月明かりの下で - 第三夜:灯火

「ふぁ・・・」
 朝の光を受け、レイナは毛布を身体からずり落として思い切りあくびをした。
「ん、・・・・・・さむ・・・」
 春が近いとはいえ、まだまだ気温は冬のそれだ。油断をしていると風邪を引きかねない。気をつけなければ。
 この村に来て、日にちで言うと3日となる。何だか曖昧なのは、ここに来たその日は夜であって、しかも眠りこけていたので感覚的には2日なのである。
 と、いうわけで、起きよう。
 テントの垂れ幕をゆっくり上げ、外の様子を窺う。そこは、いつもどおり賑やかな・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
 間の抜けた声を上げ、隠れるような体勢のまま外をポカンと見つめる。
「人が少ない・・・・・・」
 その通り。いつもどおりであれば子供たちが走り回り、人々が村の外でとってきた新鮮な野菜や魚を朝食として用意している、屋敷にいた頃ではとてもレイナの知らない朝の風景が拡がっているはずなのに、今日は往来のために人が歩いているだけ。
 しかも何だかその少ない人々も、どこかへ向かっているようだった。
 そういえば、気まぐれでお騒がせな彼の姿も見えない。
 きょろきょろとテントの外へ出て捜す。
「あの、どうかしたの?」
 近くにいた女の人を呼び止めて状況を聞いた。
 普通お嬢様であればこんな村の些細なことには首を突っ込まないが、レイナは世間からはずれているのでちょっとしたことのほうが敏感で、貴族のノウハウのほうが「どうでもいい」部類に入っている。
 とはいえ親の期待を裏切りたくはないのか、今まで表面上は(大人たちの前でだけ)完璧なお嬢様を作っていた。
 レイナが素を見せるのは、自分の事を判ってくれる人たちだけ。
 この村の人たちは、レイナの事を判ってくれた。
「ああ、レイナちゃん。なんだかね、向こうに人が倒れているんだって」
「はい!?」
 とても呑気に聞けない事実にレイナは跳びあがった。
「今ヘルト君が仲間を連れて見に行ってるって言うんで、みんなも好奇心旺盛だから見に行くって・・・・・・私もだけどね」
「ヘルトが?どおりでいないと思った」
「一緒に行く?レイナちゃんも」
「うん」
 こうしてレイナは、生き倒れがいると言う岩壁に面している村の入り口に向かうこととなった。

 到着したそこは、思ったとおり人だかりができていた。
「すいませんちょっと通して・・・・・・」
 人々の合間を掻き分けてレイナは前へ移動する。
「・・・・・・ヘルト!」
 人込みから上手く抜けられなくなってしまったレイナは、身体半分を何とか出し、その先にいるであろう者を呼んだ。
「――レイナ?」
 右手をばたばたさせて助けを乞うと、振り向いた一人の青年が不思議そうな声で少女の名を呟いた。
「何やってんの?」
「ふわ!」
 言いながら手を取って引っ張り出すと、いい香りがする小さな身体が寄りかかってくる。
 この香りがまた和む。
「どうかしたのか?」
「それはこっちが訊きたいわ。人が倒れてるって言うから」
 端麗な顔立ちで訊いてきたヘルトをレイナは見上げる。
「ああ、それね。今まさにそれを見つけたとこ。一応生きてはいるみたいだけど、ピクリとも動かないんだよなぁ、アレ。」
「アレって・・・可哀相な表現・・・・・・は、どうでもいいけど大丈夫なの?動かないって・・・」
 レイナが冷たい事を言ったところは放っておいて、実際さほど離れていない場所にうつ伏せに格好悪く倒れている人物を見ると、確かに微塵も動かなそうだ。
「とりあえず、村に運ぼうか迷ってるとこ・・・・・・ってレイナ、近づくなよ」
 ヘルトが言ったとおり、レイナはさっさと彼から離れると不審な生き倒れに歩み寄る。
 そして膝を折ってピョコ、と顔を覗き込んだ。
「へいき。ちょっと面白そうだしね。もしも〜し?聞こえますか〜?貴方何処から来たんですか〜?返事してくださ〜い」
 レイナはまこと、お嬢らしくない。
「レイナ無理だから。そいつ意識ないから。さっきゴートが確認したから」
 両の手の平をこちらに向けてフルフル首を振ったヘルトに、レイナは頬を小さく膨らませてみせる。
「えぇ〜。だってもしかして声をかけたら奇跡の生還!なんてことあるかもしれないじゃない」
 待て。まず死んでいないので論点がずれている。
「今はそれよりコレを村に入れるかどうか・・・。みんなはどう思う?」
 この村のもう一人の長にも等しいヘルトに声をかけられ、村の者たちは顔を見合わせる。
「そうだねぇ・・・まさか見殺しにするわけにもいかないけど、ここで引き入れるのもねぇ」
「働いてくれるなら儲けもんよー」
「はっはっは!そりゃいいや!」
「じゃあ目ぇ覚ましたら働くこと前提で引き受けるってことで」
「何処置くのよ、コレ」
「そりゃ、ヘルトんとこのテントっしょ。自分が言い出しっぺなんだし」
「そうだね」
 短い会議が終わり、村人は一斉にヘルトへ顔を向けた。
「「「ヘルトのテントで面倒見て、目を覚ましたら働かせる」」」
 満場一致で決定。
「・・・・・・あのさみんな。俺別に引き受けるって言ってないぞ?意見聞いただけだぞ?」
 丸聞こえの意味のない決議に、自分に寂しく影を落としながらツッコミを入れたヘルトにみんなは笑いながら面倒ごとを押し付けた。
「細かいことは気にすんな!どうせオレらがなんも言わなくったってお前が面倒見ることになってただろ」
 よく家の屋根の修理などを仕事としている屈強な男が豪快に笑いながら腕を悠然と組む。そんな男に対してヘルトは仏頂面だった。
「・・・・・・ちぇ。俺の性格判っててみんな意見出してやがんの」
「まあまあ。みんなそれだけヘルトを信用してるってことだよ。ね?」
 小首を傾げられながらレイナにニコリと微笑まれると、何も言えなくなってしまった。
「・・・・・・。はぁ、そういうこと言われると引き受けないわけにはいかないじゃんか。いいよ、判った。俺らのテントで引き受けるよ」
 半ばやけくそになって了承すると、拍手が舞い降りてきた。
「おお〜!流石ヘルト、頼りになるぅ!」
「やっぱりこういうのはヘルトが適任だよね」
「あったりまえ!ファミリー盗賊団は困っている人を見捨てないからな!」
「おいジミナー、お前この間「おれも盗賊団の仲間になる!」って言ってなかったか?だったらお前の家で引き取れば?」
「うっ!お、おれん家は荷物が一杯で人はもう入らないから無理!」
「逃げた〜!ははは!」
 笑いの絶えない村人を見て、誰しも心温かくなる。村のみんなが家族。それが、村の人間の暗黙の鉄則になっている。
 これで用件は済んだとばかりにわらわら散ってそれぞれの仕事へと向かっていった村人。
「さて。こいつを運ぶか。おーい、ゴート〜」
 出た!潔癖症の34歳!!(このフレーズ気に入ってしまった作者2人)
「はいよ」
「コレ、テントまで運ぶぞ。手伝って」
「あいよ」
「レイナ、悪いんだけどコレ寝かせる場所作っといてくんない?」
 名指しされたレイナは、ゴートがヘルトの背中にソレを乗せているのをじ〜、と見ていたが、呼ばれたことで頷いた。
「あ、うん。判ったわ」
 こんな事をお嬢様に頼むのは何だか間違っている気がするが、レイナもそこらへんはこれっぽっちも気にしていないのでよし。
 たたた、と駆けていくレイナを見送って、ゴートは口を開いた。
「よく動くよな、あの子」
「そうだな」
 否定する理由もないので頷く。ああやってパタパタ走るレイナを見ると、とても和む。が。次に来たゴートの言葉で凍り付いてしまった。
「ヘルトの嫁にするのいいかもな」
 ピシ。
 足が止まったヘルトに気づかず、ゴートは空を見上げながら脇を通り過ぎてゆく。
「待て待て待て。ゴート。今の発言はどういう意味だ?」
「あ?どうもこうもそういう意味だ」
「いやいや、ちゃんと説明しろ。意味を」
 微妙に目を合わせられない状態で再び荷物を担ぎ直しながら歩き出したヘルトの斜め前で、ゴートは至極呑気だ。
「説明も何も、あの子がヘルトの嫁さんになったらいいなーと思っただけだよ。あの子いい子だしよく働くし村の子供ともよく遊んでくれるし大人からも信頼勝ち取ったし優しいし色んなこと知ってるし」
「もういいから。」
 出し始めたらきりがなかったゴートのレイナに対する賞賛を、ヘルトはぴしゃりと止めさせた。
「兎に角、レイナはいい子だと思うぞー。モノにするなら今のうち」
「あのなぁ、確かにレイナは優しいけど嫁とかそういうのは別のはなし・・・・・・」
「レイナって可愛いからさ。この村に来る前から結構求婚とかあったんじゃね?」
「―――」
 一瞬足取りがおぼつかなくなったヘルトを見逃さず、たたみかけにいく。
「訳のわからないうちにお嬢様がこんな知らない村に連れてこられて怖がっているときに男に優しく慰められたら女ってイチコロなんだよな。つーか元々連れてきたのって誰だったっけ?そういえばレイナって小さい頃からの婚約者いたよな。嫌ってるみたいだけど」
「・・・・・・」
 ぶるぶる震えながら俯いていたヘルトを、ゴートがチラリと見やる。それが合図だったかのように、ヘルトはさっさと早足にテントへと一心不乱に向かっていった。
 肩を震わせるゴートはしてやったりとご満悦の様子。
 今のゴートの言葉を翻訳すると、こうなる。
『想い人がいないレイナをヘルトが強制的に連れてきた。そんな不安な状態で男に慰められたらどうなるんだろうな?』
 要するに。

