放課後の教室

少しだけ日が落ちるのが早くなり、少しだけ風が柔らかく頬をなでるようになった秋。高校に入学してから初めての夏休みも明けたものの、周りの空気は何時もとこれっぽっちも変わらなかった。
――そんなとき、僕以外誰も居ない教室にガラ、という出入り口の木でできたドアが横にスライドする音が小さく響いた。僕は見つめていた黒板から目を離し、其方を見やった。それは、紺のセーラー服に赤いリボンのついたこの学校のものではない制服を着た少女だった。というよりも、僕と同い年くらいだろうか、彼女の目は何かに闘争心を燃やしているかのように鋭く細められている。そして、ずん、と細い華奢な白い足を一歩教室内に踏み入れ、鋭い目の形をしたまままっすぐ僕に歩み寄って来る。いや、正直に言うとまっすぐではなく、窓側2列目の席に座っている僕に向かって、机を避けながら、歩いてきている。

「沢城斎、賭けをしよう。」
彼女は僕の席の横で足を止め、腕を胸の前で組み、長い黒髪をさらりと揺らして一息つくとそう告げた。何故転入生らしい彼女が僕の名前を知っているのか、そして何故僕が彼女の賭けをしなければならないのか、全く理解できない。僕の視界が、彼女を捕らえたまま霞む。

「沢城斎、賭けをしよう。」
彼女は、告げる。僕に賭けをしようと持ちかける。意味が分からないまま僕の焦点は合わない。ぼやぼやと霞がかったまま瞬きをすると、元に戻ったくっきりとした視界で僕は口を開く。

「君は誰だい、僕の名前を何故知っているんだ。」

「あんたはあたしと賭けをする、あたしには分かる。あんたの真実を。だからあんたは、日常では出会うことのないあたしと賭けをするんだ。」
やけに男勝りな口調で、一方的に僕のことを決め付ける。僕には別に真実と呼べるほど隠していることなどないし、彼女はどうせ転入生だろうから、会おうと思えばいつだって会える。なのに、僕は馬鹿な答えを口に出した。

「いいよ、賭けをしよう。沢城皐。」
彼女は僕の言葉に口を歪ませた。にこりではなくにやりと口角を片方持ち上げて、さらりと髪を揺らすこともなく、ただ口角だけを上へと上げた。僕が口をついた沢城皐と云う名前には、懐かしさを感じた。だけれど、僕にとっては懐かしさを感じるだけでそれ以上のことは何も思い出せない。この名前が彼女の名前なのだろうか、だから彼女はにやりと笑みを浮かべたのだろうか。分からない、けれど答えを必要とはしなかった。僕は小さな非日常に落ちた気がした。

「賭けは一度きり、一勝負。一勝零敗、もしくは零勝一敗になれば勝ち負けが決まるわ。さあ、いいね?」
賭けとはどういうものなのかも分からないのに、僕は彼女に頷きかける。得体も知れない彼女の空気に飲み込まれていくような気がした。

「決まり、賭けの内容は私の話を聞いて、あんたの人生の中であるかないか。ただ、それだけ。勝てばあんたは一瞬の非日常を忘れることが出来る。負ければあんたは、あたしになる。」
また視界が霞む。その中で、僕はゆっくりと首を縦に振った。ぼんやりとした世界の中で、彼女の顔の輪郭だけが妙にはっきりし、笑んでいることが見て取れる。彼女は口を開き仁王立ちし、口を笑みの形にゆがめたまま、話し始めた。

「あんたは小さな頃、今とは違った。今はもう、こんなにもボーっとしたような奴だけど、昔は元気に外を走り回ってた。」
先ほどまでころころと変わっていた口調が一つになり、淡々とした調子で彼女は話す。僕の視界はぼんやりしたまま、彼女の口の動きを見ながら言葉を聞き入れている。

「あんたには妹が居た、髪が黒くて長い、今のあんたみたいにずっとボーっとしてる。温厚で、滅多にかんしゃくを起こしたりなんてしない妹。けど、あんたは小学生で、三つ違いの妹は幼稚園児で。」
妹という言葉に僕が口を開きかけたのを彼女の目が制す。僕はそれに従うように口を閉じると、彼女の言葉を耳に入れる。

「あんたはある日、後ろをくっつく妹がうざったくなって、妹の肩を押した。どん、って。」
くすくす、彼女が笑みの形になっていた唇を更に歪ませて、言葉として、音として発す。僕は、ぼーっとしたまま、動けない。ぼやく視界に麻痺させられたように感覚が鈍い。

