いつも厳しかったコーチが涙目になっている。卓也は自分に責任があると深く感じた。
 「まぁ今更何言ったってしょうがないよな。じゃあな卓也。楽しかったぜ。送って行ってやれないけど、気をつけて帰れよな。」
 コーチは卓也に背中を見せて歩いて行った。その背中が妙に物淋しく感じたのは、気のせいではなかっただろう。卓也が今まで必死に抑えていたものが、一気に込み上げてきた。
 「…………今まで、ありがとうございましたっ!!」
 そう言って深々と頭を下げる。コーチは前を向いたまま手を振った。
 さっきまでは星が見えていたのに、雨が降り出して来た。



 「ちょっと、温志(あつし)! どこの宿もいっぱいじゃない! どうして予約しておかないのよ!」
 「仕方ないだろ、お前が急に温泉行きたいとか言いだすから、そんなことしてる暇がなかったんだよ!」
 温泉街で派手に口論するどこにでもいそうな20代のカップルがいた。どうやら宿がなくて困っているらしい。
 「もう仕方ない。優貴(ゆうき)、ボロッちいけど、あの宿で我慢してくれよ。」
 温志が指さしたのは、温泉街の中心から外れた小高い丘の上にある宿だった。遠く離れていても、外壁などで年季の入った建物というのは分かった。
 「あれに泊まるの!? ……もうこの際温泉に入れればいいわ。」
 優貴も諦めて、その宿に泊まることを承諾した。2人はとぼとぼと丘の頂上目指して歩く。
 「「温泉卓球宿『都築』………?」」
 2人は声をそろえて言った。
 「温泉卓球する旅館なのかしら?」
 「でも温泉はあるだろ。さ、入ろうよ。」
 温志はそう言いながら横開きのドアを開けた。
 そこは、一風変わらない温泉旅館のフロントだったが、全体的に年代ものの家具が取りそろえられていたりした。
 「うわー、古………。でも結構いい感じの雰囲気出てるわね。」
 「うん、結構期待できるな。すいませーん!誰かいらっしゃいますかー!」
 温志が呼ぶと、奥から「はいはいー、今行きますー!」という元気の良い返事が飛んできた。
 廊下の角を曲がって出てきたのは、女将さんや仲居さんではなくて、はっぴを着た男だった。
 「あれ?……女将さんはいないんですか?」
 「あ、はい。女将と仲居は奥で夕食の方を作っております。……それはさておき、ご宿泊でしょうか?」
 「はい、2泊ほどしたいのですが。部屋は開いてます?」
 「もちろん開いております。何分1年前オープンしたばかりの宿ですので、ほとんど知名度はないのですよ。」
 はっぴを着た男は頭をかきながら苦笑いで言った。
 「とりあえず、お部屋にお通ししますね。あ、私、都築卓也と申します。」
 「へぇ、都築さん。……どっかで聞いた名前ですね。」
 「……気のせいじゃ、ないですか?」
 はっぴを着た男はが少し冷や汗をかいていたのに、カップルは気づくはずもなかった。

後書き

どうでしたでしょーか?
駄作ですが、感想お待ちしています。

この小説について

タイトル 1・選手生命の終わり
初版 2009年8月2日
改訂 2009年8月2日
小説ID 3383
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せんべいの写真
作家名 ★せんべい
作家ID 397
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活動度 12726
卓球とみたらし団子とピアノが大好きな変態です

コメント (1)

★鷹崎篤実 コメントのみ 2009年8月12日 2時37分41秒
遅くなってすみません。どうも、鷹崎です。
いやー、チャットの中のネタからついに文章になってしまいましたね。
将来を期待された選手が、夢破れて温泉宿で働くことになる。
自分も頭の中でイメージを膨らませていたのですが、せんべいさんは選手権決勝という場面から書かれましたね。
自分は卓球に関しては素人ですが、緊迫したムードがよく伝わってきたと思います。欲を言えば、もう少し試合の場面を読みたかった気もしますが、冗長的すぎるのも読者を萎えさせるのであれくらいがベターなのでしょう。
そして、歓喜の瞬間から一転、絶望へと突き落とされる主人公。
選手生命の終わりを告げられた時の彼の心情は推し量るべくもありませんが、コーチとのやり取りがかなり淡白に書かれているように見受けられました。(僕自身、挫折した卓球選手というイメージしかなかったので、コーチの存在など全く思いつきもしませんでしたが、このあたりは実際に卓球をやっているせんべいさんと素人の僕との着眼点の差なのでしょうね)
引退することを告げる主人公とコーチの会話ですが、歩きながらではなく、後日病室の中で、モノローグ的な感じで語られたほうが良いような気がしました。完全に個人的な意見ですので、反論もあるとは思いますが。
で、僕は「送ってやれないけど、気をつけて帰れよ」と言って去って行ったコーチに思わず「送ってってやれよ!」と突っ込みを入れてしまったものです。
なんで送って行ってやれないのか、理由が必要だったのでは?
そして、時は流れて物語は温泉卓球宿に移り、カップル登場の場面から、再び主人公が出てきます。最初に登場したときとは対照的な姿で。
読者の大半は彼が都築卓也であることをすぐに認識できると思いますが、しかし、その認識を得るための作業としてせんべいさんは会話という手段を取り、それが不自然な形になってしまっていました。
このあたりは添削修正の余地があると思いますので、お願いします。
長々と回りくどいことを書きましたが、僕は一読者として気付いたことを書いたつもりです。本当は自分でも書きたいくらいなので、その分きびしめな意見となってしまいましたが、ご理解のほどをよろしくお願いします。(自分でも日和っているとは思いますので、だったらお前書いてみろよとか言わないでくださいね。いえ、書きたいのは書きたいのですけど)
せんべいさんの他の作品との絡みもありますので、きつい時は言ってくだされば、自分も微力ながら頑張るつもりです。
ちなみに、最近の自分は星をつけません。どうしても、と言われれば付けますが、お気を悪くされないでください。
ではでは
あ、あとロリな仲居さんは自分的にはなしな方向ですので、一つよろしく
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