「惚れた女が他の男に惚れてもいいのか?」

 それをとても遠まわしに言われ、聞きたくないヘルトはゴートから離れた。普通の人が聞いたら「何言ってんのこいつ」と思うような回りくどい言葉も、ヘルトには判ってしまった。だからゴートの近くにいたくないのだ。盗賊団の頭はヘルトだといっても、年上の人生の経験には敵わず心理的な部分ではいつも負ける。
 そして逃げたと言うことはつまり。
 「そういうこと」なのだ。
 ゴートとしてはいつからなのか根掘り葉掘り問いただしたいところだが、きっとヘルトは既に対策をとっているだろう。冷静にゴートの冷やかしを流してしまうに違いない。だからこれはおもしろ物件としてゴートの暇つぶしに用いらせてもらおう。
「あ、ヘルト。一応その人が寝れるだけの場所用意した・・・・・・て、なに複雑な顔してるの?」
 首を捻った少女に、ヘルトは生き倒れを寝かせながら早口にまくしたてた。
「何でもない」
 不思議そうな顔をしたがとりあえず何も言わないで、謎の人物に毛布をかけた。
 そこで初めてその人物の顔を見る。
「・・・・・・・・・子供?」
 その人物は、背丈が大きくあるにもかかわらず、とても幼い顔をしていた。
 何と言うかこう・・・・・・、少しばかりアンバランスというか・・・。とても顔と大きさが合ってない。
「・・・コレ、どっちだと思う?」
「・・・・・・子供と大人の境目だから・・・・・・思春・・・・・・いたぁっ!」
 ヘルトが答えようとしたのを、レイナがスパーン!と頭をはたいて止めた。
「そういう事を訊いてるんじゃないの!確かに境目はそうかもしれないけど決して私はそういう年頃の現象を訊いてるんじゃないの!」
「ごめん、ジョークです・・・・・・」
 頭を押さえて詫びたヘルトを一瞥し、レイナとヘルトの間に寝ているたぶん少年に目を戻した。
「・・・・・・童顔ていうこともあるわよね。それか突然変異で背が異様に高くなった人種」
「レイナ、人間って言わないのか・・・・・・?」
 大真面目な顔で顎に指を当てながら考え出された答えに、微妙な顔でつっこむ。
「それに確かに見た目の年齢でいったら高いかもしれないけど、身長から推測するに十五、六くらいじゃないのか?で、精々165後半・・・」
 うーんと考えるレイナも、ヘルトの意見に一理ある。
 確かに十五あたりであったらいるかもしれない。それにしても童顔すぎる気がしないでもないが。
 そのとき。
「・・・う・・・、ん・・・」
「あ!ヘルト、動いた!生き返った!」
「レイナ、元々死んでないし動くの当たり前!」
 漫才が繰り広げられているのはさておき、ししゅ・・・。子供か大人かわから・・・。
・・・・・・・・・生き倒れは瞼を痙攣させ、ゆっくりと目を上げた。
「・・・・・・わ。」
 小さく声を上げたレイナと、覗き込んでいたヘルトが見たのは。
 綺麗な水色の瞳。
 それは、ここでは異国の血を示している。
「わぁ、外国の人?」
 ぼぉぉ〜としていた異国の生き倒れはレイナのその一言で目をぱちくりさせた。
「・・・・・・誰?」
 それはこちらの台詞だと言うに。
「大丈夫?自分のこと判る?私はレイナ」
「レイ、ナ?」
「そう」
 二人の手を借りて起き上がった少年(仮)は、額を押さえて頭の上に?マークを浮かべる。
「貴方、名前は?」
 ニコニコしながら問うレイナを見つめ、瞬きする。
「えーっと。・・・僕は、シェリカ」
「シェリカ?随分と女の子っぽい・・・むぐ」
 失礼なことを最後まで言わせないため、ヘルトがシェリカの顔を通り過ぎてレイナの口を塞いだ。
 ・・・・・・遅かったらしい。
 毛布を握り、手が小刻みに震えている。
「ええ。どうせ僕の名前は女の子っぽいですよ。けれどね。コレは両親の愛情の証なんです。それを否定することは初対面の人だからって容赦しませんよ!」
「ご、ごめんなさい」
 シュンとしながら謝ると。
「いいえ。いいですよ、貴女はお美しいので許します」
「は?え、あ、どうも・・・・・・?」
 なにやら扱いにくいのがきたなぁと思っていると、シェリカが口を開く。
「ところでここは何処でしょう。僕は両親と家族旅行をしていたんですが・・・。ハッ。まさか貴女が誘拐を!?そんな、困りますよ。僕を誘拐したって何も出ませんよ。ああ、でも貴女なら僕を丁重にもてなしてくれますよね」
「「・・・・・・・・・・・・」」
 一言いっていいだろうか。