「だから、妹は、池に、落ちて、死んだ。……さて沢城斎、この話はあんたの人生の中であった? なかった? ヒント、妹は溺死。」
彼女の言葉に霞んでいた視界がくっきりと線をあらわした。否定したくなるような気持ちで、僕は首を振った。妹、池、死、小さい頃、すべてのワードが僕の思い出の中に沈んでいた記憶を呼び覚まそうと検索し始める。僕は振り払うように、更に首を強く振った。そんなはず、ないじゃないか。妹なんて、死んだなんて、そんな、はずは。

「そう、あんたの応えはノー。この賭けは失敗、あんたの負け。じゃあ、沢城斎、あたしとあんたは交代、さようなら。あんたの人生、頂くわ。」
彼女は胸の前で組んでいた手が、検索された結果の記憶を呼び覚まされた僕の力の入らない腕をとってパン、と小さくハイタッチした。乾いた音、僕はどこかに落ちていくのを感じていた。それは、あの日の記憶。

「妹の名前は沢城皐、あたしの名前は――。」

落ちていく僕の耳に、彼女の名前は届かなかった。

後書き

初めまして、澤冴と申します。
初めて作品をかいたものですので、緊張しております。
今回は一発ネタ、ということでぱっと思いついたこれを書かせていただきました。
オチがイマイチで申し訳ありません。
少し表現があらかったかな、なんて思いつつ。
酷評でもなんでも構いませんので、アドバイス等ありましたら是非、助けると思ってお願いします。
では、この作品を読んでくださった方に大きな感謝を申し上げます。

この小説について

タイトル 放課後の教室
初版 2009年10月4日
改訂 2009年10月4日
小説ID 3534
閲覧数 783
合計★ 0
澤冴の写真
駆け出し
作家名 ★澤冴
作家ID 591
投稿数 2
★の数 2
活動度 194
これがうまくなるのかどうかは別として、頑張らせていただきます!。

コメント (2)

★水原ぶよよ コメントのみ 2009年10月4日 5時41分15秒
酷評OKと出たので遠慮なく。
はじめまして、水原と申します。

まずジャンルなんですが、一発ネタとおっしゃってますが、どちらかといえば、本作はSS(ショートショート)なんではないかと思うのですが。
一発ネタというのは、「市長と秘書」(ご存知ない場合は検索してください)のような作品を言うかと思います。

情景描写に非常に苦労されている部分が見受けられます。
ただそちらに囚われすぎて、ストーリーにほうに読者に通じるような配慮がされていない気がします。

賭けを持ちかけた時点で、
娘がいった「私の話を聞いて、あんたの人生の中であるかないか、ただそれだけ。勝てば・・・・・・」

あるのが勝ちなのか、ないのが勝ちなのか、そこからして判りません。

「そう、あんたの応えはノー。この賭けは失敗、あんたの負け」

賭けが失敗というのは、賭けは成立しないってことでは?

「賭け」と書くからおかしいわけで、
クイズって思えば、「ああ、なるほど」って判ってきます。
(最後まで読んで判ったわけなんですが)

「クイズターイム!」
といっていきなり入ってきた女がいて、
「なんだこの女?」
とコミカルな展開で進み、
「私の話を聞いて、そんな出来事があなたの人生の中であったかなかったか、正解ならあなたの勝ち、不正解ならあなたの負け」
以下は同じ展開。

「そう、あなたの答えはノーね?

ブッブー。残念、はずれです。
あなたの人生没収させて頂きます」
ちゃらららららら〜。

ちょっと書きすぎました。
お気に障られますたら申し訳ありませんが、要は「賭け」というより「クイズ」でそれに伴った訂正をすれば変わるんでは?ということです。
捉え方で主人公の心理の変化も変わるかと思いますし。
字数も増える(SSでは字数足りないんじゃないでしょうか)

いろいろ書いてしまいましたが、作品そのものとしては、非常に読みやすくテンポもいいので好きです。
読みやすいからこそこういった指摘をさせていただくこともできたともいえるでしょう。
今後に期待しております。


★澤冴 コメントのみ 2009年10月4日 10時35分56秒
コメントありがとうございます。
自分では気づけていない点ばかりで、指摘なさる一つ一つになるほど、と頷いてしまいました。
今後は、単語一つ一つにも気をつけて書いていきたいと思います。
ジャンル違い、言葉の使い方、ちゃんと気をつけます。
本当にありがとうございました。
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