 ・・・・・・拾わなければ良かった。

 二人が顔を見合わせて妙なところで周波数が合っていると、シェリカがたったいま気がついたようにヘルトを見た。
「あれ?貴方は誰ですか?」
「え?俺?」
 うわ、さっさと立ち去ればよかったと顔にありありと出ているヘルトは、きかれた以上名乗るのが礼儀だと思い、溜息を大いに隠そうともせずついてから名乗る。
「俺は、ヘルト」
 できれば口を聞きたくない性格ベスト3に入っているシェリカは、にこりとしてから言った。
「よろしくお願いしますね、ヘルトさん、レイナさん」
「「はぁ」」
「それで、ここは本当に何処なんですか?」
 きょろきょろと視線を動かし、止まらない。
「ここは、お前が生き倒れていた村ん中。で、ちょっと訊いていい?お前、何歳?」
「僕ですか?僕は12です」
 じゅ・・・・・・!?
「12!!?うそだぁ!!」
 レイナが盛大な声を上げて立ち上がり、ヘルトが頬を引きつらせている。
 不服そうな表情になってシェリカは言う。
「本当ですよ。確かにみんなには『高すぎ!』とか言われますけど、正真正銘12です」
「・・・・・・ありえない・・・。こんなに高いのにまだ子供・・・・・・」
 変にショックを受けているヘルトはさておき、レイナがまじまじとシェリカを見つめる。
「ほえ〜。こんな人もいるのね、世の中には」
 するとシェリカがレイナの手をバッと取った。
「レイナさん、お願いです。僕を町まで連れて行ってくれませんか?」
「町?って・・・・・・」
「町ってチカネのことか?」
 割り込んできたヘルトを見て、シェリカはぱぁっと顔を輝かせる。
「そうです!親に言われたんです。『慣れない土地ではぐれるでしょうからそのときは近くにいる人に言ってチカネに送ってもらいなさい』って」
「え?待って、今の発言を聞くとまるでその親は貴方が迷うこと前提で話してない?」
 自分の予想がはずれますようにと無意味なことを願いながら訊いたレイナに、さらっと頷いて見せた。
「はい!僕極度すぎる方向音痴で、出かけると誰がついていようが絶対はぐれます!ですからいつもこうやって待ち合わせ場所を決めるんですけど、その場所は大抵知らないんで他人の人にいつも送ってもらうんです」
 あー・・・・・・爽やかで清々しい笑顔ー・・・・・・。
 何でこんな面倒な子連れてきちゃったかな・・・・・・。
「ヘルト、私村の子と森に薬草取りに行くって約束してたんだったわ!じゃ、後お願いね!」
「は!?おいこら!待て、俺に全てふっかけていくんじゃない!レイナ!」
 ヘルトが手を伸ばして引き止めようとしたが遅く、するりといっそ華麗と言えるほどの動きでレイナはテントを出て行った。
「・・・・・・・・・嘘だろ」
 ありえないと肩を下ろすヘルトの背中に、輝きに満ちている視線が突き刺さる。
 もう一度気絶させてこようかなと思うヘルトだが、そんなことは彼の意地と言うか、プライドが許さないらしい。
 と、言うことで。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺はまだ色々やることあるから、その後でいいか?」
 チカネ行き、決定。
「はい!ムリ言ってすみません!」
 いやもう、本当に。


「は?じゃあそのガキ送んの?」
「ああ・・・」
 段々と夕食の下ごしらえを始める頃。ゴートが畑の柵に寄りかかりながら、水が入った竹筒を持ってぐったりしているヘルトに言う。シェリカは今、村の子供に遊び相手として振り回されている。
 あれほど大きくてしかも童顔なら、人々の興味の中心にいってしまうのは明らかだ。
「えぇ?チカネって別に遠くないけど、道が複雑なんだよな」
「別にお前じゃなくていいよ。俺が空いてたら行っても良いし」
「いや、お前が盗賊団から離れたら駄目だろ。下っ端あたり駆り出すさ」
「そっか」
 とりあえず自分が行かなくていいんだと思っただけで肩の荷が下りた。あの微妙な性格の少年もどきの相手はなんとも疲れる。
「レイナのやつ、俺に面倒ごと押し付けていったんだ」
「レイナが?」
 不意にヘルトの口から出た名に、ゴートが反駁する。
 頷いて、苦虫を潰したような複雑な顔になる。
「シェリカが扱いにくいキャラだって認識した途端、いいわけ残して去ってった」
 いうと、ゴートが大笑いした。
「あっはっは!やるねぇ、レイナお嬢は。行動が早い。流石お前が見ほれた女だ」
「ブハッ!」
 さらっと突き出された真実に、ヘルトは飲んでいた水を噴出した。
「ゴホッ!なん、おま・・・ゴホッ!ゲホ、ゲホッ!・・・に言って・・・ゲホッ!」
「はいはい。悪かった。とりあえず落ち着け」
 よほど酷いところに入ったらしく、咳が止まらない。それをゴートが背中をさすってやる。
「う・・・ゴホ、ケホ・・・・・・。いきなり何言い出すんだ、お前は」
 恨みったらしい目つきで睨むと、平然と笑って見せた。
「違うのか?少なくともおれはお前がレイナのことを気に入ってるように見えたけど。じゃなきゃレイナを屋敷から連れてきたりしなかっただろ?」
「・・・・・・・・・だからお前は苦手なんだ」
「お?認めた?」
 茶化すと、不機嫌そのものの表情のヘルトは目を細めた。
「そんな怖い顔すんなよ。別にとって食おうなんてハナシじゃないから。ただ気になってな。ここまでお前が関心を寄せたことが」
 おもしろ物件にしようと思ったのだが、ここまで来たら知りたい。
 ヘルトの気まぐれな性格にもかかわらず、彼がここまで繋ぎとめようとしている少女のことが。そして何故なのかを。
「・・・・・・アイツの屋敷に押し入って・・・、たった一人で俺らに啖呵きって向かっていったって言うのが面白いと思ったのは本当だ」
「――で?あの勇ましいお嬢様に心を奪われたのはいつですか?」
 恥ずかしいことをさらっと言ってのけるのをやめてほしい。本気で。
 しかも敬語を使っているということが尚のことむかつく。
「・・・・・・・・・・・・お前がアイツを振り払って、支えたときに」
「――は?」
 一瞬耳を疑い、擬音で返す。
 ゴートがいきなり掴んできたレイナを振り払い、それをヘルトが支えたときといえば・・・。
「・・・・・・もしかして、『一目ボレ』?」
 腕を組み、更に眉間のしわを濃くしてゴートを睨んだヘルトは、
「悪いか」
 と視線を逸らして目を伏せた。
 ゴートは柵から勢いよく離れ、何故か後ずさり、口を顎がはずれるのではないかというくらい開け、叫ぶ。
「・・・・・・はああぁぁあぁ!!?」
「うるっさい!!!」
 あのとき。
 レイナが倒れるのを支えたヘルトは、雲が晴れ、冬の遠い月明かりに照らされて顔を見たレイナに、一目ボレしたという。
 その事実を知ったゴートは、ワナワナと手を震わせながらこう言った。
「に・・・似合わねぇ・・・・・・」
 それを聞いたヘルトはくわっと目を剥いて叫んだ。
「ほっとけ!!」
「え?っつか、え??お前が?あの気まぐれで標的の家をコロコロ変えてはみんなからブーイングを食らいながらへらへら笑ってて、小さい頃からイタズラばっかしてて父親に尻叩かれてたお前が?」
「おい待て。関係ないところ混ざってなかったか」
 半眼になって見ると、頭の中の記憶を引っ張り出しているゴートは聞いていないようだった。
「え〜?・・・・・・ちょっと待てよ?おれの中の記憶では確かヘルトの好みはレイラさんだったような・・・?」
「いや、それいつの話だよ。っていうかレイラって俺の母さんの名前。お前だって知ってるだろ」
「そうだけど、男が一番最初に好きになる理想は母親って・・・」
「決まってないから」
 断じて否定すると、ゴートは落ち着きをやっと取り戻したのか腕を組む。
「はぁ〜・・・。お前がねぇ・・・。女の子に一目ボレ・・・・・・」
「な、なんだよ。まだ何か文句でもあるのか?」
 まじまじとヘルトに近づいて観察をする彼を、後ずさりながら怪訝に見る。
「いやぁ、なんていうかなぁ。どうもやっぱり納得がいかないって言うか、腑に落ちねえな。朝、俺はおふざけとしてレイナを嫁にとかうんたらかんたら言ったけど、お前はその気あんの?」
「まさか」
 首を捻って問うてきたゴートに、間など僅かも入れずに否定の声を上げた。
「レイナにはレイナの人生があるんだ。そんなことするわけないだろ」
 何を言ってるんだと咎める色を瞳に滲ませ、ヘルトは視線を別な方向に滑らせた。
 その先には、彼女が子供たちと入っていった森がある。
「・・・・・・」
 ゴートが間の抜けた表情になり、ほんの少しだけ笑いをその口元に描く。
「なぁ、もう一度訊いてみてもいいか」
「何を?」
「お前が、彼女を好きになった理由。やっぱり、さすがにあの時の状況で好きになった要素がよく判んないんだよな」
「――・・・」
 目を細めて地面を見下ろす。どこか考えてるようだった。
「なんでだろうな。俺にもよく判んないよ。正直俺自身も驚いてる。確かにレイナは可愛いんだけど、それだけじゃない。――俺はレイナに、『何か』感じたんだ」
「・・・」
「きっと、俺のこれからを変える『何か』を」
 根拠などない。きっと他の者が聞いたら馬鹿な奴とか、なんて突拍子のない奴とか思われるだろう。
 それでも人が人を好きになる瞬間なんて、どんなときでも、どんな理由でもいつでも突然やってくる。きっとヘルトもそうだったのだ。数多いる人間の中、ヘルトが好きになったのは暴れまわったある家の貴族の家のお嬢様。今まで貴族の家なんて沢山襲って、そこにだってお嬢様はいたのに、ヘルトの心に焼きついたのはたった一人。
 勇敢に盗賊に立ち向かって、暗いところが苦手。子供を助けるためなら木に上るのだって厭わないとんでもないお転婆。
「――、ハルトさんとレイラさんが聞いたらきっと喜ぶだろうな」
 ハルトとレイラは、ヘルトの両親の名前。二人とも、既に病で亡くなっている。けれどこの村に家族がいるから、淋しくなることなどない。――今は、心を照らす太陽もいる。
「そろそろあのお転婆たちを呼んでこなくちゃな。もう夕刻だし、また面倒ごとに巻き込まれてたら俺の寿命が持たなくなる」
 話を自然と区切り、歩き出そうとヘルトが足を踏み出したそのとき。
「ヘルト、ゴート、大変だ!子供たちとシェリカが・・・!」
「え?」
 またなにか厄介ごとが起こったのかと、ゴートの背筋が冷たくなる。
「何があった?」
 ヘルトが詰め寄ると、報告に来た男性が一度大きく息を吸って、早口に言った。
「子供たちが突然の高熱でシェリカ共々倒れたんだよ!」
「ねつ・・・・・・?」
「ああ。さっきまで元気だったのに、急にシェリカが倒れたと思ったら子供たちまで熱に倒れ始めて・・・」
 どうする!?と助けを求める男性の肩をぽんと叩き、ゴートを従えて騒ぎの気配がするほうへと向かう。
「レイナと一緒に向かった子供たちは?」
「え?まだ戻ってきてないけど・・・」
「そっか。なら、暫く戻ってこないように誰かに言伝頼めるか?」
「判った。おれが手配しとく」
 ゴートが名乗りを上げ、ヘルトが頷いた。
「あ、でもお前が直接行っちゃ駄目だぞ」
 そういうとゴートは笑った。
「バレたか」
 今さっきあの話をした直後にいかれては口をわざと滑らせてしまうかもしれない。それは絶対に避けたいヘルトだった。レイナを好いているのは本当。けれどその気持ちがあるからといってレイナを自分のものにしようなどとは毛頭思わない。純粋で強い彼女には、自分で道を決めてほしい。
「それより、子供たちだ」
 真剣な表情になったヘルトは、子供たちが一箇所に集められているという村長の家へ向かった。


「レイナおねえちゃん、ボイソウって薬草あったよ!」
「ツタレも!」
「あ。ありがと〜!」
 子供たちからこんもりと薬草を受け取ったレイナは、籠にしまう。
「ねぇ、その薬草はどんな『こうか』があるの??」
 目をきらきらにして訊いてくる子供たちの頭を撫で、微笑んでレイナは答える。
「このヴァネツって言う草はね、寒い時期にしか咲かないの。それも雪が降った年だけ。これはお腹が痛くなったときによく効くわ。それからズーンは、そうね、あんまり長く保存はできないなぁ。とても繊細だから、すぐ使わないと頭痛に使うことの出来る薬が、感覚を麻痺させる毒に変わってしまうわ」
「おねえちゃんものしりだね!」
「すごぉい!」
 口々に褒める小さな子供たちに、レイナは少々照れる。
「私はね、おうちにある本を絵本代わりに読んできたから。沢山ある本の中で、一番興味があったのが薬草のことだった」
 そういわれてもよく判らないまだあどけない彼らに笑いかけ、レイナは口を開く。
「さ、今度はシグアよ。特徴は二つ葉で、色は濃い緑。葉っぱが大きく垂れてるわよ。ヤグアと似ているから気をつけて」
 問題形式で薬草を探している。こうすれば子供たちも飽きずに続けられ、知識もつくと言う一石二鳥方式だ。
 子供たちはレイナが言い終わると同時に探し始めた。一心不乱に草の根を分け、言われた形の薬草を探す。
「おねえちゃん、これ!?」
「ブー!それはマリネア。もう、それ一つ葉なのに・・・。熱が出たときに使うものよ。あ、でも熱って言っても少し普通のとはちが・・・・・・」
「レイナ!みんな!よかった、見つけた!」
 そのとき、村の青年が走ってきた。
 気がついて、みんな振り返る。
「どうしたの?何かあった?」
 息を弾ませて、口を開く。
「村で、子供たちとシェリカが倒れたんだ」
「え?」
「みんな熱が出て、水しか受け付けない。今ヘルトたちが診てるんだけど、全然見たこともない病気なんだ。で、もしかしたら感染病かもしれないから、良いって言うまで村に入っちゃ駄目だって、ヘルトが・・・・・・」
「それ、子供にしかかかってない?」
 不意にレイナが遮って、青年に確認する。
「え?あ、ああ。確かに今はまだ子供たちにしかかかってないけど、他の人達にかかるのも時間の問題かも・・・。見たことないやつだから、どんな風になるかも判んないし、これから悪化するかも――」
「嘔吐の症状は?それからその子たちは一箇所に集められてる?」
 次々に出される問いに、青年は困惑しながらも頷いた。
「お、嘔吐はないよ。子供たちは村長の家に集められてて、氷で冷やしてる」
「じゃあ、薬は?何か飲ませた?効果はあった?」
「え、っと・・・。確かツタレを熱湯でゆでて、すりつぶしたのなら・・・。あれは風邪の薬だし。でも、呼吸が少し正常になっただけで、熱は下がってないよ」
 そういうと、レイナは考える素振りを見せる。
「――・・・子供にしかかかってない・・・感染病・・・・・・。嘔吐はなくて、ツタレを飲ませてもほとんど効果なし。――ということは・・・」
「レイナ?」
 怪訝そうにレイナを呼ぶが、彼女は眉を寄せてブツブツ小言を呟き、応答しない。
「シェリカもかかった。あの子は12、だったっけ。あの水色の瞳、外国の子――」
 そこまで言って、レイナは勢いよく顔を上げ、身体を反転させた。
 そして薬草自ら草が大量に生えている中に座り込んだ。
「ちょ、何を・・・!」
 思わず止めたが、レイナは青年を振り返らずに言う。
「みんな、薬草探しの続きやるわよ」
「え・・・」
「「はぁい!」」
 村で起こっていることなど露知らずな呑気な子供たちは、レイナも混ざったことでいっそうやる気を起こさせた。
「今度は一つ葉。色は紅色で細かい花をつけているわ。この冬に赤はとても目立つ。みんなきっとすぐ見つけられるから、沢山採ってね」
 早口だがしっかりとした発音で言うと、子供たちも元気よく返事する。
「レイナ、君は何を・・・」
「貴方も手伝って」
 ワケが判らず呆然とする青年にも振り返らずに言い、一段と行動の手を速める。
「手伝うって・・・」
「子供たちを、助けるためよ」
「!?」
 目を見開いてレイナをまじまじと見つめる。そこでレイナは振り向いて、強い瞳で言った。
「マリネアの葉を探して」


 太陽が、先ほど沈んだ。
「ヘルト、子供たちの具合は・・・・・・」
 熱にかかった子供の母親が、今にも泣きそうに訊いてくる。
 手首の脈を調べたヘルトは、顔を見て言った。
「大丈夫。少し早いけど、弱ってない。熱が酷いだけで、これ以上の悪化はないよ」
 その言葉に少なからずホッとする。これ以上は悪くはならないだけでもありがたい。
 ―――だけど・・・。
 ヘルトは難しい顔をして、子供たちの汗を懸命に拭う親たちを見る。
 ―――このままじゃ、命に関わるかもしれない。
 今はまだ水を飲むことで保っているが、もし熱が続き身体を疲弊させていくならば、体力がない小さな子供たちは耐えられるだろうか。
 熱に体力を奪われ続け、次第に水を飲む力もなくなり、何も受け付けなくなっていくならば、本当に危ない。この病気のことを知っていたならば、適切な処置が出来ているのに。ヘルトの盗賊団は、父親の代から多大な情報網を世界中に持っていた。それなのに。情報は何よりも武器になるというのに。
 自分の生まれ育った村の子供たちを救う手立てさえ判らないなんて。
 己の無知を痛感し、こぶしを握った。
「ヘルト、大丈夫か?」
 ゴートが傍らにいるシェリカに水を含ませ、再び横たえる。
「ああ。俺は、な」
 本当に子供にしかかからない。倒れた子供の仲で一番の最年少は、シェリカだ。それ以上の年の者にはかかっていない。
「ツタレやボイソウも飲ませたのに、熱が下がらない。なんなんだ、この病気は――」
「これは、ネイチル病よ」
 後ろから聞こえた声に、ヘルトは反射で顔を上げた。
「な・・・・・・」
 そこには、少し息を弾ませたレイナが立っていた。
「お前、なんで・・・・・・来ちゃ駄目だって言ったのに・・・・・・」
 唖然として言うと、レイナは少々むくれ、膝を折ってヘルトと目線を合わせた。
「何言ってんの。貴方が言うまで来ちゃ駄目って、それじゃあ私も一緒にいた子供たちも野宿になっちゃうじゃない。冬の日に外へ放り出すつもり?」
 むぅ、と不服そうにヘルトを見たと思ったら、次にはもうレイナは微笑んでいた。
「病気にかかるのを防ごうとしてくれたんだよね。ありがとう。でもさすがに冬の外に出てるのはきついわよ」
「あ、悪い・・・」
 そういえば、と肝心なことに今気がついたヘルトは、素直に謝った。
「レイナ、さっきのネイチル病って・・・?」
 ゴートが詰め寄り、ヘルトもハッとする。
「そうだ。レイナ、知ってるのか?この病気」
「ええ」
 あっさりとした返事を聞き、二人やその場にいた大人たちは目を丸くする。
「勿論治し方も知ってるわ」
 その言葉にみんなの顔が輝くのが判る。
「このネイチル病は少し厄介でね。子供にしかかからないのよ」
「子供だけ・・・・・・?」
「そう。そしてこれは、この国近辺にはない病気だとされているわ」
「え?それって――」
 ヘルトがまさかと思い当たる節を頭によぎらせ、レイナも頷く。
「シェリカには辛いかもしれないけれど・・・この病気はシェリカが持ち込んでしまったようね」
 静かに告げると、近くで息を呑む音が聞こえた。そちらに目をやると、今まさに元凶の種といわれたシェリカが熱にうなされながらもこちらを信じられない目で見ていた。
「・・・・・・そんな・・・僕が・・・病気を」
 次第に震えてきたシェリカの手を、レイナは優しく包み込んだ。
「大丈夫。仕方なかったのよ。この病気はかかりにくい分、一度体内で発症したらウイルスを凄まじいスピードで広めていくけれど子供にしかかからないし、ちゃんと薬も開発されているわ。だから近年ではただの高熱が出る風邪としか認識されないようになってきたものだもの。ただ今回はこの国にはないものだったから子供の衰弱が激しかっただけ。安心して」
「―――・・・」
 ふわりと微笑むと、シェリカはジッとレイナを見つめた後少し笑顔を見せた。
「薬、あるのか?」
 ヘルトが焦れたように訊いてきたので、レイナはシェリカの手を放して頷く。
 そして大きなかごから大量の薬草を取り出した。
「マリネアよ。これを細かく千切って、お湯に浸して飲むの。薬草の成分がお湯に溶けて、体の中から暖めてくれるし、一番早く治す方法がこれだといわれているわ」
 マリネアを受け取ったヘルトは、レイナを不思議そうに見つめた。
「お前、どうしてそんなに詳しい・・・・・・」
「今はそんなことより病気にかかった子供たちが先でしょ。私と一緒にいた子やまだかかってなかった子には既に抗生薬を飲ませてあるから心配要らないわよ。だから早くここはこの子達に薬を飲ませてあげなくちゃ」
「あ、ああ・・・・・・」
レイナはヘルトやゴート達にテキパキ指示をして、子供達へ飲ませる薬を作っていく。
まるで本物の医者のように動くレイナを見て、ヘルトとゴートは唖然としていた。
子供達の親も驚きながら自分の役割をこなす。
「いや、凄いな・・・お前の惚れたお嬢様は・・・」
「何でお前はそうタイミングを間違ったところで突っかかって来るんだよ!」
「ちょっとそこ!?無駄話してないでせっせと働く!!」
レイナの一喝には二人は「はいっ!」と返事をして仕事に戻る。
それから数時間。
すでに月が昇っていたころ。
「お・・・終わった」
レイナがふぅと一息ついた瞬間ガクンッと力が抜けて、膝をつく。
子供達の顔色も良くなり、今はすやすや眠っている。
「レイナ!」
ヘルトは終わったと同時にすぐさまレイナの元に急いだ。
「大丈夫か・・・?」
へな〜と肩を落としてるレイナを見て、今度は彼女が体調不良になってないかと心配する。
「へ、平気。ヘルトも大丈夫?」
「ああ。平気だ」
どうやらレイナもただ安心して力が抜けただけらしい。
皆は静かに寝かせようと一旦外へと出る。
「いやぁ・・・嬢ちゃん、助かったよ」
村のおじさんがお礼をしてくると同時に、
「ええ。本当に助かったわ」
「子供が助かったのは君のおかげだよ」
などとレイナを囲んで村の住民が一斉に感謝の気持ちを述べる。
「い、いいわよそんなの・・・」
そう言うレイナは、困ったように、けれど本当に嬉しそうに微笑みながら答える。
それをヘルトが優しい表情で見ているのだった。


まだ冬の寒さが強い外で、レイナは手を擦りながら白い息を吐く。
「良かった」
温かな表情で、無意識に口がそう紡ぐ。
自分でもそんなことを言ったことを判ってない。
けど、心の底から安心して、嬉しかった。
「あの・・・」
「?」
心細い小さな声が、後ろから聞こえてきた。
振り返ると、そこには己も病気にさいなまれたシェリカが立っている。
「シェリカ?駄目じゃない。落ち着いたからって寒い外に出ちゃ」
「・・・・・・」
 彼はしばし俯き、唇を噛んでいた。
けれどきゅっとシェリカがレイナの服を軽く掴む。
?マークを浮かべるレイナ。
「あの・・・僕があの病を持ち込んだんだよね?」
「え、ええ。シェリカ、でもそれは・・・」
レイナが顔を困らせてシェリカを見た。
原因は彼となってしまったが、シェリカに悪気があった訳ではない。
もちろんそれは村の皆も判っている。けれどシェリカはどうしても謝らないときがすまないようだった。
と、
「お前が悪いわけじゃない」
「あ・・・・・・、ヘルト」
 ヘルトがゴートと共にやってきた。彼らもやはり少し疲れたような色を滲ませているが、安堵の表情が窺える。
「他の子供達、大丈夫だった?」
 近くに歩み寄り見上げてくるレイナに微笑みを見せ、頷く。
「ああ。みんな何の以上もなし。元気だよ。今はもう親に言われて寝る準備に入ってる」
「そっか」
 安堵して息をつくと、シェリカが頭を突如下げた。
「本当にごめんなさい」
 それに三人は虚をつかれ、目を丸くした。そして一番最初にレイナが慌てる。
「もうっ、良いって言ってるじゃない。結果的にはみんな元気になったし、それに病気なんていつ何処でなるかなんて判らないでしょ!もしかしたら私だって今ここで何か病気持ってる可能性だってあるんだから、自分ばっかり責めないで!いつまでもそうしてるなら、私貴方をそういう意味で許さないわよ」
 段々と説教口調になり始めたことでシェリカはやっと頭を上げた。12歳の少年が病気を持ち込んだことは事実だが、レイナの言うとおり病原体は何処から出るか判らないのだ。
「ほら、貴方はまだ全快じゃないのよ。明日どうしてもチカネに行きたいのなら子供は早く寝なさい」
 そういえば12歳と自分で思っておいてなんだが、シェリカは子供だったんだなぁ・・・。
「はい」
 苦笑して、シェリカはテントへ戻っていった。この病気は治りも早いほうなので、体力があるものなら明日の朝には元気になっているだろう。シェリカも先ほどまで寝ていたのにもう起き上がれると言うことは、もう普通に生活できるはずだ。
「レイナ、有難う。みんなを助けてくれて」
 今度はヘルトに頭を下げられ、ぎょっとする。
「どうしてヘルトまで頭下げるのよぉ!」
こういうことに抵抗をとても感じているレイナは、大慌てでやめさせた。
「俺たちじゃあどうしていいか判らなかった。お前がいてくれてよかったよ」
「――・・・、そういってもらえて、嬉しいわ」
心からの言葉に、レイナはどこかホッとした。
そこで、ゴートが自然にそこから離れ、レイナとヘルトだけになる。
「なぁ、どうしてお前はあれがネイチル病だって判ったんだ?」
「病気の症状をきいて、もしかしてって思ったの。私、家に沢山の本があって、それを見て育ってきたから。そこには外国の病気も載ってたし、それに興味深かったわ。例えば大陸一つ超えたスザン大陸のセイシャって国には理性を失った動物がいるとか。あと知ってるでしょ?その国にあるエデン隊舎。世界中のどの軍隊よりも強い戦力部隊を持ったところ。あとはカナレイってところには大きな劇団があって、それを見るためだけにカナレイに行く人もいるくらい」
「へぇ・・・・・・」
莫大な知識に、ヘルトは感嘆の声を漏らす。やはりらしくないとはいえ、貴族には違いない。
風が吹く。
「きゃ、か、髪・・・・・・」
 思ったより風が強く、乱れる。
「ははっ」
 その様子にヘルトが声を弾ませた。
「どうして笑うのよ・・・」
 むう、としながらせっせと整えるレイナを見て、口元に綺麗な弧を描いた。
「いや、女の子は可愛いなと思って」
「またそういうこと言う!」
「正直な感想を言っただけだし」
 頬を赤くして反論を試みるレイナだが、その表情を見た途端、はたと勢いが止まった。
 今は、月が外を照らし出している。レイナは拍子抜けをした顔をしており、ヘルトは優しい表情で微笑んでいる。
 まるで、初めて逢ったときみたいに――。
「―――」
 そう思った瞬間、レイナは「くるり」という効果音がもれなくついてきそうな動きで身体を反転させた。
「レイナ?」
「私疲れちゃった。もう寝るね」
「?ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
 首を捻るヘルトだが、レイナはてくてくと歩いていってしまう。テントへ入っていってしまったので、追う事はしなかった。
 テントに入ったレイナは、バフッと毛布を深く被る。
「・・・・・・」
 その表情は赤かった。
 ――やだ。私、何でこんなに恥ずかしいの。
 そう考えて、先ほどのシーンを頭から追い出そうとする。
 何故これほど恥ずかしくて、けれどなんとなくヘルトのあの笑顔が離れないのは。
 その答えに灯りがともるのは、後もう少し―――・・・。


ある屋敷の上等な部屋の、こちらも上等なソファに、中年の男性が座っている。
「レイナ様はまだ見つからないのか!」
そう怒鳴って報告をしに来た役人らしき人物を睨みつける。
「はっ!全力を尽くしておりますが未だお嬢様は行方が知れず・・・・・・」
「もう三日三晩捜しておるのだぞ!?この役立たず!!」
言って男性はソファを大きな音と共に倒して立ち上がった。
震え上がった役人はひぃっと叫んで出て行ってしまった。
息を吐いて怒りを少しでも抑えようとする。
「くそ、これからだというときにレイナ様が盗賊に攫われるとは・・・・・・。あと一日遅かったなら否が応でも息子との・・・・・・トライとの婚約は逃れられないものであったのに・・・。そもそもあの盗賊には前々から手を焼いていたのだ」
歯噛みし、指の爪を噛む。考えて考えて、男性はあることを思いついた。
大きな声で屋敷に使えている使用人を呼ぶ。
「はい、お呼びでしょうか。アクモ様」
アクモは満足そうにいやらしい笑いを浮かべ、こういった。
「今すぐに伝書鳥をスザン大陸へ飛ばせ。明日の朝までに。緊急事態だといって」
「スザンへ?確かに今から夜通し飛ばせば夜明け前には間に合いますが、何処の国へ・・・・・・」
訊くと、アクモは既に鳥に持たせるための手紙を手早くまとめ始めていた。
「セイシャ――。エデン隊舎に、依頼する」
使用人が目を見開いて主を見返す。アクモは封筒に依頼内容をしたためたものを入れ、目の前に突きつけた。
「で、ですが・・・。いくらお嬢様を奪還するためとはいえ、ここへつくまでに船では五日かかりますよ?」
「スザンにあるわたし専用船をお使いいただく。そうして明日に出発してもらえば、三日でつけるだろう」
「・・・・・・」
複雑な顔で手紙を受け取り、その指定された隊を見た使用人は顔を蒼白にした。
「アクモ様!この隊は・・・・・・!」
「そうだ。この世界に住むものならばその強さを知らぬものはいないと言われている戦闘部隊」


「エデン隊舎最高戦力部隊『十番隊』に、貴族令嬢奪還のため、協力要請だ」

後書き


第三夜の題名を決めるのに、何も思いつかないので僕が「もう生き倒れでいいんじゃない?」といったら友重が「いやー!」と普通に叫び・・・。
第三夜:生き倒れ!いいじゃない?これで(オイ
なんか題名は2文字って決まってるらしいです。
あはは・・・毎回決めるの苦労する永遠ループになるかも・・・とか少し思いました。
ホントは予定では祈りだったはずなのに、『全然祈ってねぇー!!』と2人で困りました(苦笑
なんか本当に何回もこういうの続いてる気がする・・・気のせいか?(汗

by五月


はい。今回、題名に困り果てました。
五月も言っている通り、題名の予定が話の内容に合わず。
まぁ、2文字でなくともいいのですが・・・、普通、嫌じゃありません?
もうゴロが合っていればなんでもってわけじゃないですけど、いいです。

兎にも角にも、第三夜、お楽しみくだされば嬉しいです。

〜友重〜

この小説について

タイトル 第三夜:灯火
初版 2009年9月12日
改訂 2009年9月12日
小説ID 3485
閲覧数 1194
合計★ 9
五月の写真
作家名 ★五月
作家ID 497
投稿数 60
★の数 165
活動度 11432
一言・・・・・・頑張ります。

http://simotukiharuka.blog.so-net.ne.jp/
自分の小説ブログです。
ここに載せた小説についていろいろ書いてます。

コメント (5)

★ 2009年9月12日 19時12分59秒
どうも、丘です。
では、感想を。
ついにお嬢様奪還にでますか。さてさて次はどうなる事やら。
さて、内容に触れてみましょう。
潔癖性の34歳。
ぶぶっ、笑える(笑)。
ヘルトさんレイナお嬢様に一目惚れ。
青春ですねー。
いろいろ語りたいことはあるのですが、割愛(かつあい)。
とにかくおもしろかったです。
では。
★五月 コメントのみ 2009年9月13日 11時32分56秒
丘さん>またまたありがとうございます!
といっても今回のこと話。
僕何もしてないと言ってもおかしくないのですよね(^^;
友重が進めて友恵が終わらせた的な・・・。
僕がした事いえば、もうそろそろレイナ探索のほう出しても良くない?遅くなりすぎるといい加減探せよってなるよ?
的なことを言ったようなそうでないような・・・(え

潔癖症の34歳!
もうゴートはそれで決まりです(笑(オイ

読んでくださり有難うございました^^
けめこ 2009年9月19日 23時01分53秒
このニックネームだけで誰のことかわかってくれると嬉しい、
うちらの中学校の自称天才少女です。
わかるよねまさか??

今日、あのあと友重の家で全部読ませてもらったよ☆
一言で言うと、うまい!
大まかな構成、細かな描写ともに成熟してる感じがすごい・・・
うちもこっちにも投稿してみよっかな・・・
どうだろう?

といっても、文化祭終わるまでは何もできなそう。
時間があればこっちに過去分UPしてみるから、五月に友重、読んでくれよ☆

ちなみに、あたしが今使ってるのはこれ↓
http://x119.peps.jp/kemeko19
お暇なら見てね♪
★五月 コメントのみ 2009年9月20日 11時29分50秒
けめc>そうだったの!?
判ってます。ええ。判ってますよww
けめこっていじっただけだね^^;(友重も似たようなものだが。
上手いというとあれだね、それほぼ友重だね。
僕の分は・・・・・・一言でいうと簡単すぎらしい。
もっと詳しく、的な?(汗

投稿するの?
僕的にはして欲しいですな!

あー文化祭ね。
あれっていつだっけ?もう脳内に予定という文字がない(オイ

あ、わざわざありがとです。
行って見ます〜。
友重 コメントのみ 2009年9月26日 11時06分07秒
はいっと。

コメントが遅くなりすぎてしまいどうもすみません・・・・・・。
いやぁ、テスト近かったし、あまり勉強はしなかったけど。
五月の家行く機会がなかったもので;

それはさて置き。
丘s、感想有難うございます♪
はい、お嬢様奪還作戦決行ですwwww
これはデスネ。前々から私が書いていた小説の人物を出したいと思っております。
これ以上はネタバレになりますので言いませんが。

けめこ>わぁ、何か☆5つもありがとー!
上手といってもらえるとその言葉だけで力がわいてきますww
けめちゃんも投稿しよ!
待ってマース!www

長くなりましたが、読んでくださった方、感謝です!

〜友重〜
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